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挿絵(By みてみん)


Ⓒたたぽぽ氏





~fairy maiden~











「…あっ、はっ、」





…薄明かりの闇の中、少女の喘ぎが響いている。





「あっ、ぁっ、あっ…はっ、うぅん」





琥珀色の蜜のような、甘い声…ー

毎日、いっしょに深夜アニメを見てからのこの時間が、彼女にとっての〈 楽しみ 〉だった。





「はぁっ…ーあっ、はぁっ、あぁはぁっあ…っ、」





喘ぎに、水気が混じり始めた。

熱と上気によって少女の顔は桜色に息づき、夢中の身じろぎによって服の布が擦れる音が、掻き解かした髪の流れるしゅるり、という音が、求めるように唇をなぞる指先のしなりが、それからピンセットの先で掴んだ水転写デカールを、水鉢に張ったマークセッターの水溶液にぴしゃぴしゃと入没させる音が、それからそれから部屋の中の空気に揮発した溶剤分を排出する為の、窓の一部に取り付けた簡易換気扇が作動する音だけが、この部屋の中のすべてであった。





「はぁっ…ーあぁっ!!」





少女の快楽が、絶頂に達した!


…ーそれは、今この目の前の、とある年上の男…少年が手の中で作り上げた1/20傭兵軍SAFSスーツへの所属デカール貼りがなされた瞬間が、たった今だからに他ならなかった。




「うぅ~ん! やっぱり! コウスケさん! は! すごいです!」




ふがふがと鼻息を荒げながら、不健康な興奮で汗ばんだ己の顔を、ぐい、っとこちらに近づけてくる少女…だから、近いって、



かといって、不快ではない。

垢抜けている、というよりかはむしろ美少女なその色白の端正な顔立ち。金色の髪に、同じく金の瞳。邦内一般での知名度は低いが、とある洋物の高級シャンプーの匂い…こんななりだが、一応日本の国籍も持っている。



中学生というよりは小学生の外見だが、これでも中学二年生だ。



それでも、夜中の三時を下回っている今、どのみちこんな年齢の少女が異性の家に遊びに来ているなど、青少年健全育成条例違反には違いない。


それを、今、部屋の扉の横で控えている少女のメイドのカレンさん(21)が保護者代理として付き添うことで、(少女としては)アウアウ! おさわりまんこっちです! にはしていないつもりらしい。



まぁ、とにかく、




「これで、本番はいけるか?」


「バッチリですぅ! 生本番! イっちゃいます!」




なにか妙なイントネーションの置き方だった気もしなくはない。

まるでキュアサンシャイン…というか太陽のような、この上ない程の満面の笑みを浮かべた少女…アーノルド・栗田 有栖に、スタンドライトの光を反射させて遮られている眼鏡レンズの下の瞳を呆れたように細めさせたこの少年…鶴来、浩介。




高等部と中等部…自分とこの少女とは学校の先輩と後輩の関係だが、それ以外にも色々と浅くない縁があるので、こうやって有栖のわがままを聞いてあれこれ手伝っているのが、この少年の毎日であった。




まぁ、お互い不登校同然なので学校はあまり関係ないだろうけども、と浩介は思う。




振り回されているというかジェット推進させられている、という気分だったが、それでも、楽しくないか、と聞かれれば、YES、である。




だから断れないのだ。…ーと少年は嘆息した。




「かしてくださいっ」




まるで意中の相手への思いあまっての告白かのようにそれだけを発すると、彼女はコウスケの手から“サイコーにかっこいい洋式便器”ことSAFSをひったくり、浩介的には“ウォッシング”…ー汚し塗装…ーを加えていないので完成度80パーセント未満であるそれを、まるで無二の宝物であるかのように、有栖は丹念に視姦しはじめた。




「ほぉーぉおほっ」




まだ定着しきってないデカール貼付部には、少女は細心の注意を払っている…毎度、浩介の関心することの一つだった。

塗装、形状、各部の改修箇所…ーそれらをまじまじと観察/分析されると、なんだかこっちまで気恥ずかしくなってくる。顔の鼻の毛穴の数を数えられている気分、というか、


そして有栖はちらり、とそこの箇所に目が止まったようで、




「やっぱり、胸部側面のインディケーションランプのポッチを、クリアーの延ばしランナーにしたのがキいてますなぁ」



「だろ? ピンバイスで穴開けて、刺してカットしてからもっかい軽く炙って、そんで上からアクリジョンのクリアーオレンジよ…でもよ、俺みてーな未成年が百均で使い捨てライター買おうとすると店員がジロ、ってみてくるの。だから、昔懐かしの棒線香でやったワケ。綺麗に炙れてるだろ?」



「そのプラモスピリット、10000を越えてます!」




いまなら天地大河にもなれます! と有栖はぴょんぴょん飛び跳ねながらほめてくれたのだが、どうせならサッキー竹田とかチョーダイおじさんとか村尾ゴジラさんらとかカスタム堀井やオギータ研究所の人だとかの方にコウスケはなりたかった。…のは蛇足。




ちなみに今回の依頼ブツであるSAFSを片づけたならば、次はホンバン…ライドアーマー・モスピーダ、その次がMADOXー01だ。それぞれ1/10(そう! 完成した暁には、中に(それ)が乗りこんで、(そうできる)ようにしてみるのだ)の、三つのそれを一月かけて制作する。今のご時世キットがあるとはいえ、ほとんど全身に手を入れる…お手入れする…のだから、結構こっちだって必死だった。





