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英雄願望とキセキの種  作者: 土谷兼
第一章
2/27

1-1

 大学生活も二年目に突入し、いい感じに気の抜き方を覚えた俺は今年のゴールデンウィークを全力で満喫していた。

 今年は祝日や休講を繋げに繋げると、最大で十六連休という大型連休ということもあり、折角なのでそれを体験してみようと思い、講義をサボりにサボって既に連休七日目にあたる五月一日を迎えていた。



 といっても、バイトもサークル活動もしていない俺は、アパートから徒歩五分ほどにあるコンビニやスーパーを内包している商店街を最大行動範囲とした、完全自堕落な休日を送っている。それでも意外と人間的な生活を送れているので、残りの連休も同じように過ごしていこうと思う。

 とりあえず目先の問題として、冷蔵庫に食料の影が全く見えない状況を打破しなければならない。最大でも二日分の食料しか買わない生活が染みついてしまい、度々冷蔵庫の中身が空になるという事態が起きる。


 思えば、実家の冷蔵庫があんなにもパンパンであることが不思議でならない。きっと奥の方には得体の知れないものが占拠しているのだろう。

 ……まぁいいや、夕飯の材料買ってこよう。



 時刻は既に午後八時を回っている。総菜の半額品が残っていることを期待しつつ、数少ないレパートリーの中から今日の気分で献立を思索していく。

 支度を済ませ玄関の鍵をかける。


 ちなみにこのアパート、名前をフレッシュ花柳というのだが、築十年以上経過していてフレッシュさの欠片もない。そろそろ改装工事をして、リフレッシュ花柳とかそんな感じものになるべきだと思う。

 そんなことを考えていると、アパートの階段を上ってくる音がした。

 この軽快な足音、そして速度。多分ハイヒールの音だと思う。二階の五部屋の内、住人が女性なのはお隣さんだけだ。


 予想は見事的中し、階段から現れたのはお隣のお姉さんだった。確か、名前は葦原なんとかさん。俺が入居した時に一度聞いたが忘れてしまった。

 俺より少し年上くらいのお姉さんで、垢抜けた雰囲気の綺麗な人だ。少し気が強そうなところも個人的にはポイント高い。

 だが、すれ違う時に挨拶をする程度で、特に面識はない。男と一緒にいるところを見たことがないので、たまに声をかけたくなるが、根っからの小心者な俺は未だその機会を得られずにいる。

 今日もまたすれ違うだけだろう。



 買い物帰りでスーパーの袋を下げた葦原さんの横を通る。野菜やらお肉やらがチラリと見えたので、ちゃんと自炊していることが伺える。

 この時間になって総菜を当てにしている俺とは大違いだ。

「こんばんは」

 葦原さんが会釈と共に挨拶をしてくれる。

 その透き通るような声が耳に心地よい。


「ごんっ……んっ! ……こほんっ! ……こんばんは」

「あら、風邪?」

「あ、いや……声が出なくて」

「?」

「久しぶりに声を出したから。……一週間ぶりくらいに」


 とても恥ずかしい。半引きこもりの弊害がこんなところで出るとは。

「そんなことって可能なの?」

「……可能です。家から出なければ」



 芦原さんの俺を見る目が奇妙な動物を見る目に変わっていく。

 生きている世界が違うことを感じる。俺が近づかない限り永遠に関わりを持てそうにないことを悟った。こうなったら、嫌われるリスクを負ってでも接近を試みるべきだ。

 そう思って精一杯の勇気を出す。


「あのっ。キンピラゴボウは作らないんですか?」

「え? ……まぁ、作らないわね」

「煮物でもいいんですが」

「……なにが言いたいの?」

「お隣のお姉さんがキンピラ作りすぎちゃって、と言って持ってきてくれることを期待してるんですが」

「………」


 アプローチの方法を盛大に間違えたかもしれない。

 やはり俺みたいな人間は、半引き籠もり生活をしているのがお似合いということだろう。

「君、夢見すぎ」

「いや、夢ではなくロマンです。見るものではなく、追い求めるものなんです」

「………」



 ダメだ。完全に失敗している。

 思いっきり引かれている気がする。こちらの言語が通じていない感じだ。とても遠い。こんなに近くにいても、生きている世界は凄まじく遠い。

「名前、なんて言ったっけ」

「え、あ……五代です。五代遥(ごだいはるか)」

「遥? 随分と可愛い名前ね」

「……あまり好きではないです」

「ふーん。あ、私は悠理。葦原悠理(あしはらゆうり)。それじゃ、またね」


 そう言って葦原さんは部屋の中へと消えていった。

 もしかすると、それ程悪印象ではないのかもしれない。接触方法を間違えたことには変わりはないが、葦原さんの寛容さがそれを上回っていたのだろう。年上の余裕というやつだろうか。


 ……素敵だ。


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