分話版 第二話 2-5
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「ふへぇ、」
今日、コウスケは学校を休んでいた。
生活リズムが崩壊している有栖と日中にお茶をする為、というのが第一の理由なのだったが、もう一つの訳…ー“妖精専門寝取り魔”ことマッケンジーがこわいので今日は学校に行かなかった。うん。我ながら完璧な理由だった。
「うひひっ、」
後で悠里がうるさいだろうが、昨日はショートケーキの手土産を見せた途端に目を星にしてよだれを垂らし…欺瞞に成功したし、そんなこと、今のこの有頂天の気分にはどうでもよろしい。どんな後悔をしようともね。
そう思って、コウスケは己の右脇のベルトに懸架されたポーチの、“寝袋”の口をぎゅ、っと掴むその“妖精”がこちらをずっと見ていた…ーその上、たった今、目を向けた浩介と目があったことで顔を輝かせた…ー事に、
にへらぁ、と顔を淀ませるのである。すくなくとも、綻ぶ、ではなかった。
“妖精”は、まだ言葉を話すことができない。
もっとも、これは故障や異常ではないことはコウスケは承知のことであったから、それほど心配しているのではない…早く、その声を聞いてみたいィン!(ビクンビクン)という欲望のものだ。
今回浩介が製作した最小構成パッケージ版の組み立て式キットのALEXシステムであった場合、記憶領域内の人格情緒データバンクや記憶学習メモリーの情報が基本構成のみの最低限である場合には――、それからRAMへの、俗に言う“経験値”が、まっさら、ブランクの状態であるために、内面的な思考やアウトプットとしての動作は最初からフルモードで開始されているのだが、こと会話などの高次機能に限っては、多少の学習経験を経ないと満足に操る事ができない。
学習経験…まぁ、要するに、プロンプトやデータセット、コーパス、LORAも、AIの技術の先にある物だからしてあるのではあるが、
それ以外にも…人と人同士の会話を聞かせてやるのだ。ラジオでもいいしテレビでもいいが、その場合だと最初のなつき度に変化があると聞く。そして、それを経験させる為に有栖とフケていた、という訳でもあって。
最初から組み上がった状態で初期学習が済まされてある場合の完成品モデルのはそうはならないが、組み立て式だったり完全自作を自分で作った場合、このようなワンクッションを挟まないとならないのだ。
数多くアレックスシステムをいじってきた浩介だ。
今までの経験から、推測するに、今日中には声が出るようになるはず…ーである。
つまり、今現在の“妖精”は、生まれたての子鹿、…という訳であった。
「ふふんふんふん、」
さぁて、これからどうするかね。
妖精を手に入れた今、なによりも「チェシャ猫の木」の存在が輝かしいものに思えていた。
どぉれ、かわいいおべべでも見繕うか…ーぐひひぃ、と頬がゆるむ。心細い財布の中身だって、この愛するむしゅめの為ならば例え命をも惜しくはない。何より、エアパスタは得意料理だった。
あそこの店はAZONやノアドロームなどのメーカー縫製品だけではなく、他のホビーショップや中小のALEXショップなどと共同で構築した独自の流通ルートを使い、要するに同人出版物の、アマチュアのディーラーの頒布品も、その取扱の中に含めていることこそが何よりの魅力に他ならなかった。
そしてそれは“おべべ”…ー服等の要するにコスチューム衣類だけではなく、例えばディーラー・メーカー問わずであるALEX本体の改造・保守パーツの取りそろえや、フェアリーメイデンをバトルさせるのに使う、“機装”…ー武装神姫やメガミデバイス、FAガール、その他…でいう所の武装に相当する、ALEX規格型、装着式、おもちゃの兵装アーマー・ユニットや、あるいはその手持ち武器なども、さほど広くない店内には充実している。
ドールショップやコトブキヤ、イエローサブマリン、ボークスよろしく、簡素なつり下げ包装のされたそれが、あの狭い店内にひしめいているのだから…ー
まさしく夢と希望のパンドラ・ボックス。
だからこそ、あそこはたむろ場となりえるのである…ーコウスケは結論付けた。
「あーーああーーーー(ターザン)」
或いは、今から私鉄線に乗って新宿まで出て、それからJRで…そう、僕らの街、秋葉原へ行くのもアリかもしれない。
様々な変化があった。今のアキハバラは霊園のようだ……事実としてある側面はそうだった。
だが、それはアキバやイケブクロ、ナカノといった各オタクの街の、その根本価値を、むしろ相互補完するものとなりつつある……
今年でリニューアルから四十年が経つラジオ会館は、今はALEXのや、フェアリーメイデンのメッカだ。
入居しているテナントは、どれも現在のアレックスロイド・フェアリーメイデンの最先端シーンを語るのに欠かせないアイテムやコンテンツで埋め尽くされている!
