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そもそもフェアリー・メイデン、ALEXシステムの由来は、語れば長い。




2020年代、アフリカ大陸全域・一部の中近東、南米、アジア地域において大規模バイオ・パンデミックが発生。


懸命な努力によって先進各国への波及こそ間一髪で免れたものの、七年に及び収拾が着かなかったこれにより、地球の総人口は87億から31億へと後退。



混乱によるグローバル・ロジティクスの麻痺不随と機能不能化もさることながら、00年代における発展途上国から脱し中進国としての安定成長へと入っていたアフリカ諸国の消滅と崩壊によって市場が喪失。世界経済も連鎖して大恐慌に陥り、急速な高齢化・人口減少が止まることなく続いていた先進諸国において、将来的な移民の供給元が絶望的に絶たれた事によって、経済破綻・国体の存亡がついに表面化し始める。




人類種の危機、長い冬の始まり…ーそのように各国の首脳達は認識を一致していた。




これに、斬新なアイディアを持ち込むことで、解決を図った者たちがいた。




“ALEX”というチームとしか名乗らず、その全ては謎に包まれているが、正体はアメリカの大学の研究者達だとも、とにかく何らかの国家的組織の一端ではないか…とは囁かれている。




彼らは2030年の七月七日、インターネットのとあるフォーラムにてそれを発表。続いて各国のSNSや動画サイト、通常のウェブ・サイトでもハッキングやジャックなど、手段は選ばず手当たり次第に連続して公表を続けていき、徐々にそれへの認知度、或いはそれを試してみよう、と考える者たちを増やし続けていった。




彼らの提案したイノベーションとは、即ち、新たな知性人類の“製造”である。




当時の段階において、平均的なパソコン・ショップで買える一般の普及商品として実用・商用化されていた第四世代マイクロ量子CPU・チップ、そしてペタバイト・メモリーや各種の近先端的技術を用いれば、人類はコンピューター上に人間種の複製と創造が可能とされる領域にまで、既に、達していた。



長らくこれは、先進諸国に君臨する宗教界の暗躍によって、実験さえもが困難な事実であった。それに、それを実現可能なコンピューター・プログラムなんて、シリコンバレーのすべてのワーカーをかき集めても、できるかどうかさえ疑われていた。

だが、これへの挑戦を、消耗した現生人類を補完する存在としてのシリコン知性の製造を、アノニマスのALEX達は提案した。そして、人々はそれを試した。




ALEX達は、無数のダウンロードサイト上に“persona”と通称されるバイナリ・プログラムをアップしていた。

それが内蔵されたzipファイルを解凍すると同時に出てくるコンパイラにこれを読み込ませると、およそ300メガバイトの、なにかの高度な思考プログラムが吐き出される。


これを付属readmeテキストの通りに、量子CPUが実装されているだろう平均的な安パソコンの記憶領域内にファイルツリーを作って中間層部のどれかに投入し、最上層部のあるフォルダに任意の十六進数を、コピペでもいいから108個、.txtファイルに打ち込んでやる。最後に♂、♀、或いはそれの組み合わせ、或いは無記入、続けてhuman、dog、cat、elf、dragon、…などの種族名で最末尾を入力し、そして、最後にプログラムを実行。すると…




次の瞬間から、あなたのPCに人格が宿るのだ!




激震が走った。ネットの海に、現実に、あらゆる人間の常識に、




なにも外部プログラムの補助と追加をしない限りではパソコンの標準プログラムアクセサリのメモ帳でしか会話も意思疎通伝達のやりとりも出来ない、フラスコの中の小人…ーならぬ画面の中のゴーストであったが、爆発的にこの話題は沸騰した。

だが、直ちに各国に根を張る宗教界は猛烈な運動を開始し、二ヶ月が経つ頃には封殺がされてALEXのムーヴメントはアンダーグラウンドへと潜って下火になりつつあった。一時は完全なデマとされたほどだった。そこへ、またしても激震が走った。




とある日本のおもちゃメーカーが、愛玩ロボットの制御部品にALEXを積んだ物を商品化したのである。




十ウン年前の年度商戦の型落ちになったかつての売れ筋商品を、搭載の事実と開発費圧縮という本当の理由をお客様には内緒で、アングラではやりのALEXで“お色直し”した…だけ、と、おもちゃ会社の開発者さえも思っていた。




ところが、これこそが新人類の実証に他ならなかった。




どこをどうプログラムを間違えたのか一々無気力でやる気がないし、元がおもちゃのロボットなのでイルカがせめてきたぞ! とはならない。

しかしプリモブエルやファービー、たまごっちやデジタルモンスター以来のおもちゃの伝統とも合致し、人間と同等の知性が宿っているからこその、まるで本物の人間と話しているかのような、最新世代ボーカロイド内蔵による、実にユルくてユーモラスのあるおしゃべりやロボットの情緒への教育を楽しめる、この十二インチのちょっと大きめの相棒は大ヒットした。“ぼやき屋トミー”の愛称で欧米にも発売が開始され、瞬く間に全世界へと流行ったのだ。




しばらくすると、トミーは単なるおもちゃのロボットの枠から外れて、本当の家族のように接する者達や、世話の掛からないペットとして、あるいは小さな子供のお守りだとか、恋人の代わりだとか、家庭教師の代わりだとか、またあるところでは、オフィス・ソフトを用意したパソコンと接続をさせて、ロボットの社員にする企業まで出始めた。




