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英雄願望とキセキの種  作者: 土谷兼
第一章
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1-3

 結局、徹夜をしてしまった。

 先週放送分の十四話まで一気見をした後、ネットで情報を漁っていたら、すっかり日は昇っていた。しかも妙に目が冴えてしまっていて眠れそうにない。完全にダメ人間の仲間入りだ。


「……んっ、んんっ。あー。ヤバイな、まずは声を出そう」

 このままでは、また変な失敗をしてしまう。

 とりあえずコンビニでも行って、適当にジュースでも買って、袋お付けしますか? あ、いいです。くらいのコミュニケーションを取ろう。四コマ雑誌も読みたいしね。



 サッとシャワーを浴びて支度を済ませると、時計は七時半くらい。普通の人たちが行動を開始するのに合わせれば、俺も同じ世界にいられるだろうか。

 鞄を肩にかけ、颯爽と玄関を出てみる。

 恐ろしい程に朝日が眩しい。


「ぉぉ……ダメだ、戻ろう」

 自分が規則正しい生活をして朝を迎えたのではなく、徹夜明けでそのまま朝を迎えたのだと思い知らされる。

 同じ世界にいるというのも結構ハードルが高い。


 ……明日から頑張ろう。



 部屋に戻ろうとドアを開けるのと同時に、隣の部屋のドアが開く。

「あ、おはよう五代君」

「おはようございます」

 葦原さんは俺を見るやすぐに挨拶をしてくれる。

 昨日の今日でこうして顔を合わせるのはなんだか恥ずかしい。葦原さんの方は全く気にした素振りはないが。

「これからお出掛け?」

「……いや、そのつもりだったんですけど、諦めました」

「どうして」

「天気がよすぎるので」

「……は?」


 やはり言葉が通じない。

 というか、俺の方が言葉のキャッチボールの仕方をすっかり忘れてしまっている感じだ。

「つまり……徹夜明けで太陽が眩しくて、外出るの止めようかと」

「あぁ、なるほどね」

 途端に葦原さんは唇に手を当てて何か考えているような素振りを見せた。手の奥で口許に笑みが浮かんでいるのが怖い。


「……じゃあ、これから暇であることには間違いないのね?」

「それは、まぁ……」

「なら、ちょっと荷物持ち手伝って」

「……は?」

 向こうからの言葉も理解出来なかった。とにかく落ち着いて整理してみよう。



 見ると葦原さんは、ショルダーバッグの他に大きな紙袋を両手にぶら下げている。ということは、これを俺に持たせようとしているのだろう。だが、そんなことをよく知らない綺麗なお姉さんに気兼ねなく頼まれるなんて経験がない。

 あぁ……夢か。

 いや、もしかしたらロマンか? 男のロマンなのか?


「喜んでお持ちします」

「ありがと」

「……あれ?」

 気がつくと何故か了承の返事をしていた。

 どうもこの手のイベントには弱い。というか、全く免疫がない。

 こんな綺麗なお姉さん人に頼まれたら首を縦に振らざるを得ないだろう。


 比較的高めの身長でロングのストレートヘアの葦原さん。明るい色の髪とキリッとした顔つきが大人のお姉さんの魅力を醸し出している。

 素の表情なのか、無意識に見せる冷たい表情がたまらない。

 別に、踏まれたいとか叩かれたいとか、そういう性癖は持ち合わせていないが、大人のお姉さんを語る要素として重要であると断言したい。


 ついでに言うと、カイアストのカーリー役である藤沢陽子(ひじさわようこ)も、時折見せる氷のような笑みが最高です。あと、メインヒロインである桂木由美子(かつらぎゆみこ)、こちらもお姉さんなのだが、カーリーとは対極的な母性溢れるお姉さんだ。専ら要の餌係となっているが、カイアストファンの間ではカーリーより人気が高い。

 だが、俺はカーリーの方が好きだ。



「じゃあ、これよろしく」

「はい……」

 葦原さんから紙袋を二つ受け取る。

 二つというところに文句を言いたい気持ちもあったが、なんとか心の奥に押し込めることが出来た。小さな子供がスッポリと入りそうな程大きな紙袋だが、思いの外軽く感じられる。

