3-1
バタバタと時間は過ぎて、ゴールデンウィークも終わりに近づく木曜日。世間ではもう連休は終わりなのかもしれないが、いくつかの大学では木曜金曜と休みにして連休を伸ばしている。
うちもその例に漏れず、もっとも休みでなくても休むつもりだったので俺にとっては好都合なだけだが、あと四日も休日が残っているのだ。
そんな俺がこの数日に何をしていたかというと、日中はひたすらウラを捜していた。
あいつが普段どこで何をしているのかわからない以上、俺は街中を歩き回ることしか出来なかった。やはりキセキの力なしには花柳市で一人の人間を捜し出すことなど、到底不可能だということだ。
それに、ウラが俺に会いたくないと思っていれば、絶対に会うことは出来ないような気がする。
俺は彼女を傷つけてしまった。
友達いないの? なんてデリカシーの欠片もない質問だが、恐らく彼女にとってはもっと大きな意味がある。
ウラは自分のことを二百年以上の時を生きる魔術師だと言った。それが本当だとしたら、あいつは人間社会で生きていくのが困難なはずだ。
二百年も生きていて十代半ばの容姿。乳幼児の状態で何十年もなんて生物としてありあえないだろうから、今の年頃で成長が鈍化したと考えるのが自然だ。
ということは二百年も同じ姿で生きてきたことになる。
そんな存在を社会が受け入れるとは到底思えない。一つの場所に留まることが出来ず、例え友達が出来たとしても皆すぐに年老いていく。
二百年……それがどれ程のものか、あまりにも永くて俺にはわからない。それでも俺は……いや、だからこそ俺は彼女に惹かれているのかもしれない。
まぁ、もう一度会えたとしても気の利いた言葉なんて出てきそうにないのだが。
「……はぁ」
「どうしたの? なんか、日に日に憂鬱になってるようだけど」
「なんでもないですよ」
「その顔はなんでもないって感じないわよ。ほら、先生に相談してみなさい」
人が落ち込んでいるというのに、なにやら楽しそうな葦原さん。
何故俺を園児扱いしているかというと、葦原さんの働く花柳幼稚園で劇の練習に参加しているからだ。
あれから夜に葦原さんの個人授業を受け続け、連休明けの今日から園児のいなくなった夕方に花柳幼稚園で練習をしている。
以前話をした木野さんを始め、職員の方々もいい人たちばかりで居心地がいい。
あと、子供騙しというのは本当らしく、揃って俺と大差ないくらいの演技力だった。内容も猿蟹合戦みたいな懲悪モノで、最後は皆仲良しというオチ。園長がやるはずだった猿が悪役だということもあって、一番台詞が多いのは何かの苛めだろうか。
そもそも代役が一番目立つってありえないよね……。
「ほらほら、さっさと吐いちゃいなさい」
「嫌ですよ……」
「なに、私には話せない悩み?」
「そうですね。情けなさすぎて話せません」
「へー。そう言われると聞きたくなるわよね」
休憩中なのをいいことに嬉嬉として椅子を寄せて来る。
肩が触れる程に近づかれ、俺のシャイな心が葦原さんの包容力のある瞳に簡単に懐柔されてしまう。というか、男なら仕方のないことだよね?
「なんというか、その……先日振られてしまった女の子にもう一度会いたくて捜し回ってるという、それはもう情けない話でして」
「意外ね。君もちゃんとそういうことしてるんだ。てっきり、特撮ばかり見てる根暗な子かと思ってたわ」
「それは間違ってないです。出会って二日という子に勢いで告白してしまったんですよ。普段は特撮ばかり見てる根暗な人間なのに……」
「おー、やるねぇ。……あれ、もしかして……。ねぇ、その子って十七、八くらいで赤い髪の可愛い子?」
「……え、なんで知ってるんですか?」
「今朝、アパートの前で話しかけられたのよ。おまえは遥の恋人? って」
「マジっすか」
「ええ。あ、もちろん思いっきり否定してあげたから安心して」
それはそれで悲しいものがあるが、ともかく俺の近くにウラがいるということは、まだ俺を見捨てていないのだろうか。
いや、俺が捜していることなんてわかっているだろし、会ってくれないということは、単にキセキの種をどう使うか眺めているだけなのかもしれない。
どちらにしろもう一度会える可能性はある。その時に俺がどうするかなのだ。
「……そっか。五代君って年下が好きだったんだ」
「アレは年上ですよ」
「そんなわけないでしょ。どう見ても高校生くらいだったわよ」
「年齢よりちょっと若く見えるだけですよ」
「……そう、なの? まぁいいけど」
「それで、ウラはその後どこへ?」
「ウラっていうの? 私もちょっと話した程度だから、その後のことなんてわからないわよ」
「……そうですよね」
やはり自分の足で歩いて見つけ出さないといけないのだろう。
これが終わったら街の方へ行ってみよう。
「……あの、木野さん。一つお伺いしたいことが」
「あら、どうかした?」
劇の練習が終わり、そろそろ解散というところで木野さんを呼び止めた。葦原さんが近くにいないことを十分に確認してから俺は小声で質問をする。
「木野さんは葦原さんの料理を食べたことがありますか?」
「……つっ! そう……あなたはアレを食べたのね?」
「はい」
やはりここの人たちは葦原さんの不味い料理を知っていたか。
それならそうと、何故指摘してあげないのだろう。なんというかアレは人に食べさせてはいけないレベルの代物だ。
「不味いって言っちゃった?」
「いや、なんとか言葉を飲み込みました」
「よかった。アレはアレでいいのよ」
「……納得のいく解答をお願いします」
「ほら、あの子とても可愛いでしょ。悪い男にでも引っ掛かったら勿体ないじゃない。だからアレはいい魔除けになるのよ」
「……確かにアレを食べてもなおアタック出来るのは、本気で惚れてる男だけでしょうね」
「あ、もしあなたが旦那さんになるんだったら、子供の食育のためにも直してあげて」
なにやら凄いことを言われてしまった。
これは木野さんが俺のことを葦原さんに相応しい男だと認めてくれたということだろうか。やったね。
「ほら、そろそろ悠理ちゃんも身を固めた方がいい歳だし、このまま行き遅れたら本末転倒でしょ」
思いっきり妥協されていた。
とても悲しい。
「葦原さんって今いくつですか?」
「確か二十四よ。あなたは?」
「二十歳です。ってか、まだまだ若いじゃないですか」
「そう?」
ジェネレーションギャップというやつだろうか。今時、二十四歳で行き遅れを心配するというのは考えすぎのように思える。
まぁ、葦原さんには強力な地雷があるから早いにこしたことはない気もするが。
「四つくらいの年の差なら、なんてことないでしょ。どう?」
「……すみません。他に惚れてしまった人がいるので」
「あら。それは残念ねぇ」
俺は一体何を口走っているのか。
いつの間にこんな恥ずかしいことを平然と言えるような男になってしまったのだろう。もしかして、これが恋の力というやつなのか……?
すげぇな……。