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第九話 既知感(デジャヴ)と嘘

 きょとん、と暁斗は瞬きした。

 何故なら自分が想像していた少女の性格とあまりにも合致しなかったからだ。


「身体の秘密か……、お前にもそういう感情があるんだな」

「ど、どうしてもキミには言いたくなくてね。わ、悪かったと思ってる」


 部屋の中央に立ち、ラユは戸惑いながらにうなづいた。


「……でも、今から俺に教えてくれるんだよな」

「……あ、ああ。そうだよ」


 自ら秘密の暴露をすると言いながらも、いつもの少女とは違っている。

 珍しく慌てた様子。いっそ狼狽といってもよい。常に自分で仙人と名乗り浮世離れしていた少女は、初めて焦燥を露にしていた。


「今、ここでキミに見せるよ」


 そう言うとラユは、ソファに座っている少年の元へと近づいていく。

 あれ? ちょっと待てよ……。

 『私のこの身体の秘密についても聞いてほしい』ってこの台詞かなり危ないものじゃないのか?


「………………………………あー、」


 何かものすごくエロい方向にすっ飛びかけた頭を、暁斗は無理矢理に戻す。

 「身体の秘密を告げる」となると仙人としての力の源を見せると言っているのではなかろうか?

 もしそうなら彼女が仙人としての力は、どこから出ているんだろう。

 最初は変な風に思ったが、この考え自体は間違っていないだろう。話し方からしてラユの身体の一部に何かしらの仙人の力が目で見える、という理屈になる。 けど、それはどこだろう?

 暁斗は真剣とも言えるラユの顔を見る。

 戦いに関する力……なんだから腕や足、もしくは命令を出す頭に近い場所に、力はあるんだろうか?

 まさかとは思うがラユが頭蓋骨の内側に力の源があるから見せてあげよう、とか言われて頭を開け始めたら流石に灰崎暁斗という人間に一生モノのトラウマになってしまう。

 だが、そうではなく少女の身体の中にあり、この家の同居人に触られない時なんて普通、服を着替えるか入浴ぐらいしか――――。

 ……ダメだ。またエロい方向へと思考がスタートしそうになる。これでは煩悩の無限ループだ。


「………………………………あっ」


 と、暁斗はもう一度仙人の少女の顔を見ながら小さく呟く。

 頭蓋骨の保護がなく、直線距離ならつむじより「脳」に近い。それに滅多に人に見られず、それ以上に人に触れさせない部分。


 口の中だ。


 仙人が「気」を喰らう人間だと言うなら口内に力の源があれば、すぐに生命力へと変換出来る。

 暁斗は再びラユの表情を見ると、ある部分が変化しているのに気づき、少女の口の中を確認する。

 不安そうに動く眉毛、左右へと慌ただしく変える瞳、不快な匂いがしない身体――――それらを無視して、暁斗は深い呼吸を繰り返す可愛らしい唇へと視線を向ける。

 ほんの少しだけだが、ラユの口の中から黄色い光が見えた。

 その光に暁斗は目を細め、よく少女の口の中を注視する。

 まるで星座占いの雑誌に書かれているような不気味な文字が、舌の上に刻まれていた。

 すると暁斗の視線に気づいたラユは、一度だけ舌を完全に出した後、すぐ引っ込めると黄色い光は徐々に輝きを失った。


「暁斗、さっき私の舌は輝いていたと思うが、キミの方からでもちゃんと見れたかい?」

「……これがラユ、お前の秘密なのか?」

「ああ、分かってもらえたようだね。これは仙人の中でも私だけにつけられた外見的な秘密と受け取ってくれ」

「外見的な、秘密?」


 その妙なニュアンスに暁斗は少し疑問を覚える。

 “私だけにつけられた”どうやらあの黄色い文字は、この少女しか持たないモノらしい。多分これは、少女が自分を指して最悪な仙人と言っていたので、他の仙人と区別する為につけられた目印だろう。


「……で、暁斗。他に聞いておきたい事はないかい? 今なら何でもしてあげるんだが?」


 暁斗の至近距離で、ラユあまりにも考えてなさそうに言う。

 少女はいつもの澄ました顔にもう戻っていたが、唇が少しつりあがっている。いかにも秘密を言えて満足ですよという表情だ。この一週間の付き合いで、この少女が外見より幼い精神構造をしており、意外といたずら好きだったり危ない言動を無意識にする事は身に染みている。

