5-2
翌日……つまり日曜である今日はカイアストの日。
朝から三回見て一通り満足し、出掛ける支度をする。ヒーローショーは十一時と十三時の二回だ。どちらかに間に合えばいいが、余裕を持って出るとしよう。
支度を済ませて部屋を出ようとするのとほぼ同じタイミングでチャイムが鳴った。鳴ってから一秒と経たずにドアを開ける。
つみれだった。
「にょわっ!」
「……何語だ、にょわって」
「驚かさないでくださいよ。寿命が三週間くらい縮みました」
「なんなんだよ、毎週現れやがって。……ちっ、もうちょっと早く出てればエンカウントせずに済んだのに」
「お礼を言いに来たんですよっ。昨日ようやく病院や警察から解放されたんで」
「俺がつみれを危険な目に合わせたんだから、俺が助けるのは当然だろ」
「普通出来ませんよ、あんなこと。先輩が空から降ってきた時は、本当にビックリしたんですから」
「見てたのか。そりゃ余計に怖い思いをさせたな」
「……先輩、格好よすぎです」
そう言ってつみれは俺の胸元に抱きついてくる。
俯いていて顔は見えないが、すすり泣く声が聞こえてきた。
今までずっと張り詰めていたのだろう。銀行強盗の人質にされるなんてこと、高校生の女の子には辛すぎる。
そうだ。俺はこの子を助けたのだ。そこに後悔はないし、例え俺がキセキの種の副作用で死んだとしてもつみれを助けたことは誇りたい。
つみれがこうして無事だということは、俺が間違っていなかったということなのだ。
……その上、女の子に抱きつかれるという役得。
このチャンスを目一杯活用していきたい。
「ほっ」
つみれのショートポニーを指で弾いてみる。ぽすっという感覚と共に揺れるショートポニー。実は前から一度やってみたかった。
つみれの反応がないので作戦をセカンドフェイズに移行しよう。
慎重にシュシュを引き抜き、つみれのショートポニー以外の髪型を見ようとする。
……が、ここに来て問題が発生。なんとかシュシュを取り除いたものの、さらにゴムで髪を縛っていた。これは強敵だ。
「仕方ない。ここは一気にっ!」
「いだっ」
「よっしゃぁ」
どうにかゴムも外して、ようやくつみれの髪が解かれる。
肩にかかるくらいの長さの髪と幼い顔つき。ちょっと芋っぽい感じが増したが、これはこれでアリだろう。
「なんなんですかさっきからっ。人が感傷に浸ってるのにっ!」
「知るかそんなん。隙だらけなのが悪い」
「ううぅ……これだからモテないんですよ。乙女心をなんだと思ってるんですか。デリカシーなさすぎです」
「ガビーン」
「うわっ、ガビーンとか言う人初めて見ました」
俺はデリカシーのない男。だからモテないのか……。
とても悲しい。
「……ところで先輩、これからどこか行くんですか?」
「そうだよ。休日に外出する充実した人生を送ってるの」
「なんですかそれ。私、今日は先輩に色々とご奉仕しようと思って来たんですが」
「ご奉仕っ!?」
なんと心躍る言葉だろうか。
想像しただけで宇宙の果てまで飛んでいけそうな程にテンションが上がる。まさに男のロマンと夢と希望が詰まった素敵ワード。
「……だけど……だけどっ……!」
「先輩?」
「すまん、つみれ。俺にはこれから行かねばならない場所がある。せっかくだがご奉仕プレ……けふんっ……つみれの好意は次の機会にしてくれ」
「はぁ……」
「そうだ。ちょっと待ってろ」
自分の決断に早くも後悔しながら隣の部屋のチャイムを押す。
今は副作用のせいで何が起きるかわからない。またつみれを巻き込むようなことはしたくないのだ。
でも……もったいない。もったいないよ。
つみれの心が変わらずに次の機会があるといいのだが。
「……あら、五代君。どうかした?」
「おはようございます。今日は暇ですか?」
「凄く不躾な質問のような気がするけど、まぁいいわ。特に予定はないわよ」
「じゃあ、こいつを預かってもらえませんか?」
「え?」
「おはようございます。」
「あら、すみれちゃん。おはよう」
「俺は出掛けなきゃならないので、帰ってくるまでつみれをお願いしたいんですが」
「別にいいけど、連れてけばいいんじゃないの?」
「葦原さん、ちょっと……」
玄関から葦原さんを引っ張り出して廊下の隅まで連れて行く。つみれと十分な距離を取ったことを確認してから言葉を紡ぐ。
「俺の近くは危険ですから側に置いときたくないんですよ」
「あぁ……そうね」
「それと、つみれには絶対にキセキの種のことは話さないでください。余計な心配させたくないですから」
「わかったわ。ふふっ、男の子してるのね」
「精一杯の意地ですよ」
「頑張ってきなさい。君ならきっと生き残れるわ。ビックリするくらいふてぶてしいもの。世界くらいどうにでも出来るわよ」
「……はは。頑張ります」
決着をつけよう。
俺の命を賭けて奇跡を起こす。
そして必ず生きて帰るのだ。