別にデートってわけじゃないし
(まあ、別にデートとかそんなわけじゃないんだけど)
服を選びながら考え込む。
今のエドガーとの関係って、はたからはどう見えるのだろう。
農場に押しかけてくるのは迷惑だとは思っていたが、心底嫌だったわけではない。あの糾弾の場で、こちらに吠えかかりながらも、クリストファーがとびかかろうとするのを阻止ししていたのはわかっていた。
とびかかられたところで痛くもかゆくもないが、エドガーの方は”かよわい女性”を守っているつもりだったのだろう。
(うーん、知人……? 知り合い……学友? 親戚、でもあるか)
王家と公爵家は、定期的に縁を結んでいるので、親戚だ。
そういう意味では、シルヴィとエドガーも親戚であるのだけれど、前世の記憶が戻ってからは、シルヴィの方から距離を開けるようにしていたために、個人的に親しい間柄ではない。
(……友達、かなぁ……)
冒険者としてのシルヴィ・リーニならば、冒険者仲間はたくさんいる。
けれど、同年代の冒険者以外の男性で、こんなにもしばしば顔を合わせているのはエドガーが初めてだ。
(……エドガーはどう思ってるんだろ)
慰謝料の上乗せ分を払いに来ているのに、そろそろうんざりしてないだろうか。
(上乗せ分はもういらないって言ってあげた方がいいかしら……)
エドガーはあの場でシルヴィを守ろうとしてくれていたわけだし、そろそろ解放してもいいだろうか――柵に魔力を流し込むのはもうちょっとやってもらえたらありがたいが。
なんて考えながらシルヴィが選んだのは、明るい空色のワンピースだ。雨がやんでも道はぬかるんでいるので、足元はこげ茶色のブーツで固める。
肩からかけたショルダーバッグも収納魔術を付与してあるので”ナンデモハイール”だ。そのネーミングセンスだけは許しがたいがシルヴィにはどうにもできない。
最後に部屋の中を見回し、卒業式の日に持っていた扇をバッグに放り込む。
外に出た時には、空は完全に晴れていた。
「あ、あっちに虹が出てる。いいことありそう」
「虹を見たくらいで、いいことがあるのか?」
別にジンクスにこだわるタイプでもないが、虹はめったに見られるものではない。機嫌がよくなる。
「気分の問題よ、気分の問題」
エドガーと並んで市街地まで歩くのは、もう何度目になるのだろう。
(……似てると言えば似てるけど、似てないと言えば似てないかも)
クリストファーと婚約して十年、接しないようにしてきた異性には、エドガーも含まれていた。
お互い合えば挨拶くらいはするが、親しい会話なんてかわしたことはない。
「公爵は、元気にやっているそうだぞ。公爵夫人も」
「知ってる。昨日、実家に戻ったから」
たぶん、父や母のことを教えてくれたのは、エドガーの思いやりだ。
一応、"勘当"されてはいるのだが、エドガーが思っている以上にシルヴィはしばしば公爵邸に戻っている。
「お気楽な勘当だな!」
「そりゃ、本気の勘当じゃないものねぇ。王家と社交界に対するポーズだし」
「それをお前が言うな!」
あきれた口調になったエドガーが正しい。王家の人間の前で、何を言っているのかという話だ。
「――俺も、兄上の行状には気づいていながら諫めきれなかったから、俺にも責任はあるがな……」
目に見えて、エドガーの肩が落ちた。
(あ、落ち込んだ)
クリストファーがああなったのは呪いのせいとはいえ、それ以前、せっせとカティアとデートしていたのをとめられなかったことに責任を感じているらしい。
必要以上にカティアに入れ込んで、彼女を育てるために一緒にダンジョンに潜って呪われていたのだから、早いうちにカティアと引き離していたらという想いはどうしても生じてしまうんだろう。
学園にいた間はほとんど接する機会をシルヴィの方からつぶしてきたけれど、兄とは違って責任感のある男だったらしい。
「――エドガーのせいではないのでは? 殿下の行いは、殿下が責任を取るべき。エドガーが責任を感じるのは間違っていると思う。エドガーがとめたところで、聞かなかったと思う」
クリストファーもエドガーも、とっくの昔に成人だ。成人の行動に、エドガーが責任を感じるのはおかしい。間違っている。
「――だがな」
