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英雄願望とキセキの種  作者: 土谷兼
第五章
24/27

5-1

 あれから警察と救急車を呼び、つみれは保護されエセ紳士は逮捕された。


 俺はというと、バイクの窃盗やらなんやらで警察に連行されたが、拝借したバイクが偶然にも盗難車だったということもあって、色々と親に払わせてしまったものの、お咎めなしに近い状態で解放された。

 もっとも、リストラ野郎たちの銀行強盗の件ではこれでもかという程に取り調べを受けた。エセ紳士のその後は知らないが、つみれは大事を取って検査入院している。



 それがもう一週間くらい前の話だ。

 ゴールデンウィークもとうに過ぎて誰もが平常に復している。

 そんな中で俺は大学にも行かず、それどころか自室から一歩も出れずにいた。


 理由は一つしかない。

 怖いのだ。キセキの種の副作用が。



 あの時はつみれを助けようという一心で副作用に対する恐怖が薄かった。なにより、キセキの力を真に知らなかったからこそ、そんなことを思っていることが出来たのだろう。

 俺は自分の身に余る程の奇跡を起こした。副作用の効果が運の総量で決まるのだとしたら、間違いなく悪い方にキセキが発動する。


 何が恐怖に怯える女の子を救えるのなら、副作用でどうなろうとも構わないだ。

 俺は今、外に出られない程副作用に怯えているではないか。

 もちろん部屋の中ですら安全とは言えない。あれから料理で火を使うことも出来ず、実家から送られてきてそのままになっていた缶詰と米だけで生活している。

 それももう底をつきかけ、副作用が起きる前に餓死する可能性も出てきた。


「俺は……やっぱり英雄なんかにはなれない」

 引き籠もっている間、俺は何度も何度もカイアストを見直していた。

 殆どの時間をそれに費やし、意識が切れるように眠りに落ちる。目が覚めた瞬間、自分が生きていることを確認して安堵する。その繰り返しだ。



 日に日に十文字要と自分を重ね合わせるようになる。

 本物の英雄と仮初めの英雄。


 その違いはきっと心の強さだ。要は死ぬかもしれない戦いに恐怖しながらも自ら足を踏み出すことが出来る。俺はその一歩が踏み出せずにいた。

 要という存在がフィクションであり、幻想に過ぎないのもわかっている。だが、俺が英雄になりきれずに恐怖で足を竦ませていることは、紛れもない事実なのだ。

 




 

 キセキの種を使って海堂は死んだ。

 そして一昨日、あのリストラ野郎が死体で発見されたというニュースが流れた。


 犯行手段不明の銀行強盗事件として世間を騒がせていた最中、主犯の男が怪死体で発見されたということもあって、ワイドショーなんかで大きく取り上げられている。俺とウラ、そしてつみれについての情報は警察の方で伏せられているようで、一切報道されていない。



