第4話 【別れ】
宮崎さんへの想いを抱えながら付き合いを始めたとはいえ、僕はエリコとちゃんと付き合おうとした。
最初の1ヶ月ほどは楽しかったし、エリコの事も好きだった。僕がエリコと付き合い出して2ヶ月ほどたった頃だっただろうか。
部活でエリコが後輩の男子とすごく近い距離で自分といる時よりも楽しそうな大きな笑い声で話しているところをよく見かけるようになった。以前からそうだったのか。彼氏になったから目に付くようになったのだろうか。
最初の頃はそれも、そんなものなのかな。と思うようにしたりして我慢したのだが、さすがに毎日見るのが嫌になってエリコにそれを伝えた。
「男子話すのはいいんだけど、嫉妬しちゃうからもう少し笑い声の大きさとか、控えめにしてくれないかな」と。
エリコはそれを素直に了承した。だがしかし、その後も全く治る気配もなく、むしろ悪化して言ってるような気がした。少々うんざりするが、僕は年上だったし、男だし、そういうところはあんまり言うもんじゃないという風潮も何となくある気がしたし、周りからもそんな風なことを言われた。
それでもあの笑い声はやっぱり嫌だったからたまに言うこともあったけど、それが治ることはなかった。
そんなある日。気分転換と、部活に久しぶりに宮崎さんがやって来た。部活の様子を少し見に来ただけのようだった。
宮崎さんは僕に声をかけてくれた。久しぶりに宮崎さんと話せて正直すごく嬉しい。
「大水くん、彼女とどう?」
エリコはいつもの後輩の男子と大きな笑い声を僕の耳に届けている。
「まあ。普通ですよ…」
「そうなんだ!よかったね〜」
いつもの純粋な宮崎さんの笑顔だ。可愛い。胸が締め付けられる感覚。
「花火大会一緒に行けなくてごめんね〜」
「あ、いや、僕こそ忙しいのに誘っちゃってすみません」
「でも、エリコちゃんと行ったんだよね?二人付き合ったし、なんか楽しそうでよかった〜」
どういうつもりで言ってるのだろう。何で僕みたいなやつにそんな事。勘違いしてしまうじゃないか。その時少しだけ、ほんの少し。あの時誰とも花火大会に行かなければよかったかなと後悔した。「今日は一緒に…、帰れないかっ」笑って僕に言う。続けて宮崎さんが言った。
「お幸せに。大水くん」
その日の帰り。エリコと帰る時は大体憂鬱気味になり、何となく話し方とかもテンションが低めなのだが宮崎さんと話したおかげか、少し心に余裕があった。今日はいつもより普通に話せそう。
だがその日はエリコが違った。いつも馬鹿みたいに自分の話をしてくるのに、今日はあまり口を開かなかった。結局駅で別れるまで、ほぼ話すことは無かった。家に着き、とりあえずメールをしてみた。
「今日どうしたの。なんかあんまり話さなかったけど。」
大体予想はついている。
いや、普通だったよ〜!と絵文字と共に送られてきた。
面倒くさい女だ。普通なわけが無い。メールの文面でも何となく伝わる。
「え〜ホントに?なんかあったら言ってよ?」
すぐに既読がついてから数分後。メールが返ってきた。
「今日宮崎先輩と話してたでしょ?あれがすごい嫌だった。」
僕は深くため息をついた。
「そうだったんだ。ごめんね。もうなるべくやめるね。」
「うん、お願いね!ほかの女子と話してるの見るのホント嫌だ〜」
僕にはそもそも女友達がいないと言っても過言ではないほどいなかった。というかいない。
だから女子と話すなとか言われても滅多に話さないし、別にこれといって苦痛になるわけでもなかった。
ただ、エリコは部活の時相変わらずだった。聞けば部活の時以外も後輩の男子がクラスに遊びに来たりしてるらしい。それはまあいいとして、とにかく部活の時の笑い声をなんとかして欲しかった。僕の耳に届く距離で僕といる時よりも楽しそうな笑い声をやめてくれ。
