第三話 新たな私の人生
二度目のカノン皇女も、やはり大変そうだった。
まずは、冷静になろう! 冷静に! 冷静に! なれそうにないや……。
今回の私に役目はない。天寿を全うして幸せになる様に、神様が別れ際に励ましてくれた。だから、私の幸せ探しを目標にしようかな。
私の異能『集団的無意識の支配』は、前世の異世界で封印された。問題が一つ減った分いくらかマシだろう。
前々世と今世の違いは、『第二皇女』と、『バジェリアード帝国は、人間の国最大の勢力と歴史を誇る大国だった』の、だったって、何があったの?
この違いが、今後の私の人生にどう影響するのだろうか?
そして、私はこの世界を知らなければならない。『奴隷制度』は、この世界にもあるのだろうか?
ぶるりと身体が震えた。前々世の五歳の誕生日に、初めて奴隷の処刑を見たのを思い出したからだ。出来れば処刑を回避したい。
私はいつの間にか気持ち良く、豪華なベッドで二度寝をしていた。朝日が昇った頃に、乳母のルビスが起こしに来た。
今日は、私の五歳の誕生日。お誕生日会などは行わないが、お祝いに訪ねてくる人や、贈り物が大量に届くそうだ。
朝食の後、入浴して着替えさせられた。私は、お人形の様に、されるがままだった。乳母をはじめ、侍女のお姉様方が、せっせと私の世話を焼いてくれた。
全裸にむかれて、身体を洗われて、拭かれた。皇女カノンの記憶では、これは当たり前の事だった。
前々世の記憶のある私にとっても当たり前だ。
ただし、幼い頃から人前で全裸になる事に慣れていなければ、セレブになれない訳ではない! なけなしでも、羞恥心は必要です!
まだ、子供だからコルセットはつけない。絹の下着にパニエを何枚も重ねて身につけた。侍女たちが、一目で最高級品と分かる装飾過多なドレスやアクセサリーを準備している。
だけど、ちょと最高級品よりも質が落ちるような? 私の皇女として磨かれた鑑定眼が衰えていなければだけど……。
私はガウンを羽織らされて、乳母に抱き上げられて、鏡の前の座面の高い椅子に座らされた。ドレスを着る前に、髪をセットするらしい。
あ、等身大のお人形がある。と、思ったら、鏡に映った私だった。
うん、懐かしい。五歳にして傾国レベルの美少女。私の容姿は、前々世から変わっていないとも言える。
今日のヘアスタイルは、毛先だけがクルクル巻毛の柔らかな金髪を、両サイドに編み込みのおだんごを作ってあとは、そのまま下ろしておくらしい。
小さな顔に、左右対称で絶妙に整った配置にバサバサまつ毛の大きな深い藍色の瞳は、虹彩に金色が散って、ラピスラズリのようだ。
そういえば、前々々世の翔音の姿ってどんな感じだったかな? 実は、黒髪と黒い瞳に平たい顔の日本人だったのは覚えているのに、詳細を忘れてしまった。名前の翔音は覚えているのに、姓を忘れてしまっていた。
はっ! 愛らしいお人形が、眉間にシワを寄せて苦悩の表情を見せている。いけない! シワを伸ばそう……! 眉間に谷を作っちゃダメだ。美中年神様の様に、老けて見えてしまう!
侍女たちは、せっせと私を飾り立てていった。今日は、自室のリビングでお祝いの訪問の予定が夕方までビッシリ埋まっているそうだ。
最初の訪問者は、今世の両親だった。
身分制社会の最高位である中心人物が皇帝陛下だ。
前々世で驚かされた、キラキラしたイケメンのゴージャスなお兄さん……じゃない。疲れがたまった神経質な顔をしたおじさん……記憶より老けた父上様がやって来た。
この人が皇帝陛下で、私の今の父上様? ああ、ちゃんとカノンの記憶の父上様と一致している……。
「カノン、五歳の誕生日おめでとう」
「父上様、ありがとうございます」
ルビスから事前に教えられた通りに、膝を曲げて腰をちょこんと落として答える。
「カノン、お誕生日おめでとう。皇帝陛下と私からのプレゼントよ」
花とリボンで飾られた箱が、数個持ち込まれ、侍女に手渡されていく。私に直接渡したりしないのか…………。
「父上様、母上様、ありがとうございます」
「うむ」
母上様は、私のお礼の言葉に満足そうだった。二度目だから、死亡フラグが立ちそうな事は回避します! 私は精いっぱい表面上は子供らしくにっこりと笑った。
「うむ。カノンは賢く愛らしいな」
「ありがとうございます」
ルビスに父上様は、気難しいのであまり話しかけないように言われていた。
父上様は、前々世よりも見た目老けているけど、その分恐ろしい人なのかもしれない。それは、すぐに証明された。
ガッシャン!!
背後で、何かが落ちて割れる音がした。テーブルの上に置かれていたらしい、小さな箱が落ちている。箱の中身は香水だったらしく、漏れ出た液体から、濃厚な花の香りがする。
「無礼者! 皇帝陛下からの贈り物を壊すとは、覚悟しておろうな!」
父上様の侍従らしき人が、私の侍女の一人を怒鳴りつけている。どうやら、彼女が小箱を落としたらしい。真っ青な顔をして、ガタガタ震えている。
陛下の騎士達が、侍女を捕まえて、私達の側に跪かせた。
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