肉体と声というアウトプットを得た事で、ALEXが独立した電子生命として機能し始めた最初の一歩であった。




やがて、この“ぼやき屋トミー”のリバースエンジニアリングを試みる者たちが現れ始めた。そしてある段まで解析が進むと、彼らは一様に、唖然とした。




一つは、彼らの母国ではタブー化しかけていたALEXが平然と搭載されていた事に、


もう一つは、彼らの“ぼやき屋トミー”へのアクセスの仕方が乱暴だったり…ープログラム的だったり物理的な破壊が伴うものであった場合は、トミーは猛然と抵抗を試みる事にあった。




この事実が国際社会に露見した時、一時、日本の政府は絶体絶命の窮地に立たされたが、やがて、この事件はある動きとなって、次なるステージへの一歩となった。




つまり、おもちゃのロボットにALEXを組み合わせれば、ごく手軽に第二の創造主へなれる事実の、発見である。




…ーこうして、さまざまな“趣味を持つもの”達が、ALEXに飛びついた。そうして、やがてALEXはアレックス・システムとして、確立された。





ーーマンパワー、機能性、製造調達動員コスト、コンピューターそのものだからこその電算処理能力、その他もろもろ…消耗して疲弊した地球人類のかゆいところにてがとどく、人間の足りない所を補ってくれる、究極のサーバント、まさに理想の隣人!





そうであったから、手がける者たちの膨大なリピドーと単純な熱意と豊潤なアミューズメント性…ー即ち、玩具開発の基本理念によって生産された完成品は、あらゆる分野へと瞬く間に普及をし、人々が純粋に歓喜し、…ー新しい産業が出現する。




世界の経済が、おもちゃによって息を吹き返した歴史的な瞬間だった。




アメリカなどの欧米諸国は、ALEXの開発元であるために、常にそれの研究をリードする立場に、


中国・韓国・台湾などアジアのコンピューター関連産業も、ALEXの応用として、ウェアラブルやスマート端末をさらに発展・先端化させたハイパー・パーソナルコンピューターの一般商品化によって、その地位を盤石の物とした。




復興途上のジンバブエの国営企業までもが、ベンチャーが成功して一山当てるほどであった。




その空前のバブルの中にあって、とある一部を除いた日本勢だけはなにをやっても中途半端で、まるでブームを起こせなかった。



確かに、システムの基幹部品である量子チップなどを全世界でここしか作れない、日本の中小の部品供給各企業は、ALEXの存立に不可欠なものとして爆発的なシェアが舞い降りた。



だが、それ以上の最終製品提供企業…一般の家電メーカー、電気メーカー、世間的にご立派な大手企業、とよばれるものたち…は、何一つとして新たなものを生み出せなかった。




時の政府が存亡の危機に陥る程のことにまでなったので、政財界から厳重なお達しが出ていたのかもしれない。




とにかく、既出商品の後追いだけで、日本国内の世間様から安全と判断された物のクローンを作るだけになってしまっていて、猿真似、割高、陳腐、周回遅れ、そのような言葉で当時の彼らは括られていた。




そうしてとうとうヤケクソになり、乾坤一擲でとある企業が企画化をしたそれこそが…ー






「最初はとあるPCゲームとのタイアップだったんですがね?」



ファミレスの長机を俺と挟んで座る、背の低い有栖はキャラメルミルクの入ったグラスをごくり、と飲んでから、



「エロゲー、っていうんですか? 最近のだと五十億百億は開発費とか宣伝広告費が当然なんですってね…とまぁ、こんな経緯で、日本のホビー業界の叡智と技術が集結した、偉大なるフェアリー・メイデン第一号、“はじめてのおるすばん・義妹のひまりちゃん”、略しておるすばんひまりは商品化されたのですよ。しばらくしてようやく改正されましたけど、当時の青少年健全育成条例との絡みで、通販流通限定の初回限定版DXセットの同梱品になっちまったんですがね? いやぁそれだから、まんだらけやらリバティーやら探しても、当時物の未開封品はなかなかお目に掛からない! 

まあ余りにも高すぎる人気を受けて条例改正後に出た一般販売版や、はたまた! スマート端末としても高すぎるスペックに目を付けたとある県警が血迷って開発したマイナーチェンジバージョンで、性徴した子供達が大いにお世話になったという史上初の知能思考式妖精型防犯ブザー・おまわりこまりちゃんなら、後者の方は現行商品なので、がんばれば今でも買えるんですけどね?」



牛乳ひげ、ならぬキャラメルミルクひげを付けた有栖を、喋り終わったタイミングを見て、隣に座るメイドのカレンさんが高級そうな純白のハンカチーフで丁寧に拭った。

そしてグラスの中を確かめて、その中身が残りわずかだと確認したSPのジョーン女史はウェイターに注文を取る。



「欧米の人権団体やら宗教組織からはロボットの陵辱だ! だとかって喚いてたそうですが、おたくらALEXの出始めの頃は人間のまがいものは認められない! ってゆってたじゃん! みたいな、まあそういう意味です。フェアリーメイデンのボディにあれやこれやそれも造られていて、“できちゃう”のは、そもそも最初の目的がそうだったから、だったんですねぇ。もっとも、購入したユーザーの殆どは日和って、ふつうの、嫁にしちゃいましたし、数少ない例外も娘やら妹やら姉にしちゃって…ケッ」




幼馴染、という設定のおるすばんひまりちゃん型・ちぃをグラスの傍らに、目の前の有栖はとうとうと悪態を切った。ちなみに、彼女はこのおるすばんひまりを未使用品完動の状態で父親から貰ったらしい…おい、