「少なくとも、王太子の地位についている以上、将来は自分が国を支えるというのはわかっていたはず。その重圧を放り出して、好き勝手なふるまいをしたのはクリストファー殿下自身。あなたが責任を感じることじゃない」
「シルヴィが言うと、説得力があるな」
「そうでしょう、そうでしょう――一応、手を尽くした時期もあったんだから、私も、何もしないで放り出したわけじゃないの」
一応、婚約者としてクリストファーの行いをたしなめていた時期もあったのだ。
自分からずぶずぶと不幸の沼に足を踏み入れるのを黙ってみていられるほどシルヴィも非情ではなかった。
(それは、甘いと自分でも思うけど)
だが、シルヴィの差し出した手を阻んだのはクリストファーの方。最初から、シルヴィの言うことには聞く耳を持たなかった。
(……エドガーが責任を感じることじゃないのに)
ウルディの市街地までは、歩いて十五分。ちょうどいい運動だ。
「――あれ?」
中央の広場に、たくさんの人が集まっていて町中がざわざわしている。
「何があった?」
「わからない――でも、嫌な予感がする。話を聞いてきても?」
「――俺も行く」
エドガーが右手をのばし、腰の剣を軽くたたく。
(ま、喧嘩してたんだとしても、エドガーなら大丈夫でしょう)
彼が成績優秀者であったことは、同級生であったシルヴィはよく知っている。成績は貼り出されるものだし、実践訓練で同行した生徒の話も聞いている。
何かあっても、シルヴィが庇えば済むことだし、彼なら基本的に自分の身くらい自分で守れるはずだ。
「どうしたの? 何があった?」
「シルヴィ!」
シルヴィの姿を見て、こちらに駆け寄ってきたのは、引っ越してきた日にシルヴィに声をかけてきた女性だった。
最初にエドガーとこのあたりを訪れた時、息子が冒険者としてデビューするので、付き添いを頼みたいと言っていた彼女だ。
「――息子を助けて!」
「助けてって、どういうこと?」
「付き添いを頼むって言ったんだけど、勝手にダンジョンに行ってしまったみたいで。魔物に囲まれて、脱出できないって、今――今、脱出に成功したメンバーから知らせが」
「馬鹿じゃないのっ!」
思わず鋭い声が出た。
冒険者には、シルヴィ達のようにエイディーネ学園を筆頭とした冒険者育成機関に通わなければなれないというわけではない。冒険者ギルドが行う研修に参加し、入会試験に合格すれば、初級冒険者にはなれるのだ。
「初心者がダンジョンに入る時は、付添人が必須だっていつも言ってるのに!」
どれだけ育成機関で優秀な成績をおさめようが、冒険者免許取得試験に高得点で合格しようが、それはあくまでも机上の論理。
実戦の場では、ノウハウを先輩から学ぶのが鉄則だ。
だが、冒険者になろうなどという人間は大半が血の気が多く、「自分達なら最初からダンジョンに潜って大成功」という根拠のない自信と共に、いきなりダンジョンに入る者もいないわけではない。
「わかった。すぐに行ってくる。私は蘇生はできないから――急いだ方がいい」
頭の中で、昨日聞いた母のスケジュールを確認する。今日は家に客人を招くと言っていたから、何かあったらその場で実家に転送陣で飛べばなんとかなりそうだ。
「すぐに行くって、シルヴィ武器は持ってないだろうに」
「別に丸腰ってわけでもないわよ? 防具は持ってきてないけど、武器はここにあるし」
シルヴィは、バッグの中から扇を取り出した。レースで飾られた扇は、とても繊細で美しい品だ。
「これのどこが武器――うおうっ!」
ぴしりとその扇で腕を叩かれ、エドガーは目を見張る。思っていた以上に、重い打撃だったようだ。
「これ、鉄扇だから。というか、このあたりのダンジョンの魔物なら、素手でもいけると思うけど」
だてにラスボスルートで君臨する女王様ではない。
このあたりのダンジョンは、低級な魔物しか出ないし、素手でもどうにでもできる自信がある。
「助けに行ってくるから、ギルドに救援依頼を出しておいて。勝手に動くと怒られるから。そこ、ちょっと場所あけてくれる? それで、どこのダンジョンに行ったの?」
「み、南の……」
「このあたりじゃ、一番強い魔物が出るダンジョンじゃない。付添人もなしに、いきなりあそこに行くなんて、やっぱり馬鹿」
シルヴィはバッグから取り出したチョークで、転送陣を広場の地面に書き始める。悪用されないように、片道一回限りのものだ。