 だが、俺はそのニュースを見る度に、次はおまえの番だと言われている気がしてならない。

 海堂もリストラ野郎も、一週間と立たないうちにキセキの種の副作用が発動した。俺の副作用もそう遠くないはずだ。


 ……その結果、俺は棺の中。

 そんなビジョンしか浮かんでこない。


 そうしてこれからの人生に光を見いだせずにいると、光よりも先に音がやってきた。

 誰かがチャイムを鳴らしている。

 警察かもしれないが、ドアを開けた瞬間に刺されるという可能性もあるので出る気はない。チャイムが止んで諦めたかと思った矢先、今度はドアを叩き出した。



「五代君っ、いるんでしょっ。開けなさい!」

 ドアを叩く音と共に聞こえる葦原さんの声。

 居留守が全く通用していないかのように、葦原さんはドア越しに俺を怒鳴りつける。何故いるのがばれているのだろうか。


「……はぁ」

 仕方なく玄関へと向かい、葦原さんに刺されないことを切に願いながらドアを開けた。久しぶりに見る葦原さんの顔はまるで阿修羅のようだ。

 今すぐにでもドアを閉めたい。


「私に居留守を使おうなんていい度胸ね。電気メーター見ればすぐにわかるのよ」

「あー。じゃあ今日から電気もテレビも一切つけないようにします」

「一体どうしちゃったのよ、そんなにやつれて。……それに、お風呂ちゃんと入ってるの?」

「すみません。色々あって……」

「なにかあったの?」

「……はい」



 葦原さんはただ事でないと感じたのか思案顔になる。

 だがそれもほんの僅かな間で、すぐにいつものお姉さんらしい顔に戻った。

「まずは換気よ、換気。窓開けなさい!」

「え?」

「それとお風呂に入りなさい。急いでっ!」

「は、はいっ」


 葦原さんの気迫に圧され思わず返事をしてしまう。

 そして葦原さんはズカズカと部屋に入ってくると窓を開け放ち、散らかっていた部屋を片付け始めた。

 この状況で風呂に入れと?


 なんという同棲的シチュエーション。いやっほーう……?

 

 




「……あのぅ、なにやってるんです?」

「なにって、御飯の支度」

「ご、ごはっ……」


 シャワーを浴びて戻ってくると葦原さんが台所に立っていた。

 聞くまでもなく料理の支度をしているのはわかっていたが、それでも聞かずにはいられなかった。

 これは……死の予感。



「今までろくなもの食べてないようだから、お粥にするわね」

「お粥ですか。……それならコンビニとかにあるレトルトのお粥が食べたいです。俺、お粥と言えばアレなんですよ。アレ以外お粥と認めないくらい大好きなんです。ですからアレ買ってきてくれないですかねっ!」

「……なんだか凄まじい執着ね。そんなに好きなら買ってきてあげるわよ」

「やったーっ!」


 助かった。さすがに葦原さんの手料理を食べて死ぬのは回避したい。葦原さんにとっても一生もののトラウマになるしな。

 ひとまずコンビニへと葦原さんを向かわせることで時間的余裕を得ることが出来た。

 期待していたよりも早くエプロン葦原さんに抱きつくチャンスがやってきたが、この非常事態にそんなことをしている場合ではない。……この命と引き替えに葦原さんに抱きつくというのもロマンを求める人間としては本望だが、それで葦原さんに罪を背負わせるわけにはいかない。

 悔しいがここは全力回避の方向でいくしかないだろう。



「……ただいま。梅と卵、どっちがいいかしら?」

「梅ですね。お粥もおにぎりも梅干しが一番ですよ」

「妙に渋いわね。他になにかいる?」

「いえ、大丈夫です。本当に。お粥を味わう時はお粥のみに専念するのが日本の美です」

「……そうなの?」

「はい」


 いつの間にか俺はお粥フリークみたいな形になってしまった。

 別に好きというわけではないのにな、お粥。



「……それで、なにがあったのか話してくれる?」

「信じてくれますか?」

「ええ」

「……奇跡を……奇跡を起こしたんですよ、俺」


 俺は葦原さんにあの日起きたことを全て話すことにした。

 ウラから買ったキセキの種も海堂の死も含めて今の俺の状況を説明する。本当に信じてもらえるとは思っていない。それでも誰かに聞いてもらいたかった。

 どうしてそんなことを思ったのかすらわからないが、葦原さんが俺の話を笑わずに聞いてくれて少し気持ちが楽になる。



「……そんなわけで、今に至ります」

「そう……そんなことがあったの」

「だからあまり俺に近づかない方がいいですよ。副作用に巻き込まれるかもしれませんし」

「馬鹿ね。辛い時は誰かに寄り掛かってもいいのよ」

「……え?」


 気が付くと俺は葦原さんに抱きしめられていた。

 状況が全く理解出来ないが、葦原さんの胸に顔を埋めていると張り詰めていたものが全部消えてしまったような気分になった。



「あ、葦原さん?」

「……私ね、弱ってる子を見るとつい慰めたくなっちゃうのよ。なんていうか、儚げで可愛いのよね」

「そりゃマニアックな趣味ですね」

「君の変態趣味よりかはマシよ」

「足フェチは変態じゃないと信じてたのに……」


「そんなに足が好きなの?」

「……そんなにがどれくらいかはわかりませんが、基本的に女性を見る時は下から上に視線を移して、綺麗な足だと思って顔を見たらちょっと残念でもまぁいいやと思えるくらいです」

