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英雄願望とキセキの種  作者: 土谷兼
第一章
6/27

1-5

 アパート近くまで戻ってきて、食料調達をしておけばよかったと後悔する。今更スーパーまで行くのも面倒なので、明日の朝まで寝飛ばすことにしよう。

 郵便受けを漁ってもはや何枚持っているかわからないチラシを片手に階段を上っていく。



「あ、よかった。帰ってきた」

「……ん?」

 自分の部屋の前に見知った顔の女の子が立っていた。

 ただ、その見知った顔の女の子が何故ここにいるのかはわからない。


「どうした、つみれ。なんでこんなところに?」

「先輩のことが心配で来たんですよ。あの日の先輩、今にも消えちゃいそうでしたから」

「あー。そうか。……まぁ、大丈夫だよ。多分」

「本当ですか?」

「おう。しっかし、つみれにまで心配されるとはなぁ。世も末だ」

 日高すみれ(ひだかすみれ)。俺の中学からの後輩で、歳は二つ下。

 昔からショートポニーにシュシュとかいう髪飾りを付けるヘアスタイルを貫き続け、他のバージョンを見た記憶がないという変な子。

 艶やかな黒髪に可愛らしい顔立ちだが全体的な印象を一言で表現するならば、田舎娘という言葉がピッタリ。実際に俺の育った町は田舎だしね。


「せっかく来てあげたのに、なんですかその言い方は。……っていうか、いい加減そのつみれって呼び方やめてくださいよ」

「え……。だって、すみれの頭文字にTを付けたら、つみれになるじゃん」

「Tを付ける必要は?」

「特にないな」

「………」


 細かいことを気にしてはいけない。

 つみれの表情がなにやらもの凄くうんざりした感じになっているのは、見なかったことにしようと思う。

「もういいや。先輩、御飯は食べました? 私、朝早くてなにも食べてないんですよ」

「食べてないけど、これから寝る予定。出来れば明日まで眠り続けたい」

「ちょっ……私が来てるんですけど。わざわざ電車で二時間かけて」

「ご苦労様。でも、俺眠いし」

「そんなこと言わずに。ほら、私ご飯作ってあげますから」

「……え。おまえ、料理できるの?」

「で、き……ます」



 心配だ。つみれの目がめちゃくちゃ泳いでいる。クロールだ。クロールレベルだ。

 とりあえず、つみれの料理を食べる展開は回避した方がいいだろう。なんとか話を逸らさなければ。

「そうだ、この前美味いカレーを出す喫茶店を見つけたんだ。そこで飯を食おう」

「いいですね。じゃあ、私の料理は夕飯ということで」

「……え?」


 なんでそうなるのだろう。その展開は回避不可能なのだろうか。

 つみれはそんなに俺に料理を食べさせたいのか?

 もはや嫌な予感しかしない。伝説の殆ど炭化してしまった真っ黒の料理とか、塩と砂糖を間違えてしまった味覚破壊の料理とか、オリジナリティという名の基本技術無視なアイディア料理とか、そんな感じのものが出てくる気がする。

 とても追い返したい。



「あ、そうだ。先輩にお土産があるんですよ」

「ん?」

 つみれはハンドバッグをゴソゴソと漁って何かを探している。

 何が出てくるかとワクワクしていると、ふと、今朝の葦原さんとのことを思い出した。葦原さんもこんな気持ちだったのだろうか。

「じゃーん、はいどうぞ」

「……カプセルトイ?」

「あれ、ガチャガチャって言いません?」

「ガチャガチャやガチャポンって言うけど、総称はカプセルトイな。ちなみに、ガシャポンはバンダイの登録商標で、ガチャンコとガチャはトミーの登録商標」

「……へー」


 なにやら変な顔をしているつみれを尻目に意識をカプセルトイに向ける。

 透明な半球と黄緑の半球で包まれたそれは、中に何が入っているかわからない不安感とそれ以上の期待感を抱かせる。

 心躍らせながらカポッとカプセルを開けると、中から四肢がバラバラの状態のフィギュアが出てきた。やはり何度見ても怖い。


「……こっ、これはっ!」

「はい?」

「新世叙事詩カイアスト キャラクターフィギュアコレクション 第一弾!」

「……え?」

「し、しかもコイツはシークレットのカイアスト別ポーズバージョン!」

「………」


 新世叙事詩カイアストのカプセルトイの中でも異色作である、キャラクターフィギュアコレクション。カイアスト、十文字要、円恭一郎、桂木由美子、カーリーの五種に、シークレットでカイアストの別ポーズ。

 特撮ものなのに登場人物たちをカプセルフィギュア化するという、正気の沙汰とは思えない企画。だが、出てきたものは異様にクオリティが高く、役者の雰囲気も出ているという嬉しい誤算にネットでも大評判。

 問題は売り手にとっても誤算だったようで、ロットがかなり少ないのだ。

 この近くのおもちゃ屋も気がついたら消えていて、俺もこのシークレットを引き当てることが出来なかった。それが今、俺の手の中にある。

 とても嬉しい。



「ありがとう、つみれっ!」

「えー。なんですかそのテンション。私の計画が大失敗なんですけど」

「計画?」

「そうですよ。せっかく下らないお土産を渡して、うわっ、なにこれいらねぇー。っていうリアクションを期待してたのに、ありがとうとか言われたら、私はただのいい人じゃないですか」

「いいじゃん、いい人で」

「よくないですよ。どれだけ悩んだと思ってるんですか。あの町で絶妙に下らないものを探すのは大変なんですよ」

「下らなくないよっ!」

「……っ」


 ズイッと一歩つみれに詰め寄ると、サッと一歩後ろに引かれた。

 とても悲しい。



「ていうか……それ、好きなんですか?」

「おう」

「日曜の朝にやってるやつですよね」

「見てるの?」

「全然」


 キッパリと断言されてしまった。

 まぁ、年頃の女の子が見るものではないと思うが、自分の好きなものが理解されないというのは悲しいものだ。

「先輩って、そんな人でしたっけ」

「そんな人でしたよ。昔からなにも変わってないですよ」

「じゃあ私、意外と先輩のこと知らないんですね」

「謎めく男って格好いい?」

「全然」

「……そうですか。残念」


 ということは、現在構想中のミステリアスな雰囲気でモテモテ計画は中止せざるを得ないだろう。

 いやぁ、実行に移す前でよかった。危うく、なにあの怪しい人。とかヒソヒソされるところだったな。そうなると次のモテモテ計画を考えなければならない。

 ……まぁ、実行する勇気は端からないんだけどね。



「ほら、先輩。さっさとカレー食べに行きましょう」

「そうだな」


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