エンディング
「……おまえは本当に不思議な人」
声が聞こえる。
聞き覚えのある声が。
これは誰の声だっただろう。
思い出そうと思っても上手く頭が回らない。
「キセキを二度も誰かのために使った人間は初めて。そしておまえは人を助けて、憧れていた英雄になった。……けど、それで満足?」
声の主は俺にそれ以上を望んでいいと言うのだろうか。
ただの人間が……資質なき人間が英雄的行為をして、さらに人並みの幸せを手に入れるなんてことが許されるのか。
「確かにおまえは十分すぎる程の奇跡を起こした。その代償におまえは、このまま緩やかに死を待つことになる」
そうだ。俺は奇跡を起こしすぎた。海堂がそうだったように、俺も命を対価として支払わなければならない。
きっと、仕方のないことだ。
「本当にそれで満足?」
しつこい。
俺にはもう望みを叶える力がないというのに、無いものねだりをしろと?
……ああ、そうだ。やりたいことはたくさんあった。
もう一度会いたい人もいた。
だがもうどうしようもないじゃないか。
「私はまだ満足してない。もっとおまえで遊びたい」
せめてそこは、おまえとにしてもらいたい。嫌な予感しかしないよ。
……まぁ、そういうのもアリと言えばアリなのだが、もう少しレベルが上がってからにしてほしい。
「それに、私はおまえとの約束を果たしてない」
約束?
なんのことだか見当がつかない。
知らず知らずに俺は誰かと約束をしていたのだろうか。
「だからこれは、私の願い……」
目が覚めると見知らぬ天井があった。
どうやら寝ているベッドも自分のものではない。
起き上がって確認しようにも、身体中が痛くてどうしようもない。
そういえば、夢を見ていた気がするのだがもう思い出せない。
「……やぁ。おはよう、遥」
「おはようって……むっちゃ暗いんですけど」
差し込む月明かりでぼんやりと部屋の輪郭が見えるだけ。
ここがどこなのかもわからない。
……いや、そんなことよりだ。
「ウラ……また会えた」
「二週間ぶり。感動の再会?」
「あれ、二週間?」
「デパートから落ちたおまえは、奇跡的に一命を取り留めたものの意識が回復せず、植物状態で一週間も眠ってた」
ってことは、ここは病院か。
面会時間などとっくに過ぎているであろうに、それでもいるというのはウラらしいというかなんというか。
「そうだ。ユウスケは、ユウスケは無事なのか?」
「おまえのおかげで傷一つない」
「よかった……」
あの時、キセキの種の副作用はどうにかいい方へ働いてくれたようだ。これで俺まで無事だというのだから、まさに奇跡だ。
「いや、待て……おかしすぎるだろ、さすがに」
「……どうして?」
「俺はそこまで運のいい人間じゃない。あの時、自分の命を捨ててでもユウスケを助けたいと願った。俺は俺の命を勘定に入れてなかったらこそユウスケを助けられた」
「でもおまえはこうして生きてる。問題ない」
「……もしかして、おまえが助けてくれたのか?」
一瞬、ウラの表情がまるっきり無防備な素の表情になった。
それを見て俺は確信する。本来死ぬはずだったこの命を、ウラが救ってくれたのだと。
「どうして俺を?」
「約束した。おまえと」
「……全然覚えてないんですが」
「おまえの最期を私が看取るって。そしておまえが死ぬ時は私の太ももに挟まれて死ぬ」
「あー。それか。そりゃまた凄い約束だな」
「意識のないまま太ももに挟まれても嬉しくないだろ?」
「まぁそうだな。出来れば頬ずりしながら死にたい」
「安心しろ。おまえが老いで死んだとしても私はこの姿」
「素敵だ。素敵すぎる」
それにだ。最期を看取るということは、俺が死ぬまで一緒にいてくれるということだ。こんなに嬉しいことはない。
ウラに救われたこの命。これからの人生をウラのために使うのも悪くはない。
「今日はもう眠れ。朝になれば大騒ぎになる」
「そうだな。なんか凄く疲れた」
デパートの屋上から落ちた上に、一週間も寝たきりだ。体力も相当衰えているのだろう。まぶたを閉じればすぐにでも眠りに落ちそうだ。
睡魔に誘われて夢の世界に行こうとしたら、ウラがベッドに腰掛けて覆い被さるように俺の顔を覗いてきた。
「……してあげようか?」
「なにをだ」
「おやすみのキス」
「是非お願いします」