第八話 天然たらしの片鱗
謎の少女の正体についての話。
「暁斗、お前帰るの遅いぞ〜!」
「は?」
帰ってきたばかりの少年を迎えたのは、ソファに座り込んで長い箸を振り回す、子供っぽい大人な女性の姿だった。
室内だというのにアルファベットが書かれた帽子を被ったままの女性は、ぐつぐつと煮えるシチューを前にして、たくさんの肉だけをかきこんでいたのである。
学校の教師にして保護者・藤山夏希であった。
「な、なんで、夏希さんが?」
目を見開くと、夏希さんの隣からラユが釈明する。
「いや、その、なんだ。玄関の入り口で見つかってしまって。私は一応、キミが帰るまで待つように言ったのだぞ。まさか、これほど遅くなるとは思わなかったものだから――」
「ふふふっ、ごちそうさまでした――。あ、これ最後の肉だぞ。ぱくっ!」
「な、何してくれんだ一ヶ月ぶりの肉を! このダメ大人! 嗚呼、動物性タンパク質うううう!」
思わず、心からの叫びをあげてしまう。
実にいつも通りの流れ。うんざりするぐらい得しない日常。
せめてもの嫌がらせとして、精一杯のため息をついて、暁斗はがっくりと肩を落とす。
「じゃあ、せめて残ったスープと野菜を……」
と、言いかけた時だった。
「暁斗、そんなに肉を食べたいならー―」
そう夏希さんが言って。
ゴオッ、とその身体が一気に燃えた(・・・)。
「――夏希さんっ!」
「全部、焼けてしまったら、いいじゃないか?」
途端、世界がすり替わった。
見慣れたが木造アパートが掻き消え、辺り一面野原が広がる空間へと変わる。
以前暁斗が住んでいた街、真理市にあった武家造りで、いくつもの棟が連なった、広い屋敷である。
その屋敷は街から離れた山沿いに建てられ、鬱蒼と茂った暗い森を切り開いて建てたらしい。古式ゆかしい暁斗の実家。
「――――っ!」
見渡す視点が、とても低い。
暁斗の身体も縮んでいるのだ。この当時ならば八歳になる前。
のんきに舗装されていない砂利道を歩いていた暁斗の瞳には――空を染める黒煙と無惨な炎に埋め尽くされていた。
炎。
赤く。紅く。朱く。
燃えて、燃やして、燃やし尽くして。
「……ぁ……あ……」
声が出せない。まるで言葉の発し方から忘れたようだ。熱せられた煙と空気が肺を焦がす。気管と食道を通じて、内蔵も焼かれ、もはやここにいるモノは人間のカタチをしているだけの炎。
見渡せば、屋敷はそんな光景だらけであった。
死んでいく。死んでいく。死んでいく。焼き殺される焼き殺される焼き殺される。とっくの昔に周囲は死体だらけで、自分の身体も半分くらい煤まみれで、家に来ていた男友達も倒れていて、世界の大半は嫌悪感を抱くほどの炎に埋め尽くされている。
わかっている。
これは夢だ。
――久しぶりに見る、悪夢だった。
最近ずっと見てなかったその悪夢が今更再生されたのは――多分、無力だったからだろう。あれだけの人が倒れていて、自分はまた何もできなかった。
ああ、来栖さんの言うとおりだ。軍人になるために、トラブル解決とか言ってた自分は結局無謀な呪術を発動して、無意味に倒れていただけ。
だったら、そんな無力で無意味な自分は、ここで燃え散った方がいい。
「…………」
ああ、そうだ。
あの時も、そうだった。
つい一週間前、灰崎暁斗が巡り会った事件。
ワイドショーで睡魔事件なんて吹聴されていた一連の現象。
その最中、暁斗はどうしようもなく真っ黒な気持ちで立ち尽くしていた。
それでも救われた気持ちになれたのは、何人も倒れている中にあの少女がいたから。
あの少女だけが、自分の声で目覚めてくれたから。
だから、まるで自分の方が助けられたような、そんな気がして――。
「――暁斗」
懐かしい雑音が、響いた。
自分の悪夢までも届くような、とても真摯で、澄んだ声。
「暁斗。どうかしたのか」
「え…………?」
