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英雄願望とキセキの種  作者: 土谷兼
第三章
18/27

3-4

 翌日は見事に晴れ渡った空が広がり、まさに演劇日和といったところだ。

 屋内での劇に天気など関係ないのではなどと思ってはいけない。モチベーションなんかも天気で左右されるのだから、晴れていることにこしたことはない。

 なにより、清々しい青空を見上げながら葦原さんと一緒に幼稚園に向かうのは楽しい。雨が降って相合い傘という展開にはならなそうだしね。


「昨日はよく眠れた?」

「バッチリぐっすりです」

「そう。まぁ、君は神経図太そうだもんね」

「いやー、むっちゃシャイボーイですよ。ピュアッピュアです」

「……ごめん。ちょっとキモイ」

「すみません」



 さすがにピュアッピュアはなかったか。

 朝っぱらから少し調子に乗りすぎてしまったようだ。

「ちょっと君の将来が心配になってきたわ。あと二年で社会性を身につけられるかしら」

「難しいですね。さっきのも全く自覚症状ありませんでしたし」

「うわぁ……」

「どうやったら社会性って身につくんですか?」

「君の場合、思考回路そのものが問題ありそうよね」

「致命的ですね」


 いっそのこと、このまま我を貫き通してみるというのはどうだろうか。

 男のロマンを追い求める冒険家。階段を上るミニスカ女性の何段下までセーフなのか検証してみたり、足踏みマッサージのお店で仰向けに寝てみたり、道行くOLの目の前で財布を落として拾ってもらったりしてみるのはどうだろうか。

 うーん、なかなかいい人生な気がする。……だが、そんなことをしていたらいつか捕まってしまいそうだ。



「なんだか生きづらい世の中ですね」

「今の君が生き生きと出来る世の中もかなり嫌よ」

「……悲しい」

 

 




 そんな悲しみを抱えながら生きていくことを決意した俺は、一つ大人になった気分で開演を待っていた。

 猿の着ぐるみを着て舞台袖からこっそりと覗いてみる。

 なんだかんだで初めて見る園児たちとその父兄。


 たくさんいた。なにやらちっこいのがワラワラといる。その後ろにゴツイのとかケバイのとかがウジャウジャいる。

 講堂があるくらいだからある程度は予想していたが、こうして見ると花柳幼稚園が結構大きい幼稚園だと実感する。

 ……緊張してきた。



「あ、今頃になって緊張してきた?」

「葦原さんこそ、さっきからソワソワしてますよ」

「だってコレ恥ずかしいじゃない」

 葦原さんは亀の着ぐるみ。俺と同じく全身タイツ型の恥ずかしコスチュームだ。ウミガメなのか、腕はヒレ状になっていた。

 やはりワニの方が似合っていると思う。この幼稚園にワニの着ぐるみがないことか本当に悔やまれる。


「せめてこの亀がワニガメだったら……」

「だから失礼すぎるわよ。私のどこがワニなのよ」

「前世?」

「……あとでお仕置きしてあげるわ」

「お尻ペンペンの刑ですか」

「そっ、それは忘れなさいっ!」

 葦原さんが顔を真っ赤にしながらヒレでペシペシと叩いてくる。

 なんか可愛い。


「楽しそうねぇ悠理ちゃん。でも、そろそろ始めましょうか」

「あっ、はい」

 そう言って木野さんは舞台へと出ていくと園児たちに挨拶をする。木野さんの猫の着ぐるみ姿が受けているようで、笑い声が聞こえてきた。

「今日は、園長先生が怪我で入院して劇に出れません。そこで悠理先生のお友達がお手伝いしてくれることになりましたので紹介します」

「え?」


 俺を見て木野さんが手招きをしている。

 出てこいと言われているのはわかっていても、急のことで体が動かない。

「ほら、行ってきなさい」

「うおぁっ!」

 思いっきり葦原さんに背中を押され、舞台袖から飛び出してしまう。それだけで済めばよかったのだが、勢い余って盛大に転んでしまった。


「てあっ」

 咄嗟にもう一回転して前回り受け身をとってみるものの、講堂中に冷たい空気が流れるのを感じる。

 厳しい。なんて厳しい展開。

 今すぐにでも逃げたしたい気持ちに駆られたが、父兄の中にウラの姿を確認することが出来てなんとか踏みとどまった。



「……五代遥です」

「はい、拍手ー」

 木野さんの拍手に合わせて皆が拍手をしてくれる。ようやく園児の中から笑ってくれる子が出てきてなんとか救われた。

 ちなみにウラは最初から必死に笑いを堪えていた。

 とても恥ずかしい……。

 

 

 

 

 

