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魅了を使わなかった理由

「シルヴィは"魅了"も使いこなせるんだろう。なぜ、兄上に使わなかった?」


 真顔で問われ、シルヴィはコーヒーを吹き出しそうになった。ストレートに聞いてくるにもほどがある。


「それは直球ね。使いたくなかったというのが、大きな理由――だって、クリストファー殿下が私を追いかけまわしてる光景をあなた見たい?」

「……その光景は、考えたくないな」


 エドガーがちょっとげんなりした顔になった。

それは、シルヴィだって嫌だ。自分を追いかけまわすクリストファーだなんてぞっとする。


「それに魅了を使ったところで、殿下の意思じゃないでしょ? 私の好きなように操られているだけ」


 それは、相手にとって幸運なのだろうか。自分の意思を完全に無視され、シルヴィの思うように操られるなんて。

 王家の人間は魅了などの人を操る系の魔術にかからないよう、手は打っているがシルヴィほどの力があればその防護壁を突破することは不可能ではない。実際、カティアの呪いは、王家の守りを突破してしまった。


「――王家としては、発揮してもらった方がよかったかもしれないな」

「冗談になってないわよ、エドガー」


 そう言ったエドガーに、シルヴィはじっとりとした視線を送り、ため息をついた。たぶん、エドガーも本気で言っているわけではない。家で何かあったのだろう。


「逆、私が誰彼かまわず、ずっと魅了を発揮していたとしたらどうなると思う?」

「……血の雨が降るかもしれないな」


 全力で周囲を魅了にかかったら、シルヴィをめぐって血みどろの争いが繰り広げられることになりかねない。

 それはシルヴィの本意ではないし、そんなもので惹き付けられる人間なんて空っぽだ。


「魅了の魔術で誰かを惹き付けたとして。相手のことを信じられるかしら?」

「……そうだな」

「この人は本当に私のことが好きなのかな、それとも魅了されているだけなのかなって考えだす方も不幸だと思うし――だから、私の作るアミュレットは、そこまで強力な力は持たせてないの。冒険者用に作る時は全力だけど」


 自分が恋愛から遠ざかってきた分、憧れのようなものが人一倍強いのかもしれなかった。

 前世はともかく、今回の生では、手をつないでデートするとか。おいしいものを一緒に食べに行くとか。そんな簡単なことさえ許されない状況で育ってきたから。

 たぶん、それは今後も変わらない。

 メルコリーニ公爵家という看板を背負っている以上、好き勝手に恋愛するわけにもいかないだろう。


(お父様とお母様が例外中の例外よね――)


 メルコリーニ公爵夫人は、もともとただの冒険者でしかなかった。

 彼女が今、公爵夫人でいられるのは、父が彼女と結婚すると決めたからだ。


「お前、そんな顔もできるんだな」

「そんな顔ってどんな顔?」

「……乙女」

「うわぁ、それは困る! そんなの困る!」


 別に、恋愛したいとか思っているわけでもないのに、乙女心を指摘されたら急に頬が熱くなってきた。


「エドガーは、何か欲しいアミュレットとかある? ダンジョンに入った時、水属性の守りを追加するとか、その程度なら作ってあげられるけど」


 慌てて手をばたばたと振る。今は、そんなことを考えている場合じゃないのだ。まずは、農場を軌道に乗せないと。


「なんで俺に?」


 エドガーが訝し気な表情になった。


「今日、ダンジョンに付き合ってくれたでしょ。そのお礼」

「俺は何もしていないけどな。それなら、今度初心者パーティーをダンジョンに連れていく時に同行させてくれ」

「……そんなことでいいの?」


 同行させるのはかまわないのだが、そんなことを要求されるとは思ってもいなかった。


「エドガーの腕が確実なのは確認したし、ついてきてくれるならこっちの方がお礼を言いたいくらい」

「じゃあ、決まりだな」


 エドガーの方も表情を柔らかくする。彼の皿は、ほとんど空になっていた。


「でも、なぜ同行したいの? 初級冒険者は、上級冒険者と行くのが決まりだけど、あなたには必要ないでしょうに」


 初心者たちをダンジョンに迎えに行った時、エドガーも同行させたが、彼の行動には危なっかしいところなんてまるで見受けられなかった。

 精霊達の取りこぼしが万が一あったとして。

その取りこぼしをさらにシルヴィが取りこぼしてしまったとして。

 その可能性がかなり低いということがわかっていてもなお、彼は警戒心を緩めなかった。

 ダンジョン内を歩く時の足の運び方、目の配り方、どれをとっても初級冒険者の域ではなかった。学園で学んだことを、きちんと身に着けているだけではなく、完全に自分のものとしていた。

S級とまでは言えないにしても、シルヴィの背中を預けてもいいと思える程度の能力はあると思う。

 それに、王家の人間である以上、冒険者として活動する必要もない。大発生が起こった時に対処できる必要はあるが、王族である彼が最前線に立つことはまずないのだ。

自分の身さえ守ればそれでいいはずだ。


「――見てみたいから、かな」

「S級冒険者の仕事ぶりを見てみたいの?」


 そう問いかければ、彼はまぶしそうに目を細める。

 その視線を正面から受け止め――急激に頬の熱がよみがえる。


(いや、ないでしょこれは)



「何やってるんだよ、お前」

「や、急激に熱くなって……」


 ばたばたと両手で顔を仰ぐ、エドガーがいぶかしんでいるのもわかっていたけれど、シルヴィ自身にも、どうしてそうなるのか説明はつかなかった。


「でも、王子様がダンジョンに潜るなんて、王家の人達の許可は下りるの?」

「大丈夫だろ。このあたりのダンジョンは初心者向けだし、そもそも、お前が一緒なんだから危険なんてないだろうに」

「それはそうなんだけど」


 手で顔を仰ぐ仕草は止めないまま、シルヴィはそっと考え込む。


(……私が、ダンジョン内で初級冒険者達をいびるんじゃないかとか、そういう心配をしてるわけじゃない、よねぇ……?)



「どうした?」

「なんでもない。初級冒険者を連れていく日が決まったら、連絡する」

「――毎日会うだろ?」

「あ、それもそうね」


 どうやら、今日の自分は完全にペースを崩されているらしい。

 シルヴィは、ごまかすみたいに目の前に置かれているマロンクリームのパンケーキを口に運ぶ。


「……どうしたの?」

「それ。そこのクリーム、ちょっとだけわけてくれ」


 エドガーが、シルヴィのパンケーキをまじまじと見ているのに気づいて問いかける。


「いいけど」

「――うまい!」


 コーヒー用のスプーンをマロンクリームに差し込んだエドガーは、満足そうに息をついた。


(……悪くないかも)


 こんな風に過ごす時間は、思っていたよりもほっとする。

 雑貨屋に出来上がったアクセサリーを納品に行った後、エドガーとはその場で別れた。たぶん、まっすぐに城に帰ったのだろう。

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