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逃がした魚は、あまりに大きい

 とんでもない話を聞かされたのは、シルヴィの農場に通い始めてから十日ほどが過ぎた時のことだっただろうか。


「……兄上が呪われていた?」

「はい。城で働いている者の中にも、その影響を受けている者が多数おりまして。それで、殿下にも影響が及んでいないか、調査させていただきたいのですが……」


 目の前にいる侍従にそう言われ、エドガーは眉間に皺を寄せる。

 クリストファーは、一応学園に在籍はしたが、その成績は凡庸だった。

 だが、学園の成績が凡庸であったとしても、王になるにはなんら支障はない。クリストファーのよいところは、有能な人材を見つけ出し、能力を伸ばすのに力を貸すことをためらわないことだった。

 二歳しか違わないということもあって、幼い頃からクリストファーと一緒に過ごす時間は長かった。


 エドガーの才能を真っ先に認めてくれ、どうやったら短期間で伸ばすことができるかを考えてくれたのもクリストファーだ。

 平民であるカティアを鍛えるために学園に日参していたのも知っていたが、彼女は有能な回復魔術の使い手だ。

 その能力を伸ばしてやりたいのだと思っているのだとしたら、不自然な行動ではないと思っていた。


 魔術に限らず、どんな技術であっても、使えば使うほど伸ばすことができる。

 クリストファー自身の鍛錬を兼ね、上級冒険者の護衛をつけて、ダンジョンの探索に赴いた時に、古い魔族の呪いを受けたらしいのだ。


「――わかった」

「では、すぐに行きましょう」


 侍従に連れられ、エイディーネの神殿で厳密な調査を受けた結果、クリストファーだけではなくエドガーも呪いの影響を受けていた。


(……だから、あんなに頭に血が上っていたのか!)


 その時になってようやく悟る。

 クリストファーが”シルヴィアーナ”を糾弾した場。あの時はシルヴィアーナとシルヴィが同一人物だとは知らなかったから、クリストファーから”シルヴィアーナ”を守るつもりで同席した。


 だが、兄が彼女にとびかかるのを抑えていた割に、彼女に向かって吠えたてていた自覚はある。

 ”あの”メルコリーニ家の面々が呪いに気付かないのはおかしいと思っていたが、”血まみれ聖女”の二つ名を持つ公爵夫人は、呪いの解除は不得意なのだそうだ。

 怪我の回復、毒や麻痺などの状態異常からの回復、死者の蘇生は得意なのだそうだが、昔の魔族の呪いというのは、また別方面らしい。


 結局、クリストファーの処罰は、呪いの解除が終わってからだ。王家の人間は”魅了”されないよう、抵抗できるようにアミュレットを常に身に着けてはいるが、昔の魔族の呪いにまでは対抗できない。今は失われた技術だからだ。

 呪いのことはともかくとして、シルヴィにエドガー個人としての謝罪もしなければならないと思っていたが、謝罪の隙はない。

 それを見越したように、畑の柵を修理する作業の間、シルヴィの方から呪いのことを話題にされ、頭が上がらなかった。

きちんと詫びなければと思っているのに、口から出てきたのはたったの一言。


「慰謝料の上乗せをしてくれたら問題ありませんー!」


 そんなことを言われたら、慰謝料を全力で上乗せしなければならないという気になる。それと同時に、彼女の懐の深さにはかなわないのだと思い知らされた。


「そうだ。まだ、私の見張りは必要なの?」


 そうシルヴィが口を開いたのは、彼女の家のキッチンに招かれてペンネアラビアータを食べている時だった。

彼女の料理は、その日の気分によってメニューが変わる。野菜などいらんと言いながら、ハンバーガーとポテトだけ出てくる日もあれば、品数が多い日もある。

その日は、サラダ、スープ、ペンネアラビアータ。おまけに食後にはブラウニーも用意されていた。


 シルヴィいわく、「慰謝料の上乗せ分の労働力を提供してもらっているのだから、食事ぐらいは出すべきだ」ということなのだそうだが、人がよすぎやしないか。

あがりこんでいる自分が言うのも変な話だが、こちらに悪意があったらどうするつもりなんだ。


 ――いや、彼女に襲いかかろうという無鉄砲な人間がいたとして、勝てるとも思えないのだが。


「……そう、だな」


 歯切れが悪くなったのは、彼女を見張る必要はないと思っているからだ。

この農場を買ったのは本当に偶然で、王家になんらかの企みを持っているというわけではない。それどころか、その気になりさえすればいつでも王家をつぶすことができるのにやっていないだけだということもわかっている。


「それなら、持ち出し禁止の仕事はしかたないにしても、ここでできる仕事はここでやれば? ずっと気になってはいたのよねー。一国の王子が、毎日ここに来てたら本来やるべき仕事が、とどこおるわけでしょ? 視察とかはここにきてない時にまとめてるんだろうけど」


 それを突っ込まれると弱い。思わずうっとうなったら、シルヴィは軽やかな笑い声をあげた。


「それで王家が回ってるなら、いいんだけど、そろそろ体力も限界でしょ? ここに仕事持ってくればいいじゃない。慰謝料の上乗せ分はまだ全部払ってもらったわけじゃないし、手はいくらでも必要だし」


 シルヴィが指したのは、一階の一室だった。シルヴィが、作業部屋として使っている部屋だ。大きなテーブルと、棚があるだけのシンプルな部屋であることをエドガーも知っている。


「テーブル使えば、書類広げるのには問題ないだろうし。”ナンデモハイール”一個あげるから、資料とかはそこにいれて持ち歩けば?」

「ちょ――シルヴィ、ナンデモハイール一個あげるとか気楽に言うな!」


 シルヴィの感覚が、他の人間と違うのは、先日のミスリル針金の件で理解していたつもりだった。だが、アイテムボックスを気楽にほいほい渡すのはだめだろう。

ナンデモハイールとは、収納魔術のかけられている入れ物だ。一定の分量まで、荷物をおさめることができ、重さも変わらないし、中に入れたものが劣化することもない。

ボックスとは言うが、バッグの形になっているものもあるし、ポケットに仕込んである場合もある。


「なんで? 値崩れすると、ナンデモハイール作ってる職人が困るだろうからばらまいてないけど、私が作ったものだから、気にしなくていいのに」

「そこでさらっと自分で作ったとか言うな!」


 彼女の存在が反則のようなものなので、今さらなのだが。

 ナンデモハイールは”空間”属性を持つ者にしか作ることができない。そして、空間属性を持つ者はさほど多くない上に扱いが難しい。その分、ナンデモハイールは、非常に高価な品なのだ。

属性のない魔術も苦労すれば身に着けられるが、手間がかかるし、よほどのことがなければ自分ではやらない。


エドガーも雷の属性しか持ってはいないが、これはこれで役立つので気にしていない。

 だが、シルヴィはと言えば。火風土水の四大精霊全てを呼び出してこき使える上に、精霊魔術だけではなく、属性魔術の方も身に着けている。

値崩れするレベルの数のナンデモハイールを作れるとは、どこまで自分を鍛え上げてきたのだろう。


(――馬鹿じゃねーの!)


 自分の兄に対してなんたる言い草かと自分でも突っ込まずにはいられない。だが、これを馬鹿と言わずしてどうしろというのだ。

 学園では見せないようにしていたが、S級冒険者。その力で王家に絶縁状をたたきつけることもできたのにしなかった。


 こんな人材が目の前にいたというのに、カティアに入れあげ、彼女を鍛えるためにダンジョンに入った挙句呪われる。

 エドガーは、兄が逃した魚が、あまりにも大きかったのではないかということを改めて痛感したのだった。

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