秋葉原にある中小のショップ!これらというのも、ウーン、最高だ。
“ますたー”
それとも、中野に行く、というのもアリかも知れない。
まぁ、目的は靴を買うだけだ。人間用のではなくて、フェアリーメイデン用というか1/12の靴。惜しいことに、まんだらけでは気軽に買えるFMのアイテムがそうほど無い。
それでも、あのマイスター達のコダワリと技術によって精巧に作られた実用可能のミニチュアならば、大いにこの“妖精”を満足させられる物に違いがなかった。
「ますたー」
なによりなにより、今年のワンフェス、AKーGARDEN、女神戦線、となモ、ブンノイチには絶対に行くぞ…ーうん、絶対に、って、
「ますたあー! …」
…ん?
「ます、たぁ、っ」
…ーなんだと、
「ますた、あ」
「お、ぉおぉおおおお…」
けおぉ…、ではない。
何か泣きそうな顔になって、それでもこちらの事を、コウスケのことを呼び続けた、“妖精”…
浩介は己の耳を疑ったが、しかしやはり聞き間違えではない!
「おい、妖精!」
「 ! ますたぁ、ますたあ?」
しゃべった!
「や、やったぁ!」
昼時の商店街の街通りのど真ん中で衆人環視の中であろうとも、思わずコウスケは快哉していた!
キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!
今まで数おおくのアレックス・オートマトンを組み立ててきた浩介にとっては慣れた筈の手応えだったが、それでも、いや、何よりも、この感動は…そう味わえる物ではない。
だってさぁ、手のひらサイズの、皆目麗しくいじらしい、こんな美少女に、だよ?
マスター、ますたー、だって!
「イヤッホーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
強引な万歳三唱の振り付けでも、浩介は己の沸き立つ喜びの全てを表しきることは出来ないくらいだ。
…ーそうだ、とそこで彼は思い立ち、
「な、名前、を、つけようっ」
緊張だとか武者震いだとかで声が霞んで震えてしまっているが、なんとかそのように聞き取れる言葉を浩介少年は己の口から捻り出した。
よく考えなくても、なんで、俺はこのエリス型の彼女に名前を与えなかったのだろう…ーそれが最後まで己の心の内に残っていたフェアリーメイデンに対してのひねくれた思いの残滓が為したことだったとして、いや、もうそういうことにしてしまって…何の理由があるわけでもなかった。足がすくんでいただけだったのだ!…も、今この瞬間にはもう青空の彼方に消し飛んでしまっていた!
だから、名前をつける。絶対にだ。だから…
「んんん、んーとっ、エリス…は安直だから、…」
フェイ、という名前を思い立った。…ーだが、
だめだ、それはバーチャロイドだ!
直後には自分でつっこみを入れてしまっていたのであるが、しかしこれは悪くないぞ? 悪くない気がする。うーん、どうだろう、ともかくこれをひねって、フェス、フェル、フェリア…はもう他の奴で使ったから、…ーこれだ!
「そうだ、フェリ、なんてのは、ど、どうだ?」
「?」
ヤクルトやピルクル、それにカルピスがすきなコウスケである。
ここまでの生涯において数多く到来し存在していた命の危機の際にも、貴重な栄養補給源として、これらにはお世話になった。
乳酸菌……ラクトフェリン。
であれば、と。
なんのことだかわかってないような、むしろそのものの顔つきで“妖精”…ー改めフェリ嬢は首を傾げているが、なんだろう、何かの作品であったような気がする…鋼殻のレギオス! あれか!
ともかくとりあえずドミトリーともきんず、とにかくこれが、コウスケの“当たり”だった。
「なまえ! おまえの、名前なんだよっ。フェリ!」
コウスケは己のリュックサックの肩口のフェアリーメイデン携帯収納ポーチに寝袋のように入っているフェリに問いかけて、興奮でがちゃがちゃと揺れるコウスケであるためにポーチの中で揺動するそのフェリも、なんだか納得したような顔をしたので、これで決定だった。
「フェリ、フェリ、あぁあやったぞ、これで俺もフェアリーメイデンのマスターだぁっ!!」
再び、コウスケは快哉を挙げた。もう両親が事故で死んで以来、何年ぶりかになる心からの純粋な喜びであった。
(やべぇよやべぇよ…)
涙も滲んできたような気がする。
コウスケにとって、すべての前方進路がオールグリーンになった様な気分だった。なので、
「ますたー」
「な、なんだっ、なんでもいってくれ! ヂェリカンでもエネだまだろうと模造〈フェイク〉ドラヤキだろうとシェルの100%純粋栄養オイルだろうと、なんでも買ってやるっ」
再びフェリが口に言葉を出した時、コウスケは大いに慌てて誰何した。もう、怖いものなんてなにもない(巴マミ)。そんな気分だからだ。
そして当のフェリが口にしたのは…ー
「あの、おんな、たち、だれ?」
「………」
一番さいしょに口にした言葉がこれなのだから、ソッチ(ヤンデレ)の素養は大いにありそうだ…ーとコウスケは確信した。
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