「ぐへひひぃ、ほ、ほほ本番の時は、もっとすごくなっちゃうんだな?(ホムンクルスのグラトニー、:ハガレン)」



「そらそうよ(猛虎弁)、なんつったって獲物が美プラのとおなじスケールだぜ? つまり!ってことさ。

やれることも、やりたいことも、たくさんある」



「やれちゃいますです?(妖精さん)」



「できらぁ!(ビッグ錠)」





「「………、」」




知的好奇心のシンクロナイズド・スイミング。

そして、「「 あーっはっはっ! 」」 と声高く神姫絶唱シンフォギアした二人であったが、





ー…うるさぃ!…ー




「………」「………」



がら、と窓を開けてからの、今日もきょうとて、隣家の二階のあいつからの罵声がその返事である。


犬のきゃんきゃん鳴く声がオクターブとなって残響する中、少年と少女は微妙な気持ちとなった。











………機装少女戦・フェアリーメイデン 第一話 ………









「……ーーー………」





その、数時間後。…ーというか四時間後、





「………ーーーーー…………」




起きがけの譫言でオーバーテクノロジーの基幹技術情報を口に出す…ーなどというどこぞのカナメ・チドリ的な現象はついぞ起きず、今日もソウスケならぬコウスケは三年寝太郎を決め込もうとした。




春、四月の温度。


そんな中にあって、ふかふかふわふわの、己の体臭と汗の染み込んだ、なんとも心地の良い極上の万年床…その中にくるまり、ひきこもりらしい安心安全感を寝具という名のカノジョから得つつ、今日も浩介は、寝る。




「ん゛ーーーーー………」




有栖は、二時間前におねむになってきたので、帰した。完成したSAFSを土産に。


あの分だと、今日も学校は行かないだろう…もっとも、自分も少しアヤシイが、


親はどうしているんだ、と聞かれれば…ーなんというか、趣味の人なのだ。それも、両親ともに、子供やこちらとも、実にウマの合う、それ。

なので、こうやって完成したブツを土産に有栖を返しさえすれば、何も言わないどころか、むしろ大喜びなのだ。“制作代行に出さなくても済む!”と…ー





「う゛ーーーーーーん……………」





…チャァーーーーー…ちゃち゛ゃっ、ちゃ!


たった今、目覚ましにセットしていた“炎のさだめ”が織田哲郎の声で流れ始めた。


だが、


やはり、眠い。

春眠暁を得ず、とはいうが、寝坊助カエルの気分で、今は眠っていたかった。





〈お・き・て〉〈お・き・ろ〉





そんな所に聞こえてきた、悩ましい声…。AメロをBGMに。

しかし片方の野郎の物は、しかししかし嫌いじゃなかった。だからこそこれに設定したのであるし、ハマシュート。



それから…




どさり、と布団がひったくられた。




〈起きなさい、コウスケ!〉〈起きるんだ、ボーイ〉



「ん…」




しかし、あくまでも…優しくて可愛くてたおやかな“幼馴染ちゃん”たちが、朝から淫楽のパライゾに誘ってくれているのか、というとそうではない。というか、浩介の知る本物の幼馴染というのは、極めて暴力的だ。あんなものは女の風上には置いといてはいけないとさえも、常々思うのだが、






がぢ、





「んぁーーーー…」




こいつらの口の歯で指先を噛まれるのも、もう慣れた感覚となっていた。



しかし、反応をしてやらないとこいつらは拗ねるので、せめて、身体を回して向き直ってやる。



もとのチクビ電球から変更し、視界センサ能力付きライティングランプをしこんだ、そいつがクリアーレッドで成形された目のパーツをピカピカ点滅させているのが、薄ぼんやりとした瞼の間を透けさせて自分に抗議を伝えさせていた。

同時にそいつの口にはさらにちょっと力が加えられて、少しばかりくすぐったさから痛みになってきたような気がする。




その口とは、




寸詰まりなワニのような顎、大規模土木機械の交換式ブレード端子のような形状の歯、それの集合…ー




もちろん、人間である筈がなかった。




「ん゛ーーーーーー……」




ゴジュラスだ。



ゾイダーという名のマニアたちの間でももう貴重品の域に入る、半世紀前の1999年からの新世紀版のオリジナル・キットを改造してアレックス・オートマトンにした物と、後にメーカー元のT・T社がK社の協力によって正式に発売した、アレックスシステム対応型リニューアル・キット、その両方をコウスケは完成させていた(蛇足だが、気に入らないアレンジが入っていないという形状へのコダワリから自分で改造した方のを浩介は気に入っている)。



世の中で流行の“ALEX”(アレックス)というのは、つまりそういった物も示す。



この、経年によって多少飴色に退色してしまってはいるものの、其れはそれで歴戦の貫禄があって、よい

そんな古びたトイプラモ特有の風合いの、

ウェルドのはいった銀メタ成形の外装で目を覆うキャノピーがオレンジ色なのと、外装がグレー基調でキャノピーがスモークブラウンの、要するに“旧ゾイド版”…の一体づつ、計、二体が、この少年・鶴来浩介の数多いしもべの内に他ならなかった。


正確にはもう数体ゴジュラス型はいて… ああでも、寝床でとぐろ巻いて寝てるわ。本当にあいつはマイペースだな。




〈おきなさい ごじゅらす …なんてね?〉〈気が重いのはわかるが、しかし、ジャパンのコーコーセーには、一日の任務があるだろう?〉



「任務、じゃなくて学校だよ、はぁ…ふわ、」




確かに、陰鬱だった。




しかし、起きなくてはならない。少なくとも、あの人間台風〈ヴァッシュ・ザ・スタンピード〉という天災がここを通過するまでには…ー




「あ?」




そして、それは今だった。


この家の門扉が開けられる音が聞こえ、それから、かちゃ、かちゃん、というこの家の扉が開けられる音。それから、がちゃ、という扉自体が開かれる音が連続し…ー




「ひぃ、」




とす、とす、とす、とす…ー

二階への階段を上ってくる音も聞こえたあたりで、今日も、少年は、青ざめた。




「ぜ、全軍退避ーっ!」



〈退避済みだ〉〈退避済みよ〉



「お、おまえらーっ!?」




奴はアイアンコングmk2の大型ビームキャノン並の威力があるのだ! なので、ゴジュラス二匹は既に退避済み☆


もはやしどろもどろでなにがなんだかニャンダー仮面、なのであったが、とにかく浩介は慌てた。


嗚呼、今日も洗礼が始まるのだ。そして…




「よっほい!」




ずん! という音によって部屋の扉が開け放たれ、射し込んだ初春の冷気と共に進入してきたその少女の…ー瑞々しい今朝の石鹸の香りが浩介の鼻腔をかすめた。





「おっはようコウスケ。きの~も、おたのしみ、だったみたいねぇッ!」




彼女の艶のある綺麗なポニーテールを確かめる暇もなく、続いて、どげ! っという蹴手繰りが! 今日も! 景気よく! おびえる浩介の腰に繰り出された。

命中した浩介は吹き飛ばされながら思うのだ。…何度確認しても、隣家に住むこの少女はじゃれ合いのつもりで悪意なくこうしてきているそうなのだが、しかし武道家の両親を持っていて、あまつさえ家が道場で、その上そこの黒色の帯をもっているのに、