 だが、

 『今なら何でもしてあげるんだが?』なんて事を言われると健全な男子中学生なのでつい、勘違いしそうになる。

 逆にここまでの台詞を言うラユは、新手の精神攻撃を仕掛けていると断言していいだろう。


「じゃあ、どうしてこの国にわざわざ来たんだ? ここに来る意味合いはまるでないとしか思えない。まさか観光で来たとは言わないよな、ラユ?」

「ああ、その事か……」


 少女は暁斗の再度の質問にしばらく沈黙して、彼らの日常での会話のようにサラっと言う。


「……キミの言うとおり、私は普通にこの国に観光で来たんだ」

「は?」


 あまりにもラユの言葉が問題無さすぎて、ポカンと口を開いた。

 ただただ少年は焦って、見慣れたリビングをぐるぐると見回している。何故ならこの少女に重大な目的がありこの国に来たのだと、身体を強張らせて必死に身構えたいたのだから仕方ない。

 するとラユは困ったように首を傾げながら暁斗に話しかける。


「また意識でも失ったのかい、キミは。だとしたら非常に危ないから病院とか言う所で検査してもらうといい」

「…………」


 しばらく、暁斗は口を利かなかった。

 この少女を凝視したまま、じいっとその場で硬直していた。


「…………」

「……え〜と、暁斗?」


 もう一度、ラユは首を傾げると、


「ふ、普通の観光だとおおおおおおおおおおおお!」


 思いっきり叫び、少年はその場で跳ね上がったのである。それはもう見事な跳ね上がり方で着地した拍子に足をひねり、その場で尻餅をつくほどであった。

 ラユは驚いた後に一度ため息をつき、なんとも面白そうに口元を押さえ始めた。


「くくっ、まったく面白いなキミは。私が鬼邪だと言っても大して驚かなかったのに、なんで観光だと言っただけでそんな身も世もない声をあげるんだ?」

「だ、だ、だ、だだだだって、観光だぞ観光! まったく想定してない答えだろ! 鬼邪とか鉄球男とか巨大怪鳥とかの存在以上にビックリする言葉(ワード)だろ!」


 尻餅をついたまま叫ぶ少年の足元に向かいで、少女――ラユは暁斗へと目線を合わせながら口を開く。


「まさか、キミがこの事で驚くとは思わなかったよ。まあ、私がこの日本へと入国出来たのは偶発的なものだけどね」

「ふえ? えと……つまり、本当に観光だと?」


 人間が観光するなら分かる。旅行ガイドとかに温泉や海外について書かれている雑誌も目を通したことがある。

 だが、仙人が観光とは。

 暁斗にしてみれば考えてもいないまったくの想定外だったのである。


「まあ、そういうこと」


 少年の言葉をラユが肯定し、さらに追随して付け加える。


「と言っても、(チー)の発散はあるから節約なりして、あのよく分からん追っ手に嗅ぎつけられる可能性はあるけどね」

「なる……ほど」


 なんとなく、暁斗にもその意味は分かった。

 仙人が人間の生命力を喰らって生きているというなら、その節約は逃亡生活において必須になるだろう。喰らった痕跡を探して追っ手がくるというならなおさらだ。


「つまり……ただ観光していただけであの追っ手がやって来たのか?」

「……ああ」


 かなり不満そうな様子で少女はうなずく。

 この態度からラユに長い間付きまとっていたのが理解できる。


「……で、本当にキミは私を助ける気なのか?」

「お、おお。千円もらう約束だからな」


 少年がオドオドしながら自分の胸を叩く。

 ラユはしばらくその様子を見つめて、肩をすくめると共にどこかすまなそうな顔をした。

 そして、


「だったら、本題に入ろう」


 と、告げたのだ。


「本題?」

「当たり前だろう。依頼人の事情も訊かずに、キミは仕事をするつもりか」


 ラユが呆れ気味な表情をして、口を挟んだ。


「でも……あまりこれは言いたくないな」


 少女が小さく口にすると、ひどく複雑な顔をして俯く。


(……ラユ?)


