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英雄願望とキセキの種  作者: 土谷兼
第一章
8/27

1-7

 辛口カレーを平らげ、つみれに至ってはデザートまで注文していた。

 会計の時に俺が全部出そうとしたら、頑なに断られ、渋々自分の分だけを払った。そういうところは何故かしっかりしているつみれ。


 どうせなら、もっと別のところもしっかりしていればいいのに。

 その後、田舎娘っぷりを思いっきり発動させたつみれのウィンドウショッピングに付き合わされ、日が暮れてくると思い出したように近所のスーパーに入って食材を買い込み、もはや諦めの境地で俺はアパートの前にいる。



「一体なにを作る気ですか?」

「それは出来てからのお楽しみです」

 牛乳とかこっちに来て初めて買ったよ。

 それに、小麦粉とかマカロニとか俺のレパートリーに掠りもしない材料ばかりだ。

 ……いや、なんだか思い当たる節があるぞ? あれは確か……。


「あら、その子もしかして五代君の彼女?」

「へ?」

 後ろから掛けられた声に振り向くと仕事帰りの葦原さんがいた。

 やたらとニヤニヤしているのを見て、俺にやきもちを焼いたりはしてくれないのだと悟る。

 少し悲しい。


「あ、いや……こいつはただの後輩ですよ」

「ただのって言い方は酷いですよ」

「そうね。ただの後輩がわざわざ家まで尋ねたりはしないと思うわよ。それだけの理由があるんじゃないかしら?」

 何故か葦原さんにつみれの肩を持たれ、俺はどうしたらいいのかわからなくなる。

 とりあえず正直に話すとするか。



「あの……ですね。俺の友達の葬式で、俺が死にそうな顔してたから心配になって来たらしいですよ。アホでしょ? 後追い自殺でもすると思ったんですかね?」

「……ごめんなさい。そういうことだとは思わなくて……」

「いや、気にしてないからこうして話してるわけですし」

「先輩……無理してません?」

「してないよ。しても仕方ないだろ?」

「それは……」


 まぁ、実際のところは自分でもよくわからない。ただの強がりなだけかもしれないし、未だに実感がないだけかもしれない。

 今のところ海堂が死んで変わったことといえば、突然アパートに押し掛けてきて、一晩中飲み食いして、昼過ぎまで惰眠を貪って礼も言わずに帰っていく光景がなくなったくらいだ。

 あと、今この瞬間の空気が重すぎるということ。

 誰かなんとかしてほしい。



「ところで先輩、こちらはどなたですか?」

「あ、あぁ。お隣に住んでる葦原さん。一見そうは見えないけど、幼稚園の先生をしてる」

「本当に失礼な紹介ね。社会常識を学び直してくるべきよ」

「これでもオブラートにつつ……いや、やめとこう。……で、こいつは俺のアホな後輩で日高つみれっていいます」

「すみれです!」

「そうだったな」


「酷いですよ。しかもアホってなんですか。アホって」

「安心しろ。褒め言葉だ」

「いや……そんな褒め言葉、聞いたことないわよ」

「そうですよ。絶対に馬鹿にしてますよ」

「五代君って基本的に人を小馬鹿にしてるよね」

「ですよね。昔っからそうなんですよ」


 いつの間にやら葦原さんとつみれはタッグを組み、俺に避難の目を向けている。

 なんとか海堂の話から逸らそうと努力した結果、二人から嫌われそうな事態になってしまっている。やはりコミュニケーション能力の足りなさが露呈しているのだろう。

「馬鹿になんてしてませんよ。こいつは悪戯で人の弁当のおかずだけ食べたり、家の近くで餌付けしたタヌキに芸を仕込もうとしたり、誰も見てないと思ったのかシュークリーム片手に踊り出したりするような子で、そんなつみれだからこそ俺は敬愛の意を込めて〝アホ〟って言ったんです」

「……うっ」

「それは……仕方が……ないかもね」


 葦原さんも納得してくれたようでなによりだ。

 つみれはなにやら酷く項垂れているが、自分のアホさ加減を自覚するいい機会だと思うので放っとくことにしよう。

「ってか、さっさと飯作って帰ってほしい……あっ!」

「どうしたの、五代君」

「いえ……ちょっと」


 つみれが飯を作るということは、俺の部屋に上がるというとことではないか。

 それはまずい。まずいよ。

 アレとかソレとか片付けないと、つみれに変な目で見られるのは必至。ギリギリのところで思い出してよかったよ。



「つみれ、部屋の掃除をするから十分程ここでステイしててくれ」

「……いいですよ。汚れてても気にしませんし」

「そう言わず。なっ」

「……すみれちゃん」

「はい?」

「ここは男の子のプライドのために待ってあげるべきよ」

「……あぁ、なるほど」

 葦原さんの一言でつみれは得心がいったという風に大きく頷く。というか、葦原さんのその笑顔のおかげで俺のプライドは既にズタズタですよ。

 とても悲しい。


「そうだ、待ってる間に五代君の昔の話を聞かせてくれない?」

「いいですよー。この際、私より先輩の方がアホだということを証明する、とっておきの面白話をしましょう」

 なんだろう。色々と危険な展開になっているが、何か俺は悪いことをしたのだろうか。罰が当たったのでなければ、あまりにも不幸ではないか。



 いつかこれを帳消しする幸せがくるといいな……。


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