加減というのをしてくれない。




「けふもおはやう、暴力女」



「ふぅむ、もう一発されたいと「おねがいしますやめてください本当にいたいんですしゃれにならないくらいにいたいんですぅん!」…ふーん?」




うーん、おかしいなぁ、とこの暴力少女は逡巡して、




「毎日こうしてやっていけば鍛えられてるはずだけど」



「どこのラノベの暴力家庭だよ!?」



「さっすが、もやし!」



ムカ、っとくる前に、

どこぞのアクセロリータ、みたいな呼び方やめてくれるゥ? みたいななんとか、なのだが、




「すん、すん、」




なんだよ、と言い掛ける間もなく、少女は枕詞に“美”が付くだろう…憎らしいことに、十分に可愛らしく端正で美人なその顔を近づけさせて、浩介の首元やら、その下の…とにかく全身を嗅いでいって、




「ふぅむ、ヤってはいない様ね」



「当然だ!?」



「あいつとは! これで今日も安心♪」




続きの台詞の意味はわからなかったが、これだから、こいつは! こいつを! ていうかおまえのせいだから! だから! 駄目なのだ! …ー浩介は慟哭した。



幼馴染だからというかなんだというか、妙に馴れ馴れしく気安く近寄ってくる。距離感というのを知らないのか、なんでもかんでもこっちのことに首を突っ込んできて…ーそれでいて、まともなことになった試しが一度もない。


こいつと出会ってから、つまり病院の病室で生まれたばかり同士が対面したあの時から、こちらは苦労を定めづけられたのだ…ーとさえも浩介は切実に思っていた。




「にっ」




それから、この浩介と同様に、“未体験”と聞く…というか聞いてもいないのに宣言している…幼馴染は、その顔を晴れがましい笑顔にしてから、





「ご飯、しよっか」





…さすがに、食欲には浩介は勝てなかった。












「………、」「~♪」




レンジのスイッチを投入した後、昨日の晩の洗い物なのか、流し場でがしゃがしゃと何かをしている幼馴染はともかく、今の浩介はNHK・おはよう日本、そしてBSNHKのニュースタイムのエアチェックに余念がない。



単に平和ぼけの裏返しなのだろうが…ー



というよりかは単に国際ニュースが目当てなのだが、なにか靄のようなものがかかったように感じられる国内ニュースとは違い、これであれば、“リアル”に触れているような感覚を得ることができた。


まあ、それにしても、厄いニュースばかりだし。

なにかにつけバイアスがかかっている気配は、確かになくはないフィーリングは、ある。


さもなきゃ朝から他のテレビではやっていふ、さいきんあちらさん連中の推したがっているのであろう感覚がある、件の規制提唱論者の、くっさいくっさい意見広告インタビューとか、流さねーだろ……


そうしながら、すこし見てはチャンネルを変え…

またすこししては、チャンネルを換え…



“ねー! なんか面白いやつでもあったのー?”


「1ドルで楽しむべ、だとよー

 ロボコップリバイバル上映、シリーズフルレイトショー一挙上映かー」



後は、まちかど情報室。これはおすすめだ。なんつったって、天下のNHKがマイナーな企業商品の宣伝をするのである。

これだけ見ていて愉快で痛快なものもない…と浩介は一人で悦に浸っている。




あとは、Eテレにチャンネルを移して、みいつけた! だとか、シャキーン! だとか、後はピタゴラスイッチだ。

イマドキの若者のサガの通りにテレビ不要・未視聴論者を経て、一周回ってテレビを好きになれたのが、この番組たちの存在こそに他ならないからであった。




「できたよー」「おっ…」




お? と浩介は首を捻った。


確かに、この幼馴染の作る料理は、父親譲り(母親、ではない)で確かにオイシイ。

のだが、明らかにこの、漂ってくるこのかほりは、まちがいなく、そう、アレであって、………




(恋のウォーター・ルーならぬ恋のカレールー、男をオトすならこれでいちころ、だって! おかあさんが!)




この少女は、今日で何度目になるかわからない決意と覚悟と漢女〈おとめ〉らしい気合いを固めていたのだが、浩介はそんなこともつゆ知らず、




「朝からカレーとか、重ぇよ」





がーん!




と、この幼馴染…志津菜、悠里…は、かたまった。









     * * *







「んでタコ殴りにされてほうほうの体で学校まで逃げてきたと、」


「そぶそぶ(そうそう)」


「災難だねぇ。」



都立・聖ヶ丘高校…ー

キリング・ゾーンと化した自宅から浩介が自分の通う学校になんとか脱出して避難してきた時、その自分の居場所の後ろ隣の席には、今日も悪友の姿があった。




「それはともかく、どうだ!? 今日のエリシアちゃんのコレ!」



「そうだなぁ…ー」




城島、という苗字である。

誰が呼んだかジョージ・マッケンジーの渾名。




ぱっと見はどこからどうみようと正真正銘のマジの不良というかぼんくらヤンキーなのだが、その左肩にはバカガラス…ならぬ、1/12相当のサイズの、美少女フィギュアが乗っかっている。



いや、フィギュアですらもない。



       ・・・・・・・・・・

たった今、そのカノジョは瞬きをして、手を振って挨拶をしたこちらに、器用にマッケンジーの肩につかまりながら、手を振りかえして満面の微笑みをかえしてくれた!


