友人との再会
「しょうがないわね。ギュニオンのご飯を取りに行かないと。うちにあるダンジョン産の林檎は在庫がなくなったわ――って、どこのダンジョンで採れるんだっけ?」
ウルディ近郊のダンジョンで収穫されないのは知っているが、どこで採れるのかまでは覚えていない。
「ワウッ」
わしゃわしゃと山盛りの林檎を平らげたギュニオンは、満足そうにテーブルの上で丸くなった。
「犬なのか、ドラゴンなのか、はっきりした方がいいんじゃないか、お前は」
エドガーがからかうと、ギュニオンは牙をむく。そして、ぱしっとエドガーの手を前足で払った。
「いてぇ! けっこう力があるんだな」
「幼生って言ってもドラゴンよ。うかつにからかうと、大人になったあと踏みつぶされるかもね」
なんて、物騒な未来を予想しておいて、シルヴィはギュニオンに向き直る。
「ニュ?」
首をかしげて見せる。あざといくらいに可愛い。
シルヴィは上半身をかがめ、極限までギュニオンに顔を近づけた。
「とりあえず、ダンジョン産の林檎ならうちにあったはずだぞ。こっちに持ってくるか?」
エドガーの言う『うち』とはもちろん王宮のことである。『うち』という単語で表すには若干スケールが大きすぎるにしても、だ。
「本当? お願いしていい? そうしたら、数日は林檎を探しに行かなくてもよさそうだし――あら?」
不意にシルヴィが顔を上げる。扉を叩く音がしたのだ。今日は、客人の来る予定などなかったのだが。
「……おはようございま――テレーズ?」
「はぁい、久しぶり」
扉の外にいたのは、金で装飾の施された白くゆったりとしたローブを身に着けた女性だった。年の頃は十代後半、ひょっとしたら二十代に入っているかもしれない。
にっこりと微笑んだ彼女は、白い手袋をはめた手をシルヴィに向かって差し出した。
「久しぶりねぇ!」
シルヴィは、テレーズの手を両手で包み込み、ぶんぶんと上下に振る。
「俺も来ちゃった」
「ジールも? 来ちゃった、じゃなくて!」
テレーズの背後にいるのは、大きな剣を背中に背負った大柄な男性だ。身に着けているのは、銀色に輝く鎧で、歴戦の勇者といった風格だ。右頬にある傷が、よけいにそう感じさせているのかもしれない。
「嬉しい。久しぶりよね!」
「手紙をくれるって言ったくせに、くれないんだもん」
ぴしっと人差し指で額をはじかれ、シルヴィは額を押さえた。
痛いけれど、嫌な感じではない。
この二人は、シルヴィが王都ヴェノックを中心に活動していた頃、しばしば行動を一緒にしていた二人だ。ちなみに、元のゲーム『恋して☆ダンジョン』では、二人とも攻略対象だったりする。
「シルヴィ、この二人とはどういう――」
「えっ」
「嘘だろ」
シルヴィの後ろから口を挟んだエドガーを見て、二人とも目を見張る。都にいた冒険者なので、エドガーの顔を知っているのだ。
「あー、まあ、ちょっと、ね……」
ここでこき使うのに忙しくてすっかり忘れていたが、エドガーは王子様だった。たしかに王子様が王宮ではなく、ド田舎の農場にいれば驚くのもわかる。
「あの……殿下、ですよね?」
台所に招き入れたところで、テレーズが首を傾げた。ジールの方は大きな剣を床に置き、勝手に椅子を引いて座る。
「ここで、勉強させてもらっているところだ」
「ん? ……ま、まあ、そんな感じ……かな……?」
シルヴィは笑ってごまかした。エドガーがここにいる理由を最初から話していたら、とんでもない時間がかかる。
「二人ともどうかしたの? その様子だと、遊びに来たってわけでもなさそうよね」
「シルヴィを誘いに来たんだ。ウルディの近くに、新しいダンジョンが発見された」
テーブルの上のクッキージャーには、昨日焼いたクッキーが入っている。それを勝手にむしゃむしゃとやりながらジールが言った。
