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英雄願望とキセキの種  作者: 土谷兼
第四章
22/27

4-3

 ウラとつみれに、ちょびすけさんキーホルダーとちょびすけさんストラップを買い与えて店を出る。予定外の買い物に財布の重さがふわっとなり、俺の気持ちはズシンとなった。

 自分から言い出したこととはいえ、ちょっと後悔。


 ただでさえ生活費を切り詰めているのにこの出費では、来週のアイゼルネスフォームのソフビ人形の購入は延期するしかない。

 さよならアイゼルネス。



「……つーか、アイゼルネスとか言ってる前に、お金下ろしてこないと明日以降の生活費がないな」

「先輩、次はどこへ行きます?」

「お金のかからないとこ。具体的にはお家帰る」

「却下です。とりあえず御飯食べたいですね。……あ、ウラさんカレーとか好きですか?」

「カレー……たまに食べるくらい。好きか嫌いかで言えば、好き」


 つみれの魂胆は丸わかりだ。

 以前嵌められた手を今度はウラに試そうとしている。まぁ、俺もウラがどんな反応を見せるか非常に興味があるので黙っておく。



「じゃあカレーに決まりですね。先輩、あの店はここから行けます?」

「ここからだったら一度駅に向かった方がいいな。そこからバス」

「それでは駅へゴーですよ」

 一人テンションの高いつみれは、ニヤニヤしたあからさまに怪しい笑みを浮かべて歩き出した。それを見てウラが小さくため息をつく。


「そんなに辛いのか?」

「辛い。でもそれ以上に美味いと感じるから安心しろ」

「とても不安。辛いのは少し苦手」

「へぇ……意外と子供っぽいんだな。すげーいいよ、そういうの」

「おまえの嗜好は理解不能」

「今のは結構軽いラインだと思うんだが」

「……まぁ、だからこそ面白い。私をもっと楽しませろ。その間は側にいてやる」


 それはプロポーズの言葉として受け取ってもよろしいでしょうか。

 俺、頑張っちゃうよ。頑張って一流のコメディアンになってみせるよ。

「先輩、はやくしてくださいよ」

「おーう」



 いつの間にか先に行ってしまったつみれに追いつこうと足を速める。

 だが、ウラが何故か足を止めていた。視線の先には銀行がある。

 この銀行、いつだったか見たような気がする。まぁこの辺はよく来るところだし、自然と目にしているのも不思議ではないか。


「ちょうどいいや、お金下ろしとこう。つみれーっ、カムバーック!」

「……なんですか急に止まって」

「お金下ろしてくるから、ちょっと待ってて」

「わかりました」

 ウラとつみれを置いて銀行の中に入る。日曜だからATMしか開いていない。

 毎度思うのだが、人のいないATMというのはどうしてこうも空虚な感じがするのだろう。自動で現金を出し入れする無機質さがそう思わせるのだろうか。



「お待たせ……って、ウラは?」

「それが、ウラさん急に歩き出してあの中に。私、ついてくるなって言われて……」

「あれって銀行の裏口?」

 どうしてウラがそんなところに。

 突然立ち止まったことといい、一体何があったのだろうか。


「ちょっと見てくるから、おまえはここでステイな」

「私も行きますよ」

「ダメだ。あと、なにかあったら逃げていいから」

「そんなっ!」


 つみれを言い聞かせて裏口へと向かう。

 近くに止めてある白い車がチラリと視界に入った。

 裏口のドアノブを回してみると、電子ロックで閉ざされているはずの重い扉がいとも簡単に開く。その向こうに続く薄暗い廊下が、異界へと繋がっているようにさえ思えた。


 意を決して中に踏み入れると、すぐに強烈な違和感が襲ってくる。

 誰もいないどころか警報さえ鳴らないというのは銀行として明らかにおかしい。扉が開いていたのがウラの力によるものなのかはわからないが、この状況は奇跡としか言いようがない。



「あれは……ウラか?」

 廊下の突き当たった先にある場所。それは普段窓口から見える向こう側。

 俺は今、その向こう側であるべき場所に立っていた。

 物陰から覗くと誰かが一心不乱に鞄に何かを詰め込んでいるのが見える。場所が場所だけにその何かが札束であることは疑いようがない。


「……あ、あいつはっ!」

「誰だっ!」



 思わず声を上げてしまった。

 その瞬間、俺は逃げようという気持ちよりそいつに対する憤りの方が強くなって、自分から姿を見せてしまう。薄暗い店の中でも一度思い出したらくっきりと輪郭が浮かんでくる。

