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潜入捜査は苦手です

「エリーシア、この騒ぎはどうした?」

「……まあ、陛下」


 彼の耳にまで後宮の騒ぎが届いたというわけではないのだろうけれど、気がついた時にはマヌエル王が中庭に姿を見せていた。


「いえ、新しい妃と友好を深めていただけですわ」


 すぐそこに破壊されたゴーレムがあるというのに、この言い訳は苦しいのではないだろうか。けれど、マヌエル王はエリーシアの言い訳を素直に受け止めようだった。


「アメリア、問題はないか?」

「――ええ、皆様、歓迎してくださいました」


 この場合の歓迎には、”ものすごく新人いびりされました!”という意味が込められているが、マヌエル王はそれもまた素直に受け止めたらしく、ぽんとシルヴィの肩に手を置く。


(……この人、育ちがよすぎるんじゃ)


 このおおらかなところは育ちがいいということを表しているのだろう。だが、シルヴィの言葉を正面から受け止めるというのはどうなのだろう。これで一国の王様だというのだから、ちょっと先行きが不安になる。


「あの簡素な外見であの能力。いったい、何がどうなっているのか……」


 今のいままで、地面に倒れこんでごろんごろんとしていたワディムががばりと起き上がった。そして、起き上がった勢いのままシルヴィの方に近づいてくる。


「あのゴーレムを、調べさせてほしい!」

「え、ええとそれはちょっと……」


 シルヴィは焦った。たぶん火を噴いたのはイグニスがゴレ太に乗り移っているからだ。

どうしてそんなことになっているのか、シルヴィ自身にも想像がつかない。調べさせてくれと言われても困る。


「……メルコリーニ家のものですから、わたくしの一存では……」


 シルヴィはそう言ってゴレ太をバッグにしまおうとした。だが、ゴレ太が見当たらない。


「ゴレ太……ゴレ――きゃあああっ!」


 後ろを見たシルヴィは、悲鳴を上げた。いつの間にか足元にいたはずのゴレ太が姿を消していたのだ。


「ココ、ホル! コレ、ウメル!」


 ワディムのゴーレムが出てきた穴が、ゴレ太によってさらに広げられていた。ワディムのゴーレムの倍くらいはありそうな穴だ。

 ワディムのゴーレムをずるずると引きずっていったかと思ったら、ゴレ太はワディムのゴーレムを埋めようとしている。


「――あ、いや、それはちょっと待ってもらえますか! アメリア妃、ゴーレムをとめてください!」


 気を取り直したらしいワディムは、慌ててゴレ太をとめようとした。


「ゴレ太、おやめなさい! そこを掘らないの!」


 穴の縁までずるずるとゴーレムを引きずっていたゴレ太は、首を傾げた。


「ウメル? ウメル?」

「埋めるしか選択肢がないの? そのゴーレムは、そこに置いておきなさい。直さないといけないから」

「ワカッタ」


 ぐるんと首を回し、ゴレ太はつぶらな瞳でシルヴィを見上げる。


「ゴレ太、ジョーデキ?」


 上出来かと問われても。この状況で、上出来なんて言えるはずもない。無言のままのシルヴィと、ゴレ太はじっと見つめ合う。


「……そうね、よくやったわ」


 なんて答えたらいいのかわからないから、とりあえずそう言ってみる。ゴーレムに意思があるかどうかは別として、ゴレ太はそれで気がすんだようだった。


「カエル!」


 ポテポテとシルヴィの方に近づいてきたゴレ太は、自分でシルヴィのハンドバッグをこじ開けた。


「ヨイショー」


 頭からずるずるとハンドバッグの中に潜り込んでいく。そして、ぱたんと中から口が閉じられた。その場をなんとも言えない沈黙が支配する。


「え、ええと、その……わたくし、これで失礼いたしますわね……」


 シルヴィはそそくさとその場を立ち去ろうとした。

 だが、シルヴィを呼び止めたのは、マヌエル王だった。


「アメリア」

「……なんでしょう、陛下」

「気に入った」


 こちらを見て、彼はにこにこしているがシルヴィはとまどった。気に入ったってなんのことだ。

 けれど、マヌエル王はシルヴィの困惑などまったく気にしていない。いや、気にするような立場でもないのだろうけれど。

彼はエリーシア妃をその場に残し、シルヴィの手をがしっとつかむ。


(いやいや待て待てちょっと待て!)


