福山慧からの電話
朝は嫌いだ。それは五年以上前から変わらぬ事実らしい。
俺、斑尾南壱は大嫌いな朝を大幅に過ぎた、十二時半に目覚めた。頭が痛い。
ベッドの上でぼうっとしていると、部屋の扉が勢い良く開けられた。
「母さん」
「電話よ」
「俺、二十二だよ?」
何をわけわかんないことを、と母は呟いた。片手には電話の子機。鮮やかなブルー。
あまり部屋にノックもせずに入るのは、いいことじゃないと思うんだけどなあ。心の中で言ってから、俺は電話を受け取った。
「もしもーし」
「もしもし、斑尾?福山だけど、分かる?久しぶり」
「・・・福山。分かるよ」
茶色い髪、茶色い瞳。やけに穏やかな見た目。俺はゆっくり思い出し、頷いた。
「あぁ、それでな、悪い知らせが」
「悪い、知らせ?」
すっと息を吸い込む音が聞こえる。わざわざ家の電話にかけてきたのだ、余程何かあったのだろう。暫くの間を置いて、福山は言った。
「小池閏が死んだらしい」
シンダ、しんだ、死んだ?亡くなったということに繋がるのに少し時間がかかった。
だが、次に小池ジュンという名前は初めて聞いた気がした。
「あのさ」
「うん?」
「小池って誰?本当にごめん、覚えてなくて」
「えっ」
「ああ、ごめん本当に、俺」
意外そうな福山の声。多分五年前以降に会ってるのだ。
「ごめん、今思い出す」
「いやいや。会ってないよな。ごめん俺、つい・・・。今晩遊ぼうよ。写真見せる」
「ああ、ありがとな」
「いや。じゃあな」
電話は慌ただしく切られた。福山は大学生だし、色々と忙しいんだろう。俺は、小池ジュという人物を思い出そうとする。暫く考えた頃、卒業アルバムを見れば良いんだと気付き、引っ張り出してきた。
「小池、小池・・・」
いた。三年A組の結構最初の方。五十音順だからだろう。「小池閏」。
「小池閏」は顔の良い、女受けのよさそうな感じだった。少し和風だけえど。
でも、顔をじっくり見ても全く知り合いという感覚は生まれない。
ほんの五年前のことだ。
俺は記憶を失った。十六歳だった。交通事故で、病院で目が覚めたときに俺の見知った顔は一人としていなかった。
知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない知らない。恐怖だ。
それでも少しずつ友達や両親によって、俺の生活は元に戻りつつあった。
・・・いや、元に、かは分からない。それによく、性格が変わったと言われる。
そして、今でも不便なこと。昔の友達は、本当に仲のいい奴ら以外、事故以降会っていない。だから全く分からない。酷いものだ。
記憶を失ってから学校を辞め、ニート生活を謳歌しているせいで新しい友達は出来ていない。
だから今付き合いのある友達は、入院しているときにわざわざ見舞いに来てくれた四人だけ。さみしっ。女は母以外は祖母と当時の担任だけだから、多分彼女はいなかった。さみしっ。
だから、小池閏はやはり知らない。覚えてない。けど、亡くなったことを知ってしまったのだ。葬儀には行くべきだろう。ああ、俺スーツ持ってない。
「南壱、子機は電話終わったなら戻しなさい」
「だから母さんさあ」
ノックしようよ。