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第四話 見習い軍人と自称仙人

 桜の花びらを透かして、うららかな陽光(ひかり)がこぼれていた。

 ひらひらと、ほろほろと、とめどなく薄桃の破片が舞い落ちていく。春のこの一時、普段の歩き慣れた道もこの薄桃色に盗まれてしまったようで、通行人たちは美しさよりまず驚きで足を止めるのだった。

 だが、

 ここは例外かもしれない。

 賑やかな赤レンガ通りに、黄や緑といった目覚ましい穏やかな色が翻っているからだ。

 明らかに日本の色彩感覚から無くなりつつある、派手でいながら不思議な一貫性と深い文化を感じさせる配色。あちこちの看板に書かれている文字も、一つ一つ異なる漢字だった。

 商店街。

 日本に点在する、古き街並みのひとつであった。

 桜並木が続いているのは、その商店街の外周西側にあたり、美味しそうなの店がいくつも設けられている。鮮魚や生肉を並べた商店街の店と、降り落ちる気が早い桜の花びらとの折衷は、日本にありながらどこか不思議な雰囲気を醸し出していた。

 そんな景色の中を、一人の少年が走っていたのだ。


「ごめん! ごめん! ちょっとどいて!」


 人との隙間を掻き分けるようにして、少年――灰崎暁斗は懸命に疾駆する。

 そうしながら、少年はひどく情けない顔をしていた。


「……ああ、もう!」


 やけっぱちにうめくその口調が、まず情けない。

 顔立ちはそこそこなのに、全身の雰囲気が妙に貧乏くさいあたりも情けない。

 せっかく似合っている灰色のトレーナーから、ぽろりと白いシャツがはみ出しているところも、情けない

 が、それにも気づかず、ぜえぜえと息を荒げすぎて、むせながら走る姿も情けない。

 いやもう、色々とみっともないにも程がある。

 みすぼらしい。

 そんな情けないところを剥き出しにしたままで、少年は必死に駆けている。


「くそ! くそっ! 泣く! 泣くっつうの! せっかくの、一週間ぶりに始まった、タイムセールだったのに!」


 言葉の通りだった。

 少年の両手には、いくつもの大きなビニール袋がぶら下がっていた。

 いや、両手というか、ほぼ指の数だけビニール袋は通っていた。その一つ一つの隙間からネギや秋刀魚や大根が突き出し、底の方に転がっていたのはタマネギとかキャベツで、あげく中間でビニールのカタチを大きく歪めているのは大量の豚肉パックと牛乳だ。これらの大玉のビニール袋をばっさばっさと連ねた姿は、まるで討ち入り前の武士(もののふ)のよう。

 しかし、少年は納得してはない表情である。


 ――こんなはずでは、無かったのだ。


 何故ならば。


 この四倍は買うつもりだったのからだ。


 情けない事に、この少年の頭の中では、逃がした玉子の計算がいまだに続いている。ここ一ヶ月分の食費が二千四百二十円は圧縮出来たはずだとか、ついでに夕食の品を一つ増やせたはずだとか、そんな計算をどうしても止める事が出来ない。

 もはや、本能にまで食い込んだ貧乏性。

 実際、群がった主婦の波をかいくぐり、セールの最前線に突入したところまでは良かったのだ。この春で底値をついたはずのタマネギを手にして、返す刀でキャベツとネギ、そして大根をもぎ取り、豚肉パックと牛乳をゲットしたところまでは計画通りの展開だった。

 ちょうどその時、店の玄関をのんきに横切ったアレを見つけてしまわなければであるが……。


「くっそおおおぉ――ッ!!!」


 涙を袖で拭う。大量のビニール袋と周囲の通行人が激突しかけるのを、なんとも器用に回避しながら、商店街外周の通りを疾駆していく。

 三叉路で、急に暁斗は立ち止まった。

 新しいビルを建設中と思しい、工事現場のすぐ隣であった。

 左右の道へ首を動かしたところで、


「……暁斗、こっちだよ」


 と、落ち着いた声が投げかけられたのだ。

 工事現場の二階あたり。肩で息をしながら頭を上げると、不格好に突き出した赤い鉄骨の上には、一人の少女が座っていたのである。


「ラユ!」

「ついさっき、私もアレを見つけたんで先回りしてみてね。アレのチーなら、ここで路地裏ををくぐっていったぞ」


 陽光を跳ね返す白い帽子と、もっと真っ白なワンピースを着た少女。

 長い黒髪に頭の両横をくくっており、結わえた真紅のリボンが頬のあたりで揺れている。お人形さんみたいに華奢な体つきなのに、物腰は妙にしっかりしていて、そのアンバランスさが際立ってしまう。

