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捻くれ青春シリーズ

捻くれ青春模様

作者: カリーマン

初投稿。長編執筆の息抜きに。


山も谷もオチもなし。

 古賀(こが)倫斗(しなと)はパッと見、およそ非の打ち所のないイケメンである。

 頭脳明晰、才学非凡。無論、成績優秀でもある。何かに打ち込もうという中高生はとりあえず文武両道を掲げがちだが、それを不言実行できるのは彼ぐらいのものだろう。

 おまけに眉目秀麗ときている。すれ違えば老若男女問わずあまねく振り返るであろう容姿端麗さ、議論百出の余地もなく、衆口一致で彼はイケメンに相違なかった。

 しかし一方、彼が学内随一の変人と噂なのも事実だ。火のない所に煙は立たず、根も葉もない嘘っぱちは彼自身もっとも忌み嫌うものであって、訂正もせず風聞が流布されるのを黙って見過ごしているのならば、きっとそれは紛れもない真実なのだろう。

 曰く、こうだ。

 古賀倫斗はその実、およそ史上類を見ない自虐的な男子生徒である。

 あるいはそれを、また一つの魅力と捉える者もいるかもしれなかったが。そんなもの、やはり彼の表層だけをなぞって、理解した気になった阿婆擦れどもの、独り善がりに過ぎないだろう。

 少なくとも古賀倫斗の心根と、真摯に本気で向き合っていると彼自身が認めた人間は、校内に一人しか居なかった。



 春も盛りを越え、花を散らした桜並木が青々と葉を茂らせれば、冬の寒さを懐かしむ頃となった。少年少女は斯くも微睡み、その頬を心地よい風が撫ぜていく。開け放たれた窓の向こう、閑静な街並みに正午の報せは響くが、それは中途で終鈴に掻き消された。

 俯いていた顔が上がる。肩が跳ねて体は起きる。溜息と深呼吸、そこに欠伸も混じると、教師の挨拶も待たず、生徒たちは慌ただしく片づけを始めた。

 喧騒と共に彼等が去れば、物理実験室はがらんと寂しくなる。

「真面目に聞いてくれるのは、君ぐらいのものだよ」

 出ていく際、照明スイッチに指を這わせながら振り返った教師は、疲れた顔でそんな言葉を零した。緩慢な所作でプリントを纏めていた男子生徒、古賀倫斗は、彼の視線が自分のみならず、チラとどこか一瞥したのに気付く。

 教師もいなくなり、室内が薄暗くなると、古賀もようやく腰を上げた。それから如何にも億劫といった様子で、窓の方を見やる。

 果たしてそこに、勉強道具の一切も出さず、机に突っ伏して寝息を立てる女子生徒が、一人在った。艶やかな長髪が昼の日差しを受けて、仄かに白んでいる。肩から背中にかけて広がるそれだけでも、彼女の美しさは推して知れた。しかしその寝姿は美少女におよそ似つかわしくない。

 絶世の容姿を誇り、また本人も自負していながら微塵の気品も纏わぬこの女こそ、古賀に執拗なちょっかいをかける物好き、もとい学年一変人の座を彼と争う、桐風(きりかぜ)琴音(ことね)である。

 口を開けば自画自賛、立ち居振る舞いは傲岸不遜、自信過剰も度を過ぎて、咎められれば巧言令色。常時の態度はご覧の通り、放縦懶惰に相違ない。だから彼女は変人足り得る。

 そんな奴でも、さすがに俺なんかに起こされるのは気の毒だなと思いつつ――まぁそれも自業自得だ――古賀は琴音の肩に手を伸ばしかけ、一瞬考えてから机の天板を叩いた。

 数度繰り返せば、強情な少女もようやっと起き出す。もぞりと身動ぎして顔だけ上げた彼女は、首を明後日の方向に向けた古賀という、妙な光景を目にした。

「何、しているの?」

「目覚めて一番、視界に入るのが俺の顔とは辛かろうという配慮だ」

 思わずといった態で、寝起きにも関わらず涼やかな声で問うた琴音に、古賀は迷わず即答した。その耳に、小さな嘆息の音が届く。

「冗談じゃないのよね、これが。まぁ、起こすのに躊躇しなくなったぶん進歩かしら。私の起き抜けの顔、貴方だって見たいでしょう? 許すから、間抜けな真似は止めてちょうだい」

