フライネ国王との対面
父に連れられ、シルヴィは一気にフライネ王国の都にまで移動した。
王族や高位の貴族が各国の間を行き来する場合、道中で国内の視察を行いたいなどの理由がない限り、城下町から城下町まで一気に移動することが多い。
これは、道中での襲撃を避けるという意味合いもあった。国外から転送陣を使っての移動は、事前に許可がなければできないが、今回は父が事前に許可をとっておいたので問題ない。
「……準備はいいかな、シルヴィ……じゃなかった、アメリア」
「ええ、お父様。わたくしでしたら、問題ありませんわ」
シルヴィは、わずかに口角を上げる。
”アメリア・メルコリーニ”。これが、今回シルヴィの名乗る偽名である。アメリアという娘は、実際に遠縁に存在する。
彼女の名前を借り、メルコリーニ家が遠縁の娘を養女にしてフライネ王国に差し出したという形をとったというわけだ。
一瞬にして移動したのは、城下町のすぐ外だ。
城下町から王宮までは馬車でごとごと揺られていく。侍女に扮したテレーズとシルヴィが並んで座り、その正面に父が座る。
(この町、栄えてはいるのよね……)
馬車の窓から、シルヴィはこっそりと外の様子をうかがった。街中はたくさんの人が行きかっていて、活気にあふれている。
前方に目を向ければ、正面に立派な王宮がそびえたっている。王宮の建物は、ベルニウム王宮とは少し違う建築様式で建てられていた。
(……さて、と。気合を入れていかないとね)
馬車は王宮の門をくぐり、庭園の花に目を向ける。庭園には、ハイビスカスに似た花やプルメリアに似た花等、南国情緒あふれる花が咲き乱れていた。
最初にテレーズが馬車を降り、ついで父が馬車を降りる。
テレーズが馬車の後ろに積んだトランクをおろし、王宮の使用人に引き渡している間に、父はシルヴィに手を貸してくれた。
「……大丈夫かね、わが娘よ」
「ええ、問題ありませんわ。お父様」
にっこりと笑ったシルヴィは、父の手に自分の手を重ねて王宮へと足を踏み入れた。今日は、父と共に、マヌエル王に挨拶に来た形だ。
シルヴィがこのままここに残されるのは、規定事項である。
王に会う前に、まずは身体検査だ。父の剣は、ここで侍従に預けることとなる。
それからシルヴィも検査を受けた。右手の中指にはめた指輪の魔術がどんなものであるか、宮廷魔術師が厳密に調べる。
身に着けている者の身を守るためのものであると確認されると、指輪はシルヴィの手に戻された。
それから、トランクの中身も確認されるが、点数が多いために、検査が終わった段階で部屋に運ばれることとなった。
身体検査を終えたシルヴィと父が通されたのは、置かれている家具から判断すると、公的な客と会談するための部屋ではなさそうだ。公的な場ならば、もっと王の権威を見せつけるような調度品が置かれているだろう。
だが、この部屋に置かれているのは、権威を高めて見せつけるというよりは、居心地よく過ごすための家具だ。
そして、二人が入るのを椅子に座ったままで迎えたのがフライネ王マヌエルであった。
(……まあ、けっこうな美男子ではあるわよね?)
