4-4
裏口に向かって走り出す。このまま俺までこの場を離れたら、指紋やらなんやらで警察に追われるかもしれないが、そんなことは気にしていられない。
急いで裏口から出ると、案の定近くに止まっていた白い車がなくなっている。走って追いつけはしないだろうから何か他の方法を考えなくては。
「……あれ?」
偶然、近くに親父のとタイプの似たオフロードバイクが止まっていた。しかも持ち主は自販機で飲み物を買うためにバイクから離れている。
これは奇跡の予感。
こっそり近寄ってみると、キーが挿しっぱなしになっている。これは拝借しろとキセキさんが仰っているのだろう。
「……よし、エンジンかかった。ちょっくらお借りします!」
「あ? ……おい、てめぇ!」
「必ず返しますので!」
そのままクラッチを繋げようとした瞬間、背中に小さな重みがかかった。
持ち主のガラの悪そうな兄ちゃんが戻ってくる前に発進しないとまずいので、後ろを見る暇もなく速度を上げる。
「とても大胆。あいつは銀行強盗でおまえはバイク泥棒。……ちょっとレベル低い?」
「ウラかっ。なんで乗ってるの?」
「私の目的はキセキを見届けること」
なにを言っても降りる気はなさそうなので、このまま行くしかない。
「そういえば、なんであのリストラ野郎があそこにいるってわかったんだよ。もしかして、銀行強盗するって知ってたのか?」
「私のキセキで、キセキの種を使う場面に立ち会えるようにしてある。強盗するとは知らなかったし、すみれを巻き込むつもりもなかった。……だけど、キセキを使った以上は私は絶対に手を貸さない」
ウラの言葉に嘘はないはずだ。
なにより、あの時つみれを一人にしたのは俺だ。俺の浅はかさがつみれを危険に晒したのだ。
「で、どこに向かってるんだ?」
「知らん。とりあえず街から離れるだろうと思ってこっちに向かった」
銀行強盗だと発覚していない以上は交通法規を守って走っているはず。まだそんなに遠くには行っていないだろうし、こちらは端からスピード違反全開で追っているのだから、道さえ間違っていなければ……。
「見えた。あの車」
「よっしゃ、待ってろよつみれっ!」
スピードを上げ、一気に距離を詰める。
不慣れなバイクで不慣れなタンデム。この速度で走れていることすら、奇跡と言ってもおかしくはない。
このまま世界を相手につみれを救い出す未来を奪い取る。
「つっ、気づかれたっ」
「スピードを上げられた。このまま走ってて追いつけるのか?」
「わからん。先回りは可能かな?」
「奇跡を信じろ」
「……よし。おまえとキセキを信じる」
街中から遠ざかり、チラホラと工場や団地が見えてくる。この辺は一度も来たことがないので地理は全くわからない。
それでも道を一本外して細い路地へと入っていく。追われている状態で右折はしないだろうと予測して狙いを十時方向に絞る。
あとはひたすらに突っ走るだけだ。
「振り落とされんなよっ」
「大丈夫。私はなにがあっても奇跡的にかすり傷一つ負わない」
「……俺は?」
「もちろん効果範囲外」
「酷い」
先程の絶対に手を貸さないというウラの言葉を思い出して、自分の命の保証は諦めることにする。自分の心配よりつみれを救うことの方が優先だ。
今まで道なりに走ってきたが、前方の道が大きく左に曲がっていた。これ以上逸れるのはさすがに危険な気がする。
突き当たりは公園。もしかしたら向こう側に繋がっているかもしれない。
「……突っ切るぞ、ウラ」
「好きにしろ」
「しょっしゃぁぁっ!」
勢いをつけて歩道の段差を利用してバイクを浮かせる。そのまま公園の生け垣を跳び越えて園内に侵入した。
奇跡だ。こんな技が成功するとは……。
遊んでいた子供たちや付き添いのお母さんを驚かせながら公園を爆走する。緊急時とはいえあまりの不良行為に心が痛む。
そしてすぐにまた困難が押し寄せてきた。
「今度は階段かっ」
「突っ走れ」
「おっしゃぁぁっ!」
フロントが持ち上がらないかとビクビクしながらも一気に駆け上がる。後ろの方からか子供たちの驚きの声が聞こえてきた。
すげぇ。登りきったっよ。しかもすぐ目の前には出口がある。
奇跡すぎる。
同じように生け垣の前の段差を使って跳び越える。だが、今度は生け垣と段差の距離が短すぎて高さが出ず、後輪を生け垣に思いっきり突っ込ませてしまった。
