4-2
「あ、先輩。この店に入りましょう。ウラさんはこういう店好きですか?」
「嫌いではない」
「じゃあこの際好きになって帰りましょう」
「うわぁ……ファンシーすぎる。俺には無理」
「いいからっ」
結局つみれに無理矢理ファンシーショップに連れ込まれる。
周りは女子高生を中心に若い女性だらけでまさに四面楚歌だ。チラホラと彼女の付き添いの男がいるが、俺と同じく居たたまれない雰囲気を出している。
つみれとウラに挟まれている俺は彼らよりさらに居心地が悪い。
あれからつみれは持ち前の田舎娘っぷりを発揮し、すぐにウラと仲良くなってしまった。今では俺の方が除け者にされているくらいだ。もう帰りたい。
「あっ、ちょびすけさんシリーズがあるっ!」
「なんだそれ」
「え、知らないんですか? 今女子高生に人気のキャラクターですよ」
「……マジか」
一見変哲のない三頭身くらいの猫のキャラクター。
だが、その猫にはちょび髭が生えていた。猫なのにちょび髭。
ちょび髭だからちょびすけさん。安直すぎる。
「これが人気になるのか。人間はたまに凄いな」
ウラがおもむろに取ったストラップを見ると、パッケージに『お疲れ! ちょびすけさん』というロゴが入っていた。
何がお疲れなのかわからないが、これが流行るというのは確かに現代人は疲れているな。
「ちょびすけさんは、街にひょろっと現れては人の役に立って颯爽と去ってくんですよ。しかも中にはちょび髭のおっさんが入ってるんです」
「中身があるのかっ」
「当たり前じゃないですか、着ぐるみですし」
着ぐるみという設定だったのか。確かに体は人間っぽいし、楕円に近い頭が異様に大きいせいで三頭身になっているだけだ。よく見ればかぶり物だということがわかる。
が、余計に人気の理由がわからない。
「これが、中身?」
「おっさんだ。ちょび髭のおっさんだ」
ウラが見せてくれた別のストラップには頭を取って一息ついたおっさんがついていた。頭に巻いたタオルとちょび髭の組み合わせが、怪獣映画の着ぐるみの中の人を彷彿とさせる。確かにお疲れという感じ。
「しかもこのおっさんは一流企業の社長なんですよ」
「意味わからん」
「元は人との縁を大事にする小さな会社だったんですが、一流企業にまでなった結果、人との関わりが薄くなってきたんです。それを悲しんでおっさんは顔を隠して人の役に立とうとしてるんですよ」
「頑張ってるんだな、おっさん」
「まさに感動秘話」
「そんなわけで女子高生に人気なんです」
「……ごめん、どんなわけだか理解出来なかった」
今の話の中で女子高生の琴線に触れるところがあったのか。
本当に流行っているのかすら怪しいものだ。つみれの周囲の田舎娘たちの間で人気なだけなのではと思えてくる。
「……どうした、ウラ」
「よく見ると可愛い」
「マジか」
手に取ったちょびすけさんキーホルダーをまじまじと眺めるウラ。まるで小さな子供がほしいものを見るような純粋な瞳に、俺は無性に買い与えてみたくなった。
「買ってやろうか?」
「どうして? 別に自分で買える」
「プレゼントしたい年頃なんだよ」
「そう……なのか。ならプレゼントされてみる」
「先輩、先輩。私もプレゼントされたい年頃なんですけど」
「一応聞いてやるが、なにが欲しいんだ?」
「この等身大ちょびすけさんぬいぐるみです」
「自分で買え」
「酷いっ」
「おまえな、三万近くするじゃねーかこれ。こんだけありゃ一ヶ月は余裕で生活出来るぞ」
「その一ヶ月を私に捧げるつもりで」
「断る」
そんなにプレゼントされたいのか、等身大ちょびすけさんぬいぐるみ。あまりにもでかくて怖すぎるぞ。百八十センチは軽くあるな。
こんなのが家でズモモモモッとしていたら、夜見た時に叫んでしまいそうだ。
「じゃあ、この辺にしておきます」
「こんくらいなら買ってやらないこともないけど、おまえ普段はこういうのキッチリしてないか?」
「食事とは全くの別物ですよ。プレゼントされるというのが重要なんです」
「そういうもんなのか?」
「女のロマンですよ」
「ロマンか。なるほど、それなら仕方ないな」
「……おまえ、全然理解してないだろ。ロマンという言葉だけで思考停止してる」
た……確かによくわからなかった。
他人のロマンというのはそう理解出来るものではないのかもしれない。結局、理解と共感はほぼ等しい。嗜好を共感出来なければ理解は出来ないし、認めることも出来ない。
つまりロマンの押しつけというのは、かなりの迷惑行為に他ならないのではないか。……ということは、俺はかなり迷惑な人間だということか。
とても悲しい。
「ちょっと反省した。もう二度と……いや、あまりロマンとか言わない」
「いや、おまえはそのままでいい。今のおまえは、とても愉快」
「マジか。このままでいいのか。こんな俺でも認めてくれるんだな……。なんか嬉しい」
「行き着く先は社会生活不適応者。最高に愉快」
「……えぇ」