「相当キテるわね」

「ショックだ」

「そんなに好きなら膝枕とかしてあげようか?」

「お願いします」


 思わず即答してしまった。

 いや、俺の選択は間違っていないはずだ。葦原さんから誘っている以上、ローリスクハイリターンが見込める。こんなチャンスは滅多にないだろう。



「ほら……おいで」

 葦原さんは俺の頭を引き寄せるとコテンと倒す。

 そして俺の頭は葦原さんの膝……というか太ももの上に。

 タイトなジーンズなので直接太ももは見えないが、布地の下に確かな太ももを感じる。むしろ見えないからこそ、その存在を一際大きく感じるのだ。幸せだ。幸せすぎる……。


「顔が緩みきってるわね」

「あふっ……」

 葦原さんに頭を撫でられる度に、喉を撫でられる猫のようになってしまう。もしくは腹を撫でられる犬のようだ。ペットか俺は。



「ついでだから耳かきとかしてあげようか?」

「すっ、素敵展開すぎる。……だけど、地震とか起きて上からものが振ってきて、耳かきがそのまま脳を貫くとかありそうなので遠慮しときます」

「それは凄い事態ね」

「平然とそんなことが起こり得るから怖いんですよ。マジで怖いんですから。今はニヤニヤが止まりませんが、さっきまで部屋の隅で震えてたんですからね?」


「そこまで念を押さなくてもいいわよ」

「……いつまでこの恐怖が続くんですかね」

「ウラちゃんには会ってないの?」

「あいつはきっと俺をどこからか見てると思います。キセキの種を使ったからには、最後まで見届けるはずですから」



 ウラが俺に会おうとしないのは、キセキの種の副作用に怯える俺を見て楽しんでいるからかもしれない。だからといって、俺から会いに行こうにも部屋を出る勇気すらないのでは話にならない。

 以前……あいつは俺にその危機感が俺を救うかもしれないと言っていた。

 慎重に生きていれば副作用から逃げ切れるのだろうか。


「怖がってるだけじゃ、なにも解決しないと思うわ。その副作用ってのは必ず悪い方へ向くわけじゃないんでしょう?」

「らしいですね。……だけど、俺が知ってるのは死という結果だけです」

「それでも信じれば奇跡は起きるわよ。君はすみれちゃんを助けたヒーローなんでしょ? なら諦めるのはヒーローのすることじゃないわ」


「ヒーローは諦めない……」

「そうよ。君の友達も強盗犯も、その副作用に無防備だったから悪い方に結果が向かったんじゃないかしら。始めから奇跡を起こそうという気持ちがあれば、もしかしたら自分で引き寄せることも出来るかもしれないじゃない」

「……なるほど。どうせ起こるのなら自分から起こしにいくのか。奇跡は常に行動の結果として現れる。そういうことですねっ」



 ガバッと跳ね起きて拳を握る。

 葦原さんのおかげで最初の一歩を踏み出す勇気が出てきた。俺はようやくこの部屋から出ることが出来るかもしれない。脱引き籠もりだっ。


「じゃあ早速明日、花柳百貨店の屋上でやってるヒーローショーを見に行ってきますっ!」

「……その思考回路は繋ぐ場所とか間違えてるんじゃない?」

「いや、だって明日までなんですよ。近くでやってるのに見に行かないなんて、カイアストファンの名が廃るじゃないですか」


「どうでもいいわよ。……まぁ、元気出たならそれでいいわ」

「……はっ。まだです。まだ元気出てないです。だからもうちょっとだけっ」



 すかさず葦原さんの太もも目掛けてダイブするが、葦原さんに華麗に躱されて床に頭を打ち付ける。

 とても痛い。


「調子乗りすぎ」

「ううっ……カムバック膝枕ぁぁっ」


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