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自分で自分に依頼を出した

 友人の働いているカフェに入り、アップルパイとコーヒーを注文する。この店のアップルパイは、こってりとした甘みの強いものだ。さくさくとしたクランブルが上にのせられているのだが、そこにも粉砂糖がふられている。


 パイ生地はさっくりとしていて、バニラのアイスクリームを添えて食べるのがシルヴィの好みだ。


 エドガーは、ミルクをたっぷり入れた上に、砂糖を三杯入れていた。彼もアップルパイを注文していたはずなのだが。

 ここまで甘党だとは知らなかった。


「犯人のめぼしはついているのか?」


 砂糖をたっぷり入れたコーヒーをかきまぜながら、エドガーが問う。


「たぶん、ドライデンでしょうね」

「ドライデン?」

「このあたりの悪事は、八十パーセントが彼の手によるものか彼の部下によるものかって言われてるくらいの人物。まあ、暗黒街の親玉とでもいえばいいのかしら。なかなか巧妙らしくて、尻尾を掴めないのよね」


 どこの町にも、悪人を取りまとめているような人間は存在している。

 依頼があれば、シルヴィの方でもどうにかしようとは思っていたが、現時点では冒険者ギルドとしては静観の構えらしい。

 というのも、悪事に対して解決の依頼を出したところで、捕まるのは下っ端のみ。トカゲのしっぽを斬って終わりなのだ。ドライデンにつながる証拠は見つからないという。

 証拠がない以上王宮も手出しはしないので、シルヴィが勝手に動くわけにもいかないのである。越権行為になってしまうからだ。

 能力を持っているのは否定しないが、だからこそ、勝手なふるまいは許されない。


(私が、冒険者ギルドに依頼を出そうかしら)


 シルヴィの作っているアクセサリーの模造品が出回っているということは、シルヴィが被害者だ。


「ギルドに寄りたいんだけど、いい?」

「――もちろん」


 アップルパイを堪能して気持ちを落ち着けてから、シルヴィは冒険者ギルドへと足を向け、自分で依頼を出した。


「自分で依頼を出して自分で解決するのかい?」


 シルヴィの訪問に、上の階から降りてきたギルドマスターが首をかしげる。


「形式を守ろうとしているだけよ? だって、勝手に動くわけにはいかないじゃないの」


 自分で冒険者ギルドに依頼を出し、自分で解決するというのも妙な話だが、勝手に動くわけにはいかないのだからしかたない。


「それに、証拠がないのだから勝手に乗り込んで、ぶん殴るわけにもいかないでしょう」

「シルヴィがそれをやったら、あっという間に国が転覆するな」


 横にいるエドガーが頭を押さえた。彼はそれを目の当たりにしているので、余計に頭が痛いのだろう。シルヴィも自分の能力はわかって勝手に動かないようにしているのだから、大目に見てもらいたいものだ。


「わかった。じゃあ、形式として受け付けておく。情報収集はこちらに任せろ。報酬は――」

「金貨十枚で」

「それは少ないだろう?」

「だって、私が依頼を出すのは、贋作を作っている職人を調べてほしいってことだけだもの。それだけなら、金貨十枚が妥当よね」


 金貨一枚は、日本円にするとおよそ一万円というところだろうか。金貨十枚は十万円。依頼料のうち、一割がギルドの取り分となるのだ。

 自分で依頼を出し、自分で解決するので依頼料にはこだわっていない。


「だが、ドライデンを相手にするのは――」

「だって、ドライデンが犯人だって証拠ないじゃない。そこから先、ドライデンにたどりついたら、彼の関わった犯罪の懸賞金がざくざくでしょ? それを、ギルドにおさめるわ。それで我慢して」

「おいおい、ドライデンとやらにたどりつくの前提かよ」

「……当たり前」


 シルヴィがにやりとするのを見て、エドガーが身を震わせた。

 おかしい。そこまで恐れさせたつもりはなかったのに。

 一応ギルドマスターの前で口にするのはエドガーとしては避けたかったらしく、冒険者ギルドを出てから話を切り出した。


「なあ、なんで今までドライデンにたどり着かなかったんだ?」

「んー、そこまで手を回せないって言うのが正直なところかな。ドライデンってけっこう巧妙なのよね」


 彼は、人間を商う商売はしない。人が売買されるようなことがあれば、冒険者ギルドが動くからだ。

 強盗を働くにしても、被害は最小限になるよう、部下達に厳命しているという噂も聞いている。そして、万が一、現場で死者が出るようであれば、部下を容赦なく切り捨て、自分の身は守るのだ。