 中を覗いてみると、なにやらモサモサしたものが入っている。ぬいぐるみのような雰囲気だが、色々と折り重なっていて、どこがどうなっているのかわからない。

 そして葦原さんは俺に紙袋を押しつけると、さっさと歩き始めた。


「で、どこまで行くんですか?」

「私の職場よ。すぐ近くだから安心して」

 そこいらの女子大生より随分大人びているから薄々は感じていたが、やはり葦原さんは働くお姉さんだった。

 きっとバリバリのキャリアウーマンだろうと一瞬思ったが、葦原さんは職場に向かうにもかかわらず、おしゃれな服を着ている。風に揺れるフレアスカートが素敵だ。

「葦原さんの仕事ってなんですか?」

「保育士よ」

「……ぇえ?」

 保育士ってアレだよな。つまり、幼稚園の先生。似合わねぇー。


「なによ、その目は」

「……いえ、なんでも……ありま、せん……よ?」

「どうせ似合わないとか思ってるんでしょ。正直に言いなさい」

「正解です。子供が泣き出すんじゃないかと思いました」

「……正直に答えすぎ。というか、失礼よ。失礼。礼節が失われると書いて失礼よ」

「じゃあ、礼節があるとなんて言うんですか?」

「有……礼?」


 そのまんまだった。

 しかも、幽霊と同音っていうのはどうなんだろう。

「もしかして幽霊にも礼節があるんですかね?」

「あるかもしれないじゃない。だからこそ遠慮して人前に姿を見せないのよ」

「でも、幽霊には人を脅かすやつもいますよね。あいつらが礼節をわきまえてるとは思えないんですけど」

「それは不有礼よ」

 ……なるほど、浮遊霊ね。そういうセンスは嫌いではないよ。



「ほら、下らないこと言ってないでさっさと礼節を拾ってきなさい」

「下らないって……」

 自分で言ったくせに、葦原さんはまるで俺が悪いかのような顔をしてくる。そんな理不尽なことも、その冷たい瞳の前では反論する気力さえ失われる。

 やはり幼稚園の先生とは対極的な感じがした。

「というか、失ったものは取り戻せませんよ」

「大丈夫。純粋だった子供心と一緒に君のすぐ後ろに落ちてるわ。まだ間に合うわよ」

「いや、子供心は失ってないと言い切れます」

「どうして?」

「じゃあ、証拠を……」


 俺は一度紙袋を葦原さんに預けると、鞄を漁ってとあるものを取り出す。葦原さんは何が出てくるのかと興味津々のようだ。

「じゃーん。カイアストのソフビ人形ー」

「………」



 あれ? 葦原さんの表情が凍りついている。

 冷たいとかそんなものを通り越して、完全に固まっていた。やはり、これでは子供心を失っていないという証明にはなっていないのだろうか。

「……確かに子供ね。いつも持ち歩いてるの?」

「たまたまです。たまたまだと思います」


「そう……。予想外すぎてビックリしちゃったわ。まぁ……うちの園児たちもはまってるみたいだし、私も何度か見たけど面白いわよね」

「ですよねっ! 先週、ついにアイゼルネスフォームに変身したの見ました? 基本フォームのクルセイダー、双剣を手にしたシグナス、そして大型ランチャーを装備したアイゼルネス。格好いいですよねっ!」

「……え、ええ」


「しかもアイゼルネスは十三話で初めて出てきた空を飛ぶ敵に対抗するために、一時的ですが飛べるんですよっ! そしてカノーネンフォーゲルによる一撃、痺れますよねぇ!」

「………」

「しかもしかもっ」

「ちょ、ちょっと待って、一つだけいい?」

「……はい?」

「うざい」

「……すみません」



 怒られた。凄く怖い。

 よく、その怖さをバックに表れる動物で表現したりするが、俺には葦原さんの後ろにワニがいるように感じた。ワニだよ、ワニ。およそ女の人に対する形容ではないが、俺の中のスピリチュアルな何かが葦原さんに対して爬虫類系の恐怖を感じさせる。

 もしかしたら、その上位種的な恐竜を彷彿とさせるのかもしれない。

 なんにせよ怖いことには変わらない。

 きっと噛みつかれたら最後、引きちぎられたり川に引きずり込まれたりするのだ。


「君……ちょっと変よね」

「そうですかね。今まで普通に生きてきたつもりですが」

「なら、君の周りみんな変なんじゃない?」

「スケールのでかい話ですね」

「とにかく、もう少し社会性というか、常識を学ぶべきだわ。いきなり特撮の話なんて、誰もついてけないわよ」

「はい」



 以後気を付けます。たぶん。でも、葦原さんも見ていると言うから話をしただけなのに……。

 とても悲しい。


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