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英雄願望とキセキの種  作者: 土谷兼
第二章
12/27

2-1

「……なぁ、遥。奇跡って信じるか?」

「あ? なんだよ急に」

「いいから。どうだ、信じるか?」

「まぁ、あるところにはあるんじゃね。少なくとも、俺たちには縁のない話さ」

「………」


 唐突に変なことを聞いてきた海堂はそれっきり黙ってしまう。

 仕方ないのでそのまま放っておくと、なにやら真剣な目をして話始めた。

「もし……よぉ。奇跡を起こせる力を手に入れたとしたら、普通使うよな?」

「は?」

「実はよぉ。やたら体言止めで喋る少女から、奇跡を起こす力を授かったんだ。俺はそいつを使って奇跡を起こしてやろうと思うわけよ」

 何を言っているのかさっぱりわからないが、海堂がやる気になっていることだけは伝わってきた。話を聞いていくと、どうやら一度も話したこともない……ただ遠くから眺めているだけだった北崎さんに告白をするらしい。



 無茶だと思った。

 彼女は大学の中でも抜きん出て美人で、しかもお淑やかな雰囲気のある人だ。

 それに比べ海堂は俺と似たり寄ったりの冴えない学生。腐れ縁で同じ大学に入ってしまったせいか、大学での交流が極端に狭い。

 誰がどう見たって釣り合いがとれるわけがなかった。


「……まぁ、頑張れ。とりあえず、その日の予定は空けといてやる」

「おう。祝杯をあげようぜ」

「………」

 その自信はどこから来るのだろう。海堂は本当に奇跡なんてものが起こせると思っているのだろうか。

 そもそも、宣言しただけで起こせる奇跡なんて安すぎるだろ。

 きっとワンコインくらいの奇跡だな……。



「よしっ。俺はやるぞ」

「好きにしろ……」

 失敗する方にその日の飯代全部賭けてやるよ。

 

 

 

 

 

「……ん……んむっ……」

 微かに聞こえてくるテレビの音で夢の世界から引き戻されるが、眠くて目を開けることが出来ない。どうやら、まだ起きれるだけの十分な睡眠を取っていないようだ。

 昨夜は確かにテレビを消したはずと記憶を探っていると、先程まで見ていた夢が現実だったことを思い出す。

 そう……。あれからすぐに海堂は北崎さんと付き合いだして、そして死んだ。

 確かに奇跡は起きた。だが、死んでしまってはなんの意味もないだろう。



 ……ん?

 なんだろう、妙に引っ掛かるものがある。

 願うだけで叶う安っぽい奇跡……。それはまるで、昨日買わされたキセキの種のようではないか。

 そしてやたら体言止めで喋る少女……。


「って、まんまあいつのことじゃねーかっ!」

 ようやく目が開き、思いっきりベッドから跳ね起きる。

 だが、勢いがよすぎた上に低血圧なこともあって、頭に血が回らず意識が消えかけた。なんとも目覚めの悪い朝だ。


「あいつって誰?」

「ほら、ウラとかいう怪しいおん……ひょわっ!」


 何故か俺の部屋に昨日の少女がいた。


 そして録画してあったカイアストを見ていた。

 しかも勝手につみれグラタンを作って食べていた。


 意味がわからなかった。



「……なんで?」

「やぁ。おはよう、遥」

「おはよう」

 シュタッと手を挙げながら挨拶をしてくるウラ。あまりにもナチュラルすぎて、俺も思わず返事をしてしまった。

 もはやどこから突っ込んでいいのかわからないが、ここは自分を信じてこの謎の少女を問い詰めていこう。


「カイアスト好きなの?」

「今初めて見たが、なかなか愉快。さっき白くなったのが素敵」

「シグナスフォームのこと?」

「あぁ……あれ白鳥? つまり、双剣はアルビレオ?」

「おぉっ。よくわかってんじゃん。シグナスフォームは白鳥座の北十字がモチーフで、アルビレオは白鳥座の二重星なんだよな」

「そういえば、いたるところに付いてるね、十字。胸のアンクとか秀逸」

「だよなっ。それでいて宗教臭さが出てないのがカイアストの凄いところだよな」

「確かに扱いの難しいモチーフ。でも、それに怯まずに挑んだスタッフに敬意を表したい」



 ……・こいつ、わかっている。

 なんて話のわかるやつだ。今日初めて見たとは思えない理解度、ここに来てようやくカイアストを語り合える人に出会ってしまった。

 だが、こいつがここに存在していることすら、かなーりありえない出来事。


 もっとまともな人間だったらよかったのに……。

 

 

