分話版 第一話 1-2
「……ーーー………」
その、数時間後。…ーというか四時間後、
「………ーーーーー…………」
起きがけの譫言でオーバーテクノロジーの基幹技術情報を口に出す…ーなどというどこぞのカナメ・チドリ的な現象はついぞ起きず、今日もソウスケならぬコウスケは三年寝太郎を決め込もうとした。
春、四月の温度。
そんな中にあって、ふかふかふわふわの、己の体臭と汗の染み込んだ、なんとも心地の良い極上の万年床…その中にくるまり、ひきこもりらしい安心安全感を寝具という名のカノジョから得つつ、今日も浩介は、寝る。
「ん゛ーーーーー………」
有栖は、二時間前におねむになってきたので、帰した。完成したSAFSを土産に。
あの分だと、今日も学校は行かないだろう…もっとも、自分も少しアヤシイが、
親はどうしているんだ、と聞かれれば…ーなんというか、趣味の人なのだ。それも、両親ともに、子供やこちらとも、実にウマの合う、それ。
なので、こうやって完成したブツを土産に有栖を返しさえすれば、何も言わないどころか、むしろ大喜びなのだ。“制作代行に出さなくても済む!”と…ー
「う゛ーーーーーーん……………」
…チャァーーーーー…ちゃち゛ゃっ、ちゃ!
たった今、目覚ましにセットしていた“炎のさだめ”が織田哲郎の声で流れ始めた。
だが、
やはり、眠い。
春眠暁を得ず、とはいうが、寝坊助カエルの気分で、今は眠っていたかった。
〈お・き・て〉〈お・き・ろ〉
そんな所に聞こえてきた、悩ましい声…。AメロをBGMに。
しかし片方の野郎の物は、しかししかし嫌いじゃなかった。だからこそこれに設定したのであるし、ハマシュート。
それから…
どさり、と布団がひったくられた。
〈起きなさい、コウスケ!〉〈起きるんだ、ボーイ〉
「ん…」
しかし、あくまでも…優しくて可愛くてたおやかな“幼馴染ちゃん”たちが、朝から淫楽のパライゾに誘ってくれているのか、というとそうではない。というか、浩介の知る本物の幼馴染というのは、極めて暴力的だ。あんなものは女の風上には置いといてはいけないとさえも、常々思うのだが、
がぢ、
「んぁーーーー…」
こいつらの口の歯で指先を噛まれるのも、もう慣れた感覚となっていた。
しかし、反応をしてやらないとこいつらは拗ねるので、せめて、身体を回して向き直ってやる。
もとのチクビ電球から変更し、光波・電波周囲観測視界センサ能力付き・マイクロホビー用マイクロライティングランプ:通称「レーザーサーチャー」をしこんだ、そいつがクリアーレッドで成形された目のパーツをピカピカ点滅させているのが、薄ぼんやりとした瞼の間を透けさせて自分に抗議を伝えさせていた。
同時にそいつの口にはさらにちょっと力が加えられて、少しばかりくすぐったさから痛みになってきたような気がする。
その口とは、
寸詰まりなワニのような顎、大規模土木機械の交換式ブレード端子のような形状の歯、それの集合…ー
もちろん、人間である筈がなかった。
「ん゛ーーーーーー……」
ゴジュラスだ。
ゾイダーという名のマニアたちの間でももう垂涎の貴重品の域に入る、半世紀以上前の1999年からの新世紀版のオリジナル・キットを改造してアレックス・オートマトンにした物と、後にメーカー元のT・T社がK社の協力によって正式に発売した、アレックスシステム対応型リニューアル・キット、その両方をコウスケは完成させていた(蛇足だが、気に入らないアレンジが入っていないという形状へのコダワリから自分で改造した方のを浩介は気に入っている)。
世の中で流行の“ALEX”(アレックス)というのは、つまりそういった物も示す。
この、経年によって多少飴色に退色してしまってはいるものの、其れはそれで歴戦の貫禄があって、よい
そんな古びたトイプラモ特有の風合いの、
ウェルドのはいった銀メタ成形の外装で目を覆うキャノピーがオレンジ色なのと、外装がグレー基調でキャノピーがスモークブラウンの、要するに“旧ゾイド版”…の一体づつ、計、二体が、この少年・鶴来浩介の数多いしもべの内に他ならなかった。
正確にはもう数体ゴジュラス型は、いて… ああでも、寝床でとぐろ巻いて寝てるわ。本当にあいつらはマイペースだな。
ゾイドは何体あってもよいものだし、ゴジュラスは何頭いても、良い。…
〈おきなさい ごじゅらす …なんてね?〉〈気が重いのはわかるが、しかし、ジャパンのコーコーセーには、一日の任務があるだろう?〉
「任務、じゃなくて学校だよ、はぁ…ふわ、」
確かに、陰鬱だった。
しかし、起きなくてはならない。少なくとも、あの人間台風〈ヴァッシュ・ザ・スタンピード〉という天災がここを通過するまでには…ー
「あ?」
そして、それは今だった。
この家の門扉が開けられる音が聞こえ、それから、かちゃ、かちゃん、というこの家の扉が開けられる音。それから、がちゃ、という扉自体が開かれる音が連続し…ー
「ひぃ、」
とす、とす、とす、とす…ー
二階への階段を上ってくる音も聞こえたあたりで、今日も、少年は、青ざめた。
「ぜ、全軍退避ーっ!」
〈退避済みだ〉〈退避済みよ〉
「お、おまえらーっ!?」
奴はアイアンコングmk2の大型ビームキャノン並の威力があるのだ!
なんのはなしか? ゴジュちゃんでも貰えば致命傷になりかねない、ってことだ!