半分だけ、瞼を開く。
汗で、上半身がぐっしょりと濡れていた。夏の真っ只中でもこれほどの汗はなかなかにお目にかかれまい。しかし、自分でもちょっと異常じゃないかと思うその汗の量より、もっと別のことが暁斗の意識を捉えた。
柔らかなモノが、腹部に乗っていた。
白くて美しいその物体を見上げて、喉が干涸らびるかと思った。
「ラ……ユ……?」
窓から差し込む外部の電光に照らされて、白い肌が自分の上に跨がっていたのだ。太陽の下であれほど濶達に見えた少女は、薄ら暗いこの部屋にあって、意外な艶かしさを付与されたようだった。
悪夢で会った夏希さんのように、相変わらずトレードマークの白い帽子を被ったままで。
ぺたぺた、と手の平がこちらの頬に触れた。
「キミ、死にそうな顔をしているぞ。夢の中で死ぬのは斬新すぎるだろう。最新のニュースとして特集を用意されかねないから、もう少し考えた方がいい」
「――ラユ!」
驚きで、上半身を跳ね上げる。
あまりに顔が近くなりすぎて、すぐに半分ほど元に戻った。
倒れてしまうのを肘で固定して、ちょっと不自然な姿勢のまま、少年は自分のおかれた状況を必死に把握する。どうやら「はるさき荘」のリビングで、ソファに横たわらされているらしいと、それだけが理解できた。
「な、な、なんで、お前が」
「商店街でキミが気絶していたからだ。放ってもおけないし、とりあえず「はるさき荘」まで運んで様子を窺ってた。そうしたら、急にうなされるものだからな」
至極当然とばかりに言って、ワンピースの少女が腕を組む。
「看病してくれた……わけか?」
「まあ、そうなる。キミ、もうすぐ夜明けになってしまうぞ」
「そっか、ありがと」
うなずいて、したり顔の少女に跨がられた腹部を見返す。
「あのさ。こういうときって……普通、膝枕じゃないのか」
「膝枕か。ふむ、形状は知っているが、その方が暁斗は好みなのか?」
「え?」
「好みなのか?」
「いや……う〜ん、このままでいいよ」
なんだか申し訳なくなって、視線をそらした。そうすると、キッチンにスーパーのひしゃげたビニール袋と中国製と思われる茶器が並んでいるのが目に入った。
「シチュー、間に合わなくてごめんな」
「今夜にでも食べればいいだろう。タイムセール品だし、いささか賞味期限は越えてしまうが、キミたちの胃袋なら問題あるまい」
「そうだな」
この家の住人らの食い意地が凄いのは認めざるしかないので、くっと唇の端をあげて苦笑する。
「でも、そこはお前も一緒だろ」
「同居人に合わせるのは居候としての義務だ」
「そういうものか」
「そういうものだよ」
軽く言葉をかわしあう。ラユとのこうした会話は心地が良かった。まだ出会って二週間とは思えないぐらい、妙に馴染んでしまっていた。小さくて可愛いラユと、こんな力がなく情けない自分では感覚が合わなそうなのに、そのことが暁斗には意外だった。
そんな何気ないやりとりが楽しくて――。
「キミ、知らない誰かに会わなかったか?」
そんなことを訊かれた事が、少しだけ悔しかった。
訊かれてしまえば、答えるしかないから。
「……会ったよ。馬鹿力でどでかい鉄球をぶんまわす若い男と、やたら鳴きわめくくせに真っ直ぐ飛んできた怪鳥みたいな生き物」
一息ついて、今度はこちらから訊く。
「お前を追っているのは――あいつらか?」
暁斗は、最初に会ったときのラユの言葉を覚えていたのだ。
――『とにかく放っておいてほしい。キミも、うっかり他人と関わったせいで傷つくのは嫌だろう』
「そうだ」
と、少女は実にあっさりと認めた。
この少女ならそう言うだろうと、何となくだが分かっていたが。
「この街までずっと追われていた。最初に忠告したが、キミに被害がおよんだことに関しては大変遺憾に思っている。許してほしいとは言えないが、キミが助かったことは喜ばしい。で、他にも何か言ってなかったか?」