「で、なんでここにいるの?」

「いまさらその質問? 素直に現実を受け止める素敵な人だと思ったのに」

「……とりあえず、なんで俺の部屋がわかったのかと、どうやって部屋に入ったのかだけ教えて」

「奇跡」

「具体的によろしく」

「適当に選んだアパートの一室が奇跡的におまえの部屋だった。そして適当にドアノブをガチャガチャしてたら奇跡的に開いた」


 それはまさに奇跡だな。

 ……ありあない。ありえないよ。


 花柳市だけで何世帯あると思っているんだ。適当に選んで当てるとか、どんな確率だ。しかも適当にドアノブ弄って開けるとか、そもそも構造的にありえない気がするぞ。

「実は後をつけてきただけなんじゃないの? いや、でも昨日も軽く待ち伏せされたしな。ってことは本当に偶然?」

「そう、偶然。でも私にとっては造作もないこと。なにせ私は天才魔女」

「一般人にもわかる説明を求めます」


「よろしい。こほんっ……説明しよう。私ことウラ様は二百年以上の時を生きる魔術師なのである。つまり、これらの奇跡はウラ様が開発した魔術の効果であり、ウラ様が天才であることの証明なのだ。そして数々の奇跡を起こす魔術とは、一体なんなのか。それは世界に存在する因果……簡単に言うと確率を操作して、どんなに小さな確率でも実現させることの出来る術なのである。ちなみに、お父様からどうせ無理だからやめとけと言われながらも研究を重ね、ついにウラ様は簡単手軽に奇跡を起こせる力を手に入れたのだ。……だが、問題もいくつか残っており、ウラ様の研究はまだまだ続くのであーるっ」



「………」

「どう、尊敬?」

「全然わかりませんでした」

「ちっ……使えない人」


 むっちゃ酷い。そんなファンタジックなことをいきなり言われても、誰も理解出来ないと思うぞ。

 だが、俺はこの怪しげな少女に聞き出さなければならないことがある。例えそれがどんなに突拍子もないことでも、真実であるなら受け入れなければならない。



「とりあえず、重要そうなとこを聞いてもいい?」

「どんと来い」

「その奇跡ってのはなんでも出来るの?」

「完全に不可能なこと以外は。さっきも言ったけど、確率を操作する魔術。〝ほぼ〟不可能なことでも、〝ほぼ〟である限りはそれを可能にする」


「このキセキの種ってのも、それなの?」

「そう。私の魔術を他の人に分け与えることが出来る。誰もが私と同じ奇跡を起こすことが出来る。……まぁ、私には副作用はないけど」

「副作用?」

「二度目の奇跡のこと。あれは種の中のエネルギーを一度で使い切ることが出来なくて、本人の意志にかかわらず発動してしまう。これは今後の課題」



「つまり、失敗作を売りつけてるってことか」

「……そう」

「さっ、最悪だっ。鬼だ、鬼がおるっ」

「ズバリ……私は鬼」

 思い切り肯定されてしまった。しかも、何故だか妙に自慢気だ。凄く嬉しそうだ。

 そんなにか? そんなにいいのか?


「私のひいお祖母様が鬼種。とても凄い。この赤い髪と瞳は鬼種の血の証」

「鬼種? 鬼って分類されるようなもんなの?」

「昔はたくさんいた……らしい」

「どれくらい昔?」

「平安時代」

 もはや自分とは関係もないくらい昔だった。まぁ、平安時代には色々と昔話もあるし、それらのいくつかは本物だという可能性も……ないだろうよ。


 ほら、天狗の正体は漂流してきた異邦人だという話もあるし、鬼種というのもその類のものだと思うことにしよう。

 二百年の時を生きるとかいうのは、サラッとスルーしておけばいいよね。



「私のことは気にする必要ない。昨日も言ったけど、おまえにとって大事なのは奇跡を起こす力を手にしてるということ」

「……そうだ。それを聞きたかった。何故こんなものを出会ったばかりの人に渡すんだ?」

「趣味」

「はぁ?」

「人が私の力に翻弄されるのを見るのが楽しい。目先の奇跡に溺れて、自滅の道を辿るのがとても愉快」

「………」

「でも、おまえはきっと違う。その危機感が、もっと楽しいものを見せてくれる予感」


 そんなことを言いながら、つみれグラタンをパクパクと頬張る。

 緊張感の欠片もないが、これは大変なことに巻き込まれたような気がしてきた。

 昨日、五百円で買わされたキセキの種。使わなければいいだけの話だが、ウラの瞳には俺が種を使うという確信めいた色が浮かんでいる。



「なぁ……ウラ。おまえ、海堂浩介というやつを知ってるか?」

「海堂浩介? ……あぁ、あの面白い死に方をした男」

「つっ!」

 やはり……やはり海堂の死にはこいつが関わっているのか。

 海堂はキセキの種を使って告白を成功させ、二度目の奇跡……副作用によって事故死した。そういうことなのか。


「……おまえが殺したのか?」

「とても心外。私は力を与えただけ。副作用に負けるのは運の問題」

「運? 運が悪かったから死んだのか?」

「そう。元々、人間の運の総量なんて程度が決まってるのに、大きな奇跡を望めばそれだけリスクが増えるのは当然」


「だって、告白しただけだぞ?」

「人の心を変えるのは一番難しい。かなり前から因果律を弄るし、完全に変えることは出来ないから、いずれは歪みが表れる」

「じゃあ……北崎さんが海堂の死をなんとも思ってないのは……」

「典型的な時間切れ。それに、使用者が死ねばなおのこと効果は切れやすい」

「海堂……おまえは……」


 このことをどう受け止めたらいいのかわからずに頭を抱えていると、不意にウラが近づいてきて俺をベッドに押し倒してきた。そしてそのまま馬乗りになり、何を考えているのか全く窺い知れないような瞳で俺を見下ろしてくる。