それから、鈴の鳴るような声で、



「おはようございますっコウスケさん!」



と、溌剌と返事を返してもくれる。




ーーこんな喪男にこう接してくれるリアル女がいるか?



さぁ、リメンバー、だ。思い返してみよう。なにがいた? 暴力幼馴染に、重篤重度・末期患篤のオタク小娘クォーター、だいいち生物なまものであるし、あいにくとも俺の属性はどちらでもない!


そしてそれ以前に、あんまりにも可愛らしい、エリシア嬢のその仕草一挙動の一々に、たまらず浩介は感動のため息を飽きることなく今日も吐いたほどであった。今ならチャムの作画に参加しまくったブッチャンの気持ちがよくわかる。そして…ーあと少しで自分もお迎えできたのに、ともー…



そうなのだ、健児のこれは、よく動く、綺麗…ここまでならfigmaだろうが、その上、しゃべる。駆動する。しかも勝手に。何も指示命令操作をしなければ…ー



ーー萌えるポ~ジング、だって、例えばあなたがしょんぼりしている時、ちょっと落ち込んでいる時、勇気が欲しいとき、今晩のオカズがど~しても欲しいエアパスタな日の時、なんか軽く甘い一粒をprpr したいとき、あなたがこの“妖精”を持っていたなら、はげまそうとして、してくれるかもしれない。



そのように、

自立して駆動し、自分で思考し、自主的に行動と会話が可能な、アレックスシステム:オートマトン 、 短縮して、アレックスロイド。

の…ーフェアリーメイデンだ。




その“妖精”は、今日はティエリア・アーデのコスプレだった。




「フン、」




浩介は、彼…というかオタクという生き物の性をよく熟知していないと侮蔑の一瞥とも受け止められかねない最上の賛辞を鼻を鳴らすことで表明し、




「昨日はチャム・ファウだったのに、なんでだ」



「俺、男装っ娘、好きなんだよ。知ってるだろ?」



「あいにくだが、俺もすきだ。…」





「「同士よ!」」  「きゃあきゃあ~!//////」





所でティエリアは無性だろJK、と腐のおねーたま方からクレームが来そうだが、そんなもん、男のリピドーの前には無力なのだよ!(声:池田秀一)


まぁ、とにかく、

がっし、と、白い歯を輝かして腕を酌み交わした少年二人は、男の友情というか、アッー! というか、薔薇かどうかは兎も角として花畑が咲く…というか、とりあえず、青春してんな…だった。

ブロマンス?うん。

そしてその始終を妖精・エリシアは興奮した面持ちでバッチリ目撃していた。

もちろん、家電製品・フェアリーメイデンの高機能スマート端末としての.REC も忘れずに。これは彼女の個人的なライブラリに収蔵される…ー








通称・アレックスシステム。

人間と同等の思考とコミュニケーションは可能な新世代型・準、高次完全自立人工知能の利用物の規格化された総称の事で、今の世間では、それをおもちゃのロボットだったりラジコンだったり、プラモデルだとかに仕込むのが流行っている。それが入っていればどんなものもALEX。



そしてフェアリーメイデンというのは、そのALEXの中でも、少女型だったり女性型だったりの外見をしたマイクロミニチュア・オートマトンのジャンルの事である。




ALEXの公表から20余年…ー2054の現代。


この日本ではホビーとしての利用が定着し、ガンプラバトルも、プラモシュミレーターも、ロボトルだってエンジェリックレイヤーだって、我が家の神姫との日常だって現実のものとなった。




群雄割拠の模型誌では、如何に付録のALEX対応パーツの企画を出すかに、年度ボーナスの増減配が掛かっている。…それが今のリアル。




そんな中、アマチュア・モデラーのはしくれと自認する浩介はというと、まだ今はアレックスシステムだけで、フェアリーメイデンをさわったことは、実はない。




興味はある。死ぬほどある。何度だって夢に見た。なのだけれど…ー




「ところで、なに買うか、決めたか!?」



「えーと、なにの」



「トボケンナっての! …ーフェアリーメイデンを、妖精をよぉ??」



「…はぁ、」



ため息つくなぁ! と激発したマッケンジーであるが、少しはこちらの気持ちというのをご理解頂きたい。



こないだなんか、すごかった。三ヶ月前のことだった。

いつの間にか悠里の奴は一端のハッカー並に実力をつけていて(汗くさい脳筋のくせに!)、“自分のパソコンが壊れたから貸して?(はぁと)”などという口実で、なんと浩介のPCにバックドアを仕掛けてくれやがっていた。



そうとは知らずに、浩介はようやく念願のフェアリーメイデン、HJ誌の特集で見て一目惚れした、“機動少女黙示録・ヴォークトチャイカ”のチャイカ・ジュラーブリクたその予約購入をした。そして念願の発送日の、その日…ー




「発動した志津菜ちゃんのトラップカード!じゃなかった、遠隔操作によって解約されてキャンセルに、キャンセル料発生によって入れた筈の代金の四分の二は帰ってこず、人気商品につき再注文は不可。数少ないキャンセル分の追加受注も、その日の午前零時から三十分後に予約殺到につき締め切り、すべてを知ったのはその日の夕方…だったっけか?」



「もう! 女の子は! 信用しない! うぅ…っ」



「それがいい。なんかしんねーけど志津菜ちゃん“妖精”を目の敵にしてるもんな。エリシアちゃん以外の特にリアルの女子なんざ、クソクソの排便物、うんこちゃーぁんだぜぇっての!…ーあっ、そこのキミ、今日予定あるぅ?」



まだそう古くない古傷を大きく抉られたことによる、そんな浩介の惨状をよそに…あるいは満足した、という体で…マッケンジーのあんちくしょうはとおりかかりのクラスの女子、…ーにではなく、そのツレのフェアリーメイデンにコナをかけている最中であった。

