元冒険者は、ギルドに行きます
冒険者ギルドとは、ダンジョンに潜る者達を管理するための組織だ。なにしろ、この世界では、ダンジョンが生活を支えていると言っても過言ではない。
ダンジョンの魔物から取れる魔石は、ありとあらゆる生生活器具に使われているし、ダンジョンで採取される植物は、貴重なポーションの材料となる。あと単純に、ダンジョン産の野菜や果物は普通に地上で育てられる農作物よりおいしいし、栄養価も高く、市場で高値で取り引きされる。
「おい――気をつけろ」
「あら、ありがとうございます」
二人のすぐ側を馬車が通り抜ける。エドガーがシルヴィの腕を引いて引き戻した。
「馬車に引かれた程度じゃ、お前は死なないんだろうが気をつけろ」
「死なないでしょうけど、痛いものは痛いですよ?」
死なないとわかっていながらも、引き戻してくれるあたり意外に親切らしい。ちょっぴりエドガーのことを見直した。
ちょっぴり、ほんのちょっぴりだ。
「まず、どこに行くんだ?」
「最初は、冒険者ギルドです!」
ウルディの市街地にある冒険者ギルドを、シルヴィは迷うことなく目指した。
ギルドの入り口を入るとすぐ、そこは広い空間となっている。
左右の壁に依頼の張り出されている掲示板。右手が初心者向けで、左手が上級者向けだ。
希望する依頼があれば、そこから依頼書を剥がし、奥に並ぶ受付のところで受付をすれば仕事に出られるというわけだ。
テーブルや椅子が置かれ、掲示板の依頼を確認したり、仲間達と相談するのに使われている。
「よう、シルヴィ! 本格的にこっちに来ることにしたのか?」
左手のテーブルに固まっていた一団のうちの一人が、シルヴィに向かって手をあげる。シルヴィはそちらに軽く手を振って返した。
「まあね。町はずれの農場をいよいよ稼働させようってわけ」
「お前と一緒なら、どの依頼も楽勝だよなー。うちのパーティー入るか?」
「やめてよー。やっと引退したところなんだから。でも、一応登録はしておくつもり。何か困ったことがあったら声をかけて」
「おう! 大物が出たら声をかけるよ」
ここでは、誰もシルヴィのことは公爵家の令嬢だなんて知らない。
冒険者となってあちこちの町に行かされたが、シルヴィにとって一番居心地がいいのはこの町だ。
(……やっと帰ってきたって感じ!)
もちろん公爵家の両親に対する愛情もあるが、自分で買った農場もあるし、この町に対する愛着もある。離れるつもりはない。
「お前、有名人なんだな」
「そりゃ、私、S級冒険者ですからね。ウルディは近くに実入りのいいダンジョンもないし、魔物がダンジョンから外に迷いだすケースも少ないから、B級以上の上級冒険者はほとんどいないんですよ」
G級から始まる冒険者のランクは、GとEが初級冒険者、DとCが中級冒険者、そしてそれ以上が上級冒険者として区分されている。中でもS級というのは非常に珍しく、現在この国にはシルヴィしかいない。
シルヴィの言う実入りのいいダンジョンとは強い魔物の出るダンジョンのことである。魔物が強ければ強いほど、大きな魔石を落とすのだ。
「冒険者は引退するんじゃなかったのか?」
「引退はしますよ? 今後はダンジョンに入るのじゃなくて、農場での仕事をメインにやってくつもりなので――ただ、どうしたって、冒険者としての力を求められる時が出てくると思うんですよね。そういう時に、見ないふりをするつもりはないですよ」
またもや意外だというようにエドガーがこちらを見る。
(いちいちそんな目で見なくてもいいでしょうに)
クリストファーに攻撃材料を与えるのも面倒なので、学生生活を送っていた間は、異性とは必要以上に接しないようにしてきた。
親戚でもあるし、本来なら幼なじみとして親しく付き合ってもおかしくない間柄なのに、互いのことをほとんど知らないのは、そんな事情もある。
「――てっきり、都から離れたところでお前の力を好きなように使うつもりかと思っていた」
「……なんでそうなるんですかねぇ」
「兄上とのやり取りを見てたらそう思うだろ」