何度か言ってみたりもした。ちょっと笑い声の大きさを控えてくれないかな。と。その度それを了承するのだが、無駄だった。まったく治らない。
いよいようんざりした頃。後輩の女子の森川さんという子と、部活の時たまたま話すことになった。
「大水さん〜、エリコと仲良さそうですよね〜。私彼氏と別れたんですよぉ」
「あらら、別れちゃったんだ。どしてよ」
「私が男子と話してたらめっちゃ怒るくせに、あいつ女友達と話すんですよぉ。もうそれありえないなと思って。別れました〜」
森川さんは何だか楽しそうに話している。さぞかし清々してるんだろうな。
そういえば以前エリコが言っていた。森川さんの彼氏って自分はいいけど相手に押し付けるとかいう人なんだって〜。酷いよね〜。って。
「そうなんだ、そりゃひどい彼氏さんだったね〜」
「ほんと、最悪ですよ〜」
その日も例のごとく、エリコはご機嫌斜めになっていた。
なんだ。あの一瞬でもダメなのか。
前回のように、どうしたの。と訊いた。もはや訊かなくても分かりきっているのだが、とりあえず相手からホントのことを聞きたかった。
「森川さんと話しててもう部活どころじゃなかった」
もちろんこの日もエリコは後輩の男子と大声で笑いながら話していたのに。僕はイラつきもピークを迎えそうだったのでいよいよ言った。
「でもエリコ俺も嫌って言ってるのに後輩くんと大声で笑いながら話してるじゃん。それなのに俺にだけそういうの求めるのっておかしくない?」
既読がつく。返信を待たずもう一度送信した。
「それじゃ、エリコが酷いって言ってた森川さんの元カレと一緒じゃん。」
返信は割と早く返ってきた。「それ言われたら何も言えないんだけど〜…」
正直。もう別れたかった。
でも、今別れると部活内で何か言われたりするのも嫌だし、一歩踏み出すきっかけがなかった。後押しするものが。
そうして僕は我慢することを選んだ。
あの笑い声とエリコに耐え続た。慣れなんてしない。一人抱え込んだ。別にエリコに報復を与えたい訳じゃない。僕の絶対的な味方が欲しかった。それが現れることはなく卒業式の日に至った。
学校を卒業するということに悲しさの欠片も感じない。一番思ったのは「もうあの笑い声を聞かなくていいんだ」ということだった。
どこか出かける時も全く提案しない。僕がどこ行こっかなんて聞くと「ん〜。なんでもいいよ」と応えるだけ。黙ってついてくるからいいってもんじゃない。なんでもいいなら、なんでもいいで適当な提案でもいいからほしかった。僕が全部考えないといけないのはしんどかった。
メールや、話をする時も自分の話ばかり。僕が悩んだりする時も関係ない。すぐに話をすり替える。
そのくせ大事なところは自分の意見を言わない。僕にわかってほしいのだという。分かるわけない。
僕はエスパーでもなければ少女漫画のヒーローでもないのだ。
そして何より自分はしないけど相手に要求してくるあの性格。治そうとしない態度。
僕が抱いていたのはもはや嫉妬ではないような気がする。怒り。あの理不尽な付き合いに怒りを感じていたのだ。
助けてくれる人もいない。僕が何か言えば大概「男だし〜」とか「それくらいが可愛いよ」とか。適当なことを言ってエリコをかばう。
そういえば大学に入ってすぐの頃、一度だけ宮崎さんとご飯に行った時、エリコとの事を話すと「そうなんだ、確かにめんどくさそう、大変だったね。」って言ってくれた。宮崎さんは誰の味方でもないような人だったけど、そう言ってくれて僕は素直に嬉しかった。
とにかく僕はもう高校を卒業したのだ。
これで部活にも行かなくてよくなった。
それからまもなく、僕は今の彼女と大学で出会い。
エリコに別れを告げた。