「おどろくべき事に、当時のその段階で、今のFMフェアリーメイデン基本規格の大凡は完成していたのですよ。まぁ、わっちらオタにとってのクラシックである栄光と威風のMMSだとかFigmaだとかAGPだとかFAGだとかリボルテックとかで、我が国において、おおよそのコンセプトは四十年前からできあがっていたから…なんですが、」




ぐへぇ、と有栖はグラスのキャラメルミルクを飲み干し、すかさず、メイドのカレンが次のグラスを差し出す。




「ありがとう、カレン!…まぁ、こんな具合で、わっちのちぃちゃんはそういった由来があるんですがぁ、」




その有栖のちぃちゃんは、テーブルの上の呼び出しブザーに興味を示した“妖精”をなんとか阻止しようとがんばっている最中であった。


で、俺のこの“妖精”はなんなのだ、とコウスケは続けようとして、




「んーっとね、今から六年くらい…七年前だったかな? そのくらいに発売された、中堅電機会社の笹原電気とおもちゃ問屋の住本玩具が共同で開発して発表した、ホビー系フェアリーメイデン本格参入に引っ提げたコンセプト・ブランド、“エンジェル・トルーパー”シリーズの第一弾、AT-01、エリス。同時発売で第二弾のガブリエーレと共に当時のホビー通販サイトで軒並みロングランヒットを飛ばした、現在のアレックスシステム専門合弁会社“バンブーリーヴ”の初期のベストセラー商品ですねぇ」



「それは知ってる、」



「あら。」




当時、ホビーの革新を確信した者として、今でもDHMの特集連載記事は全てバックナンバーで保管している。


まあそれはともかく、それから、んーと、と有栖は、必死なちぃへ無邪気な取っ組み合いを開始している“妖精”の全身だとか顔だとかを、舐めるように確かめた後、




「えっとぉ、この子の個体は、金型の破損を経た結果フェイス部分の成型品が修正と改良を兼ねて形状変更がされた、再販版の第四次ロット以降…から手足の部品も細部の仕様が更新変更される第七次ロットまでの間の物だと思います。ただ、確かこのあたりだけ、組み立てキット版はなかった筈ですけど。

まあ後期版って、無印のバージョンと後のエリスMk-IIと合いの子になったみたいなお顔のカタチをしてるんですよねっ! ただでさえかわゆかったエリスたそからもっと美人になっててぇ、噂を聞いてお迎えした時は感動しましたですよぅ!」



「それも、調べた。」



「わおぉっー…早速FMの深淵に取り込まれつつあるのだ!」




ぱちぱちぱちぱち! と拍手を鳴らした有栖にファミレスの他の客が振り返って、SPのジョーンに一瞥されて凍った表情で向き直るまでの過程をコウスケは無言で流した。




「こほん、」




なぜか有栖が咳を切って、




「ど、どーぉですかぁ? やましいキモチ、えっちなキモチなんて、出来上がったら消えてたでしょぉ??」




ぶほ、っとコウスケは飲みかけていたコーラをスプリンクラーにしてテーブル上に噴射し、かけられたちぃと妖精の二体は、びっくりしてひっくり返ってしまった。




「あらら、ちぃちゃん、帰ったら濡らし布巾できれいきれいしましょーねぇ~…まぁ、こんな反応をした、ってことわー?」




ズバリ、図星、の意味の指を、びし! っと有栖は戦慄するコウスケに突き着けた。




「それだけ、お迎えして初起動の時の、あの指を舐められる、というのは、意味が深いものなのです!

…本来は、最初に持ち主の微細な汗のDNAや体分泌の成分などを記憶して、それをフェアリーメイデンが己の主人、すなわちマスターと認識する為のプロセスなのですがぁー…いやはやわっちも、このちぃちゃんをブートさせた小学二年生不登校のあの日あの時あの朝は、眠れる姫を目覚めさせた王子様の気分というか、生まれたての子猫や子犬のおかーしゃんになった飼い主の気分というかぁ~…ぐえへへへへぇっ」




言いながら有栖はでんぐり返しの格好でひっくり返ったままのちぃに自分の人差し指の腹を近づけてやって、差し出されたちぃの方は、目に光を点らせて、むく、っと起きあがると有栖の指の腹をちろちろ、と舐め始めた。




「あぁぁああぁん! ~~~~フェアリーメイデンのユーザーは、まず最初に、これで、ころ、っといっちゃうんですぅ! 百発百中! それが洗礼ッ! さだめとあらば! 炎のさだめ! あぁぁあああああん! 天国にイくぅ!」




奇声による絶叫を開始した有栖に周りの客達はざわつき始めるが、それを立ち上がったカレンと立ったままのジョーンの威圧によって封殺されてしまった。



呆れるのもいつもの事だ、とも考えたコウスケはドリンクバーにコーラの補給へ行く為に立ち上がりかけたのだが、その指を何かが触れた。



持ち上げる手を止めて振り向くと、テーブルの上のコーラのグラスを持ったコウスケの手指を、ぺたんこ座りしてへたりこんだ“妖精”がつかもうとしていて、髪や身体各部のパーツにコーラの水滴が付着している上目遣いの彼女の顔は、よくよく見てみると、なんだか赤らめたようでいる。




「ん?」




怪訝な表情を浮かべたコウスケ…ー自慢どころか不幸であるが、どうも己の人相は悪いらしい…ーに彼女は一瞬おびえたが、それでも、もうかたっぽの己の手の指をおしゃぶりにしながら、物欲しげに自分を見る“妖精”の顔に気が付いて、コウスケも、そ~っと指を差し伸ばして…ー




ぺろ、




「!」




舐めた。舐めてくれた!