 年は……よく分からない。

 暁斗よりずっと年下の十歳ぐらいにも、案外同い年ぐらいにも思える。

 ただ、ちょこんと頭に乗せた白い帽子をつまみ、太陽を背にしてクスクスと微笑するあどけない姿が、彼女らしさがありよく似合っていた。

 つい、と少女の人指し指が動く。


「そこの路地裏に、また同じチーの匂いが残ってるぞ。どうも行方を眩まそうとして、無理矢理柵を越えたらしい。今は三つぐらい向こうの路地だ。ほら、ちょうど、あの辺にいる」


 独特の口調で喋りながら、くるりと鉄骨の上で膝を組み替える。


(…………ッ!)


 少年が、息を止める。

 その仕草があまりにも無防備で、ワンピースの内側まで見えそうになったためだ。

 あれは、だだの布切れだから。

 と、そう自分に言い聞かせ、慌てて視線を反らした暁斗に、ことりとラユが首を傾げた。


「ん、どうした? 体温が上がっているようだが、春の陽気を感じ取ったのか?」

「な、なな、何でもない!」


 ぶんぶんと首を振って、ごまかすように話題を元に戻す。


「つかお前、こんな微量の(チー)なんてもんまでよく分かるな」


 「気」とは一般的に不可視であり、流動的で人体に作用する自身の生命力そのものを燃焼する事で、自然と放出され、勝手に充満されるものである。逆に、自分の意識下で操るには長年に及ぶ修行が必要になってくる。

 ちなみに、暁斗が所属する予定の日本浄鬼軍は、この「気」を呪い(感情や欲望の極みの事)に変えて、呪力として使うのである。


「一応、仙人だからね」

「はいはい。いいから和菓子屋のおばちゃんからもらった饅頭でも食ってろ! それと、これらも頼む」


 次々と放り投げられる大型のビニール袋を、少女は器用に両手で受け止めていく。無論両手だけで足りる量ではないので、四つ目あたりからはピラミッド状に重なっていったのだ。

