3-2
そんな恋の力は一方通行だったようで、翌日の正午を過ぎても未だウラを見つけることが出来ずにいた。いっそキセキの種を使ってウラを見つけ出そうかとも思えてくる。
種を使うことでどれだけの運を消費するかはわからないが、さすがに死ぬようなレベルにはならないだろう。だが、ただでさえ運がいいとは言えない人生を送ってきた俺が、こいつを使ったらコロッと副作用で死んでしまいそうな気もする。
……結局、怖くて使えないだけのヘタレだということだ。本当に情けない。
そんな俺をウラはどこかで笑いながら見ているのかもしれない。
例えばすぐ後ろとかで……。
「サッと振り返ってみると?」
「やばっ!」
「……マジかっ!」
本当にいた。
慌てて街路樹の陰に隠れたが、外ハネの赤い髪がはみ出ている。
何故俺はこんなのに惚れてしまったのだろうかと考えたくなるが、今は再会出来たことを喜ぶとしよう。
「なにしてんの?」
「……尾行」
「いつから?」
「火曜」
「ずっと?」
「そう」
マジか。全然気づかなかった。俺が必死で街中を探し歩いていたのに、そのすぐ後ろにいたのか。
ウラはようやく気づいたかと嘲笑うように俺を見る。
その楽しそうな顔を見て、なんだか張り詰めていたものが切れてしまったように力が抜けてしまった。
「どう、凄い?」
「むちゃくちゃ凄い。まさか、この前みたいな尾行して俺はずっと気づけなかったの?」
「まさに奇跡」
「……やっぱずるくね? チートすぎるよね、その力」
「そうでもない」
「だって、おまえは副作用もないんだろ?」
「私だって大きなキセキを使えばそれなりの代償を払う」
「代償?」
「倦怠感と空腹感」
どうでもいい代償だった。
その程度のことだったら気にせず使えるな。もはや世界中の事象が思いのままだな。
だが……そんな力を手にして、ウラはどうしてこんなことをしているのだろう。
人の世に生きることが辛いとわかっていながら人と関わろうとしているのは、寂しさの表れなのだろうか。寂しいから誰かの人生に大きく関わりたいのだろうか。
それなら俺は……。
「ウラ。ちょっと来てくれ」
「……どこへ?」
「こっち」
俺はウラの手を引いて歩き出す。
とても小さなすべすべの手。まさか自分に女の子の手を引いて歩く日が来るとは思ってもみなかった。恥ずかしくてウラの顔を見ることが出来ない。
きっとウラは平気な顔をしているだろうからあまり見たくもないが。
脇目もふらず、手のひらに温かさを感じながら目的地へと向かう。
「俺の願いを一つだけ聞いて貰えないか?」
「………」
立ち止まった俺は真剣な瞳でウラを見つめる。
その必死さを汲み取ってくれたようで、ウラは話を促してくる。
「新世叙事詩カイアスト キャラクターフィギュアコレクション 第二弾。このシークレットを当ててもらいたい」
「……は?」
俺が立ち止まった場所はいつも行く商店街にある小さなオモチャ屋の前。かなり古くからここで店を開いているようだが、商品の入れ替えを小まめにしていて営業努力が伺える。
その店先にあるカプセル自動販売機を指さす。
キャラクターフィギュアコレクションの第一弾が品切れになってから、しばらくして第二弾が入荷した。つい先日補充されたばかりなので、シークレットが眠っている可能性は高い。
「キセキで?」
「お願いします」
「全くの予想外。ホテルにでも連れ込まれるのかと思ってた」
「いや、さすがにそれはハードル高すぎる」
「これも相当凄い。二百年生きてて初めての体験」
そんなに驚かれるとは思っていなかった。
俺としては軽いコミュニケーションのつもりだったのだが、ウラは未発見の珍妙な生物でも見たような顔をしている。とても不名誉な気もするが、ウラが楽しんでくれるというならそれでいい。
「本当に面白い人。今回は特別にキセキを使ってあげる」
「やったぁ!」
「誰かのためにキセキを使うなんて初めてかも」
「……すげぇな。今までどんだけ好き勝手に生きてたんだ」
「とても失礼。そんなこと言うならやってあげない」
「すみません」
ウラが機嫌を損ねないように平に謝る。
実はこれ、俺にとっては死活問題なのだ。
新世叙事詩カイアスト キャラクターフィギュアコレクションは一回四百円もする。その上シークレットの出現率はかなり低い。
第一弾はシークレットを手に入れる前に終了してしまい、つみれからのプレゼントがなければずっと悔しい思いをするところだった。