 一瞬少年は不思議に思ったが、それよりもラユが言う方が早かった。

 暁斗へと顔をあげ、少女は「まず」と口火を切ったのだ。


「前提として、たいていの仙人は人間を軽蔑している。いや、軽蔑とは違うか。対等の存在とは見ていない。何しろ自分たちにとって、人間は歩く(チー)製造器で食餌としか考えていないのだからね」


 ラユは自分も完全に例外とは言えないよ、と言いたそうな目つきだった。


「食餌……って、それ、食べるしか意味がないってことかよ」

「自然な感情だろう。それともキミは豚肉や牛肉を食べるたびに、ごめんなさいとでも謝っていると?」

「まあ……確かに毎日は謝んないけど」


 口ごもる少年を、真剣な顔にラユは変えながら続ける。


「が、その前提が問題になる。キミはさっきの戦いで片鱗は見えたと思う。――私は、その仙人たちをただの人間にすることができる」

「え?」


 一瞬、意味が分からなかった。

 しかし少女が言った相反する二つの言葉が繋がった時、暁斗は戦慄した。


「そ、それって……」

「分かってもらえたようで助かる。そう仙人が人間になるということは、いわば人間が豚や牛に変えられるようなものだよ」


 ごくり、と少年は驚きを隠せないまま唾を飲み込む。

 人間が食餌にしかならないという、ラユの言葉は受け入れがたい。だが、そのような言葉を思考として持つ者が人間に変えられるとしたら――それは、悪夢として刻まれるだろう。


「ちょ、ちょっと待て。じゃあ、さっきお前が言った最悪の仙人だというのは」


 ずっと昔、仙人同士の戦争を終わらせる為に力を与えられた、最凶にして最悪な仙人。

 そんな風に、言ってなかったか。


「やっぱり、キミは気づけたか」


 少女が、感心したように唇の端をつり上げる。


「そのままの意味だよ。昔、二人の仙人による争いがあった。でも争いはあまりにも大規模になって、少々まずい事になったそうでね。結果、当時から有力だった六道五岳のうち二道三岳の一族が協力しあい、ひとりの適性がある少女に特別な力を与えることにした」


 古びたアパートに乾いた風を暁斗は感じた。

 遥か異国の遠い遠い時代の風だった。少女の言葉にはその時代の色と臭いが備わっていたのだ。


「与えられた力は二つ。ひとつは単純な戦闘力。争いを終わらせるほどの圧倒的な能力を求めて、集まった二道三岳は惜しみなく最高の仙儀を作り上げ用意した。本来仙儀は特殊な才能かよほどの鍛練を積んだ道士が、一つか二つ使うのがやっとなんだが、これも一族の叡知を結集させる事で無理矢理に達成した。もっとも相当ではなく苦戦したようで、今じゃ二度と出来ないらしいけどね」


 ふわりと、少女の白い帽子が少しだけ上下に揺れる。

 少女にとっても、今の話は雲の上の技術らしい。あくまで伝聞形。いわば現代に例えると秘密裏に作られた都市伝説レベルの兵器の話を聞くようなものなのだろう。


「そして、もうひとつ与えられた力は見せしめをつくるためのもの。二度と争いを起こさぬためには、当事者を滅ぼした程度では意味がない。関わった者すべてが争いなど考えぬほどの決定的な見せしめが必要だった。その為に与えられた力が何かは分かるだろう?」

「仙人を……人間に変えること……」

「そうだ」


 少女は肯定し、両手で自分自身の胸を掴んだ。


「つまりここにいるのは仙人の世界でも最凶の兵器で、しかも最悪な拷問道具というわけだ。誰もが私をそう扱ったし、誰もが私をそうとしか見なかった。争いが終わってからはその存在自体が(いさか)いを招くということで、誰の目にも触れぬよう封印されていたほどだ。それが居なくなったんだから、追われる理由としては正当だろう」


 暁斗は何も言わず少女の顔を見ている。

 ラユは言った後、ただじっとうつむいていた。

 誰もが兵器や拷問道具としてしか自分を見なかったと、少女は言った。なのに争いが終わってからは、その兵器や拷問道具としても居場所を失ったのだと。そんな事情を一体誰が喜んで伝えたいものか。