 ウラがキセキの種を渡したというリストラされたサラリーマン。

 それが銀行強盗の正体だった。


「キセキの種を使ったのか。こんなことのためにっ!」

「……ヒヒッ。なんだ、おまえはその女の仲間か」

「やぁ、遥」



 男の視線を追うとウラがデスクに腰掛けて足をぶらぶらとさせていた。

 まるで興味がないといった風に男を眺めている。

「ウラ……なんで黙って見てるんだ。銀行強盗だぞ。キセキを悪用されてるんだぞ」

「私はキセキの種を使った人間に干渉はしない。ただ行く末を見届けるだけ」

「ヒヒッ。だ、そうだ。おまえもこいつを買ったクチか?」

「だからなんだ」

「すげぇよ。マジですげぇ。これは本物だ。まさに奇跡だ。こんな簡単に銀行に忍び込めるなんてなぁっ!」



「………」

「おまえも使っちまえよ。こんな風によ。これで俺も人生大逆転だ」

「副作用について聞いてないのか?」

「あぁ、もう一度奇跡が起きるってんだろ? 最高じゃねーか。また銀行強盗でもしてやるよ」


 何もわかっていないのか、こいつは。

 俺は海堂という前例があったから、キセキの種が起こす未来について知っている。

 この男は何も知らずに使ってしまった。それだけのことだった。



「こんなもんでいいか。これだけありゃ遊んで暮らせる。ほれ、おまえにも分けてやるよ」

「いらない」

「ヒヒッ、そうかい。じゃあな」

「ここを通すわけないだろ。おまえみたいなやつにキセキを叶えられるのは許せないんだよ」

「種を使った俺に勝てると思ってるのか?」

「さぁな。だがな……ただ一つ言えるのは、世界に勝った人間が奇跡を起こせるってことだけだっ!」


 男の顔に向けて思いっきり殴りかかる。

 だが、その直前で何かに躓いて俺の拳は男の目の前で空を切った。勢い余って転び、地に膝をつき、男に見下される。



「クヒヒッ。ヒヒヒッ。ざまぁねぇなぁ。ま、当然の結果ってもんだ」

「くそっ。るぁぁぁぁっ!」

「……ヒヒッ。また転んじまえよ」

「はーい、そこまで。皆さんご静粛に」

「つっ……!?」

「なんだ、おまえか。ビビらせんなよ」


 突然現れたもう一人の男。こいつの共犯者らしい。痩身で陰湿そうな外見と紳士を気取った言葉遣いに寒気がする。

 そんなやつが、こともあろうかつみれを人質にしているのだ。首筋に当てられたナイフが鈍く光り、俺が一歩でも動けばつみれの命はないと思わせる。


「んむっ。むんむぃっ!」

「つみれっ!」

「へぇ、つみれちゃんと言うんですか。それは美味しそうな名だ。……まったく、嫌な予感がして来てみれば、なんですかこれは」

「こいつはあの女の仲間だ。あいつがキセキの種を売ってくれたんだよ」


「そうですか。それは感謝をしなければいけませんね。ですが、これ以上邪魔をされては困ります。……そこのあなた。我々が無事逃げられたらこの子は解放しましょう。もしあなたが警察に通報したらその時は……わかりますね?」

「つみれを放せよ。そんなことしなくても逃げ切れんだろ」

「そうかもしれませんが、こうなった以上はもしもということもありますので」

 男は陰湿な笑みを浮かべるとリストラ野郎に目配せをして、つみれを連れて後退る。



「んむっ!」

「つみれっ!」

「ヒヒッ。動くなよ」


 あのナイフが引かれないという保証がない以上、俺は動くことが出来ない。だが、ここで見逃してつみれが何もされずに解放されることはありえないだろう。

 あのエセ紳士に、ふふふ……これがつみれ汁ですか、美味しそうですねぇ。とかされるに違いない。

 許せん。絶対に許せんぞ。



 やはり今しかない。つみれを助けるには、今この瞬間しか。

 だが……どうやって助ければいい?

 この状況でつみれを傷つけずに助けるなんてこと、俺に出来るはずがない。

 そんな奇跡が起こせる……わけが……奇跡を……起こす?


 そうだ。俺は奇跡を起こす力を持っているじゃないか。一度だけ、自分の意志で起こせる奇跡がある。

 五百円ぽっちの安い奇跡だが、一人の女の子を助けるくらいの力はあるはずだ。


 どうしてか、ずっと持ち続けていたキセキの種。

 今使わなければきっと後悔する。



「……使うのか?」

「ああ。つみれを助けないと」

 ポケットから取り出して瓶の蓋を開ける。中に入っていた一粒の種。こいつの力で恐怖に怯える女の子を救えるのなら、副作用でどうなろうとも構わない。


 だからキセキよ、つみれを助けてくれ……。




「……んぐっ。けほっ、けほっ……のどに引っ掛かった!」

「そんなわけない。一度体内に入れば外殻は溶けて術式だけが宿る」

「よ、よかった。消化するまで待たなきゃいけないかと思った。……それで、これからどうすればいいの?」


「行動しろ」

「そうだよな。それしかないよなっ」


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