跨がったまま、ラユがこちらを覗き込む。
鏡のような黒い瞳に、こちらが映っている。ラユの瞳はじっと、真っ直ぐにこちらを見つめていた。瞳の中の少年が、諦めたように首を振る。
「仙人なのが半分正解で……だけど僵屍仙だとか……」
「ああ、それは両方正解だ。一概に仙人と言っても四種類に分かれるんだ。それぞれ天仙・地仙・僵屍仙・尸解仙とね。それはまあ名付けたヤツがうまいな」
納得したようにうなずき、少女はこう続けた。
「古い名前ではね。鬼邪なんて呼ばれている」
「鬼邪?」
その、名前。
その響きの不吉さに、背中をかすかな悪寒が走った。
「鬼のような邪悪という意味さ。それとも邪悪のような鬼かな? この場合鬼というのはこの国と少し違ってね。死者とか幽霊とかいう意味になる。つまるところ、幽霊のような仙人、ということか」
「つまり妖怪みたいなモノか……。ん? 仙人なのに、死んでるのか?」
「仙人だから、死んでも生きるているのさ。そこそこ有名な伝説の中にも尸解仙なんてのが登場するんだよ。これは自分の亡骸を放置して魂魄だけが仙人になるってぐらいなんだぞ。まあ、仙人っていうのを人が死霊扱いするのも仕方ない。何しろ、人の気を喰らって生きているんだからね」
「人の、気……?」
「生命力さ」
とん、と少女が暁斗の額を見つめながら当てた。
「根源的な命の源。万物に宿る生存エネルギー。あるいは活力でも精気でもプラーナでも呼び方は好きにしていい。噂に聞く<連盟>圏の魔術師なら、確か魔力とか言うようだよ。……ああ、やんちゃすぎるキミにでも理解できるように言うと、「気」の事だよ」
「……もし、それを喰われ過ぎたら……」
「キミの考えてる通り、その命は終わる(死ぬ)さ」
ラユが言う。
どうしようもない事実。あの亡刃と向かい合っていた場所は、やはり危険地帯であったのだと思い知らされる。
「現代医学なら衰弱死ということになるんだろう。カルテだと心不全と判断するのかな。そうした大量の気を喰らっているからこそ、仙人は非常識な能力を持ち合わせている。単純な腕力や体力はもちろん、キミが垣間見ただろう異常じみた力――不死状態や仙儀なんてモノなんかを所持しているわけだ」
「だから……僵屍仙」
「ああ、現代ならふさわしい名前だと思うよ。鬼邪なんて古臭い統一呼称よりマシだ。インチキくさい能力も、いろんな種類の仙人がバラバラに存在している事を、その名前はうまいこと伝えている。もっとも天仙まで辿り着いたのはたった四人だけだし、地仙と呼ばれるのは六道五岳の十一人だけだけどね」
少女の言うことは分かる。
確かにアイツらに、仙人なんて名より、僵屍仙と別に呼んだ方がいい。
今も、あの若い男と怪鳥に対峙した瞬間を思い出しただけで、寒気が走る。超絶な腕力やこちらの身体に植え付けんとする気味が悪い種もそうだが、むしろ一番恐ろしかったのは、あの火眼金睛の双瞳。
朱と金に輝くあの瞳こそ、古くから人間を喰らい続けた生物の本質でだろう。
「…………っ」
ゴクリ、と唾を飲み込む。
だが、重要なのはこの先だった。名前の由来だとか能力だとか、そんな些事よりもよっぽど大切なコト。灰崎暁斗が避けてはいけないコト。
「一つ、確認のため訊いていいか?」
だから、暁斗の方から尋ねる。
「……ああ、今ならなんでも聞いてあげよう」
「あの時。最後に、亡刃とかいう若い男が――仙人が、いきなり倒れた。あれ、助けてくれたのはラユか?」
「そうだ」
ゆっくりと頷き、ラユが認める。
その黒い瞳が、妖しく光ったかと思えた。
「……最初から言ってるように私は、文字通りの意味で仙人だよ」
静かに、だが確かに少女は肯定したのである。
白いワンピースの胸元を押さえ、一瞬たりとも暁斗から目を逸らさず告白した。