(こ、これはッ)




ぺろぺろ、ぺろ、




妖精は、うれしそうにコウスケの指をぺろぺろと舐め始めた。小さな両手でしっかりと掴んで、離さないように。…ーこれに、コウスケは堅く閉ざしていたはずの、自分の心の岩盤に確実にひびが入っていくのを実感するほどだった。




「おぉほぉーーーーーーーーッ!」




これに有栖は感動の絶叫を上げることしきりで、




「いやはやはやいや!? もう最初からなつき度MAXじゃあアーリマセンカっ?! 


くぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーー! 私のちぃちゃんの時は、最初からこうはいかなかったのにぃ!! ー…うっうっうっ、ねぇちぃちゃぁん」




喜怒哀楽のその全てともそれ以外だとも判別しがたい感情の爆発を勃発させた後、有栖はテーブルの上のちぃへと甘えるようにしなだれかかった…ーこれにちぃちゃんは微妙に嫌そうな顔をしているのは気のせいではないハズ。



それでも直後には呆れと愛おしそうな、その表情となって、ちぃは有栖の小さな額を、よしよし、…とするようになでなでを始めたのである辺り、二人の関係性というのがよく分かる。




そしてその一部始終を見ていた“妖精”は、口をぴちょん君の形というか、いわゆる“みなみけ”にした後、なにかを閃いたような様子で、浩介の顔へと向き直ると、




“……ーーーー………、……、…、ーーーーー”




「ん、なんだ?」



「“わたしにもさせて”、って言ってるんですよぉ! きっと! ちぃちゃぁああああああああああああああ」




台詞の吹き出しからも突き抜けた有栖の絶頂はおいといて、

満面の無邪気とマスターへの期待の笑みで、“妖精”である彼女は、ぱたぱた、とてとて、こっちにきて! と足踏みとステップを踏みながら浩介の顔を手招きした。…この仕草がこれまたカワユくて!!




「ごくり、」




さぁ、男コウスケ、一世一代の晴れ舞台だ。




こっちこっちっ、オーライオーライ! と手招きする“彼女”の誘導のまま、ゆっくりと十五歳の少年・鶴来浩介はファミレスのテーブルへと己の顔を近づけさせる。




すると、テーブルを挟んで向かい合う有栖やちぃちゃんからはニマニマと、背後からはなにやら己の事を指さして不振がる幼い幼児とめっ! みちゃだめ! をする母親の親子連れの気配がしていたのであるが、そんなことは今のコウスケにはどうでもいい事実であった。







…ーし、しんぼぅたまらんち!






スポーツ新聞アダルト欄のおぱんつ抽選コーナーの応募ハガキでも今時そんなんのはかいてねーヨ、というような喪男の絶後を発しつつ…ーこれにはカレンもジェーンもなにもしなかった…ー、期待と興奮に思わず目を瞑っていたコウスケの顔が“妖精”に達した…ー、






ちゅ、





「…?」




………




「……………!!!!!!???????ッッッッ?!」 「わぁーお!」





その時、コウスケにとって予想もしていない感覚が、己に訪れていた。





なんと、





…ー妖精が、己の唇に、きす、をしていたのだ。






「あ、あ、あ、ぁ、あ、ぁあ、、あああぁあぁぁぁ…………」 「ちぃちゃんみました観ましたぁ!? わっちたちもやろうやろう! キャーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」





有栖が絶叫を発し始めたこんどこそカレンとジェーンはAHW…アンチ・ヒューマン・ウォーサーフェス、対人哨戒を開始したのであるが、もはやファミレスの中の客達は燃え尽きたような格好と様相で食事も止まっていた。




は、ともかく、コウスケは、呆…と惚けているしかない。おそらくは人生で初となろう、家族以外の“異性”からのファースト・キッスに、己の唇の感触を何度もなぞるばかりだ。




一方、彼女にとっての最高のドッキリの成功に、目を><にして飛び跳ねて喜んだ“妖精”である。だけど、





こてっ、





「「あっ」」





次の瞬間、転げてぺたん、と尻餅をついてしまった。






「     、      、     、     、…………!」 「おぉ、もはや台詞や言葉の次元をも超越したパッションが浩介さんを貫いている! これが! 螺旋力!! 俺のドリルは銀河一ィ! フォォオォォオォォォォォォオォ!!!!!!!!!!!!!!」 





まだ、起動したばかりなので身体の動かしかたも慣れてはいないのだった。


このこと自体もまさしくそうであったし、しばらく痛そうにしながら涙目になりかけていて、それから、てへへ、とおちゃめな失敗として取り繕おうか…という感じの妖精の仕草に、






「                 」






なぁ、みんな、聞かせてくれ、






こんなのやられて、ハートを射抜かれない男って、いるのかなぁ。







(みつお)






















「つまりはですねぇ、」




有栖は四杯目のキャラメルミルクをエリツィンがウォトカを飲む如く、ぐびぐびと飲みながら、




「今のハッカーってねぇ、如何にしてアレックス・システムの人格を見つけだすかに血筋挙げてるんですよ。誰も見つけていない、新たな人格、ペルソナ。


ALEXは基幹プログラムの配置フォルダの位置と108の十六進数の組み合わせ、そして最後の♂♀その組み合わせか無記入の記号の選択、そしてこれが一番の難敵である…んーと、自由度が高すぎる…種族設定によって、その人格が決定される…コウスケさんも知ってる通り! そして、それを見つけて法人に売れば、一生遊んで暮らせる…とまではいきませんけど、それでもある程度の、まとまったお金の現金収入になるのです」