「ッ! ざけんなよ……!」


 奥歯を感情に任せて噛む。あまりにも強く噛みすぎて、血の味が口の中に広がった。


「ふざけんなよ! 仙人だかなんだか知らねえけどそんな勝手な話があるか! そんな下らない理由で勝手に力を与えて、あげくいらなくなったからって放り出していいわけがあるか! ふざけているにもほどがある。だったら逃げずにそんなヤツら、お前が最凶だってんなら片っ端からぶっ飛ばしちまえば――」

「キミの頭はやっぱり飾りだな」

 穏やかにではあるが、やや冷たくラユが言う。


「は?」

「少し考えれば分かるだろうに。私を最凶にしたのは誰だ。キミなら自分を殺せるだけの武器を渡したとして、そいつが自己判断で行動した場合を考えておかないか?」

「自己判断で……行動した場合?」

「つまりは、鎖だ」


 少女の両目がわずかに細まった。


「私の身体には特別な仙儀が埋め込まれている。許可がなくては全ての力は振るえないし、その仙儀の片割れさえ持っていれば、仙人ならでも命令する事ができる。どれほど嫌がろうとも、その命令に逆らうことは絶対的に不可能だ」

「なっ……なんだよそれ!」


 思わず、暁斗は叫んでいた。

 最凶だから操られる。最悪ゆえに操られる。理屈は分かる、理由も分かる。例えるなら大量破壊兵器に対する制御装置だと。しかしあまりにも酷すぎる。この少女のおかれた状況を言葉で表すなら、都合の良い殺戮道具としての運用方法としか見ていない。

 だが、


「……本当だよ」


 少女は再度自らの口で認めたのだ。


「ラユ」

「“五封勅璽(ごふうちょくじ)”。それが私を操る仙儀の総称」


 感情を抑えた口調で少女は言う。

 自らを縛る、悪意の鎖の名を。


「今回の追ってもその仙儀を持ってきているはずだよ。当時私に力を与えた二道山岳のすべてに“五封勅璽(ごふうちょくじ)”は複製されて渡されているからね」

「複製……お前を支配するのが、いくつもあるのか?」


「キミに分かる言い方だと――テレビのリモコンみたいなものさ。ちゃんと調整してさえいれば、どのメーカーのリモコン(五封勅璽)でもテレビ(私)を完全に操れる。先の戦闘で使われなかったのは、単に奇襲をかけて隙を与えなかったからというだけだ。あれは結構危ない賭けだったんだよ」


 その言葉だけで、暁斗にもしっかり伝わった。

 少女の言っている意味をやっとの事で理解した。自分はどれだけ馬鹿だったのか、そして目の前の少女がどれだけ危険な綱渡りを行ったのか、その双方を呑み込んで両腕にゾッと鳥肌が立った。

 いや。

 暁斗だけではなかった。

 説明したばかりの少女もまた、かぶったままの白い帽子をきゅっと目深(まぶか)に引き下ろして、


「すまないな」


 帽子の内側からラユが言う。

 白い帽子は少女の表情をすっぽり覆ってしまっている。なのにその表情が想像できるのは帽子を握った手が震えているからだ。


「……ははは。どうやら今更になって、少し怖くなったらしい。本当に馬鹿馬鹿しいな」


 無理矢理笑った声の底にも薄い寒い恐怖が貼りついていた。

 いつも人を食ったようなこの少女が今回ばかりは、自らの怯えを隠すことさえできなかったのだ。

 それだけ“五封勅璽(ごふうちょくじ)”は恐ろしかったのだろう。

 暁斗はラユの不安を考えながらも、幼なじみにして彼女である姫柊明日菜が五年前に起こした唐突な変化も、誰かに支配されたのではないかと一瞬思考を過った。

 しかし、それは確証を得ない話なので記憶の片隅へと追いやった。

 少年は別の思考に動いた脳を、すぐに目の前の少女へと切り替える。


(…………)


 確かにそれは、怖かったのだろう。

 まともな想像力さえあれば、いかにそれがどれだけ危険な代物かすぐ分かる。

 意思も、嗜好も、思想も、好悪(こうお)も一切関係ない。ただその品さえ相手が持っていれば自由に身体を操られてしまう。そんな悪質な道具があるなら誰だって死ぬより恐ろしいだろう。

 ――だというのに(・・・・・・)。


「…………」


 暁斗は唇を噛んだ。

 商店街に行くなと、少女は言っていた。

 先週の事件からその近くにあの追っ手が来ると、ラユは考えていたからだ。

 そして実際、少年は追っ手に捕まり少女は馬鹿一人を助ける為に、当たり前のように身体を張った。無期限・無制限で誰かに操られてしまうかもしれないという、危険な橋を渡ってまで暁斗を助けてくれた。