「しかし、少しだけ特別な仙人だ。ずっと昔、仙人同士の戦争を終わらせる為に力を与えられた、最凶にして最悪な仙人こそが私なんだ」
さらに続けて、ラユは言う。
「私もまた、人の気を吸って生き続けるバケモノだ。人の世には相容れない異常だ。――キミと私が最初に会い、呼ばれたあの事件。あれは、私が見境無しに気を喰らったせいで起きた惨事なんだよ」
まさしく、ラユは告白していた。
自分こそがバケモノだと。
実際に人々の気を喰らった、人のカタチをした異常だと。
「…………」
すぐには、暁斗は会話を再開しなかった。ラユも言葉を紡がなかった。
あまりにも現実離れした言葉の後、沈黙は闇の帳のように、ただひっそりと世界を閉ざしていく。
が、たまりかねたのか、
「暁斗、私は――」
「――給料は、二万八千円な」
ラユの言葉を阻むように、少年は突然口を開いた。
「え?」
「今日までの、助手をやってもらった給料だよ。少ないけど依頼自体あんまなかったんだし、部屋と普通の食事付きだったから勘弁してくれ」
「……そうか」
その言葉で、ラユは微笑した。
つまるところ手切れ金。自分の告白を聞いても、即座に叫んだり非難したりしなかったのだから、それだけで十分に嬉しかった。この街を出て、また逃亡生活に戻るだけの気力が、胸に湧くのを感じた。
「じゃあ、これでさよならだ」
跨がったままの身体を浮かせたところで、グッとその太股が掴まれた。
「ひゃっ!?」
「依頼料寄越せ」
右手でラユの太股を掴んだまま、暁斗がもう片手を少女の目の前に開いたのである。
「あ、暁斗!?」
「だから、依頼料の千円を先払いで寄越せって言ってるんだ」
もう一度、少年は強く言葉を紡いだのだ。
「キミ、私の話を……」
「今回、誰か死んだ人がいたのか?」
「い、いや。気を見る限り、そこまで至ったモノはいないとー―思う。あれからすぐに救急車とパトカーも来たようだったし」
「そっか。それは良かった」
と、少年は安堵の笑みを見せた。
「だったら、俺はお前の味方をしてやれる。この家の居候だから特別に千円だけでトラブル解決してやるよ」
「…………」
今度こそ、ポカンと少女は暁斗を見つめた。
「なあ、暁斗。前から思っていたが、キミはかなりの割合で頭が悪いんじゃないのかな」
「な、なんだよ! 一週間前の事件だって、誰も死んでなかったろ。だったらお前は人殺しじゃねえし、『見境無しに喰らった結果』だとか、自分で言ってたろうが。つまり、普通だったら、あんなことにならねぇって事だろ」
「…………っ」
暁斗の台詞に、ラユは言葉を詰まらせる。
どうしてこの少年は、こんな時だけ頭が切れるのだろう。いつもはあんなにも鈍感で、もっと別の何かを見ていて、他人の言葉などろくに聞いてなさそうなのに。
無言になったラユの前で、暁斗はもう一度上半身を持ち上げた。
今にも触れ合ってしまいそうな、互いの息がかかりそうな距離で、少年はもう一度同じ言葉を口にする。
「なら、俺はお前の味方をしてやれる。仙人だろうが僵屍仙だろうが特別だろうが、千円あればいつでも簡単なトラブルを解決してやれる。それが、今の俺に出来る仕事なんだから」
「…………」
少女は、何も言わなかった。いや、言えなかった。
何故なら。
かあっ、と夜目にもはっきりと分かるほどに真っ赤に染まっていた。白い肌をした顔に止まらず、耳の先から滑らかなうなじまで、鮮やかなほど赤くなってしまっていた。
「ラユ?」
「……キ、キミの手をどけてくれないだろうか。頼む」
その言葉につられて、暁斗は視線を下へと向ける。
そこに、指摘された問題はあった。
少女の柔らかな太股を、暁斗の手が握りしめたままだったのだ。しかもギッチリと、ガッチリと。まるで二度と離さないと言わんばかりに、これ以上ない鷲掴みというレベルで。
「あ〜、悪い。えっと、今のかなり痛かっただろ……、ラユ」