第二弾も人気商品故にいつ品切れになるかわからない。生活費を削って、円恭一郎フィギュアをダブらせるのはもう嫌だ。
俺はもうウラのキセキに託すしかないのだ……。
「……使った」
「なんのモーションもないって、かなり不気味だよね」
「魔術というのは己の内で作用するもの。おまえには言い忘れてたけど、自分との関係が遠すぎる奇跡は起こせないから注意」
「どういうこと?」
「結果はどうあれ、あくまで自分自身の確率を変化させる魔術。例えば……逃げ出したおまえに再会したり、体が動かなくなったおまえの上に乗ったり、気づかれずにおまえの後をつけたり。一見おまえの行動のように見えても、これら全て私の行動の結果におまえが合わせてるということ」
「……よくわからんが、自分がなにかをしようとしたら、その結果ありきで原因を作ってくってこと?」
「大体そんな感じ。その試行過程で不可能だと判断されるとキセキはキャンセルされる」
「誰にだ」
「世界」
なんともまぁ、凄まじくスケールのでかい話だ。世界を相手に自分の運命を掴もうとするのか。
むちゃくちゃ格好いいな。
今まで反則的なまでのご都合主義な力だと思っていたが、本当は自分の命を賭けて世界に挑むというロマン溢れるものだった。
それはまるで俺の憧れるヒーローそのものだ。俺もこれがあればカイアストのように、要のように世界を相手に何か出来るのだろうか。
「……あ」
「え?」
ウラの声で我に返ると、カプセル自動販売機の前に子供が三人。目的は明らかに俺と同じキャラクターフィギュアコレクション。
既に一人の少年が硬貨を投入し、ハンドルを回そうという段階だった。
もはや手遅れな状況。
第二弾シークレットをむざむざとガキンチョの手に渡るのを見ているしかないのか。せっかくウラがキセキを使ってくれたというのにっ……。
「おっ、やったー。カイアストフィギュア、ゲット!」
「すげー。いいなぁ」
「……あ、俺のは恭一郎だ。いらねー」
「ほら、次はおまえの番だぜ」
「よーし。……お、要だ」
「俺の恭一郎よりかはまだマシだ」
「あー。カイアスト欲しかったなぁー」
「いーだろー」
「もう一回やろーかな。でもたけーんだよな」
「あんまやると怒られるぞ」
「そーだな。また今度にしよう」
「んじゃ行こうぜ」
「おまえんちでゲームしようぜ」
「いーよ」
なんだか懐かしさを感じる光景をぼんやりと見送る。
俺もあの年頃は海堂と一緒に日が暮れるまで駆け回っていた気がするが、今では部屋に閉じ籠もって特撮を見る日々。
どこかで道を間違えたのだろうか。それとも、誰もが昔の自分なんて見失ってしまうものなのだろうか。妙に感慨深い。
「あれがシークレット?」
「え、あ……そういや出てないな。キセキが失敗したってこと?」
「この程度で失敗することはありえない。今回は私がシークレットを見ることを望んだ。だから間違いなくシークレットは出る」
「じゃあ、もしかして……」
恐る恐る自販機に四百円を投入してハンドルを回す。
手首を返す度にかかる重みが、トイに対しての期待の重さなのかもしれない。そして、出てきたカプセルを開ける時にその期待は頂点に達する。
「……これはっ!」
「これは?」
「まさしく第二弾シークレットのカーリー水着バージョン!」
やった。やったよ。
キャラクターフィギュアコレクションの第二弾シークレットの画像を見た時から、これだけは手に入れたいと思っていたものが、今こうして俺の手のひらの中に。
カーリー水着バージョン。本編で水着シーンなんてないのに、というかまだ五月だというのに水着バージョン。
黒のワンピースにパレオというアダルトな雰囲気全開なデザイン。もはや制作側の趣味としか思えないチョイスだ。
きっと子供たちが引き当てて、それをお母さんに見つかってしまった時のことなんて考えていない。四百円という値段設定から基本的に大きなお友達を対象にしているのはわかるが、これはあまりにも教育的配慮のない作品だ。もう最高。
「いやっほーい。ありがとう、ウラ!」
「まるで子供。可愛い」
「そんなに可愛いのか。この前、葦原さんにも言われたな」
「持って帰ってペットにしたい」
「いや、人間としての尊厳はほしい」
「要らないと思えるくらい可愛がってあげる」
そんなことを言うウラの瞳は間違いなく悪女のそれで、一度捕まったら骨の髄までしゃぶり尽くされそうな恐怖を感じる。
だが、それでもなお甘い蜜に誘われてウラの虜になってしまいたい欲求もある。
これが男の性というものだろうか。悲しいな……。