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結局ご褒美の件はうやむやになってしまい、今は葦原さんとウラが楽しそうに話しているのを眺めている。
内容は専らここ数日の俺のアホっぷりで、恥ずかしすぎて話の輪に入れずにいた。話を聞いていると、どうやら俺はかなり変な行動をしているらしい。
それを自覚出来ないというのは凄まじく恐ろしいことだと思えてくる。
「そうそう、この間なんかアパートの廊下に置き去りにしたらポロポロ泣いてたのよ。子供みたいでしょ」
「私も腕を引かれて連れてかれた先がオモチャ屋だった」
「オモチャ屋って……どこまで子供なのかしら」
「きっとここの園児たちと大差ない」
「さすがに小学生くらいはあるんじゃないかしら」
酷い言われようだ。
俺の精神年齢がそんなに低く見られているというのは、男としての沽券に関わることかもしれない。なんとか大人っぽいところを見せて、名誉挽回しなくてはいけない。
……大体、大学生にもなって幼稚園児と同じってありえないだろ。
そう思って近くにいる園児たちの様子を窺ってみる。
数人の男児がカイアストごっこをしていた。皆が思い思いに変身ポーズをとって遊んでいる。だが、誰もちゃんと変身ポーズを覚えていなかった。
「……ちょっと失礼」
「あら、どうかした?」
「どうぞお構いなく」
足下に置いてあった鞄を持って葦原さんたちの前を横切る。
そして走って園児たちの方へと向かい、その勢いでビシッと指を突き付けた。園児たちは突然の乱入者にポカンとしている。
「ちっげーうよ! 変身ポーズはそうじゃねーんだよ!」
「えっ?」
「……あっ、転んだ人」
「転んだおじさんだ」
「あー、転んだ猿」
園児たちには転んだ人としてインプットされていた。
というか、猿はともかくおじさんってなんだ。ちょっと切なくなってくるぞ。
「……まぁいい。いいか、カイアストの変身ポーズはだな……」
そう言いながら鞄からキャストベルトを取り出して腰に巻く。そしてポケットからキャストキーと呼ばれる五センチ程の平方の十字架を出して園児に見せる。
「すげーっ。変身ベルトだ!」
「いいなぁー」
「うおっー!」
「落ち着け少年。まずキャストキーを右手に持つだろ。それをコイントスのように弾くっ」
宙を舞う十字架。ここが第一の難関だ。
投げたキャストキーを再び右手でキャッチし、腕を顔の左側へと持ってくる。この時に十字架の一端であるクルセイダーの石がついている部分を上に向けなければならない。
実際の撮影では別取りしているこのシーンを、一連の流れで出来るようにかなり練習したものだ。
「そして流れるようにキャストキーをベルトに装着。すぐに腕をベルトの前で交差っ。ポイントは左腕が前にあることだっ!」
キャストキーをベルトに嵌めるとサウンドが流れるので、それに合わせてポーズをとる。ここからはタイミングが重要になってくる。
「手前に引くように腕をくるっと回して胸のあたりで十字を作り、変身っ! ……と叫ぶ」
同時に変身完了のサウンドが流れた。
完璧だ。完璧な流れだ。突然の披露で成功するか不安だったが、なんとか変身することが出来た。
「……どうよ」
「すげぇーっ!」
「かっけー!」
「僕にもやらせてー」
「おう。順番だぞ」
キャストベルトを外して園児の一人につけてあげる。すると、初めてベルトを巻いた時の感動を思い出すような笑顔を見せた。
やはりカイアストは誰にとってもヒーローなんだろう。そんなヒーローに自分もなれたらどれだけ素晴らしいことか。
「キーの装着までは難しいからな。その後から変身するとしよう。こうやって腕を前に出してみろ」
「こう?」
「いや、こう。左腕が前」
俺の動きに合わせて園児たちが揃って真似をする。皆が出来たこと確認して次のアクションに移る。
この一瞬の動きが意外とわかりづらい。先程は皆ここを間違えていた。
「こうやって、くるっと一回転する。くるっと」
「くるっと?」
「んー、ちょっと違うな。この手は離しちゃダメだ」
「……くるっと」
「おっ、そうだ。そんな感じだ」
「やったーっ。出来たー」
「意外と覚えが早いな。えっと、名前は……ゆうすけ。漢字はわからんな。まぁいいや。凄いぞユウスケ!」
「えへへへ」
「よし、じゃあ通してやってみるか。キーを一度外してみ?」
「うん」
「そして装着。すぐに腕を前へ。いくぞ、くるっと回して……変身っ!」
「変身っ!」
ユウスケのかけ声と同時にサウンドが鳴り響く。
一度で成功させるとは、なかなかやるなユウスケ。
もはや俺が教えることはない。おまえはもう立派なカイアストだ。
「免許皆伝だな。これからはユウスケが皆に教えてやってくれ」
「わかった。ありだとう、猿のにーちゃん」
「五代遥だ」
グッとサムズアップをして園児たちから離れる。後は彼らが正義の心を忘れないでいてくれることを切に願おう。
頑張れ、少年たち……。
「……凄いわね。呆れを通り越して感心しちゃったわ」
「まさに子供。完全に幼稚園児と同じレベル」
「え?」
キャストベルトをユウスケに託して戻ってくると、葦原さんとウラが呆れた顔をして俺を見ていた。
そういえば、俺が子供っぽいとかいう話の最中にベルトを持って走り出した気がする。
迂闊すぎだな。そりゃ子供とか言われるわ。
「アレはいつも持ち歩いてるの?」
「たまたまです。たまたまだと思います」
「とても手慣れた動きだった」
「かなり練習したからな。まだフォームチェンジのアクションは習得してないけど、必ずや覚えてみせるよ」
「どうでもいいわよ、そんなの」
葦原さんにどうでもいいとか言われてしまった。
恐らくはヒーローに変身したいという男の根本的な願望を理解していないのだろう。
その願いに年齢など関係なく、だからこそ変身ヒーローものは幅広い年齢層に支持される。残念ながらこの世界にわかりやすい敵はいないけれど、身近な人間を助けることくらいは俺にも出来るはずだ。
そんな小さな英雄にでもなれたらと、願わずにはいられない。