まったく、こいつはポジティブだ。…と浩介は何回目かの嘆息をした。



このマッケンジー、“妖精”の事となれば見境がない。


中にはそういう目的でファッションとしての所持もしているという女子相手ならばともかく、平気で他人の所有物…というか所有妖精にまで…コナをかける…のだ。



理由はただひとつ、“妖精の魅力が自分の原動力だから”、



なんというか噂で聞くかぎりだが、それによって得たパワーの発露の結果が、どうこうとなって暴走族(という呼び方は浩介はせず珍走団という表現を使いたがる)やカラーギャングのトライブ同士で抗争が開始したのを、その対立を解決した…皆、妖精好きにしてやった、とマッケンジーは笑っていた…という話も、同じクラスというだけで耳に入ってくる程だった。



こちらの目的はこうだ。“妖精のすばらしさを世に広めるため”。



ただ、そんなアブナい橋をどうも実際に渡っているらしきこの目前のこいつも、自称が“フェアリーだいすきクラブ会長”というくらいなのだから、やってることもその通りであるし。

オラ、“ねこにこばん”つかえよコラ、っつー感じであるが。ポケスペポケスペ。




「つまりは、だ、」




ヤロウはそうかぶりを振ってから、




「早く買って、俺とちゅっちゅさせろ!」



「それが本音かァ!!」




好きな同人作家にけそ氏の名前を挙げるこのマッケンジーのことだから油断ならない…

まぁ本気で怒鳴っておいたがこちらもマジという訳ではない。大概しっぱいしてるしナ。



はぁ、全く。



…ーしかし、こいつ、学内では一番にフェアリーメイデンを知るだろう、無二の人物でもあった。そうしてフェアリーメイデンに関するお困り相談なんてのも、コウスケはALEXオートマトン技術担当として時々手伝ったりもしているので浩介も承知のことだった。




密かに、偉大な友人、だとも思っている。





     * * *








鶴来浩介の所属とは…ー


首都圏内の地方都市、七見崎市。

そこに立地する、都立・聖ヶ丘高校ひじりがおかこうこう…ーのI年I組。出席番号26番。男。




平均的な中肉中背で、髭や体毛は薄い。彼女はナシ、このまま三十路に達せれば魔法使いになれる…ーとだけ記しておく。





肩書きは、以下の通り。




第二模型部部員、兼、生徒会書記(幽霊)




説明をしよう。


第二模型部…アレックスシステム搭載模型等の遊競を目的とした聖ヶ丘学校の部活。



浩介は、自慢ではないが、そこのエースだ。数多くのコンテストやグランプリで勝ち残り、中学生の頃、東日本大会で総合三位に入賞したこともある。その戦果によって、出席日数ギリギリであっても、なんとか中等部から高等部へのエスカレーターに必要な必須単位を取れている。




しかし、それより以前は、なんと驚くことに武道少年であった。メガネなんかつけておらず、(幼馴染曰く)イケメン・フェイスを輝かして、今では毛嫌いしている悠里とその両親と共に道場で汗をかき、…ーそのせいで相手方たちからは、何やら執心されてしまっている様だが、申し訳ないが、それは今の自分には関係のないこと、だとも浩介は思っている。




幼稚園のころ、最初は戦隊モノのミニプラ、次に500円ゾイドのゴドスとステルスバイパー、そしてとどめがビルドファイターズのガンプラ…というステップで、順調にプラモデル模型の洗礼を果たした、鶴来浩介という少年。






彼が一度は離れかけていたプラモデルの世界にカムバックしたのは、両親の事故死が要因であった。






     * * *





ペット・ショップの展示ケージの様な透明ケースの中に、様々な種類のフェアリーメイデン達が七体ほど投入されている。

多くは基本学習と教育研修を済んだ上でメーカーや卸から派遣されてきたエリートOLの“妖精”たちで、そんな彼女らはどうすれば自分の機種に魅力を感じてもらえるか、を熟知している為、店頭のお客様たちに向かっての愛嬌の出し方というのが大変に上手なのである。…ー思わず“おもちかえりぃ!”したくなる程に、




「…ぐっ、」




こらえろ、堪えるんだ、静まれ! 俺の利き腕…ーッ! なんてパントマイムを本気でやってたりもしているのだが。


さて、そんな訳だから…今日も今日とて、私鉄・聖蹟聖ヶ丘駅前のゆめがおか商店街南口側の中程一角に立つ、アレックスシステム関連商品専門店“チェシャ猫の木”の店頭は、老若男女…子供やティーン、ちょっとマニア系な男子がやや多め…などで、その賑わいを呈している。そして、その人垣の中に鶴来浩介もいた。



夕暮れ時で人の往来がにわかに活気づく時分である。

今世紀に入って初めて日本の預かった、ALEX特需と呼ばれて久しい時代であったが、それでも長期的に及んだ不況の残滓を、まだこの国は脱し切れていない。

しかし比較的、世間でいう所の高級住宅地とされる、ここ、聖蹟聖ヶ丘は、所得や生活状況に余裕がある者が大勢を占めていた。

初春の頃の様装に身を包んだ人々の賑わいは、皆それぞれの家族の事だとか、楽しいことだとかの…ハレの感情でその全てがなされていたといってもいい。



そしてこのチェシャ猫の木の軒先は、ALEXのフェアリーメイデン達のことを、家族や大切な存在と思って過ごしている人々のたまり場でもあった。





「ぐぇへへぇっ…~~この新作のハーディッシュ・バニー、モノをぶち込みたくなるくれぇに谷間の爆乳をギュウギュウに締め付ける胸元のカット、身体のレザー、パンキッシュな武装と網タイツとの絶対領域、…分かったセンスのコスデザじゃあねぇかァ…ッ…ー! ねぇユーノ君?」