そして目の前の有栖こそが、その現金収入で暮らしている善なるハッカーの一人にこそ違いがなかった。




「わっちの書くレポート、すごい人気なんじゃぜ? ALEXの人格発生は、ペルソナが出現してからも中長期的に観察しないと、本当のもっといいところがわからないんだよ。もう発見されたものでも、ひょんな事で性格や思考が分化する“フラグ”が見つかったりね? スーパーコンピューターで総当たり検索が出来ない理由の一つ! だから! 我がアーノルド・栗田家の邸宅の一角にデータセンター同然の実験ラボを構築し! わっちがそこに籠もることによって、全世界のアレックスシステム・ユーザーに恩恵が行き届くのだぁ!」




こいつ、元々がお嬢様だからなぁ、…とコウスケは思ったりもした。が、それよりも、




「それで、なぜそれを俺に告げたんだ?」



「それはですねぇ、あなたの、コウスケさんの妖精ちゃんにも、チャンスはある、ということなのです。“ミッシング・イヴ”になれちゃうかもしれない、チャンスが!」




その有栖の台詞を聞いた浩介の表情は、金曜版新聞のつまらない三文ゴシップ記事を読んでしまったくたびれたサラリーマンの様な顔になって、その“ミッシング・イヴ”という物への自身の所感をそう述べた。




「むぅー! 自分の萎えは誰かの萌え、なのですよぅ! 


…浪漫があるじゃないですかっ。存在したと予測されているALEXのマスター・バイナリ、“オールド・ブルー”の同一存在にして、理論上、数京の数十乗分の一の確率で発生するだろう、といわれる、ALEX知性の“プリンセス”。


次なるステージのALEXへと進化するための、やがて訪れる電子生命のカンブリア爆発の、人工的にではなく自然発生で出現するかもしれない、そのすべての母となりうる存在…ー得るだろう体験や経験値のその特殊な環境から、全てのALEXシステムの各種ジャンルの中でも、フェアリーメイデンから出現する確率が最も高い、と考えられているそれ。…ロマンありすぎでしょぅ!?」




「眉唾、ブロウ・イン・スピットル、胡散臭い、雲黒斉」




「うーっ! これだからコウスケさんはぁーーーーーーーーーー!」





じたばたばた! とファミレスの長ベンチの上で暴れ出した有栖を、やはりカレンもジェーンも何もいわない…




そんな有栖が、ふっ、とシラフになった…ーというよりも、正真正銘の正統派・超・美少女へと変化し、それが自分の目の前に現れた…ー大きくて星空の輝きを宿したその両瞳をコウスケの細い目へと向けて、






「きょう、うれしかったっ」





なんだよ、一体急に、





「だってね? ひさしぶりにコースケさんと、…お兄ちゃんと仲良くできたからっ」





何をいってるんだおまえ、の気分の浩介だ。この金髪のちんちくりんが自分のことを唐突にお兄ちゃん、呼ばわりしている事にではない。

というかむしろ、これが有栖の素面だったりもした。

色々難儀してきて、それでどっぷりオタになってしまってはいたが、出会った当初からしばらくして打ち解けた時、この今の、別人になったかのような有栖から、初めて“お兄ちゃん”と呼ばれた時は、たしかに、天国の絶頂が見えた気がするが…



それはともかく、昨日だって、いや、今日までの毎日だって毎晩二人で夜遊びしてきたじゃあないかねチミぃ。それは一体どーなってるの?




「じゃあ、いつ振りに仲良くできたんだ?」



だから、浩介はそれだけを問うた。




「それはね、」



有栖は、逡巡の光を大きな瞳に巡らせて、




「秘密、だよっ」






それだけであったが、浩介は理解した。






自分の悲しみを、他人にまで背負わせていたのだ、と。






     * * *







ファミレスの前に停められていた黒いリムジンが走り出していくのを見送って、浩介はカウンターで精算を済ませる。




一応は清貧な男子高校生の範疇だと自称する浩介も、さすがに如何に相手が正真正銘のお嬢様で金持ちの娘であろうとも、年下に割り勘をさせるつもりはない。





そんな彼の日常において数少ない甲斐性の発揮機会はすぐに過ぎ去り、そして店の外へと出た。





空を見上げれば…ー午後の空。

快晴一過、やや空には雲が掛かり始めている…数日後は、四月に入っての初めての雨だと気象予報では予告されていた。

この商店街には街路樹に桜を植えているのだが、今週中が、散り際の桜の、今年では最後の見納めになるだろう。





「はぁあっと、」





ため息のようだが…ーいや、申し訳ない。ため息だ。正真正銘の、嘘偽りもない、本物のMADE IN JAPAN のため息であった。





チェック柄のグレータータンに暗色のジーンズを組み合わせた彼の背中には、楽天のとあるショップの広告をまともに受け止めてフェアリーメイデンをお迎えする日を待ち遠しく思いながら一年前に買い、このたび目出度く押し入れの外の住人となったばかりのタウンルック・リュックサックが背負われている。その中身には、前任のメッセンジャーバッグから引き続き、常に有楽製菓のブラックサンダーを三つばかり程投入している。