なので、ゴジュラス二匹は既に退避済み☆
もはやしどろもどろでなにがなんだかニャンダー仮面、なのであったが、とにかく浩介は慌てた。
嗚呼、今日も洗礼が始まるのだ。そして…
「よっほい!」
ずん! という音によって部屋の扉が開け放たれ、射し込んだ初春の冷気と共に進入してきたその少女の…ー瑞々しい今朝の石鹸の香りが浩介の鼻腔をかすめた。
「おっはようコウスケ。きの~も、おたのしみ、だったみたいねぇッ!」
彼女の艶のある綺麗なポニーテールを確かめる暇もなく、続いて、どげ! っという蹴手繰りが! 今日も! 景気よく! おびえる浩介の腰に繰り出された。
命中した浩介は吹き飛ばされながら思うのだ。…何度確認しても、隣家に住むこの少女はじゃれ合いのつもりで悪意なくこうしてきているそうなのだが、しかし武道家の両親を持っていて、あまつさえ家が道場で、その上そこの黒色の帯をもっているのに、
加減というのをしてくれない。
(まるで往年の赤松健の漫画のように、白滝の帯のごとし涙を両目から流すしかない……)
「けふもおはやう、暴力女」
「ふぅむ、もう一発されたいと「おねがいしますやめてください本当にいたいんですしゃれにならないくらいにいたいんですぅん!」…ふーん?」
うーん、おかしいなぁ、とこの暴力少女は逡巡して、
「毎日こうしてやっていけば鍛えられてるはずだけど」
「どこのラノベの暴力家庭だよ!?」
「さっすが、もやし!」
ムカ、っとくる前に、
どこぞのアクセロリータ、みたいな呼び方やめてくれるゥ? みたいななんとか、なのだが、
「すん、すん、」
なんだよ、と言い掛ける間もなく、少女は枕詞に“美”が付くだろう…憎らしいことに、十分に可愛らしく端正で美人なその顔を近づけさせて、浩介の首元やら、その下の…とにかく全身を嗅いでいって、
「ふぅむ、ヤってはいない様ね」
「当然だ!?」
「あいつとは! これで今日も安心♪」
続きの台詞の意味はわからなかったが、これだから、こいつは! こいつを! ていうかおまえのせいだから! だから! 駄目なのだ! …ー浩介は慟哭した。
幼馴染だからというかなんだというか、妙に馴れ馴れしく気安く近寄ってくる。距離感というのを知らないのか、なんでもかんでもこっちのことに首を突っ込んできて…ーそれでいて、まともなことになった試しが一度もない。
こいつと出会ってから、つまり病院の病室で生まれたばかり同士が対面したあの時から、こちらは苦労を定めづけられたのだ…ーとさえも浩介は切実に思っていた。
「にっ」
それから、この浩介と同様に、“未体験”と聞く…というか聞いてもいないのに宣言している…幼馴染は、その顔を晴れがましい笑顔にしてから、
「ご飯、しよっか」
…さすがに、食欲には浩介は勝てなかった。
「………、」「~♪」
レンジのスイッチを投入した後、昨日の晩の洗い物なのか、流し場でがしゃがしゃと何かをしている幼馴染はともかく、今の浩介はNHK・おはよう日本、そしてBSNHKのニュースタイムのエアチェックに余念がない。
単に平和ぼけの裏返しなのだろうが…ー
というよりかは単に国際ニュースが目当てなのだが、なにか靄のようなものがかかったように感じられる国内ニュースとは違い、これであれば、“リアル”に触れているような感覚を得ることができた。
まあ、それにしても、厄いニュースばかりだし。
なにかにつけバイアスがかかっている気配は、確かになくはないフィーリングは、ある。
さもなきゃ朝から他のテレビでやっている、さいきんあちらさん連中の推したがっているのであろう感覚がある、件の 二次元文化排障規制提唱論者 の、くっさいくっさい意見広告インタビューとか、流さねーだろ……
そうしながら、すこし見てはチャンネルを変え…
またすこししては、チャンネルを換え…
“ねー! なんか面白いやつでもあったのー?”
「“1ドルで楽しむべ、”だとよー……コージーコーナーのCMか。
ほー…イチゴのショートケーk“えっ?!!” ちょいちょい……
なになに? 地域ローカルのコラボCM! ロボコップリバイバル上映、シリーズフルレイトショー一挙上映かー」
後は、まちかど情報室。これはおすすめだ。なんつったって、天下のNHKがマイナーな企業商品の宣伝をするのである。
テレ東のトレンドたまごと同格である。
これだけ見ていて愉快で痛快なものもない…と浩昴は一人で悦に浸っている。
あとは、Eテレにチャンネルを移して、みいつけた! だとか、シャキーン! だとか、後はピタゴラスイッチだ。
イマドキの若者のサガの通りにテレビ不要・未視聴論者を経て、一周回ってテレビを好きになれたのが、この番組たちの存在こそに他ならないからであった。
「できたよー」「おっ…」
お? と浩介は首を捻った。
確かに、この幼馴染の作る料理は、この当人のご両親の、その父親譲り(母親、ではない)で確かにオイシイ。
のだが、明らかにこの、漂ってくるこのかほりは、まちがいなく、そう、アレであって、………
(恋のウォーター・ルーならぬ恋のカレールー、男をオトすならこれでいちころ、だって! おかあさんが!)
この少女は、今日で何度目になるかわからない決意と覚悟と漢女〈おとめ〉らしい気合いを固めていたのだが、浩介はそんなこともつゆ知らず、
「朝からカレーとか、重ぇよ」
がーん!
と、この幼馴染…志津菜、悠里…は、かたまった。
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