「――あら、じゃあ、その探索依頼で来たの?」
「そう。新しいダンジョンって何があるかわからないから、上級冒険者が最初に入るじゃない?」
シルヴィやエドガーが入学した年に卒業したので在籍期間は重なっていないが、テレーズとジールもまた、聖エイディーネ学園の卒業生である。
順調に経験を重ねて、今はA級冒険者となっている。シルヴィがメルコリーニ家の娘であることを知っている数少ない人間だ。
「私とジールに依頼が来たし、シルヴィがこの近くに住んでいるから、一緒に行くかなーと思って寄ってみたの」
「ウニュ? ニュ?」
テーブルの上に戻ったギュニオンはテーブルの上をうろうろと歩き回り、テレーズの側でふんふんとにおいをかいでいる。それからジールの側に行き、彼のにおいもかいだけれど、気に入らなかったようでシルヴィの側に戻ってきた。
前足を揃えて行儀よく座り、ペタンペタンと尾でテーブルを叩いている。
各地の冒険者ギルドは、緊急の案件があった時のために転送陣で結ばれている。テレーズとジールもそうやって都から来たのだろう。
ジールがもしゃもしゃとクッキージャーの中身を空にしそうになっているのを横目で見て、とりあえず飲み物でも出してやろうかとやかんを魔石コンロにかけて火をつけた。
茶葉を探しながら、シルヴィは思案の表情になる。
「そうねぇ……林檎が採れるかどうかは気になるかな」
「こいつ、ダンジョン産の林檎しか食わないんだよ」
「キュイッ!」
エドガーの言葉に、ギュニオンが調子よく合いの手を入れる。
ドラゴンは人になつかないと言われているが、今、この場に居合わせている面々は忌避すべき相手ではないと判断したようだ。
「とりあえず、城にある分は全て提供するように話をしておく。ギルド経由ですぐに届けてもらおう」
「助かるわ。ダンジョンの方は、ウルディの冒険者達には頼んでないのかしら」
「もう入ってる人達もいるみたい。入り口に警護立たせて、許可を持ってる人しか入れてないって」
誰も踏破していないダンジョンは、危険が多い分、奥にお宝が眠っている場合も多い。また、ダンジョン内の地図は、冒険者ギルドや領主が高値で買い取ってくれるため、新しいダンジョンが発見されたとなると、あちこちから冒険者が集まってくるのだ。
「一緒に行かない?」
「そうねえ、そうしようかな。リンゴが収穫できたら、ラッキーだし」
冒険者ギルドに頼めば、リンゴを提供してもらえるだろうが、近場で収穫できるならそれにこしたことはない。
ダンジョン産のリンゴを買うこともできるが、超高級食材のため、はっきり言って高い。自分で収穫してくるなら、その方が安上がりだ。
「そのダンジョンって、遺跡がダンジョン化したものか?」
「いや、自然の洞窟がダンジョン化したって聞いたぞ。勝手に入らないように、ギルドの方で入り口はつけたらしいが」
ジールは、相手が王子だというのももう気にならないらしく、いつも通り砕けた様子で対応している。シルヴィがそっと皆の前に紅茶のカップを置いた。
「それ、俺も一緒に行っていいか?」
「私はかまわないけど……ジールとテレーズがどう思うかよね。あとは王様がどう判断するか、だわ」
シルヴィは首を傾げた。なぜ、エドガーはいきなりそんなことを言い出したのだろう。
「遺跡がダンジョン化したものじゃなかったら、妙な呪いがかかることもないだろ。新しいダンジョンの調査というのをどういう形でやるのか一度見てみたい」
「どうする? エドガーは、自分の身くらいは守れると思う――というか、足は引っ張らないと思う」
「シルヴィがそう言うのなら、私もジールも反対はしないけど」
「キュイッ!」
なぜか、ギュニオンまでが会話に加わってる。
エドガーの同行は、国王の許可が必要となるため、その許可が取れたら参加ということになった。