 一瞬その手を振り払おうとし――慌ててシルヴィはにっこりと微笑む。浮かべた笑みが引きつっていなければいいがどうだろう。


(だから、潜入捜査は苦手なのよね……!)


いつもならば、手を振り払いマヌエル王を振り払って――必要以上の暴力は振るわない――ところなのだが、後宮入りしたのに振り払って逃げるわけにもいかない。


「メルコリーニ家と縁が持てるのであればお前の後宮入りを断る理由もないと思ったが、お前は面白いな!」

「……そんな、わたくしなど」


 いったい何が面白いというのか。シルヴィはいたって普通にしているだけだ。


「あのゴーレムを作ったのは別の人間でも、動かしているのはお前の力だろう。実に興味深い」

「そ、そうでしょうか……?」


 あれはゴーレムの暴走であって、シルヴィの力ではない。そんな風に言われても困ってしまう。

 それに、取られたままの手をどうすればいいのだろう。

社交上の付き合いならば公爵家の娘としてそれなりにこなしてきたが、ここまでぐいぐい来る人と言うのには出会ったことがない。

困り果てたシルヴィは、テレーズの方に救いの目を向けたけれど、ついっと視線をそらされてしまう。


(こういう時、侍女の出番でしょうよ――!)


侍女というものは、主が窮地に陥ったら助けてくれるものではなかったのか。けれど、テレーズはそんなつもりはさらさらないようだ。


「――恐れながら、陛下」


 しかたがないので、自分でこの場から逃げ出すことにした。


「わたくし、まだ荷物も解いておりませんの。ですから……」

「そうかそうか、ゆっくり休むといい」


 自然に手を引き抜くことに成功した。

シルヴィはゆっくりとマヌエル王の前で頭を下げる。それから、ゆったりとした動作を心掛けながら向きを変えた。

 立ち去る後姿に、視線が突き刺さっているのを漠然と感じる。けれど、振り返ることなく歩き続ける。


「私、やり過ぎたかな? 敵を作ってしまった?」

「間違いなくね。マヌエル王は、間違いなくあなたに興味を示していたもの」

「私じゃなくて、私のゴーレムにだと思うんだけど……困るわよね、ワディムのゴーレムと並べるとどうしても見劣りするもの」


 手先は器用な方だし、シルヴィの作るアクセサリーは十分商品として通用するレベルだ。アクセサリーに彫刻を施すのだってお手の物。それなのに、なぜ、ゴーレムとなるとあんなに素朴な作りになってしまうのだろう。


「あなたのゴーレムは、たしかに興味深いわね」

「興味深いって言われても」

「だって、本当のことだもの」


 テレーズは涼しい顔だが、シルヴィとしてはなんとなく面白くない。ドン引きされるほどのことはしていないのに。


「あなたのゴーレム普通じゃないって、そろそろ認めなさいよ」

「……ゴーレムづくりが下手なのを、そんな風に言わなくたっていいじゃない。でも、あのワディムのゴーレムは完璧だったわよね」


 ワディムの作ったゴーレムは、造形の美しさ、力、速度、術者の命令に従う様も完璧だった。シルヴィの思惑とは違う動きをしてしまうシルヴィのゴーレムとは違う。


「かなり力の強い魔術師だと思うわ。でも、彼に命令していた様子からするとエリーシア妃が後宮で一番力を持っているのかもね」

「そうねぇ……」


 後宮内の勢力図がどうなっているのかにも気を配っておいた方がいいだろう。思わぬところから足をすくわれても困る。


「ねえ、シルヴィ。今夜はエドガー達と会う予定でしょ? ワディムの話もしておいた方がいいんじゃないかしら」

「……そうね」


 後宮に入ってしまったシルヴィは、自由に出入りできない――いや、シルヴィは好き勝手に出入りするつもりであるが――というのが原則だ。城下での情報収集については、エドガーとジールに任せるしかない。


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