第8話【分岐】
22時頃。彼女が帰ってきた。
僕はとりあえず無言電話の事を話した。でもなんとなくドアの件と、手紙のことは黙っておくことにした。理由は。特に無い。言ったところでどうにもならないと思ったからだ。
「そりゃ怖かったね…、ごめんね。」
「いいんだ。大丈夫」
静かなトーンで応えた。
「言ってくれたらすぐ戻ったのに…」
「大丈夫だって…。別に何ともなかったし」
そんなこと言えるわけないだろ。内心イラッときた。彼女の言っていた「絶対守る」という言葉は何だったのか。あの時適当に口から出たでまかせなんだろう。いや、わかってた。わかってたけど…、無性に腹が立ってしかたない。
「大丈夫じゃないよ!!」
彼女は立ち上がり声を上げた。
「大水くん!!私が一番大事なのは、大水くんなんだよ!?そりゃ、今回は何も無かったかもしれないけど、もし何かあった時後悔してからじゃ遅いじゃん!!」彼女の目には涙が溜まっていた。
「自分だけの体とか思わないで!大水くんが傷付いたりすると私も辛いの!!自分の為だって思われるかもしれないけど…、でも私には…、私には……」
「ごめん…」僕は彼女を抱きしめた。彼女も僕を強く抱き返した。僕の胸元が彼女の涙で濡れる。
「信じて…、一生かけて、大水くん…、守るから。私だけはそばに居るから……」
その言葉だけで、僕は救われる。そもそも彼女に過度の期待を寄せないようにしていたんだ。
行動なんか起こさなくていい。そう言ってくれるだけで僕は心強い。
次の日。気分が悪い。僕はそう言って大学を休むことにした。
「私も休む、大水くん一人にできないよ」
「いいよ、ほんとに大丈夫だから。寝てるし」
「ダメ。私も一緒にいる」
「そう。ありがとう…」
彼女は家で僕の看病をすると言って学校を休んだ。
ずっとベッドのそばにいてくれた。
僕はほんとに、いい彼女を貰ったんだな。
梅雨の湿った空気。未だどこかで見られているような気持ち悪さ。相変わらず雨はあがる気配もなく、空は鉛色の雲で覆われていた。
17時14分
「ねぇ、コーラ買ってきてくれないかな…」僕はそう言った。彼女は嫌な顔一つせず、ニコッと笑って応えた。「いいよっ。他に欲しいものある?」
「ん〜、お菓子類…」
「了解、ちょっと待ってて。コンビニに買いに行ってくるね」
彼女はささっと用意を済ませた後、僕の頬にキスをして「いい子にしてるのよ」と笑って頭を撫でた。
可愛い女。好きだ。僕は彼女の腕を引っ張り自分の元へ引き寄せた。強く抱き締め、キスをする。柔らかい唇。頬。手。胸。暖かい首筋。サラサラの髪から香るシャンプーの甘い匂い。どれも愛おしい。
「だ、大胆じゃないですか…」彼女は顔を赤らめて言った。僕が彼女を離すと、待っててね。という言葉を残し部屋を出た。
愛してる。
僕は紙を一枚取り出し、ボールペンで手紙を書いた後、いつか家具を組み立てるのを手伝った時に用意した金槌をショルダーバッグに入れて、彼女と過ごしたワンルームの部屋をすこし見渡してから部屋を後にした。
ここから僕の母校までは電車で1時間ほどかかる。
学校に着く頃は18時過ぎくらいか。
電車に乗り込む。車内は人こそ少なかったが、じめっとした空気に包まれていた。ベタベタする。暑い…。
窓の外を眺めていると彼女のことを思い出して、今からなら引き返せるんだ。そんなことを考えてしまっていた。
もう引き返せないぞと言うように、快速急行の電車は僕を母校へと運ぶ。携帯には彼女からのメールや着信がきていた。僕はそれ見ると、涙が出そうになり、携帯をカバンにしまい込んだ。
母校の最寄り駅に着く。二度と来たくなかった場所。ここに来るとあの過去を思い出してしまう。あの笑い声。
怒りが込み上げてきた。
学校から少し離れた場所かエリコが出てくるのを待つ。
19時42分
雨が降り続く中、僕は1人ひたすら待った。エリコが出てくるまでのこの時間。果てしなく長いように感じた。途中、もしかしてもう帰っていたらどうしようか。とも思った。正直な所、帰ってて欲しいという気持ちも心にはあった。だがその時は来てしまった。
「あ…」
エリコは学校から1人で出てきた。
あの顔。全ての記憶が鮮明に蘇る。
夏祭り、メール、理不尽な性格、紙袋、クッキー、盗聴器、エリコの笑顔…。憎い…。全てが憎い。
激怒。僕の中の怒りは限界点に達した。拳を握りしめる。
全部、終わらせるんだ。