 普段は、商人としての顔を持っていて、一般の人間には、そちらの顔の方が知られているだろう。

 ――それに。


「ギルドって慈善団体じゃないでしょう。冒険者達を守るための組織ではあるけれど――」


 冒険者ギルドの収入は、依頼料が大半を占めている。

 あとは冒険者に武具を売ったり、修理を引き受けたり。ポーションを売ることでも収入にはなっているが、一番は依頼料からの収入なのだ。


「よほどの大口の依頼でもないと、ドライデンにたどり着くまで冒険者を動かせないのよ。赤字になってしまうから」


 例えば、大々的な人身売買組織が動いているらしいなどという話になれば国が動く。大型の普通では倒せないような魔物が出た時も同様だ。

 だが、ドライデンは国が動かない線を見極め、その線を越えようとはしない。となると、彼をとらえるのは難しいのだ。


「今と同じ要領で、お前が依頼を出して自分で受けたらよかったんじゃないか?」

「私の正義感だけで動いていい問題じゃない。ドライデンがいなくなった後、ばらばらになった部下達が何をやるかは予想できないでしょ?」


 シルヴィが依頼を出せば、冒険者ギルドは動かざるをえないだろう。ギルドは、基本的には依頼を拒めないからだ。

 だが、シルヴィが正義感を発揮した結果、ウルディの治安が逆に悪化しては元も子もない。

 今回は、冒険者の身に危険が迫る可能性を考慮したから、動くことにしただけだ。

 シルヴィ一人の問題ではないから。

 

 シルヴィのところに、冒険者ギルドから知らせが届いたのは、それから三日後のことだった。さすがギルドやる気になれば仕事が早い。

 シルヴィは、肩をすくめ、目の前でおやつのプリンを食べているエドガーの前にギルドからの知らせを放り出す。


「贋作職人が見つかったのか」

「……ええ。冒険者向けに、S級冒険者のお墨付きなアミュレットまで作ってるんですって。そんなことだろうと思った」


 ギルドからの報告書には、ドライデンに依頼されて贋作を作っている職人の名前と住居が記されていた。冒険者が使うアミュレットの贋作は大問題だ。

 シルヴィが自分で解決することでギルドの了承はでているから、このままシルヴィが締め上げに行ってしまっても問題はない。


「依頼人が誰なのかを、これから締め上げに行こうと思ってる。ついてくる?」


 気がついたら、こういう時いつもエドガーについてくるか、と聞いてしまっている。


(……変なの。最初はこっちを監視に来た嫌な人だと思っていたのに)


 学園でもあまり接点はなかったから、エドガーのことはよく知らなかった。

 公の場で顔を合わせることはあっても、それはあくまでも、知り合いでしかない。深い話をするような関係ではなかった。

 気がついたら、エドガーはシルヴィといつも一緒にいる。シルヴィの作るものを、ものすごくおいしそうに食べる彼の表情は嫌いじゃない。

 今エドガーがスプーンですくっているのは、大きな皿いっぱいに作ったプリンだ。卵は新鮮だし、牛乳もそう。甘さ控えめで、いくらでも食べられる。

 シルヴィも今、一皿食べ終えたところだった。


「おう。王室専属料理人でもこうはいかないだろうな」

「誉めてくれるのは嬉しいけど、おいしいの方向性が違うわよね」


 シルヴィの作るものは、あくまでも家庭料理の延長だ。王室専属料理人の作るような繊細なものは作らないし、作れない。

 手作りテイスト満載のその料理をエドガーは気に入っているようで、ここに来るといつもシルヴィの料理を食べている。


「それに、新鮮な材料を使っているもの。手をかけなくてもそれで十分だわ」


 シルヴィの倍ほどの量をぺろりとたいらげ、エドガーは皿を持って立ち上がる。


「皿は洗っておいてやる」

「あら、ありがとう。じゃあ、お願いする」


 王子に皿を洗わせる冒険者がどこにいるのかという話だが、エドガーが好きでやってくれるのだから、厚意はありがたく受け取っておく。

 個人的な見解を述べるならば、兄のクリストファーよりも弟のエドガーの方が圧倒的にできた人間だと思う。


(学園にいた時、もうちょっと交流を持っておいたらよかったかも)


 なんて思ってしまうのは、シルヴィの身勝手だろうか。必要以上に彼に近寄らないようにしていたのはシルヴィの方だ。

 エドガーに皿洗いを任せている間に、シルヴィは出かける支度をする。と言っても、いつもの収納魔法のかけられた鞄に、扇と剣を突っ込んだだけ。防具の類は必要ない。


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