第5話 【贈り物】
「それじゃ。俺1回うち帰るから。またすぐ帰るね」
「うんっ、早く帰ってきてね。」
彼女は僕にキスをして送り出した。
彼女の下宿しているマンションで半同棲のような生活を送っている僕は、何となく週一くらいのペースで実家に帰っていた。帰る理由としては、飼ってる猫の顔みたいとか、実家に家賃入れないとダメだったりとか。後やっぱりずっと一緒にいると彼女もしんどいかなとか、自分もたまにそう思う時があったり。
恋人と会えない時間を作るというのは必要なことだそうだ。夫婦の関係が続く理由は、仕事の時間、つまり半日ほど合わない時間があるからだという。
大学でも家でもずっと一緒というのは、稀に疲れたりすることもあった。
1時間半ほどかけ、実家に着く。二年前建てられた一軒家だ。鍵を開けると家の中から犬の鳴き声がする。ドアを開けると犬と猫がお出迎えしてくれた。
「よ〜しよしよしよし」犬と猫をワシャワシャと撫でた。1階リビングに入ると母親がいた。「ただいま」と言って少し話をした後、2階の自分の部屋に向かった。猫がついてくる。
「久しぶり〜〜、何してんだ〜??」抱き上げ、猫の顔と体を撫でながら話しかけた。やはり実家は落ち着くな。なんというか安心感がある。ご飯も出てくるし。食費がかからないのは大きいところだ。
お風呂に入り、ご飯を食べるとすっかり眠くなってしまいその日はさっさ寝る準備をして寝てしまった。
日曜日の朝。僕は母親のその焦りと多少の怒りの混じったような声で目が覚めた。
「ちょっと!」
「なに…?」眠い。寝起きの悪い僕は大分イラッとした。母親の声というのはなぜこんなに頭に響くんだろう。
「これ何かドアに引っかかってたんだけど!」
どうやら朝玄関に煙草を吸いに行った時何か見つけたらしい。母親が手に持っていたのは小さな紙袋だった。何だこれは。
「なにそれ。」
「怖かったから中身見てみたけど何かお菓子と、何か包装されたやつ入ってたよ、財布…、変な財布!あと手紙、何なのこれ」
自分の心臓の音が大きく聞こえる。母親から紙袋を受け取った。
「まあ、俺見とくよ。ありがと。」
「もうほんと怖いから勘弁してよねぇ〜、爆弾かと思ったじゃない。」
爆弾ではないだろなんて思いながら紙袋の中を見ていった。
中身はたしかに、手作りと思われるお菓子。変な色の財布。そして手紙。
手紙を開く。「何だよこれ…」
これからも私だけを想ってね。
あんな女早く消してよ。見てると嫌になる。
あなたが本当に愛してるのは私なんでしょ?
知ってるんだから。
あと、財布壊れてたよね。財布入れておいたから使ってね。
手作りお菓子も入れてみました。食べてね。
それじゃ。また会おうね。
紙袋の中に透明のビニール袋があり、それにクッキーが入っていた。
もしかしたら彼女か…?悪い冗談でもしてきたのだろうか。全然面白くないけど…。彼女に電話してみる。「まだ8時半だけど、起きてるかな…」
1コール…2コール…3コールと続き、いよいよ彼女は電話に出なかった。
「くそ…」仕方ない。とりあえず調べよう。僕はまずビニール袋の口を開きクッキーを取り出した。
見た目は特に変わった様子はないけど…。半分に割ってみる。その瞬間僕は声をあげそうになったが、ぐっと堪えた。クッキーの中には髪の毛が5本ほど無造作に入れられていたのだ。クッキーから生えている髪の毛のその見た目の気持ち悪さ、狂気性に震える。
動悸が激しくなり、呼吸が荒くなる。
恐る恐るもう1枚取り出す。するとチクッとする感覚があった。見ると今度はすぐわかった。
「爪……」
こんなの犯罪じゃないか…。狂ってる…。毛や爪があるなら、唾とか血、いやそれ以外のものも入れてるに違いない…。ダメだ。何なんだこれ…。
次に財布を調べる。変な色合いの長財布だ。
中を開いてみる。薄い四角形の白いスポンジが入ってる。何にもないのか…?中には何も入っていない。
僕は財布を机の上に放った。財布は平面の部分から落下した。すると、コンッという何か硬いものが当たる音がした。
えっ。
僕は背筋が凍った。ボールペンなどを立てている入れ物から、カッターを手に取った。
「はあ…はあ…」手が震える。
その時唐突に携帯電話が鳴った。うっ、という声とともに身体が跳ねた。
財布を手に取り勢いよく財布の表面を切り裂く。
硬い金属のような感触。
戦慄。
「もしもし…」
「もしもしぃい〜、なぁにどうしたのさ、こんな朝っぱらから」
「なあ、お前俺んちになんか送った…?」
「なに?」
「だから、うちの玄関に何か置いてったか?って…」
「置いてないよ、ていうか私大水くんち知らないじゃん」
そうだった。彼女は僕の家の住所を知らない。
知っているのは住んでる市だけだ。
「もしもし〜?何かあったの〜?」
「やばいよ、絶対やばいよ……」
「どうしたの?」
「あぁ………」
「もしもし??大水くん?何かわかんないけど、とりあえず会おうか?」
「あ、ああ。頼むよ…」
「OK。じゃあいつもの駅の噴水広場で集合ね。また出る前に連絡する」
「うん…わかった…」
電話が切れ、沈黙に飲まれる。
ぼーっと「贈り物」を見ていると猫が部屋にやってきた。頭をスリスリと擦り付けてくる。猫を撫でる僕の手は少し震えていた。