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スーパーで買い物を済ませ、アパートへ戻ってくる。
運良く総菜を手に入れることが出来た途端、自炊という可能性が脳内から消え去り、自然とカップ麺に手が伸びてしまった。
というわけで、今夜の夕食はカップ麺に唐揚げをトッピングした唐揚げラーメンに決定。
僅かに期待していた葦原さんからのお裾分けも、実現することはなさそうだ。
身体に悪そうなカップ麺の味を噛み締めながらも最後の一滴まで流し込む。なにやら無性に悲しくなってきた。
こういう時はアレを見よう。きっと、この悲しみを癒してくれるはずだ。
カップ麺のゴミを捨てて、テレビの前にちょこんと座る。リモコンで録画していた番組を選択し、精神統一をして再生ボタンを押した。
画面左端の時刻が八時ちょうどを示し、番組が始まる。
暗雲が立ちこめ、強風が巻き起こり、嵐の始まりを予感させる。そして切り立った断崖に佇む黒衣の女性。虚空を見つめ、世界は暗転する。
直後、オープニングが流れる。
何度も見てすっかり覚えてしまった歌詞。やはり歌詞の中に作品タイトルが堂々と入っていると、専用の歌だという意志が伝わってきていいものだ。
オープニングの最後にタイトルが映し出される。
『新世叙事詩 カイアスト』
俺が今一番楽しみにしている特撮番組だ。
満を持して一月の終わりから始まったこの番組、小さなお子様から夫に飽き始めた奥様、果ては大きなお友達までに人気の変身ヒーロー物語だ。
基本ストーリーは十文字要(じゅうもんじかなめ)という青年がカイアストに変身して、正体不明の怪人、通称エニグマと戦っていくというもの。
クオリティの高いアクションと変身ベルトで子供たちの心を、十文字要役の不知火伊月(しらぬいいつき)と刑事の円恭一郎(まどかきょういちろう)役の水城慧(みずしろけい)という二人のイケメン俳優が奥様のハートを、濃厚なストーリーと魅力的なキャラクター造形で大きなお友達のソウルをがっちり掴んでいる。
もはや何度見たかわからない第一話。
その後も毎週最低三回は見直して、気がつけばもう十四話。そして暇さえあれば一話から一気見をしている。
子供向け番組といっても、大人が視聴することにも十分耐えられる出来で、俺も例年以上にはまってしまった。
見飽きたCMを飛ばして本編の開始に合わせる。
オープニング前とは打って変わって、大きめの駅のロータリーから物語は始まる。そこの片隅で似顔絵屋をしている主人公の要。いい歳して定職に就かずに奔放としているのは変身ヒーローの性だろう。
物語の冒頭から提示される要にしか見えないタトゥー。これがカイアストのストーリーの根幹となる。
このタトゥーは怪人たちが自分の獲物に付ける刻印なのだ。つまり、誰が狙われるかは要にしかわからない。
もちろん要はそのタトゥーの意味なんて知らないが、突然現れた黒衣の女性に英雄となる力があることを告げられる。そして要は黒衣の女性の導きで怪人と遭遇することになるのだ。
そこからがカイアストの第一話最大の主題。
英雄となれる力を持ち、自分にしか刻印が見えない。
戦うことがどんなことかもわからないまま、ただ現実だけが突きつけられる。そんな中で要は、自分にしか出来ないならと戦うことを決意し、カイアストに変身して怪人と戦う。
殴ったり殴られたりしながらも、最後は必殺技のキャストスラッシュを叩き込み、怪人は爆散。
そして変身を解いた要はようやく自分の力の大きさを知り、その力に恐怖する。
街灯の下で蹲る要の姿が、カイアストとしての強さと要の弱さを対比させ、作品中のヒーロー観というものを描いている。
熱血系や俺様系にありがちな戦うことに躊躇いがないということもなく、かといって戦うことから逃げ出すようなこともない。なんというか、自分の力を真摯に、精一杯受け止めようとしているのが要の良さだと思う。
二話以降は警察と協力したり、黒衣の女性、カーリーの謎に迫ってみたりと、二話完結方式で一通りのイベントをこなし、七話目で新しい力に目覚めシグナスフォームになる。
その後、三話構成で強敵と戦い、要は苦しい戦いを強いられる。結局倒すことが出来なかったので、今後の展開に深く関わってきそうだ。
この辺になると怪人の正体も少しずつ明らかになってくる。どうやらエニグマは神話の世界から溢れ出してきた怪物が、この世界で形を保つために人間の中に入り込んだものらしい。
そうなった人間は記憶も心も、言葉さえも失い、ただ刻印を刻まれた人間を殺すだけの存在になってしまう。
それを知ったときの要の苦悩は相当なものだった。
この事実を隠していた恭一郎との間に生まれる不和。知らない方がいいと考えた恭一郎の気持ちもわかる故に、要は余計に苦しむことになる。
だが要は、自分が倒してきた怪人たちは元は人間だったということを知ってもなお、自分が一番苦しい道を選んだ。
怪人となった人間を倒すという罪を背負いながらも、要は戦い続けるのだ。
まさにヒーローだった。
こんな風な男になりたいと、心から思えるような英雄像。
神話の世界の怪物を倒す英雄〝カイアスト〟としても、人々を守るために戦う英雄〝十文字要〟としても憧れる存在だ。
俺もこんな男になれるだろうか。
いや、こんな自堕落な生活をしていたら、英雄になんかなれるわけないか。
……とりあえず、外に出る努力はしてみよう。