記録水晶が、その役を果たしてはいるが、こちらの世界には、写真という技術は存在しない。
だが、記録水晶は非常に高価なため、肖像画の方が一般に出回っている。シルヴィもフライネ国王の顔を直接見るのは初めてだった。
たしか、今年二十二歳になったはずだ。
黒い髪は柔らかそうで、前髪が額に無造作に落ちている。優し気な目元に、笑みを浮かべた口元。男性的な美貌というよりは、実年齢よりいくぶん下に見える甘い顔立ちの持ち主だ。
最初の結婚は十五の時というから、シルヴィの基準からすれば早婚だ。シルヴィ自身、さっさと婚約は決まっていたが、結婚は学業を終えてからということになっていた。
「……陛下。お目にかかれて光栄でございます。こちらが我が娘、アメリア・メルコリーニでございます」
父が、マヌエルの前で頭を垂れた。
シルヴィもそれに続いて、頭を下げる。侍女のテレーズは、わざわざ王に面会する必要もないと言われて、広間の外で待っていた。
(……お金は持っていそうな雰囲気よね)
しずしずと頭を下げておきながら、シルヴィは周囲の様子を目ざとく観察していた。ここは、ベルニウム王国より南に位置する分、暑さが厳しいらしい。
王宮は、白い石造りの建物だった。天井は高く、窓は大きく取られていて、風通しのよいつくりだ。
直接話しかけてくることはなかったものの、シルヴィの目には他の精霊魔術師が呼び出したらしいヴェントスが、ふわふわと風を漂わせているのをとらえていた。
シルヴィの呼び出した時のヴェントスは、若い女性の姿を取るが、こちらの国の精霊魔術師が呼び出した精霊は、それよりも幼い容姿だ。精霊に性別はないから、どちらか判断できないけれど、少年の姿をしているようにも見える。
こうやって、精霊を使って風を通しているということは、かなりの数の精霊魔術師を雇っているのかもしれない。普通は、精霊を使役するのには、かなりの魔力を必要とするものだから。
「ア、アメリア・メルコリーニでございます」
いつもよりいくぶん高めの声を意識しながら、シルヴィは頭を下げたまま名乗る。
声をわずかに震わせているのは、緊張を装っているためである。できる女は、気を抜かないものなのだ。
「よい。面を上げよ」
命じられてようやく顔を上げることを許された。
マヌエル・レタット・ブレンディス――現フライネ国王は、立派な王座に座ったまま、シルヴィの全身を上から下まで眺めた。
つい先ほどエドガーにも同じようにされた記憶がある。本当にシルヴィなのか疑って眺めていたエドガーとは違い、マヌエル王は冷静にシルヴィを観察してきた。
「アメリアとやら、魔術をまとっているな」
「こちらの指輪には、防御の魔術がこめられております。先ほど、確認していただきました。わたくし自身には魔術はかけられておりません」
シルヴィは、右手中指にはめた指輪を外して父に渡した。そうしておいて、両手を胸の前で組み、マヌエル王の視線がもう一度自分を観察するのに任せた。
「そのようだな。防御の指輪は必要か」
「幼い頃、襲撃されたことがございました。再度の襲撃を恐れた父が、私に与えたのです。護衛の者が駆けつけるくらいまでの間は、なんとかしのげるようにと」
これもまた、嘘ではない。本物のアメリアは、幼い頃、盗賊に襲撃されている。
その頃のことをシルヴィは聞いただけで実際に見たわけではないが、たまたま通りがかった冒険者に助けられたのだとか。
つまり、メルコリーニ家当主ではなく、生家の父に与えられた品――ということになるが、襲撃されたという事実があるから、多少調べられたところで出所は不明のままだろう。
「そうか。ここでは必要ないと思うが、父君から贈られた品、大切にするがよい」
シルヴィがもちこんだ大量の荷物も、今はみっちり検査されているはずだ。
足を組み替え、顎に手をやったマヌエル王は、頭の先から足の先までもう一度シルヴィをじろじろと眺めた。
(……まったく、いつまで見ているのよ)
というのは心の叫び。本心が表情に出ないように、シルヴィはうつむいたままだった。
「……美しいな」
「ありがとうございます、陛下」
容姿を誉められたので、素直に受け取っておくことにした。
自分がかなりの美人なのは知っているし、いつもと違うメイクをしてはいるけれど、”アメリア”もそんなに悪くはないと思っている。
後宮入りしようというのだから、このくらいは当然だ。
「そなたには、琥珀の間を与えることにする」
「……感謝いたします」
ここで父とは別れることになる。シルヴィはそっと父の手を取った。
「お父様。わたくし、しっかり努めてまいります。いずれ、お手紙を差し上げますね」
「……お前なら、間違いなくしっかりやると思うよ。気を付けて行ってきなさい」
はたから聞いていれば、後宮入りする娘とその養父の会話だ。
だが、シルヴィが言いたいのは、「カティアがいるかどうか、なんらかの陰謀が進行中なのか、しっかり調べてくる。報告はするから待っていて」だし、父が返したのは、「シルヴィなら見つけられると思うよ」という返事である。
何が起こっているにせよ、シルヴィは見落とすつもりはなかった。
 