「みてみて! この新しいMSGの、“六連装ガトリング・ガンポッド”、超イケてね!?」「マヂマヂ! ぁたしこれ買ぅ! “NEW・FA用汎用フルアームズ・カスタム武器セット”! これでぅちのキャサリーンを超武装ミサイルマシマシageageアゲハにしてやってさ!」「まぢー!? ちょーイケてるじゃんひとみー!」「あけみもセンスばつぐん(へんかんできない)だっての! ギャハハハハハハ!」



「おぉお、わしの、わしの萌えキュンメイドは、アゾンの、AZONのネコミミ萌えキュンメイド・セットは、わしのみぃ子のための、予約は…」「じぃさんや、それは先月ここで引き替えたばかりでしょう?(本当はこっそりわたしのかわいいかわいいちぃ子のお誕生日会のおべべにしたのだがね)」



「あのー、あのディーラーさんの三角木馬と鞭責めロウソク責めのセットって、たしかありましたよねぇ?」



「お、俺の! 姉貴の! ピッチピッチのホット・パンツの! 真っ赤っかのォ! 押主!」






…ーそれが一般的に微笑ましいものかどうかは別として。





ちなみに、今の会話はそれぞれ、



①黄色い校帽からちょこんと飛び出たツインテールの可愛らしい小学三年生のちいさな女児


②近所のお嬢様女子校の花も華やぐ女子高生なかよし二人組


③都営聖ヶ丘団地に住まう定年退職してから十年が経つ老夫婦のおじいちゃんとおばあちゃん


④おっとりとした外見の雛菊のような可憐さの女子大学生


⑤近所の国立大学の体育会部活に所属する留年二年生のガチムチマッチョ(女)




…ーの順である。




そう、今日はニューモードの新作アイテムの発売発表日。

ネットはもちろん、ドール専門誌やホビー系各雑誌でいち早く情報をキャッチした彼ら彼女らが、このチェシャ猫の木に集うたいせつな日であったのだ。





…ー人知れず、浩介はこのチェシャ猫の木の事を、隔離病棟、と呼んでいた。いにしえの伝統に則ったまでだ。意味は伏せてもいない。





「…はぁ、」




ため息だって出ちゃう。だって、男の子だもん、…ーかはともかくとして、









財産管理人の弁護士から、今月の生活費として渡される金子は、果たして後五日ほど待たなくてはならなかった。



やさしいおじさんであったが、だからこそ、時には厳しい言葉で浩介を激励してくれてもいる。



そんな彼が心配しているのは、あの時のあのまま、浩介がもえかすの無気力人間になってしまう事…ーこないだ、本人から断りを入れた上で話された事だった。




だから、少し多めにお金は渡されているのだ。それこそ、ふつうのプラモデル程度やALEXシステムのパーツ程度ならば余裕で複数買いできる程の額を。




それでも…ー





(…たりない)





新品のフェアリーメイデンを買うためには、心細い額ではあった。




フェアリーメイデン。この人工の妖精達は、ひとつが一昔前の安パソコン程度には価格の値が張るのである。




だから、チャイカを予約したときだって、辛抱と苦労を重ねた。

アルカイダではないが、マッケンジーの友達の友達のその友達が口入れした怪しいバイト━━至極全うに、何体化のALEXプラモを仕上げを丁寧に作って郵送しただけだが、どうにも購入者がそのスジの人の好き者だったのが原因だった━━にも手を出して、それで最終的には警察署の刑事さんに保護者…志津菜の親父さんとお袋さんに頭を下げて貰って、それで直後に半泣きの悠里の鉄拳を貰ったりもした。



これがとどめであったが、相当に日常の生活を切り詰めていたので、それで悠里には感づかれていたのかも知れない。





…とにかく、逃したチャンスというのは得てして大きな魚であった。





「はぁっ、」





あのアマ、警察からの補導を(親が)対応してくれたこちらの弱みにつけ込んで…ーかはわからないが、この件に関する被害届は出せていない。

それでいて、“弁済は、自分の身体でっ////////”などとほざいてくれやがったが意味がわからんかったし、そうならぶつ切りのバラバラ肉にして肉屋に売ってやろうか、と脅すと、尋常じゃなく、おびえられた。どうもジェイソンとかフレディだとかそういうのが苦手らしい事を、幼馴染歴十四年目にして初めて知ったのだったが…まぁ、ともかく、







帰りに、駅前のケーキ屋でショートケーキを買おう。



コージーコーナー、悠里の好物だ。それを二ピースほど、




…それくらいの余裕はまぁある。









ショーケースの中の妖精たちが、表情のない浩介の顔を、見送った。









     * * *










だから、自宅の玄関の扉の前に置かれたその小包を見たとき、最初はなんの事か分からなかった。





「? …ーへ、」





なんだろう、宛名は確かに自分の者で、宛先もこの家の住所だった。


だけど、それ以上に、呆然としてしまう文章がその伝票には記されていた。




なので、例えば今時、不在時の荷物対応でこんなやり方はない、だとか、宅急便の配達担当の名前が、ここの数となりの配達エリアの者で、この番地の担当のものではないことだとかに…ー浩介は気がつけなかった。




西側の特別機密を盗み出したソ連のスパイの様な用心深さで、浩介は素早く家の中に小包を運び込んだ。






なぜなら、その小包には…ー









…ー死んだ両親の名前で送り主の欄が記入されていたのだから。

















「ふぅ、」




自宅の、自分の部屋。



八畳ほどのまずまずの広さがあって、模型を作るための要塞と化している、コウスケの巣。


己の聖域へのこの小包の輸送作戦は極秘裏に成功を収めた。サイクロプス隊だって出し抜けた筈…ー少なからずとも、悠里に気づかれた、ということはないはずだ。





「………」




茶黄ばんだ薄手の再生ボール紙で、小包の全周は覆われている。



包装を押してみると、どうも玩具とかのブリスター・パッケージのそれらしき感触が、確かにあった。




「…………、」




決めた、開けてみよう。




いつまで待っても埒があかない、と判断したからだ。それに、中身が気になった。もしやもしやして、父と母の研究の、何者かに謀殺されるに至ったその重大な秘密がこの中に…ーだとかと思えればまだ良かった。