使用用、観賞用、保存用…ではない。これが、ブッコフやアキバ巡りの無二の友だった。あしからず。




つまり、最大限までに気は使っている素振りだったが、見事なまでに、ステレオなオタク・イメージのそれだった。




そして、その背負いベルトのフロント側左右には、厳重に固定が可能な装着用フックが数点あつらえてある。

そうしてそれの右側に、浩介の念願が叶ったそのものである“妖精”が、リュックの付属品のフェアリーメイデン用ポーチに収納されていて、寝袋状になっているそれから、興味深げに商店街の風景をきょろきょろとしている妖精の、肩から上が覗いている格好であった。要するに、大昔の携帯電話のカジュアルと同様である。





ごらんの浩介、フィギュアを装着している時点でダウトだと思われるだろう。





しかしや今や、フェアリーメイデンをウェアラブルと組み合わせてスマホの代わりとして持ち歩く者も、巷を見ればあふれかえっている。




今コウスケがぶらぶらとしているこのゆめがおか商店街だって、みてみなさい。




道を行く、近くの幼稚園から近所の児童遊園へと通う途中だろう園児たち。その子たちの中にもちらほらと防犯ブザータイプの“妖精”を持っているものはいたし、なにより引率のせんせいの肩には、先生と同じ保育エプロンの格好をしたフェアリーメイデンが、




学期始めの短縮授業で早く終業したのだろう小学生や中学生たちも、皆、校帽だったり肩の上だったりランドセルの上だったりの“妖精”を傍らに、それも仲間に交えて他愛もない会話だったり楽しい話題の共有だとかなんかをしている最中。




街頭で不動産業者のティッシュ配りをしている若いあんちゃんだって、着込んだ蛍光オレンジ色のビニール・ジャケットのユニフォームには、ほら、胸元のポケットに妖精がいる。




ママチャリを駆る主婦のオバチャンたちのその荷物かごの中にも、SIM認証をしてwifiを使えるようにしたフェアリーメイデンの妖精が、ネットのチラシ比較サイトからのリアルタイム情報を主であるマスターに報告とおかいもの作戦の提案をしている。




振り向けば…部活の途中だろう若い男子高校生達が、アニメとのタイアップはもちろん、フェアリーメイデンなどのALEXシステムのメーカーと共同で企画されるのも流行っているコンビニのフェア・キャンペーン目当てを終えたばかりに、それぞれの妖精を連れて、ローソンやスリーエフ、ポプラから出てくる所。




そのコンビニの駐車場では、一人だけ見慣れない制服の、車止めに座り込んだ女子高生が、何か神妙な面もちでウェアラブルの空中投影スクリーンをタッチしながら、側の妖精と何事かを会話している。




一月まえにアジアンフーヅの店から鞍替えしたばかりのタピオカ・バーの前では、店員のおねえさんが今日もツレナい道行く人々を相手に、おそらくは業務リースで入れたのだろう…店員の格好をした手持ちの妖精たちと一緒になってチラシ配りをしている。




その二階を見てみると二年前に出来て今もしぶとく生き残っているメイド喫茶があるのだが、そこの店員であるメイドの客引きが、同じメイドの格好をした妖精たちとともにマイクとスピーカーで活発な歌を歌って宣伝をしている。




新婚だろうか、カップルだろうか…ー

仲睦まじげに手を握って歩く若い男女の肩のそれぞれには妖精がいて、そして三体めの、二人の間の子供よりも早く…新たな電子の命が、二人の手が結ばれて握る家電量販店の手提げ袋の中にはある。




道を行く営業のサラリーマンの背広が横を通り過ぎると、その片手のアタッシュ・バッグには必ず妖精の入ったポーチが装着されているのが分かる。

飛び込んだ後での交渉の場で妖精がいるのといないのとでは、商談の成功率に大きな差が出てくるのだ…ー








プチ・世紀末が、ここにはある。




いや、今や日本中がこの様な状況だといってもいい。








腕時計型のマジック・アイテムを使わなくたって、非日常と紙一重の現実が、今、そこにいる僕。




妖怪がどこにでもいる、ではなく、妖精がどこにでもいる、なのが、この2050年代の日本の日常であった。







「ふへぇ、」






今日、コウスケは学校を休んでいた。




生活リズムが崩壊している有栖と日中にお茶をする為、というのが第一の理由なのだったが、もう一つの訳…ー“妖精専門寝取り魔”ことマッケンジーがこわいので今日は学校に行かなかった。うん。我ながら完璧な理由だった。





「うひひっ、」





後で悠里がうるさいだろうが、昨日はショートケーキの手土産を見せた途端に目を星にしてよだれを垂らし…欺瞞に成功したし、そんなこと、今のこの有頂天の気分にはどうでもよろしい。どんな後悔をしようともね。




そう思って、コウスケは己の右脇のベルトに懸架されたポーチの、“寝袋”の口をぎゅ、っと掴むその“妖精”がこちらをずっと見ていた…ーその上、たった今、目を向けた浩介と目があったことで顔を輝かせた…ー事に、





にへらぁ、と顔を淀ませるのである。すくなくとも、綻ぶ、ではなかった。









“妖精”は、まだ言葉を話すことができない。



もっとも、これは故障や異常ではないことはコウスケは承知のことであったから、それほど心配しているのではない…早く、その声を聞いてみたいィン!(ビクンビクン)という欲望のものだ。



今回浩介が製作した組み立て式キットのALEXシステムであった場合、記憶領域内の人格情緒データバンクや記憶学習メモリーの情報が基本構成のみの最低限で、それからRAMへの、俗に言う“経験値”が、まっさら、ブランクの状態であるために、内面的な思考やアウトプットとしての動作は最初からフルモードで開始されているのだが、こと会話などの高次機能に限っては、多少の学習経験を経ないと満足に操る事ができない。



