雨には傘を。
前作を読んで頂いた方、そうでない方、駄文ではありますがどうか生暖かい目でよろしくお願いいたします。
雨には傘を。
彼女には、なんだろう。
始まりは偶然。
名も知らぬ、女子らしからぬ顔見知りに、僕は恋をした。
自慢ではないが、僕はそれなりに顔が良い。そして頭も良い優等生で、それなりに有名な会社の御曹司。ギャルゲー並みに盛りに盛ったステータスを持つ僕は、学校ではモテ男とモテはやされている。
毎日のように学校中の、口が悪いけどいわゆるミーハーな女子に追いかけられ僕はとても疲れていた。
その日は雨が降っていた。
すぐに止むことはないジメジメとした気持ち悪い雨だった。その日も朝から放課後と、休むことなく猛獣と呼べそうな女子に追われ、偶然逃げ切れた場所ーー湿気が籠った誰も居ない図書室。
そこが僕にとっての、葉山和人にとっての、特別な雨の日の始まりだった。
「こんにちは。相間さん」
「うん。こんちは、葉山くん」
「雨が降ってるのになかなか来ないから、拗ねるところだったよ」
「あはは…そっすか、葉山くん、高校生はそれぐらいで拗ねないよ」
彼女、相間七弥さんはいつもの定位置である、図書室の隅にある小さなソファーに座る。僕はその隣に置かれたひとつの椅子に座り、相間さんを見つめる。
彼女はつい先日まで、『雨の日限定の顔見知り』さんだった。なぜ雨の日限定なのか、それは彼女がこの図書室に訪れるのが雨が降る日だけだったから。
一言も言葉を交わすことなく、視線も最低限合わせない。合わせたら合わせたで会釈が一回。たまに気が向いたようにくれたお菓子をくれた。だがお菓子の入ったポーチには板前らしい男性のイラストに「ヘイおまちっ!鉄分!」と名前の鉄分のサプリメントもあったので最初は取るのに気が引けた。(密かにヘイ鉄と呼んでいる。)
僕の知る「女子」とはかけ離れたその在り方に、酷く安心したのを僕はいまでも覚えている。…まあ、同い年の女子のポーチからお菓子と名前もおかしな鉄分のサプリメントが一緒に入れられている、という事実には驚いた………うん、驚いた。別に引いてなんかない。
晴れの日にたまに廊下ですれ違うとき、何故か視線は彼女を追いかけるようになった。意外にもクラスは隣同士だというのに気が付いたのはその頃。クラスメイトと楽しげに笑いあっている彼女を見ると、知らず知らずの内に顔が熱くなっていた。
ちなみに相間さんは存外口が悪いようで、大人しそうな見た目で口が悪いということに、きゅんっとあり得ない音をだして少し胸が高まってしまったことは伏せておこう。
会話はない。視線は合わない。満足に話したこともない。
そんな女子らしからぬ相間さんにいつしか惚れていた何回目かの雨の日。
この時の僕はまだ彼女の名前を知らない。
雨が長らく降らない日があった。一週間近く降らずに空は青々と清々しいにもほどがあった。
「…あー、雨降らないかな」
「お前さ、最近そればっかじゃね?」
「逆さまのてるてる坊主でも作ろうかな」
「ジュース奢るぞ、何がいい」
友人の真田に心配されたり、ああ、ほんとこれほど晴天が憎いと思ったことはない。それよりお前は今日の昼ごはんを気にしろ。
彼女の名前を知ったのは突然。というか、偶然だった。雨が降らない何日目かの日だった。未練がましく晴天の空を疎ましく図書室の窓から眺めていた。ふと先生が僕を呼ぶ。
「ああ、葉山。いいところに頼まれ事をしたいんだが」
「あ、はい。大丈夫ですよ……え」
そう言った先生が手渡してきたのはハンカチだった。なんというか…個性的な柄をしたハンカチだった。
白地に黒字でデカデカと書かれた達筆すぎる『デンジャラス』。たっ、確かに、いろんな意味でデンジャラスだ。
「それはなぁ、相間の忘れ物というか落とし物だな。この間の雨の日に図書室に落としていったきり取りに来ないんだよ」
雨の日。図書室。その二つの単語に反応してしまう自分が憎らしい。
先生はこちらの様子など気にせず続きを喋る。