「……ふぅ、疲れた」

 始めの大失敗を除けばこれといった失敗もなく、無事に劇は終了した。

 俺は既に着替えを終え、園児たちがはしゃぐ園庭を眺めながら呆けている。そういえば、ウラの姿が見えないがどこへ行ったのだろう。


「お疲れ様。……はい、これ」

「あ、どうも」

 着替えを済ませた葦原さんが戻ってきて缶コーヒーをくれる。

 それよりも、葦原さんの後ろにウラがいたのが驚きだ。知らないうちに仲良くなっていたのか。



「ウラ、どうだった?」

「とても滑稽。おまえは絶えず笑いを供給してくれるから素敵」

「確かにあそこで前回り受け身をするセンスは凄いわね」

「俺、褒められてる?」

「やっぱり面白い馬鹿」


 あまり嬉しくはないね。……まぁ、素人演技に素人脚本の大して盛り上がりのない劇だったから、あそこでウラに笑って貰えたなら、それはそれで良しとしよう。

「そうだ、五代君にはご褒美あげないとね。なにか欲しいものはある?」

「なんでもいいですか?」

「……言うだけ言ってみなさい」



 これは思いがけず俺の最大の悲願を達成するチャンスが到来したのではないだろうか。

 葦原さんなら申し分ない素材だし、なによりこんな機会は二度と来ないかもしれないのだ。言うしかないだろう、これは。

「剣道着を……剣道着を着てくれませんか?」

「は?」

「防具はつけなくていいです。むしろつけちゃダメなんです。剣道着のみというのが最高なんですが、無理ですかね?」

「……その意図はどこにあるのかしら」


 言わないとダメなのだろうか。言ってしまうと絶対に着てくれない気がする。とりあえず限界まで誤魔化してみよう。

「前々から葦原さんに似合いそうだと思ってたんですよ。コスプレといっちゃコスプレなんですが、剣道着ならそこまで抵抗はないと踏んでのお願いなんですが」

「怪しすぎる。真意を言いなさい」

「真意だなんて、そんなのただ見てみたいという好奇心しかありませんよ」

「ウラちゃんはどう思う?」

「間違いなく嘘。まだなにかある」


「信じてくれよウラ。些細な願いなんだよ」

「些細とか言ってる割には目が本気。人生賭けてる感じ」

「一体、剣道着になにがあるの? そんなに着てほしいの?」

「着てほしいです。ただ見てみたいんですよ」

「でも剣道着なんて持ってないし」

「そんなの俺が買いますよ。一緒にスポーツショップに行きましょう!」

「必死すぎ。絶対になにかあるわね」

「ぐっ……」



 ダメか。これ以上の抵抗は警戒心を強めるだけかもしれない。

 もう潔く全てを話すしかないのか……。

「……太もも?」

「ひょえっ?」

「ウラちゃん、どういうこと?」

「よくわからない。キセキを使って適当に言ってみた」

「キセキ?」

「説明は面倒。とにかく、遥の目的は間違いなく太もも」

「ぎゃあぁぁぁ」


 ばれたぁ!

 卑怯だ。やはりウラのそれは反則すぎる。

 終わった。これで本当に全てを話さないと着てくれないだろう。だが、全てを話したら着てくれないことは火を見るより明らかだ。悲しい。悲しすぎる。



「説明しなさい。なにが太ももなの?」

「……剣道着の構造ってわかります? 袴の脇にV字の切れ込みがあるじゃないですか。アレを脇あきって言うらしいんですが、道着とその脇あきの隙間から時折チラリと覗く太ももが見たいんですよ」

「は?」

「なんというか……チラリズムの極致がそこにあるというか、普段見えない上に全く意図してない脇あきという場所に一瞬宿る奇跡が、日本の美を内包してるんですよ。短いスカートや深いスリットにはない奥ゆかしさが剣道着にはあるんです」

「……そう、なの?」

「さらに言いますと、転んだ拍子とかに露わになる白い脚線がある種の背徳感を持ってるんです。人によってはパンツはいてないらしいんですよ。袴の構造上、まず見えないのはわかってるんですが、それでも見えるかもしれないというギリギリズムまで併せ持つ剣道着は、人類最強の衣類と言っても過言ではないんです」


「さすが変態。面白すぎる」

「変態じゃなくて男のロマンな」

「なんでもそれで通ると思ったら大間違いよ。これは軽く変態だわ」

「マジか……」


 かなりショックだ。これは誰もが思う男の夢だと信じていたのに。最強のユニフォーム決定戦で最後に残るのは水泳部でも陸上部でもバスケ部でもなく、剣道部であると思っていたのに。

 それがマイノリティである上に変態だというのか。

 とても悲しい。



「五代君って剣道部だったの?」

「いや、俺は違うんですが海堂が剣道部でして、あいつとよく語り合ったもんです。残念ながらうちの剣道部は残念で、海堂といつか綺麗な人の剣道着姿の太ももを見ようと夢を共にしてました。その海堂はもういませんが、せめて夢だけでも果たそうと、こうしてお願いしてる次第であります」

「……ごめん、無理」

「ですよね」


 変態だもんな。変態って言われてしまったもんな。

 やはり既に剣道を嗜んでいる美人を見つけた方が夢に近づけるのか。うちの大学もこれまた残念だったから、もはや大会にでも乗り出してみるしかないのかもしれない。



「私が着てあげようか?」

「ちょっと、ウラちゃん。本気?」

「マジかっ」

「私をもっと楽しませてくれたら、いつか着てあげる」

「いやっほーう!」


「ウラちゃんはコレがいいの? 本当にコレでいいの?」

「退屈しないというのは、私にとってとても重要」

「確かに退屈はしないでしょうけど……」

「悠理も少なからず遥に惹かれてる。その気持ちと同じ」

「マジか。そうか、葦原さんもついに俺に……」

「調子に乗らないで。私が君に感じるのは、アルパカみたいな変なものを見た時に感じる可愛さのようなものよ」

「えっ?」

「私もそう」

「えっ?」


 あれ、全然嬉しくないよ。

 アルパカ……アルパカ……。


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