 言われてやっと、古賀は琴音と向き合った。別に彼女の寝起き顔が見たかった訳ではないが、いい加減首も痛かったのである。そうして目が合えば、琴音は自慢げに笑みを浮かべた。

「まぁ私の完成された美は寝起き程度で小動(こゆるぎ)もしないのだけれど」

 しかしその額は赤く染みていて、前髪も数本跳ねている。誰がどう見たって不完全だ。だのに愛らしい事こそ、琴音が美少女である何よりの証左なのだろう。

 だから古賀は前言撤回せねばならない。今彼の胸中には琴音の寝起きの顔を見られた満足感が、熱を帯びて広がっている。如何に変わり者だろうと彼とて男子高校生。美少女の無防備、あるいはどこか抜けているとも言える姿に、心穏やかでいられる筈もなかった。

 というわけで。

「ありがとう」

「? 何に対する感謝なのか掴めないけれど……そうね。美少女はいるだけで辺りに恵みを振り撒くものだもの。謝辞なんて聞き飽きたけれど、受け取っておくわ」

 深く追及されないのは幸いだった。己の至らなさを日々実感し猛省の毎日を送っている古賀ではあるが、手前の勝手な邪念程度なら、心中に仕舞っておくに限り、許されて然るべきだろう。

 そんな思考が表れてか、古賀の頬が微かに緩む。見逃さなかった琴音はそれを、彼の気質の好転と捉えた。

「それに」

 だからという訳でもなかろうが、どうにもこうにも嬉しくて、いやにこなれた得意げな笑みを浮かべると、常なら思いもしない事を口走る。

「自嘲自虐よりは、そっちの方がずっといい」

 あるいは寝惚け頭の鈍重な思考が、吐き出させた言葉だった。

 こうなると気の毒なのは古賀である。琴音は滅多な事で人を褒めはしない。それは大それた自信の表れなのだと、聡明な古賀は気付いている。故にこそ、恋人どころかまともな友人付き合いもした事がない古賀にとって、稀有な称賛は大いに思わせぶりだった。

 邪念もさすがに度が過ぎると、古賀は己が許せなくなる。純粋に純真に純情に、自身は最低最悪の人間であると信じて疑わない彼だから、基本的に自己嫌悪とは無縁。しかし今日はその限りにないようだ。

「またくだらない事を考えているわね」

 様子の変化に目敏く気付いた琴音が言った。

 元より言葉数の少ない古賀。その情緒に気付くは難い。だからこの少女、不精なようでよく見ている。実際欠伸を噛み殺しながらのたまう様は、本当にくだらないと思っている風だったが。

 そも全ての始まりは琴音の一言だった。珍奇な縁が結ばれたのは偶然、しかしそれを強固にしたのは他ならぬ彼女自身。

 昨年度の終わり頃の話。怪我で一時期学校を休んだ古賀、サボタージュ故に成績が危うかった琴音、理由はまったく正反対だが、変人という共通項を持った二人は遂に、補習で初顔合わせと相成った。