「前もこんな感じの文字Tならぬ文字ハンカチを落としていたからな相間であってると思うからさ。違ってたら後で返しに来てくれ」
「あいま、さん、とは」
「あーそうだな。なんと言うべきか………地味でガサツで…変な名前のサプリメントを持ち歩いてる女子?前に落としたハンカチは『二度寝常習犯』だったな」
なんとなく分かってしまった自分が悲しいのはなんでだろう。そして彼女の趣味が全く分からない。あのサプリメントといい彼女は独特な感性をしているらしい。それでも彼女らしいと思う自分は末期なのかもしれないとも感じた。
釈然としない中、彼女の名前が相間七弥と知りデンジャラスなハンカチを眺めながら雨を待った。
いや、まあ、晴れの日に廊下ですれ違う時はあった。だけどそれは人目もあり、特に女子の人目を避けなければならないと理解していた僕は雨を待った。
あの独特の湿気の籠った、だけど居心地が悪くない二人きりの空間でどうしても渡したかったから。
そうして1ヶ月ぶりの雨が降った日。正解にはその次の日、自分と彼女は久々に顔を会わせた。
雨が降った。会える。そう思い今か今かと待っていれば来なかった想い人。その純情を裏切られる……約束している訳じゃないから用事で来れなかったといった彼女に非はない。ないんだけど、なんだか会えるのを僕だけが楽しみにしていたという燻る羞恥を抑えるため意地悪をした。
「ところで、僕まだ君の名前知らないや」
嘘だ。知っている。僕は君の名前を。君の口から聞いたことがないだけ。
そして、君が落としたらしいハンカチは鞄のなか。でもそれを渡せばこれで終わるかも知れないきっかけを手放したくなくて。
「相間七弥さん。良かったら僕と付き合うことを前提にお友達になってください」
驚くが脈が少なからずありそうな彼女を見て、僕はしてやったりな笑顔をした。
いきなりで引かれたんじゃないかと内心冷や汗が止まらなかったけど。
「なんてこと、あったなぁ。」
「葉山くん、なんか言った?」
「ちょっとね。」
「あっ、そう」
付き合うことを前提として始まった『友達』。それでも彼女の態度も、変なサプリメントを持ち歩くことも、変なハンカチを嬉々として持ち歩くことも変わらなかった。
ただひとつ。変わったとするなら
「相間さん、手を…繋いでもいい、かな」
「……………ドッ、ドウゾ」
こうして手を繋げるぐらい距離が縮まったこと。流石にやっぱり女子の目が気になるから誰もいなくなった放課後に限られる。
お互いにまだぎこちないけど、これでいいと僕は思う。お互いゆっくり慣れていけばいいんだから。
「あ、そうだった…今日いきなりのどしゃ降りで傘持ってきてなかった」
「それなら僕と一緒に相合い傘でもする?っと言っても、折りたたみ傘だから小さいけど」
たぶん彼女ことだから断るかな。苦笑しながら今までの短い付き合いながら分かってきた彼女の考えに、どう折りたたみ傘を渡すべきか考えていれば不意に強く握り返された繋がったままの手。
驚く僕を見ながら相間さんは言う。
「相合い傘ヨロシクオネガイシマス」
顔はいつものように普通なのに、彼女の耳は真っ赤で。
「ーーーーー相間さん」
いつになく真剣見を帯びた自分の声。
期待をする。してしまう。踏み出すなら間違いなく今だ。
「ーーーーー好きです。あの雨の日の『友達』から『恋人』になってくれませんか」
「ーーーーーーこっ、こちらこそ、よろしくお願いします」
雨には傘を。
彼女には気持ちを。
始まりはほんと些細なきっかけから。
僕たちは今日、本当の恋を始める。
友人に二人のその後が気になる、といわれたので想像してみました。
前作を読み、「なんか違う(ヾ(´・ω・`)」となられた方はすみません。
久々に書いたので自分自身不安はありますが、納得のいく作品になったと思っています。
この作品はこれを持って一応終わりとなっています。
ここまで読んでくださりありがとうございました!