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お説教のあとはデートもどき

 ウルディに冒険者達を連れて戻ってきたら、そこは大騒ぎになっていた。ギルドマスターが、下まで降りてきて待ち構えていたのだ。


「まったく、お前達は! 初心者のうちは、中級以上の冒険者に同行を依頼するものだとあれほど口を酸っぱくして教えただろう!」


 冒険者ギルドの入り口をくぐるなり、ギルドマスターの雷が若い冒険者達の頭の上に落ちる。彼らは首を含めて小さくなり、シルヴィは、まぁまぁと彼らの間に割って入った。


「とりあえず、彼らも死にかけたことで一応反省はしてると思うし、研修からのやり直しで堪忍してあげてよ。もう一度扱かれたら、考え方も変わるでしょう」

「……そうだな」


 ギルドマスターは顎に手をあてて考え込む。研修からのやり直しと聞いて、冒険者達は一様に絶望した表情になった。

 冒険者ギルドの研修は厳しい。最初から研修をやり直すのなら、次にダンジョンに入ることができるのは半年以上先になるだろう。

 同じ頃、研修をしていた同期生達と比較するとずいぶん遅れをとることになる。命がかかっているのだから、その程度は我慢してもらわなくてはならないが。


「このぐらいのペナルティですんで、運がよかったと思いなさいよね? 生きながら食われてた可能性だってあるんだから――っていうか、そうなりかけていたでしょ」


 シルヴィの言葉に、女性冒険者が身を震わせる。

 シルヴィにとっては、近所に買い物に行くのと大差ない緊張感で行ける場所であっても、普通の冒険者達からしてみれば、命がけで赴かなければならない場所だ。


「お前達も馬鹿だな。S級冒険者と行動を共にする機会なんてめったにないんだぞ。同行を頼んでおけば、お前達にとっても得るものはたくさんあっただろうに」


 目の前に並んでいる冒険者達を見ながら、ギルドマスターが首を横に振る。


「ギルドマスター、それはどうかと思う」


 右手を上げたのはエドガーだった。


「こいつの戦いぶりは、規格外過ぎて、何の参考にもならない」


 うんうんと救出された冒険者達の首が、一斉に縦に揺れる。

 魅了で周囲の敵の注意をこちらにひきつけ、イグニスとヴェントスを召還して一気に殲滅。たしかに、これでは普通の冒険者の参考にはならない。


「それって、不本意だわ。あと数秒遅れてたら、死体がもうひとつ増えていたのにそんな言い方をされるなんて。私は一番いいと思われる手段をとっただけ」


 あの場ではああするのが一番早かった。

 特に、牙を突き立てられようとしていた女性冒険者は、牙が刺さっていたら死なないにしても重傷を負っていただろうから、シルヴィの行動は間違っていなかったと思う。

あの時の状況を思い出したのか、女性冒険者が自分の首に手をやり、ぶるりと身体を震わせた。

シルヴィは、ギルドマスターの方を振り返った。


「ねえ、初めてダンジョンに入る冒険者達の同行、積極的に引き受けることにするわ。三パーティーくらいなら、面倒をみられると思うから」

「いいのか? 大きな事件でもない限り働くつもりはないと言っていただろう」


 シルヴィの発言に、キラリとギルドマスターの目が輝く。シルヴィはうなずいた。


「ウルディの町に住むんだから、そのくらいの貢献はしておかないとね。S級冒険者が同行するなら安全でしょ。今回とは違って、魔物との戦いも適当にやらせるし」

「やあ、ありがたいありがたい!」


 マスターはシルヴィの両手を握り、ぶんぶんと上下に勢いよく振る。


「S級冒険者が同行するとなれば、ウルディのいい宣伝になる! さっそく周囲の街にも連絡しよう」

「ちょっと、あまり忙しいのは困るからね? 私、畑もやってるんですからね?」


 ここでようやくシルヴィは反論したけれど、マスターの耳にはシルヴィの言葉など、まったく届いていないようだ。

S級冒険者の戦いぶりを間近で見る機会というのはそうそうない。あまり宣伝されてしまうと、ウルディに初級冒険者が押し寄せてくる事態にもなりかねないが、その分町は潤うので、ギルドマスターとしてはありがたいのだろう。


「あなた達も、その時には私を呼びなさい。今日よりはもうちょっと参考になるような戦い方を見せてあげるから」


 シルヴィに言えるのはここまでだ。初心者パーティーへのお説教はギルドマスターに任せ、二人はギルドを後にした。


「意外と面倒見がいいんだな」

「だって、死亡者多数なんてことになったら目も当てられないでしょ。あー、お腹空いた」


 ギルドの出入り口を出たところで、シルヴィは大きくのびをする。

 途中でダンジョンになど行っていたから、昼食を食べそびれてしまった。


「よけいな仕事も増えて疲れただろう。このあたりで何か食べていかないか」

「そうしましょ! 今日はもともと外食の予定だし」


 重労働ではなかったけれど、疲れたものは疲れた。エドガーがいたわりの言葉をかけてくれるのをありがたく受け入れ、何を食べようかと考え始める。


「俺はこの町には詳しくないが、シルヴィのおすすめは?」

「この町は何を食べてもおいしいけど……甘いものは?」


 精神的に疲れたので、甘いものが食べたい気分だ。


「嫌いじゃない」

「それなら、そこのカフェね」


 甘いものが嫌いじゃないのは、いい人間の証拠だ。

 理由もなくそう結論付けると、シルヴィはエドガーをすぐ目の前にあるカフェに誘った。

 窓際の席を選んで座る。向かいに座ったエドガーは、落ち着き払ってメニューを眺めていた。


(……よく考えたら、こういうの初めてだ)


 カフェに入ったことはあるが、女友達とだけ。でなければ、助太刀に入った冒険者パーティーのメンバーと。

 男性と二人きりというのは初めてで、初めてだと思えば急に目の前のエドガーを意識してしまう。

 窓の外に目をやれば、こちらを見ている少女達と目が合った。エドガーを見て、きゃあきゃあしているらしい。


(そうよね、王族ということをのぞいても……見た目は悪くないわよね)


 正直、エドガーは整った容姿の持ち主だ。攻略対象キャラの弟なのだから、それも当然だ。彼女達が騒ぐのもわかる。

 ちらりと自分の身体を見下ろしてみた。今日の服装は別に変ではない。大丈夫だ。

 エドガーの方は、別にシルヴィを意識などしていなそうだ。メニューをめくっては、何を食べるか真剣に悩んでいる。

(……甘いものは嫌いじゃない、じゃなくてわりと好き、の間違いよね……)


 こんなに真剣に選んでいるのだから、甘いものはかなり好物なのだろう。

 シルヴィが選んだのは、マロンのパンケーキだった。

 二枚のパンケーキにマロンクリームと生クリームを重ねて絞り、バニラのアイスクリームを添えた一品だ。

 エドガーの方は、というと。こちらは、フルーツパンケーキを注文している。

 たっぷりの生クリームの上に、これでもかとバナナやリンゴ、オレンジに、キウイといったフルーツがてんこ盛りになっている代物だ。

 おまけにパンケーキは三枚なので、ボリュームという点でも、シルヴィより上。昼食を抜いた分、空腹なのだろう。


「……あー、幸せ」


 マロンクリームの濃厚なコクと生クリームの甘さ。二種類のクリームを同時に口に入れると、口の中に幸せが広がる。

昼食を抜いてしまった分、この甘さが心地よい。

 甘いパンケーキにブラックコーヒーを合わせ、一口食べて満足そうに息をついたエドガーは、シルヴィに向かって切り出した。

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