「面白いわ。面白いし興味も惹かれた。だからその悪癖、この私が直々に更生させてあげる」

 泣いて喜んだっていいのよ――そう締め括って嘯いた琴音の笑顔に見惚れた事を、古賀はいつまでだって覚えている。思えばそれが、この捻くれた青春劇の始まりだった。

 ……青春劇だなんて、自認するのもおかしな話かもしれないが、一応は二人の間の共通認識である。なにせ先に言い出したのは琴音の方だ。

「で、今日もやるのか? 俺なんかの為に。蚊だって俺の血だと知れば、それを吐いて捨てるだろう程の男だぞ、俺は」

「やるけれど、それよりもその胡乱な自虐の方が気になるわね。微妙に季節も外れているし」

 それは、この先の増えるであろう蚊の被害に関して、対策を特集している番組を、つい先日古賀が見たからだった。

 して、やるというのは部活の話である。といっても部員は古賀と琴音の二人だけ。古賀の更生の為、安易に集まれる場所が欲しいと言い出した琴音が口八丁手八丁で先生を騙くらかし、創設したのだから当然だ。始まりからして不純な部活に無論、予算など下りる筈もなく。活動場所だけはなんとか、それこそその確保こそが本懐だった訳で、空き教室を借りる事が出来たが。そんな部活は――というか人数が足りないので同好会だ――名をテーブルゲーム部という。悲しい事に名ばかりで、活動初日に琴音が持ち込んだ人生ゲームは、あえなく隅で埃を被ってはいるものの、彼女がやる気なので、集まるだけは毎日集まっている。楽しいかどうかはこの際置いておくとしても、放課後を一応は学校一の美少女と過ごせるとあるのだから、古賀とて足繁く通うのに吝かではない。二人きりでもなんだかんだ間だって持っているので、存外に気も合うのだろう。

「んじゃ、また放課後。俺の顔なんて本当は二度と見たくないかもしらんが」

 忘れずに自虐も挟んで、古賀は踵を返した。ここにあまり長居する理由はない。昼食を食べる時間もなくなってしまう。

「待ちなさい」

 しかしその歩みを止める声があった。高圧的な物言いは琴音の性である。今さら古賀が気分を害す事もないが、謂れに心当たりがないので今回ばかりは不可解だ。

「なんだ?」

 いや、琴音の愛想が尽きたとあればその限りにないだろう。自身と対峙した者に、総じて嫌悪が芽生えるのは必定。そう信じて疑わない古賀だから、「ごめんなさい貴方と一緒はやはり無理」と、傍から見れば恋人の別れるシーン、しかし二人にとっては額面通りにしかならない言葉を突き付けられる自分を、辛くもなく想像してしまう。

 首だけで振り返った彼はしかし、虹彩に琴音の微笑みを映して、我知らず瞠目した。

「起こしてくれて、ありがとう」

 口から謝辞が零れ落ちる。それはどうにも他愛なく、だから今更に過ぎた。さりとて古賀は反駁できず、言葉を忘れたように立ち尽くすしかない。

「……いや」

 ようやく絞り出せたのだってその程度だ。

「忘れていたから」

 澄ました顔で言うから、古賀が惚ける訳に関心はないらしい。あるいは全て承知の上か。むしろそちらの方が琴音らしく、ならば泰然とした態度はやはり、絶対的な自信の表出なのだろう。

「では、また放課後」

 古賀を追い越し様、至って事務的な調子で紡がれた言葉が、実際それを裏付けている。何も、思わせぶりな事はない。二人、時間と場所を同じくしながら、昼食を共にするという提案がどちらからも出ない以上、距離感はこれで間違っていないのだ。

 溜息を震わせて、古賀はようやく居住まいを正した。美少女とは斯くも卑怯だ。均整のとれた笑顔は酷く蠱惑的で、その真偽を疑る気力を削ぎ、著しく手前勝手な願望を、古賀の内にすら抱かせようとする。

 顔を上げると、琴音の姿は既になかった。だからどうという事もないが、意識しないよう意識してしまっている自らを、古賀は強く嫌悪する。

 廊下に出れば、昼休みの喧騒が遠く反響して、幾重にもなって、鼓膜を震わせた。春の麗らかな日差しが人気のない、寒々しい特別棟の廊下を、明るく染め上げている。

 温く自堕落な少女。冷たい鋼鉄のような容姿がその本性を隠し、潔癖なまでの孤高を幻視させるから、誰もが騙される。春の温かさに満ちながら、殺風景ゆえに過ぎた寒を想起させる廊下に、古賀は彼女の残滓を見た。

 脳裏に刻み付ける理由はないというのに。

 彼女の笑顔の裏に意味はないというのに。

 思わせぶりな事は、何もないというのに。

 ならば、

 ならば古賀倫斗なぞが、何を想うと言うのだろう。

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