学習経験…まぁ、要するに、人と人同士の会話を聞かせてやるのだ。ラジオでもいいしテレビでもいいが、その場合だと最初のなつき度に変化があると聞く。そして、それを経験させる為に有栖とフケていた、という訳でもあって。




最初から組み上がった状態で初期学習が済まされてある完成品モデルの場合はそうはならないが、組み立て式だったり完全自作を自分で作った場合、このようなワンクッションを挟まないとならないのだ。




数多くアレックスシステムをいじってきた浩介だ。

今までの経験から、推測するに、今日中には声が出るようになるはず…ーである。





つまり、今現在の“妖精”は、生まれたての子鹿、…という訳であった。








「ふふんふんふん、」






さぁて、これからどうするかね。





妖精を手に入れた今、なによりも「チェシャ猫の木」の存在が輝かしいものに思えていた。





どぉれ、かわいいおべべでも見繕うか…ーぐひひぃ、と頬がゆるむ。心細い財布の中身だって、この愛するむしゅめの為ならば例え命をも惜しくはない。何より、エアパスタは得意料理だった。


あそこの店はAZONやノアドロームなどのメーカー縫製品だけではなく、他のホビーショップや中小のALEXショップなどと共同で構築した独自の流通ルートを使い、要するに同人出版物の、アマチュアのディーラーの頒布品も、その取扱の中に含めていることこそが何よりの魅力に他ならなかった。



そしてそれは“おべべ”…ー服等の要するにコスチューム衣類だけではなく、例えばディーラー・メーカー問わずであるALEX本体の改造・保守パーツの取りそろえや、フェアリーメイデンをバトルさせるのに使う、“機装”…ー武装神姫でいう所の武装に相当する、ALEX規格型、装着式、兵装アーマー・ユニットや、あるいはその手持ち武器なども、さほど広くない店内には充実している。




ドールショップやコトブキヤ、イエローサブマリンよろしく、簡素なつり下げ包装のされたそれが、あの狭い店内にひしめいているのだから…ー




まさしく夢と希望のパンドラ・ボックス。




だからこそ、あそこはたむろ場となりえるのである…ーコウスケは結論付けた。





「あーーああーーーー(ターザン)」





或いは、今から私鉄線に乗って新宿まで出て、それからJRで…そう、僕らの街、秋葉原へ行くのもアリかもしれない。



今年でリニューアルから四十年が経つラジオ会館は、今はALEXの…特にフェアリーメイデンのメッカだ。


入居しているテナントは、どれも現在のフェアリーメイデンの最先端シーンを語るのに欠かせないアイテムやコンテンツで埋め尽くされている!





“ますたー”





それとも、中野に行く、というのもアリかも知れない。



まぁ、目的は靴を買うだけだ。人間用のではなくて、フェアリーメイデン用というか1/12の靴。惜しいことに、まんだらけでは気軽に買えるFMフェアリーメイデンのアイテムがそうほど無い。


それでも、あのマイスター達のコダワリと技術によって精巧に作られた実用可能のミニチュアならば、大いにこの“妖精”を満足させられる物に違いがなかった。






「ますたー」






なによりなにより、今年のAKーGARDENには絶対に行くぞ…ーうん、絶対に、って、







「ますたあー! …」






…ん?





「ます、たぁ、っ」





…ーなんだと、





「ますた、あ」



「お、ぉおぉおおおお…」




けおぉ…、ではない。



何か泣きそうな顔になって、それでもこちらの事を、コウスケのことを呼び続けた、“妖精”…



浩介は己の耳を疑ったが、しかしやはり聞き間違えではない!




「おい、妖精!」



「 ! ますたぁ、ますたあ?」




しゃべった!




「や、やったぁ!」




昼時の商店街の街通りのど真ん中で衆人環視の中であろうとも、思わずコウスケは快哉していた!

今まで数おおくのアレックス・オートマトンを組み立ててきた浩介にとっては慣れた筈の手応えだったが、それでも、いや、何よりも、この感動は…そう味わえる物ではない。



だってさぁ、こんな美少女に、だよ?




マスター、ますたー、だって!





「イヤッホーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!」





強引な万歳三唱の振り付けでも、浩介は己の沸き立つ喜びの全てを表しきることは出来ないくらいだ。


…ーそうだ、とそこで彼は思い立ち、




「な、名前、を、つけようっ」




緊張だとか武者震いだとかで声が霞んで震えてしまっているが、なんとかそのように聞き取れる言葉を浩介少年は己の口から捻り出した。



よく考えなくても、なんで、俺はこのエリス型の彼女に名前を与えなかったのだろう…ーそれが最後まで己の心の内に残っていたフェアリーメイデンに対してのひねくれた思いの残滓が為したことだったとしても、今この瞬間にはもう青空の彼方に消し飛んでしまっていた!



だから、名前をつける。絶対にだ。だから…




「んんん、んーとっ、エリス…は安直だから、…」




フェイ、という名前を思い立った。…ーだが、




だめだ、それはバーチャロイドだ!




直後には自分でつっこみを入れてしまっていたのであるが、しかしこれは悪くないぞ? 悪くない気がする。うーん、どうだろう、ともかくこれをひねって、フェス、フェル、フェリア…はもう他の奴で使ったから、…ーこれだ!




