1-6
アパートから大学へ向かう途中にある小さな喫茶店。
この辺りは花柳市の中心部からだいぶ離れた場所にあるので、何度通っても閑散とした空気が漂っている。
つまり、俺の通う花柳大学がさらに中心から離れているのは自明の理。というか、周りが殆ど森という、花柳市とは思えない辺境の地にある。
普段は自転車でのらりくらりと通っているが、今日はつみれが一緒なので、ここまでバスで来た。この街に引っ越してくる際、もっと大学に近い所でアパートを借りる選択肢も一応あったのだが、地元を出て華やかな一人暮らしというイメージからかけ離れていたので、中心部に近い今の場所に決めた。
「ここから大学はどれくらいですか?」
「あと半分ってとこかな」
「遠いですね。……あ、でも先輩はバイクの免許取ってましたよね」
「ああ。でも自転車で通ってる」
バイクの免許もあって、親父の古いオフロードバイクもある。
ちなみにアクセルターンとか階段上りとかも練習してみた。ボチボチ乗りこなせるようにもなった。
それでも自転車が一番だと気づいた。
理由はガソリン代に金使うならカプセル自動販売機を回した方がいいと悟ったからだ。
「大変じゃないですか?」
「そうでもないよ。自宅から高校に行くのと大して変わらない」
「あー。先輩の家って、山の中ですからね。初めて行った時は本当に同じ学区なのかと疑いましたよ」
「俺の家はまだマシだろ。海堂の家なんか周り全部田んぼだからな」
「………」
海堂の名を出した途端、つみれが黙り込んでしまった。
もう海堂の葬式から半月以上経っている。
そうやって過剰に反応されると、俺もどうすればいいのかわからなくなる。この話題はやめた方がいいな。
「ほら、この店だ。新装開店とか書いてあったから入ってみたが、なかなかいい店だぞ」
「あ、はい。じゃあ期待します」
カランカランとカウベルを鳴らしながら店内に入る。
店構えは赤や緑といった注目を引く様相だが、中に入ると割りと落ち着いた感じがする。なにより、新装故の清潔感が心地よい。
土曜の日中なのに客が少ないのは、地理的な問題を多分に含んでいるだろう。
「へぇ……」
つみれが辺りをキョロキョロと見回しながら声を漏らす。
地元にはこんな小洒落た店はないので興味深いのだろう。だが、田舎娘っぷりが全開なのはやめてもらいたい。
店の奥の方の席に案内されてボックス席に座る。側にあったメニューをつみれに渡しながら一番重要なことを聞く。
「つみれは辛いの大丈夫?」
「……まぁ、それなりに」
「じゃあ辛口の方が美味いから、そっちをお薦めするわ」
「そうなんですか。なら、カツカレーの辛口で」
「……ふっ」
しまった。つい笑みがこぼれてしまった。
まだ隠し通さなければ楽しみがなくなってしまう。ちらりとつみれの方を見ると気付かれていないようで安心する。
感の鈍い子で助かった。
カツカレーと生卵カレー、アイスティーとホットコーヒーを注文して出てくるのを待つ。この店のコーヒーは美味しくないのはわかっているのだが、喫茶店に入るとつい注文してしまうのはなんでだろう。
カレーなのでそう待つこともなく、割りと早く出てきた。空きっ腹にカレーの香りが刺激を与える。
「生卵カレーって美味しいんですか?」
「おう。マイルドな味がたまらん。カツカレーも美味いから安心して食え」
「では……いただきます」
スプーンを取りルーとライスをほどよく掬って口に入れる。
俺はその様子をジッと見つめる。
「うまっ。これ、うまっ!」
「………」
つみれは美味そうにパクパクとカレーを頬張っていく。
真の恐怖はこれからだと知らずに……。
「どう?」
「美味しいです」
「そう……」
「……っ!? かっ、からっ!? これっ、鬼のように辛いっ!」
「なっ。後から来るっしょ。実はむっちゃ辛いのよ、それ」
つみれが涙目になりながら水を飲むのを見て満足する。
とても楽しい。
「なかなかのリアクションだった」
「酷いですよ。なんで黙ってたんですか」
「そりゃ、面白いから。つみれだって逆の立場だったらやるだろ?」
「……やります」
素直な子だ。
そして一通り俺を睨み付けると、再びカツカレーを食べ始めた。一口食べては水を飲み、額に浮かぶ汗を拭いながらカレーの山を削っていく。
俺も生卵カレーと戦いを繰り広げる。生卵が辛味を押さえてくれるので、実は一番食べやすいのだ。しかも美味い。
「あ、でも美味しいですね」
「美味さと辛さの絶妙なハーモニーだな」
「ちょっとキモイですよ」
「………」
素直すぎて俺のピュアなハートが傷つくよ。もうちょっとオブラートに包むか、遠慮して発言を控えてもらいたい。
まぁ昔からこんな感じの子だが、もう高三にもなるのだから少しくらいは俺への気遣いを学んでほしいものだ。
……そう思ったのだが、自分自身はそれが出来るかと考えた結果、葦原さんに失礼と言われたことを思い出し、人のことは言えないのだと自覚する。
悲しいな。