 雑技団ばりの軽業を披露しつつ、ラユの白い帽子がちょこんと可愛く動く。


「ほぉ、ケチが根を張ったようなキミにしては、ずいぶんと買い込んだじゃないか、いと珍しい」

「うるさい! 本当は、もっと買うつもりだったんだ! せっかくの底値だったのに!」

「なんだ。だったら、アレは無視して粘れば良かったのに。どうせキミの依頼は時給千円先払いだろう。底値で節約できる方が私としてはお得だと思うが……?」

「依頼は依頼っ! そんなんで無視できるか!」


 そう言いながら、暁斗は駆け出した。

 加速する。

 すぐ路地裏の行き止まりが見えた。垂直に三メートル近くほど突き立った。商店街て外部を隔てる塀だ。犯人がここをよじ登ったとしたら、よほど身軽な相手に違いない。


「……ッ、ああもう、なんでここ通るかな!」


 大いに嘆き、ため息をつく。

 かなり情けなかったのに、表情を歪めて、近くに人目がないのを確認。

 相当悩んでから、覚悟を口にする。


「…………………よし、行くか」


 暁斗が意識を集中させ、「気」を練り上げて、軽く地面を蹴り上げた。

 すると、少年の身体をいとも簡単に引き上げる。ばかりか勢いをつけて中空を飛び、塀にまで到達する。

 常人では考えられない運動神経。何故なら人間が一メートル程度を跳ぶだけでも、それに合った助走が必要だからだ。

 そのまま止まることなく少年はさらに跳び、向こう側の建物の屋根に登っていく。その繰り返しで、屋根から屋根へと跳び回る。


 言うならば、跳んだよりも飛翔という方が正しいくらいに。

 まるで、人の形をした鳥。

 本来の道のりを大胆にショートカットしつつ、見えない道でも踏んでいるように足を動かしながら、少年は商店街の空を飛んだのだ。


「さぁて、アレはどこにいるんだ?」


 やや怒りが感じられる口調をしながら、少年が視線を地表に動かせば、二つ先の路地裏にソレの姿があった。


「よし、見つけた」


 暁斗が確認したのとともに、足がぐるりと回転する。

 慣性の法則に従って少年の姿勢が一気に変わり、最初の目測にある屋根を掴んだ。

 このあたりにには多い、昔ながらの猿の細工がされた赤い瓦の屋根だった。鉄棒のように腕だけで動きに弾みをつけ、さらに跳躍。 そのまま塀の上に着地しようとすると、五歳くらいの男の子が窓を開けて、外に顔を出そうとしていた。


「なっ、ぬぅ、この!」


 必死の思いで自分の両手を突き出して、その上にあったパイプを握りしめた。

 それによって男の子の頭上を足が通過する。

 そのまま、螺旋を描くように地面へ急降下。

 幾分かの砂埃を巻き上げつつ、商店街の路地裏に着地する。


「あ、危なかったぁ、良かった〜当たらなくて」

 

 数秒後、少年は息を荒げて、地面を見つめていた。

 先ほどの事で、急に三半規管を掻き回され、ぐるぐると目が回っていたのだ。当然胃の中も同じだ上の下のの大騒ぎなわけで、胸やけは地獄のように彼を苛んでいたが、それはなんとか我慢する。


「……と、とに……かく、見つけたぞ」


 ぐるりと、振り向く。

 先ほどの人の形をした鳥ではなく、まるでホラー映画で出るゾンビのような足どり。


「…………ッ!」


 対して、突然舞い降りた少年(ゾンビ)に呆然としていたソレも、強烈な反応を示した。

 身体中の毛を逆立てるようにして、思いっきり背中を見せたのだ。四肢を踏ん張って、一気に逃げ出そうとしたソレの首根っこを、しっかりと少年の指が、傷つけないようにギュッとつまみとる。


「……はい、捕まえたッ!」


 疲労半分、苦笑半分の顔で、少年がそれを見つめる。

 つまりは。

 猫だった。

 何の変哲もない、街中で見かけるような三毛猫が、自分を捕まえた少年に抗議して、その鋭い爪を振りかざした。


「ニャアアアアアア〜!」


 怒っているような鳴き声は高く、


「ギャアアアアアア〜!」


 切ない悲鳴はより情けなく、商店街の路地裏に広く響いっていたのであった……。



 およそ三十分後。


「……あ、あいつ卑怯だ……。こっちが捕まえてほっと安心したところに、いきなりキラーンとあの爪で暴れやがって」

「まあ、向こうからすれば、せっかくの自由を漫喫しているところに突然現れた邪魔者だろう。その反応は当たり前だと思うぞ、私は」


 物事の道理を説くように言って、それからことりと首を傾げた。


「あと、これは個人的に思っているのだが、どう考えても猫探しはキミがなりたい軍人の仕事じゃないんじゃないのか? 百歩譲っても探偵か何かだ」

「仕方ないだろ。簡単なトラブル時給千円って宣伝してんだから」

「うむ、ご近所から大変便利に使われてるな。きっと次の依頼は風呂の修理だろう」


 視線を下に向け、肉まんほどの大きな饅頭を、美味そうにラユは頬張る。

 見習い軍人。

 それが、灰崎暁斗の自称である。軍人というからには国家の正規の軍事組織に所属し、訓練を受け、国家により認められた階級を与えられた者を指すはずで、ラユも出会った当初はそう思っていた。