「そうだ、フェリ、なんてのは、ど、どうだ?」



「?」




なんのことだかわかってないような、むしろそのものの顔つきで“妖精”…ー改めフェリ嬢は首を傾げているが、なんだろう、何かの作品であったような気がする…鋼殻のレギオス! あれか!


ともかくとりあえずドミトリーともきんず、とにかくこれが、コウスケの“当たり”だった。




「なまえ! おまえの、名前なんだよっ。フェリ!」




コウスケは己のリュックサックの肩口のフェアリーメイデン携帯収納ポーチに寝袋のように入っているフェリに問いかけて、興奮でがちゃがちゃと揺れるコウスケであるためにポーチの中で揺動するそのフェリも、なんだか納得したような顔をしたので、これで決定だった。




「フェリ、フェリ、あぁあやったぞ、これで俺もフェアリーメイデンのマスターだぁっ!!」




再び、コウスケは快哉を挙げた。もう両親が事故で死んで以来、何年ぶりかになる心からの純粋な喜びであった。




(やべぇよやべぇよ…)




涙も滲んできたような気がする。

コウスケにとって、すべての前方進路がオールグリーンになった様な気分だった。なので、




「ますたー」



「な、なんだっ、なんでもいってくれ! ヂェリカンでもエネだまだろうと模造〈フェイク〉ドラヤキだろうとシェルの100%純粋オイルだろうと、なんでも買ってやるっ」




再びフェリが口に言葉を出した時、コウスケは大いに慌てて誰何した。もう、怖いものなんてなにもない(巴マミ)。そんな気分だからだ。


そして当のフェリが口にしたのは…ー




「あの、おんな、たち、だれ?」



「………」




一番さいしょに口にした言葉がこれなのだから、ソッチ(ヤンデレ)の素養は大いにありそうだ…ーとコウスケは確信した。





     * * *








コウスケの自宅…ー鶴来家の家は、私鉄・聖蹟聖ヶ丘の駅の北口から四分の距離にある。



一旦南口に出てしまうと、常に昇降エレベーターの順番待ちをしている買い物帰りのママチャリ主婦の群をどうにかかき分けないことには使えない(階段は疲れるので使いたくない!)、私鉄線の複々線線路を跨ぐ跨線橋以外には、踏切の待ち時間が中々辛抱を要するのだが……まぁ、1980年代に分譲の開始された新興住宅街、という奴の範疇である。





「あー、買った買った…」 「ますたぁ、ますたあ!」




浮かれポンチになったコウスケは、あの後チェシャ猫の木に直行。



迸る物欲センサーのままにめぼしい物を買いまくり、とうとう、後のこり三日は持たせなくてはいけない大切な五千円と予備費の一万円を使い果たすまでに至った。




それと差し引きにして、今、コウスケの両手には中くらいの紙袋が三つ握られていて、それの中には無数かつ大量のフェアリーメイデン関連アイテムの数々が入っているのであった。






激しい戦いであった…ー






戦いを終えたのは、あれから三時間が経って夕方の五時になろうか、というつい今しがたの事である。





「さぁて、」「ますたー?」





今、自宅への路地の最後の曲がり角を通った所だ。





これからする事と言えば、まずフェリに一番にあうコスチュームはどれかを試す二人だけのファッション・ショー。



それから、あれこれサンプル品を買ってみた、フェアリーメイデン用・模造フェイク食品のトライアル。通常のバッテリー給電とは別に、経口咀嚼を経てフェアリーメイデン内蔵のホビーリアクターによって効率よくエネルギーに変換が可能な、要するに専用のエサの事だ。如何に電子生命のALEX知性とはいえ、食べ物の好き嫌いは個体差である。




最後に、フェリのお腹を膨らませてあげた所で、腹ごなしの運動…ーロングセラー商品シリーズとなるハセガワ社の1/12アクセサリーキットを幾つか買ってみたので、前々からコツコツと作っていた各種ストラクチャーとも組み合わせて、これらで運動会もどきをやってみるつもりだった。








おやすみの為のフェアリーメイデン用寝具も購入したし、それからそれから、それからそれから……gff、gff………!






「ぐふふ、ぐふぅふぅ!」「ますたあー」







一方、コウスケは家にたどり着いていた。


流れるような手つきで門扉を開け、敷地の中に入ったらばそれを閉め、そうして鍵を取り出して家の扉へと向かおうとして…ー





浩介の顔が、凍り付いた。











なにも、家の建物が爆撃によって吹き飛んでいただとか、謎の組織によって消滅させられていた…とかではない。








だが、それに等しい状況が、今、発生しようとしている。







扉の前で一段、段になっている玄関口。そこにはあの小包の包装がころがされている。







目を上げると、カモシカのように細くしなやかな一対の脚を包む黒のニーソックスに、エプロンの前垂れの下端が前に掛かった、聖ヶ丘学校高等部の制服のスカートの裾が見えた。







その脚の間には、ゆらぁりゆらりと揺らめく、長いポニーテールの先端が見え隠れしている。








ぱし、ぱし、となにかをキャッチする音が聞こえてきていて、その音の正体は、部外者としては彼女だけが持っている鶴来家の合い鍵を、手で剣玉遊びにしているからに他ならない。







つまり、その、家の扉の前に、立ちはだかっていたのは…ー














「おそかった、わねぇ?」











顔をひくつかせながら、眉と目を怒った時のハルヒのようにしながら、



制服の上にエプロン姿の…

吉永さん家、ではないが、門番のごとき少女型ガーゴイル(悠里)の姿であった。




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