第五話 お茶会と『ルルント』
前々世の女神様の世界は『奴隷制度』があった。それが世界が滅ぶ原因として、根深く浸透していた。かなり思想が腐った世界だった。
この世界は剣の世界だが魔法の国ではない。その違いだけで、良く似た異世界は違う道を歩んでいる…………!
どうだろう? 魔法の有る無しだけではないかもしれない。『奴隷制度のなくなりつつある世界』で、私は使命もなく天寿を全うするが、可能ならば幸せな人生を送りたい。
しかし、何が私の幸せだろうと考えて、思考を深めていくと、胸の奥底に真っ黒な金庫がイメージされた。
あれ? 何? この金庫は? 金庫を開けると封印された箱が出てきた。
ペリペリと封印の札を剥がして開けると箱がでてきた。出てきた箱を開けると、また箱……を十数回繰り返すと、コロンと小さな楕円形のお菓子が出てきた。
くんくんと匂いを嗅ぐと甘酸っぱい香りがした。腐ってはいないし、カビてもいない。ジッと見ても何も思い出さない。こんなお菓子、初めて見た……かな?
ポイッと口に放り込んで噛み砕こうとすると、柔らかな食感がした。フワッと甘酸っぱいベリー系の味と香りで満たされる。胸が切なさでいっぱいになっていく。
ああ、『初恋』とはこんな感じなんだ。
翌朝、涙を流しながら目を覚まして思い出した。『ジュンイチロウ様』は、この世界にもいるのだろうか?
数日後、フィオル兄上様のから、二人だけのお茶会に、ご招待いただいた。
フィオル兄上様は、同母の兄で十二歳年上で来年は成人だ。もう一人のタナトル兄上様は八歳年上で、現在は隣国に留学中だそうで、私の誕生日に合わせて、一時帰国しているそうだ。
フィオル兄上様は、正統な次期皇帝候補と目されていて、正式に皇太子に指名されるのは時間の問題だ。味方にしておいて損はない。お茶会上等!!
う~ん。五歳児の身体に思考が引きずられて、感情的で短絡思考になっている。慎重に行動しなくては……。
ルビスに連れられて、訪れた兄上様のお茶会の会場は、皇居の一角の小さめの応接室だという。
前々世よりも、お城の規模が小さくなった気がする。城壁の中に、幾つも屋敷が点在する造りに変わりはないようだったが……。
兄上様は、前々世の記憶と見た目が変わらなかった。同じ様に、中身も優しいシスコンである事を心から祈ろう。
「フィオル兄上様、お茶会にお招きいただきまして、ありがとうございます」
「カノン、ようこそ。改めて、五歳のお誕生日おめでとう。今日は、珍しいお菓子をたくさん揃えたので、楽しんでくれ」
「わあ……素敵です!」
テーブルの上に美しく飾られた、数々のお皿の上に美味しそうというより芸術的に美しい細工のお菓子とケーキが並んでいた。中心の花瓶の花は生花ではなく見事な飴細工だった。ルビスをはじめ、私の侍女達も感嘆のため息をついた。
私の中のフィオル兄上様の好感度は急上昇中だ。
どれも、素晴らしいお菓子で全て食べるのは無理なので、日持ちする菓子は後で部屋に持ち帰れるように、手配してくれる。少しづつ、兄上様自ら取り分けて私に給仕してくれた。
「カノン、気に入った菓子はあったかい?」
「はい。これが一番好きです」
私は特にマカロンそっくりなお菓子が絶品だと思った。パステルカラーで小さく可愛いいプックリした円形が、小さなお皿に円錐形に積まれている。
あれ? 最近も食べたような気がする? あれれ?
「これは、隣国の有名なお菓子で『ルルント』という。そうか……」
『ルルント』懐かしい名だ。
「隣国からの使者の手土産でね。レシピも秘密にされているそうだ。カノンは、『ルルント』が好きなのか……」
兄上様は、赤い色のルルントを一つつまんで私に差し出した。私は、パクンとそれを食べた。
一口食べて、グッレイトォオオオ!! と、叫びたいくらいの最上級の味と品質に感激した!!
私はきっといい笑顔をしている事だろう。美味しいお菓子は正義である。
二つ目を食べようと、兄上様に許可をいただく為に目を合わせた。すると、兄上様は、無言で私の口元に、黄色いルルントを差し出した。私は、パクンとそれを食べた。
うわっ! 酸味のバランスが絶妙だ! 美味しい! ハズレなし! 全種類制覇を、あと三巡くらいしたい! 私の思考がばれているのか、兄上様は次の色のルルントを手に待っていた。色が違えば味も変わるらしい。
実に、微笑ましい兄妹の図が出来上がっていた。
「兄上様、ありがとうございます」
満面の笑みでルルントを頬張ると、兄上様は真っ赤な顔をして、口元を片手で抑えて悶えていた。
私は、ルルントが大のお気に入りになった。
はっ! 前々世で『ルルント大流行事件』を起こした気がする! でも、私の異能は封印済みだから……大丈夫かな? 一瞬、本気で焦った。
「カノン、『ルルント』を毎日食べたいと思わないかな?」
「はい。でも、毎日食べたら太ってしまいそうです」
「そうだね。でも、好きな時に食べられたらいいと思うだろう?」
「はい……あの、兄上様?」
やけに『ルルント』にこだわる兄上様に、首を傾げた。
「カノン。隣国の王様のお嫁さんになると、『ルルント』が好きな時に食べられるよ。どうかな?」
「えっ? 兄上様、急に何をおっしゃいますの?」
「実は、カノンに国外に嫁いでもらいたいのだ……。幼い妹に、ひどい提案だと思っている。しかし、帝国を救うためには必要な事だ」
「このお菓子と、何か関係があるのですか?」
「これは、帝国が婚姻を介して同盟を結びたい国々の銘菓だ。カノンの好きな『ルルント』は、東の強国アキツムラクモ王国のお菓子だ。せめて、カノンの好きなお菓子を選んでもらって嫁ぎ先を決めればいいのではないかと思って取り寄せた」
「父上様、母上様は、ご存知なのですか?」
「正直に話そう。皇帝陛下は、会議で大臣から毎日の様に進言されているが、カノンを嫁がせるのを反対されている」
「私は、まだ五歳になったばかりです」
「もちろん、正式な婚姻は成人してからだ」
「つまり、私は同盟のための人質なのですか?」
「……カノンは、思った以上に賢いのだな……! 人質ではない。血筋による繋がりで国家間の関係を強めるためだ!」
「……私は、難しい政治や外交はわかりません。ですが、帝国の皇女として政略結婚は当然だと思っています」
「本当に、カノンは五歳なのか……?」
兄上様、私だっていきなり隣国に嫁げと言われたら、パニックを起こします! 五歳の猫は、最後まで被れませんでした!
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