確かに両親は研究者だったが、事故死の理由は四連勤の夜勤明けの運転によるものだった。




それでも保険は降りて、遺族年金に、エースの研究員だったから研究所からの弔問金もけっこうな額が出て、…とまあ、保護者がいなくなった浩介が一人で生きていくのに、不自由しない金はある。




祖母祖父は、両親ともに既に他界。親戚の家に引き取られる、というのも選択肢だろうが、弁護士さんの“審査”で軒並み弾かれた。いうにからんや、という奴だ。あいにくとも“やったね、たえちゃん!”にはなりたくはない。





「…ーーーーー、」




机の上に常時スタンバイしてある工具箱の中から取り出したデザイン・ナイフのキャップを転がして、その刃先で小包のガムテープを切っていく。




中にあるのは極薄のプラスチック・フィルムの梱包ケーシングだ。うっかりでも刃の通りを深くすれば、その内包装の中身の何かを傷つけてしまう…冷静に、慎重に、





「ふうっ」





そうして分割が終わったならば、後はそれを開くだけ。ラップの中の女神様(薄い本)。このラッピングの中は女神様がいるのかどうか、はたして…ー






「!」






浩介は、開いた。包装を開けて、その中にあった物を目撃した。







「…あ、」







…ーそして、時が止まったように、それから目を離せなくなった。








“Happy Birthday !”







ブリスターパッケージの上面に乗せられていた、ツリーと雪だるま…父は絵を描くのが上手だった…がポスカで描かれたクリスマス・カードには、若干ナイフの通りによって切り傷の入ってしまったそのカードには、見慣れていたはずの母の筆跡で、たしかにそう記されていた。





そうだ、これは、おそらくそうだ。あの年の誕生日プレゼントの、あの時の約束の…ー






「っ!」






だとしたら、この中の中身というのは、あれに違いない!





放り投げるように、しかし大切に、机の上の分かる場所にカードを移動させると、もう浩介のする事は一つだった。










武装神姫のパッケージの、箱の中身のブリスターパックを知るものはどれほどいるだろうか。










雛壇のように、折り詰めのように、重箱のように重ねられたそれを展開していき…ー











そして、そのような三段の包装ケースの中に、そのフェアリーメイデン本体・組み立てキットの全パーツは納められていたのである。










「…す、」





すげぇ、という言葉が漏れ出ていた。






目の前のそれが、まるで古代の伝説の王国の偉大なる遺産オーパーツの、そのものに浩介には見えた。







「…な、」





なんと美しい!






ゲートレス・インジェクションされたペールオレンジの成型品。鮮やかな機械構成品の数々…ー





ごくり、と浩介は己の喉が鳴る瞬間を目撃した。いや、正確には見て確認した訳ではないが、それでも目撃だった。




しかし、まだ、この段階では完成品の予想が付かない。

たった今広げた取扱説明書のインストだって、あの埼玉県蕨市のマイクロエース社のプラモでさえもカラーCGなのが当たり前の今時にしては珍しい、不親切な二色刷りのそれだった。




当然、箱もないので、完成写真だなんて存在しない。





だが…





モデラーという人種は、ソソられるプラ・キットの中身を目にした時、目の前に据え膳として出された美少女の全裸にしゃぶりつきたくなるような、その衝動に襲われる。





つまり…ー




…ーだからこそ己の中に空前のヤル気が満ちあふれてくるのを、浩介は実感していた。




「………」




そんなただ中にあっても優秀なモデラーは、冷静に慌てずに、まず説明書の部品総覧とのチェック、続いて、この場合はブリスターのケースから構成各部品を摘出し、説明書通りに取り出したそれらを説明書通りに組み合わせていく。











CCM、コア・チップ・モジュール。



ぱっとしたみてくれは、どこかのお菓子会社が出しているような、溶けにくいチョコレート菓子とかのなにかの粒のような大きさと形をしている。但し、厚みだけは、やや薄い。



金属の色と質感である。



黒ずんだ金属色に輝きを放つ、厚さ0.85ミリの強化チタニウム防殻によって全周密閉と対電磁対熱対水対塵シーリングがされているこれこそが、ALEXマイクロ・オートマトンに於ける重要基幹部品の一つ。平和島通商電子(有限会社)製、Sー11b。外殻には、バージョンは3.7、そのチューンナップ版だろうEX-p型と記されている。

別部品のマイクロ・ホビー・リアクター━━仰々しい名前だが、要するに後述のキャップ式モーターを利用した、自己回転式ダイナモだ━━と同等に重要な、フェアリー・メイデンにとって欠かせない部品。




かつて、ALEXシステムの構築にはパソコン一台が要された時代があった。

その頃からパルムPC(手のひらサイズのマイクロパソコンの事だ)は存在していたが、しかしそれでも、とある目的を持つ者たちからすれば、大きすぎた。



それを、解決したのがこのCCMである。

ALEXの稼働に必要十分なCPU・メモリー・記憶領域・その他もろもろ、そのすべてがこの一センチ四方にも満たない金属チェンバーの中に内包されているのだ。



当時、発売されたこれを目撃した外国人は、“ジャパン・マジック”とさえ呼んだと聞く。





とにかく、これの接触相当部分に非端子式接触型配線を組み合わせることによって、身体本体へのデーターバスの構築がされる。


この小さな妖精の身体の、電子の神経…四肢に内蔵された高柔軟性光ファイバーによって、全身の関節アクチュエーターへの命令伝達はなされている。それへの接続をするのだ。







マガキ・モーター社製・FA-030オフシャフト・キャップ形状型式モーター。



内径二ミリ、外径三ミリそれぞれちょうど。幅は二ミリ。

入れ子式に大小二つの金属ハトメが組み合わさった見た目と構造をしているが、これも立派なモーターの一種である。

モーターの外周六カ所に固定ボスも兼ねた二つづつのリード線接触部があり、はんだ付け厳禁であるが、ここにビニールを剥いた電線をプラスマイナスで接触させる事で、部品の内径部分がモーターとして作動する。