 が、知り合って一週間というもの――そんな素振りは一度も見た事がない。

 代わりに延々やってくるのが、バイトでの猫探しや力仕事で、どこからどう見ても街の便利屋である。次は風呂の修理というのも、嫌みというより現実的な予想だった。

 しかも、この少年は自分から料金を値引きする、お人好しでもあるから困ったものだ。

 三時間以上の料金は、気持ち次第なんて事をするんだから。


「その身体能力は、なかなかに素晴らしいのにな」

「で、でもだな、そのお陰で貰い物は他の学生以上で良いと俺的には思うんだが……」

「ふむ」

 目線を右往左往し始めた少年を見やって、ラユは白い帽子に触れ、ことりと首を傾げた。


「しかし、この国でも珍しい人種には違いあるまい? 他の人間がここまでするのは見た事ないぞ」

「いろいろ事情があって、こっちだってしてるんだよ。自分で決めなきゃ――たぶん、いや相当、結構、かなりの割合で絶対にしないって」

「ほう」


 ラユの帽子が、兎の耳みたいにぴょこんと跳ねた。


「いろいろと飽きない人物だね、キミは」

「……褒めてんのかそれ? 貶されてるようにしか見えないんだが……」

「好きにとってくれたまえ。だいたいキミ、私の事だって一度も訊かないままだろう?」

「私は仙人だ! とか、自分で言ってるだろ」

「まあ、その通りだが、一応言っとくが、そんなに高らかには言ってないぞ……。まったく人ひとり道ばたで拾っておいて、それだけで納得するような気質はなかなか稀だと思うぞ。私個人としてみれば、いささか寂しい気さえするな」

「……いや、別に納得はしてないからな? 定期的にお前の住んでた家を探しているから……」


 爽やかな光と風が、川原を流れた。

 川原の小道には桜も咲いていて、空気は薄桃の花弁で色づいている。おびただしい花粉に悩まされる人でさえなければ、この季節は一年で最も祝福された時間だろう。

 たしか三年ほど前、あの商店街の近くに、品揃えがよく、値段も安定しているスーパーが出来たが、商店街を利用している者は、気さくさな活気が落ち着くという理由で、今でも閉まっている店はひとつもない。

 その活気おかげで、桜がびっくりして早く咲いたのだろう。

 そう思いながら前を見ると、

 ワンピースのひらひらした両手を広げ、ラユは真っ白な紙飛行機のように、五歩ほど暁斗よりを進んでいた。

 そして、

 小さな紙飛行機、花弁をすくうように反転(ターン)


「こら」

「ん?」

「私が、寂しいと、言っているんだが、キミは、何も反応しないつもりか」


 一言ずつ区切って、ズイッとこちらへと迫ってきたのだ。


「いや、その」

「うむ」

「……じゃ、じゃあ、何か訊けばいいのか?」


 悪戯っぽく笑って、ラユは息のかかりそうな至近距離からこちらを覗き込んでくる。


「んー、だったら……」

「はい、時間切れ」



 ――ペロッ。

 背伸びとともに、濡れた感触が少年の頬に伝わった。


「なっ!」

「ふむ。美味(メイ・ウェイ)美味(メイ・ウェイ)


 少女はご満悦に、桜と同じピンク色の舌を出して、嬉しそうに宣言する。


「お、お前な!」

「だって、私を満足させる言葉を思いつかなかったのだろう? 言葉で払えないなら身体で払ってもらうのは、古今東西を問わずに順当な流れだと思うぞ。それに、大変味わい深いほっぺたであった。我が人生でもまず三本の指には入る。胸を張って親友に自慢してもいいぞ」


 とか言い出して、暁斗が喜びそうな言葉を、無自覚で選択する女の子なのだ。


「自慢できるか、そんな事! つか誰にでもしてるのか、お前!」「相変わらず失礼な奴だな、キミは。これと見込んだ相手以外でしてやるものか。別に減るようなものじゃないんだからケチケチするな」