「あれは、クリストファー殿下の方に問題があると思いますよ? 私だったからまだいいけど、普通だったら死んでますからね? うちの母なら、蘇生くらいはやれると思うけど」
室内でいきなり火の玉をぶつけてくるとか、普通なら死んでいる。
普通なら、ではあるが。
それを叩き返したのは、クリストファーとの差を思い知らせるためであったが、やり過ぎたと言えばやり過ぎたか。
ちなみに、壊した壁は、シルヴィが『修復』スキルで元の通りにしておいた。農場で壊れた農具や家具を修理するのに使うつもりだったのだが、最初に使うのは王宮の修理になるとは思っていなかった。
(……取れる限りのスキルは取っておいてよかったと言えばよかった)
受付に話をするまでもなく、シルヴィの到着は、誰かがすぐに奥に話をしてくれたらしい。冒険者ギルドの長であるギルドマスターが慌てた様子で出迎えてくれた。
「――シルヴィ、やっと来てくれたのか……って、そちらの方は!」
「しーっ! とりあえず、部屋に通してくれない?」
出てきたギルドマスターは、シルヴィに微笑みかけたが、隣にいるのが誰なのか、すぐに気づいたようで、三階のギルドマスター専用部屋に通される。
そこは、内密の話をするために用意されている部屋で、中の話が外にもれないよう幾重にも結界が張られている。
「なぜ、エドガー殿下がこちらにいらっしゃるのです? 何か、王家の方で問題があって、シルヴィに依頼をしたいとかでしょうか」
ウルディのギルドマスターは、気のよい大男だった。シルヴィアーナではなく、シルヴィとしての彼女とはすでに三年の付き合いである。
公爵家の令嬢としてではなく、単なる冒険者として扱ってくれるのでシルヴィにとってはありがたい相手でもあった。
「いや、今のところ問題はない――この、シルヴィ・リーニが問題でな――というか、問題だと思っていた」
今までのやり取りで、エドガーのこちらを見る目に少しばかり変化があったらしい。
王家に喧嘩を吹っ掛けたつもりではなかったのだが――売られた喧嘩を必要以上の高値で買い取った自覚はあるので若干いたたまれない。
「やー、婚約破棄してこっちに移住してきたらさあ、私の農場、殿下の領地だったらしくて! 王家に歯向かっておいて、王家の人間の領地に住むだなんて、何か裏があるんだろうってしつこいのよ」
ウルディの町自体は、レンデル伯爵という貴族の領地なのだが、シルヴィの住んでいる農場は、ここ十数年の間に開拓された場所なので、昔はウルディに属していなかった。
あははっと笑うシルヴィに、エドガーはじろりと信じていないという目を向けた。
「当たり前だ――と、ギルドマスターは、お前の身元については知ってるのか?」
「知ってますよ。心臓が止まったら、父に連絡がいくよう特殊な魔術設定してあるので、何かあったら父が探しに来てくれるでしょうけれど。ギルドマスターには、仁義は通しておくかなって」
「とんでもない人間が転がり込んできたとは思いましたが、こっちは嫌とは言えませんよ」
そう話すギルドマスターの顔は、少々ひきつっている。
最初に話をした時、衝撃のあまり元熟練の冒険者であるギルドマスターが、意識を飛ばしそうになっていたのをシルヴィは思い出した。
「やーね、マスター! その分、いっぱい稼がせてあげたじゃないの。たまってたB級以上の依頼、全部片づけてあげたでしょ?」
「それは助かったけどな。殿下を連れてくるなんて想定外だ」
「誰も頼んでないわよー。今話した事情があるから、私を監視したいんですって。しばらくしたら飽きると思うの」
王家の人間に対してすさまじい言い草ではあるけれど、シルヴィとしてはおもねるべき相手でもないので、基本放置する構えだ。
「……そうか、まあほどほどにしておけよ」
シルヴィのあんまりな態度に、ギルドマスターはさらに顔をひきつらせた。
(……今度やっかいな案件があったら、無償で手を貸してあげよう)
ウルディに住む以上、ウルディの人間に手を貸すのは当然のことだ。ギルドマスターにはお世話になっていることでもあるし。