贅沢にも常温超伝導素子の使用により、最大瞬間トルク出力においては、十五センチのフェアリーメイデンの華奢な片腕で五キロの大荷物を担がせる性能を与えるに至る。なので、たったこれ一つで百円の原価がする。



ステッピング・モーター程度の特性を持つが、アレックスシステムなどの場合、CPUからの多数集中制御によって、疑似的にサーボモーターのような利用を可能としている。




これが、このフェアリーメイデンの関節となる。








大都セラミック社製・セラミックス疑似ボーン。




このフェアリーメイデンの、骨となるパーツ。



極めて軽量でありながら、同サイズ同寸法同形状の炭素繊維強化チタニウム合金よりも高い強度を持つ。


温度変化に対する耐候性が極めて強靱で、高電圧環境における電磁パルス・バーストへの抵抗性をも持つこの“骨”は、フェアリーメイデンの場合全身に高価なこれがインサートされているのではなく、脚や腰、肩胛骨、背骨…などの重要部位にのみ使用がされる。



それにより、フェアリーメイデンはコストパフォーマンスを維持しながら、高耐久性を得ているのだ。






北越化学工業製・超高耐久度、高分子ゲル疑似シリコーン




フェアリーメイデンの、肉と肌になる素材。



厳密には前時代でいうところのシリコーン樹脂とは根本を異にする素材で、本来は軍用パワードスーツの装甲材としてDARPAの主導によって開発のされた、分類としては水溶き片栗粉と同じ半固体半液体の性質の素材だ。



しかしバインダー材のゲル化ポリマーによる射出成形での初期形状記憶能力による柔軟な生産加工性と、その上、形状変化への高追従性とそこからの絶対の原型維持復元の性能を持ち、2ミリ厚の成型品で、標準的なアサルトライフル想定の5.56ミリNATO弾による連射直撃三発にも傷一つ付かず、ツンドラの大地で火焔放射器に炙られようが対戦車地雷の直撃を受けようが無事で、その上、十年間アリゾナ砂漠の直射紫外線に晒され続けても劣化一つ起こさない、絶対ともいえる高い防御性能を誇る。



なによりも基本技術のパテントを、自衛隊での27式倍力服のライセンス国産の際に得た北越化学工業社の企業努力により、このフェアリーメイデンの外装材に最適配合のなされたTRH-60ならば、まるで人肌のような感触を獲得しているのである。










拍子抜けする事に、浩介のすることといえば、予めこれらが複合インサート成型…システム・インジェクション…されたコンポジット・ブロック・モジュールの四肢を、簡単おてがるにつなぎ合わせていくだけ、最低限の組み合わせのみ、なのであった。








しかし、これというのが、さらなる悩ましさを浩介にもたらす。






ヒントは、手足、頭、胴、の各部品が、それぞれ一体成形されている事にある。






…一例としては、つまり、













嘘だろ、こうなってんのかよ!?



すげぇ、ここまで造られてんだ、…おぉっ、









うっ








…ふぅ。








ーーとにかく、妖精のスーツだとかタイツだとかが別部品になっている理由が、判った。















ピノコを組み立てるブラック・ジャックの気分であった。














そして今、オペは完了しようとしていた。


























「…できた」





すべてのパーツをくみおえた状態の“妖精”が、今、カッティング・マットの方眼の上で完成していた。




アイ・カメラ…両の瞳を、長いまつげの瞼の裏に閉じた状態だ。

それが、緑色のマットの上で仰向けに横たわっていてスタンドライトに照らされているから、その白いボディー・スーツと脚のタイツをプラスチックの質感に輝かせている。



「…ははは、」



料理をし終わった後なのに、まな板の上の鯉、などという言葉が己に過ぎった。それから、南君の恋人、だとか、というのも思い出してしまう…ような。



しかし、一つ重大な差異がある。


あれは確か女子高校生だったとおもうが、この今目の前の“妖精”は、うーむ…ー中学生というか小学生高学年中学年というか…穏当にふさわしい言葉としては、実にフミカネ的な外見だった。初潮前、だとかと思った訳ではない。




クリーム色のセミショートジャギーの髪。


瞼に閉じられているが、その下には碧色の瞳。


白磁のように透き通る肌。


プラスチックの密着スーツ。




「ふふぅ、」



全て、コウスケの属性にジャストだ。






「よし、」






天国の父と母にこの上ない敬意と感謝を払いつつ、


後は、初期セットアップ…パソコンや手持ちのスマート端末のALEXとの認証…を済ますだけだ。






既に、愛用の松下レッツノート・パソコンとスマートフォンやら、自分の常に着用している“眼鏡”…東芝製LMー80スマートグラスなどは、全て電源を入れて机の上にそろえている。





まず最初に、このフェアリーメイデンのキットに付属のDVD-Rかネットのメーカーサイトから、対応のALEXダイバー・アプリケーションを落とす。

そしてそれらを各機器にダウンロードしてプログラムのインストールの完了を確認した後、説明書に記載されているシリアルNo・IDコードをそれぞれに登録。最後にフェアリーメイデン本体を起動させ、仕上げの認証を行う…ー









あと少しだった。









あと少しで、妖精をこの手の中に目覚めさせることができる。












なのだが、それはもしかしたら永遠に等しいことなのかもしれない、と浩介は思うに至った。











なぜなら、








「………」










…いつまで経っても起動しない。












「………、」




もしや、配線をしくじったか?






分解してからの再組み立ての必要もあるかもしれない。






そう思い、妖精の身体をつかんで確かめようとして、

不意に、体温のような物がそれに宿ったような、次の瞬間、









「わ!?」







ぺろ、という感覚。自分の指の腹を撫でた、とても小さくて、なのにすごく愛おしいような、そんな感触の正体…ー













                ・・

この“妖精”が、こいつ…ーいや、彼女を握る自分の指の腹を、小さな舌で舐めた瞬間だった。








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