「減る! 減るっつうの! 今、俺の中の大事な純潔が減った! 母さん! 父さん! 貴方たちの息子は変態的思考の女の子に狙われています!」

「それはずいぶんとナイーブな意見をお持ちだな。キミ、美味しいものは最後にとっておくタイプなのか? もっと鷹揚に構えた方が人生は楽しみやすいぞ?」

「楽しめるかッ!」

「そこは無理にでも、楽しむ器を見せるのが男気だろうに」


 からかいつつ、少女は再び道を先行する。

 まるで風に吹かれた葉っぱのごとく、フワフワと少年の手から逃げ回り、


「……そう言えば」

「おっと」


 もう一度、いきなり振り返ったラユと正面激突しかけて、暁斗が足が引っ掛かりそうになった。


「キミ、商店街はよく行くのか?」

「は? いや、それほどでもないが、先週お前を見つけたのと、今週はあの猫とこのタイムセールの時ぐらいだから……普段は、週に一回ぐらいだけど?」

「そうか。なら、しばらくの間は、あまり近づかない方がいいと思うぞ?」

「ん、そ、そうか?」


 言った少女の顔つきがやたら真剣だったものだから、追いかけていたのも忘れて、相槌をつい打ってしまう。


「それって、お前がよく言っている仙人とかそういうの?」

「……まあ、そんなところだ」


 ほんの少しだけ、少女は言葉を濁した。

 暁斗も、思わず合わせて口ごもってしまう。

 二人ともぎこちなく停止したところで、少年の腰あたりに、何かがブルブルと震えた。


「……、暁斗?」

「あ、で、電話!」


 トレーナーのポケットにいれていたマナーモード中の携帯電話を取り出し、耳にあてる。

 すると、すぐに少年の顔が変わった。


「…………」


 眉間を押さえ、深くため息をつく。

 そして、すまなそうに片手を上げた。


「悪い、ラユ。食材、うちまで持って帰ってくれないか?」

「ふむ、例の白い青年さんか」

「いやまあ、その通りなんだけど」


 情けなく眉を八の字にした少年に、ラユは片目を瞑った。

 それから、少し砕けた口調で、こう尋ねたのだ。


「持って帰るのはかまわないんだが、今日の夕食は何にするつもりなんだ?」

「え、夕食?」

「ビニール袋、とても重そうだな―。誰かさんが馬鹿買いしたからじゃないかな―! アパートまで一人で帰るのも寂しいかな―!」

「あ……」


 実にわざとらしい声音に、少年が二、三度瞬きする。

 それから、しばらく額に手首を置き、小さな呻き声をあげて十数秒も苦悩した後、やっと口を開いた。


「……じゃ、じゃあ……せっかく肉も買えたから……シチュー……とか」

「ほほう。この三日間、ずっと一日前のおかずを残す生活から突然の格上げだな。タイムセールを生かし切れないがかまわないのか?」

「か、構うけど、たまにはいいだろ! せっかくタマネギと牛乳も買ったんだし! もう少しぐらいはニンジンとブロッコリーも持ちそうだし! 手伝わないなら俺一人で食べるからな! 残さず全部食べるからな!」

「はいはい、私が悪かった。冗談でした。もちろん率先して手伝わせてもらうとも」


 喚いた少年から、ラユがやや慌てた様子で、大量のビニール袋を受け取った。

 数歩先に進んで、くるりとこちらを振り向く。


「……だから、ちゃんとシチューの時間に間に合うようにな。じゃないと私が困るよ」


 桜の花びらが舞う中、真っ白な帽子と真っ白なワンピースを纏った少女は、ネギや大根が突き出したビニール袋群を持ち上げ、笑って見せたのだった。



 もう一度、現状の出来事を確認しよう。

 灰崎暁斗。十五歳。

 市立命守(めいしゅ)中学校の三年生で、部活はしていない。

 背丈は中肉中背より筋肉質。目と耳にかかるくらいの黒髪。

 学業は平均点以下で、周囲からの評価はいわく『セールの狩人』。ホームルームが終わるやいなや、商店街のチラシを持って一目散に飛び出していく背中を見た者は多いだろう。

 苦学生として早朝の新聞配達をするかたわら、簡単なトラブル時給千円の見習い軍人として仕事を請け負っている。

 そして、

 つい、最近。

 一週間前のとても静かな夜に――ひとり、自称仙人と名乗る不思議な少女を、居候として拾った。


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