それでもなんとか公園からは出られたので、そのままアクセルを開いて加速する。
「凄い音がした」
「……ドンマイ」
再び一般道に戻ってきてスピードを上げていく。
リストラ野郎どもの車がどこを走っているのかわからないが、今はキセキを信じて走るしかない。俺が世界に勝てるのなら、どんな過程だろうが結果としてつみれを助けることが出来るはずなのだ。
だが、先回り出来たとして、どうやってあの車を止めたらいいのだろうか。必死に思案しながら前方の小さなカーブを曲がるためにブレーキを踏む。
……が、いくらリアブレーキを踏んでも速度が落ちる気配がない。生け垣に突っ込んだ時に故障してしまったのだろうか。
仕方なくフロントブレーキだけで速度を落とそうとするが、ブレーキレバーを握る右手が妙にスカスカしている。
「……あ、あれ?」
「どうした?」
「ブレーキが効かない」
「それは大変。あ……遥、前」
「え?」
気が付くと既に対向車線を越えて、歩道に乗り上げ、草むらに突っ込んでいた。
……そして、何故かその先がなかった。
目の前には綺麗な青い空だけが広がっている。
どうやら草むらの向こうは崖になっているらしい。その証拠に、タイヤは地を離れて俺とウラはバイクごと宙を舞っていた。
「うおぁぁぁぁっ!」
「おー。飛んでる」
必死にバイクにしがみつくが、バイクとは地に着いていなければ全くの意味を成さない乗り物だ。
初速と重力加速度によって見事に放物線を描きながら、瞬く間に地面が近づいて来る。死ぬな……これ。
その瞬間、走馬燈ではなく眼下の道路を走っている車が見えた。
ちょうど俺たちが落下するのと同時にここを通過するタイミングっぽい。地面に叩きつけられた上に車に轢かれるというコンボは嫌すぎる。
そう思って必死に空中でバイクの体勢を立て直す。そんなことをしたところで、どうにもならない。
それでも諦めきれない気持ちが奇跡を起こしたのか、車が通過する方が一瞬速く、その白い車のボンネットにランディングした。
「ずぁっっっっ!」
「……痛い。お尻ぶつけた」
奇跡だ。助かった。
この白い車が緩衝材になってくれたおかげで地面に叩きつけられずに済んだのだ。しかも、ほぼ正面からぶつかったので回転していたタイヤが上手く車の上を走り、はじき飛ばされることなく地面に着地した。
ウラがピンピンしているのはともかく、俺まで傷一つないのは奇跡だ。
ここまで奇跡が重なるとはキセキの力は恐ろしい。
銀行強盗があれほど簡単に出来るのも納得だ。
「……って、車の人は無事なのかっ?」
「無事みたい」
慌てて車の方を見ると運転席から男が出てきた。よかった。生きてる。
「つぅ……なんなんだ、いきなりっ」
「大丈夫ですかっ。……って、おまえっ!」
「あぁ? ……ああっ!」
運転席から出てきたのは、なんとリストラ野郎だった。
俺も唖然としているが、リストラ野郎はもっと驚いている。まぁ、撒いたはずの人間が空から降ってきたのだから、仕方のないことだろう。
「ヒッ……ひぃっ!」
「あっ、待てっ!」
「放っておけ。どうせ追いつけない」
「どうして」
「今、咄嗟に金の入ったバッグを持って逃げた。つまり、あいつのキセキはまだ継続してる」
そうか、俺がつみれを助けることとリストラ野郎が強盗を成功させることは矛盾しない。
これほどの力を持ったキセキだ。あいつは間違いなく逃げ切るだろう。
「って、つみれっ!」
車に駆け寄ると後部座席に動かないつみれとエセ紳士がいた。
慌ててドアを開けてつみれの無事を確かめる。
「おいっ、つみれっ。大丈夫かっ!」
「……んぅ、うぅ……」
「つみれっ!」
気を失ってるだけか。
……よかった。本当によかった。
つみれの無事を確認して、緊張が解けたのか腰が抜けてしまう。
きっと、もう大丈夫だろう。それでも頭を打っているかもしれないので、救急車が来るまで動かさないでおこう。
「ありがとうウラ。おまえのおかげでつみれを助けられた」
「私はなにもしてない。全ておまえが行動した結果」
「……そう、だな。俺が助けたんだ。俺が……」
こんな俺でも誰かを救うことが出来たのだ。
小さな英雄に……なれたのだろうか。