それに少女は、少し不機嫌な様子で言う。
「……それだけか?」
「えっ、あ?」
「だから! それだけかと聞いているんだ!」
「えーと、それ、言わなきゃダメか?」
「当たり前だろ! こんな事をしといて、簡単に終わらすのはダメだろう!」
ラユは、小さく少しだけ息を止める。
ぅぇ……、と。少女に『泣き』の衝動が胸の辺りまでせり上がってくる。
けれど、ラユは全てを噛み殺し、飲み込んだ。
しかし、完全とは言えず普段のような楽しそうな顔とはほど遠い、目に溢れんばかりの涙が溜まっていく。
「うわ、泣くなよ。俺、悪い事してないだろがよ〜」
少年は困った顔をしながらも、どこか無邪気で楽しそうな笑みが広がっている。
「…………」
「う、うぅぅぅ……!」
分かったよっ! と暁斗は全力で両手を合わせて謝る。
ちなみにラユはいじめられっ子睨みで今まさにソファを噛み千切ろうとしていた。例えるなら我が儘なネコのようだ。
「あ〜、ラユは仙人だけど人間と変わらないほど綺麗だし、肉質(?) って言うのかな〜。その感触のおかげで柔らかくて、とっても温かかったぞ!」
そう言いながら暁斗はラユの顔をまじまじと見る
「おい、ラユどうした……? 何か間違えたか? 本音を隠さずにちゃんと言えっていう意味だと思ったんだが……あれ?」
「………………」
暁斗はラユの事について自分の本心を伝えようとしたのだが……、今まで身体について綺麗と言われなかったラユには、想像以上のダメージを与えた。
真っ赤になって先程の暁斗の台詞が頭の中で輪唱され、夢心地になっている。
歴史がどう変わろうとも変わらぬものもある……。暁斗の天性とも言える女性篭絡術もその一つであった。
「ありゃ? どうしたんだ……。そう言えば里で一緒に遊んでた女の子達も、こんな風になる事が多かったな〜……」
この加害者には自覚と言うものがないらしい。
ただ純粋に思った事を言うに過ぎないのだ。
しかし、こうやって磁石の如く女性を引き寄せ、圧倒的に魅了する男がいる事もまた事実である。
「……取り合えずこの状態のままでいる訳には行かないから、動かさないと。父さんにも『女の子に対して紳士な態度で接し、嫌な思いをさせてはいけない』って言われてるからな……」
そう言いながら未だに帰還しないラユの意思を暁斗へと向けようと頬に手で触れた時、
「……ひゃっ! あ、あうっ、ひゃあああああああああっ!」
と、大きく叫んで少女はソファを後ずさり――少年に跨がったままだったので、そのままバランスを崩し転けてしまい、後頭部から背中を床に打ち付けたのであった。
さらに言えば暁斗からの位置から見れば、見事に履いていた黒パンツが丸見えである。
パンチラとかいうレベルではない。はしたないにも程がある。
「いたああああああああああああ、ぅうっ……」
そんなラユの様子に、少年は微苦笑してソファの上を這いながら、少女の正面へと移動しようとした。
すると、それに気づいたラユは慌てて、捲り上がったワンピースを急いで両手を使い押さえる。
そして、
「……キミの、その褒め言葉は素直に受け取っておこう」
ぷいっ、と視線を逸らしながらラユは小さく呟く。
「少しだけ、そう言ってくれるんじゃないかって思ってた。正直に言えば期待してた。何と虫がよくて浅ましい考えだが……そう言ってもらえて、私は嬉しい」
とくに痛む後頭部を撫でながら、少女は恥ずかしさを誤魔化すように、笑顔を見せる。
「……そっか」
それに暁斗は、優しく相づちを打つ。
よほど痛かったのか、今回は少年の人の話を聞いていない性格が自分にもある事に、ラユは何となく楽しさを感じていた。
「……ああ、そうだよ」
と、首を縦に振る。
「だから、喜んで千円を払わせてもらおう。それから、私のこの身体の秘密についても聞いてほしい」