 完全に乗っかられているのにあまり体重を感じなくて、こんな変なのでも女の子なのだと妙にしみじみとしてしまう。



 というか、状況が全く理解出来ない。

 立場が逆のような気もするけど、そもそもこういう仲ではないよね。

「おまえ、なにを……」

「私のことを恨む?」

「……わからん」

「友達を亡くしたのに?」

「話を聞く限りじゃ、海堂の自業自得だし……そりゃ、おまえが変なもんを売りつけてなければ、あいつは死ななかっただろうけど……」


 だからといってウラを恨むというのは、自動車を買って事故を起こして自動車会社を恨むのと同じような気もする。もっとも、この場合は故障車を売りつけられたようなものかもしれないが。

 それに……海堂の死を誰かのせいにして、それで得られるものが憎しみだけだとしたら、俺は誰も恨みたくはない。


 いや……本音を言えば俺はこの不思議な少女に惹かれてしまって、どうにも憎めないのかもしれない。出会ってから今まで何一つ理解出来ないこの不思議系性悪少女に、俺はすっかりやられてしまったのだろうか。

 どう考えても葦原さんにしておけと、この際つみれでもいいからこの女はやめておけと理性が警鐘を鳴らしまくっているというのに、彼女の深淵をのぞき込んでいるような赤い瞳から目を離せないのだ。

 一体どうしてしまったのか、俺は……。



「優しい人……。とても素敵」

「つっ!」

 ウラは俺の頬に手を伸ばし、さらにはゆっくりと顔を近づけてくる。

 抵抗しようにも何故か体が凍ったように動かないので、俺は彼女の為すがままにされる。


「なんだ、これっ。なにかしたのか?」

「奇跡的に体が動かなくなった」

「……もはや理屈は通用しないんだな」

「凄い? 尊敬?」

「恐怖。マジ怖い」


 ダメだ、このままでは完全に呑まれる。これ以上ウラのペースに嵌っていたら、お婿にいけなくなるくらい弄ばれてしまいそうだ。なんとか自分のリズムを取り戻さなければ……。

 とにかく、どこかに隙がないか探そうとウラを凝視してみる。



 ……むちゃくちゃ可愛い。

 どう見てもつみれくらいの年頃のきめ細やかな肌。染めたりしては到底出ない透き通った赤い髪。どんな男も魅了しそうな小悪魔的な瞳。思わず吸い付いてしまいそうな艶やかな唇。どれを見ても人の域を超えた美しさがあった。


 そして、視線をずらしてみると視界に飛び込んでくる雪のように白い太もも。ミニスカートとニーソックスに挟まれても抜群の存在感を示している太もも。絶妙のバランスの肉付きで瑞々しさ溢れる太もも。

 太もも。太ももっ!



「……ん? なにか期待してる?」

「いやっ……べ、別に……」

「見たい?」

 そう言ってウラは腰を上げ、ゆっくりとスカートをたくし上げ始めた。そして、少しずつ太ももの面積が増えてその先の神秘に近づきつつある。

 ウラの笑みがとてもイヤらしい。


「否。断じて否っ!」

「え?」

「俺はそんなもの求めてないっ。大事なのは見えそうで見えないというギリギリズムッ。スカートの中ではなく、なんといっても太ももっ。太ももなんだよっ!」


「……変態?」

「違うっ。ロマンだ!」

「面白い人。そんなに好きなの? 太もも」

「死ぬ時はこんな太ももに挟まれて死にたい」

「じゃあ、最期を看取ってあげる」


「え……俺の死期、そんな早く来るの?」

「そう」

 大まじめな顔をして頷くウラの瞳には、何か確信めいたものが宿っていた。それを見ていると、本当に近いうちに死んでしまうのではないかという恐怖がどっと押し寄せてくる。

 というか……こいつ自体が死神のようなものだし。


「まぁ、しばらくは大丈夫。おまえよりあの男の方が先」

「あの男?」

「もう一人、キセキの種を渡した。これから様子を見に行くけど、一緒に行く?」

「行く。絶対行く」



 このキセキの種がどういうものか見極めなければ、海堂の死について自分自身にケリをつけることは出来ない。


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