 たった一週間、居候させてもらった少年のために。


「……なんで、そんな危ない事したんだよ」

「いやぁ、これが恥ずかしいんだが」


 帽子を引き下ろしたまま少女が言う。


「ああだこうだと考える前に、身体が先に動いていた。おかげでこうやって震える羽目になるとは何とも情けないな」

「……ホントお前、無茶しすぎだろ」

「かもしれない。いや、自分では新しい発見だと思っているんだ。結構私は無茶をするらしい。……て、こら、頼むからそんな泣きそうな顔をしないでくれ」

「うるさい黙れ、居候」


 少年はそっぽを向き、ぐいっと目元をトレーナーの袖で拭いた。

 何故ならあの日も自分を救ってくれた者がいたからだ。



 風の音が聞こえ続けている。過去から聞こえてくるかのような遠い風の音が。

 少年は幼なじみとの記憶を再生している。

 灰色のパーカーと腹部から出血し、瀕死の重傷を負った暁斗はただただ自分の死が近い事を悟っていた。

 崩れて行き場のない崖からのぞく月が暗い。鬱蒼(うっそう)と生い茂る大地もまた、暗闇に覆われ支配されている。その黒い空を眺めながら、小さな影が立っている。

 腰まである灰色の長髪と、綺麗な黒い瞳を持つ影が。

 まだ失いたくないよ、と影が告げる。その唇から血に濡れた白い牙がのぞいている。

 ずっと側にいたいよ、と影が告げる。暁斗の事を愛しているから、と。

 護る為なら私の命ぐらい削るよ、と。その身体が染まっていく。紅く輝く瞳とともに染まっていく。

 それは限られた時間に見てきた彼女との歴史の断片。

 灰崎暁斗は護りたい人物との思い出を再生している。



 そんな少年にラユはー―少しだけ帽子を持ち上げ――困ったように微苦笑する。

 それから、こう言った。


「いいかい暁斗? こんな私を守ってくれるという、ちょっとお人好し過ぎて心配なキミに、ひとつだけ依頼の条件をつけよう」

「条件?」

「ああ、たったのひとつだ」


 うなずいて「条件」を口にする。



「もしも追っ手が“五封勅璽”を使ったら――絶対、躊躇わず逃げてくれ。せめて私にキミを殺させるような苦痛を与えないでくれよ?」



 帽子の隙間から淡く笑って。

 まるで少女にとって最も大切な願い事のように。

 ラユは本当に儚い笑顔のままで、灰崎暁斗へ依頼したのであった。



 疲労のためか再び暁斗が眠りについた後、ラユは外に出て夜空を眺めていた。

 窓辺である。

 少し欠けた、月が明るい。

 銀の光に照らされた白い少女はそれだけで一幅(いっぷく)の絵になりそうだった。


「しかし、随分と問題が山積みになったな」


 ぽつりと、ラユが呟いた。

 すると後ろからある人物が来たのを感じ、少女はすぐに振り向いた。

 自分の居候を認めた二人のうちの一人・藤山夏希であった。

 暁斗との話を聞かれている事を知っていた少女は僅かばかり身構える。

 だが、実に夏希の返事は軽いものであった。


「いや、何の問題にもならないさ」


 自分が仙人と知っても、変わらず接してくれる数少ない人間。

 もっとも彼女には一週間ばかりで大半見破られている感じなので、めげることなく私は言葉を継いだ。


「私は、ずっと一人で旅していくのだと思っていたんだ。どこかに留まることなく日陰の下を、闇の中をずっと彷徨っていくのだと考えていた」

「まあ、そうだろうな。君の見た目は少女と言えるのにどこか達観しているから、長い間一人旅をしていたのは分かっていたよ」


 夏希んは嬉しそうな笑顔を隠すように、口元に手を当てながら言う。


「別に無理して一人旅しなくても私たちは逃げていかないよ? あの寂しそうな顔をもうしなくていいんだ」


 一週間も同居していて毎日思う。このアパートの同居人たちはいつも適当のようで、いつもお見通しだ。


「……無理してないよ。そもそも自分の正体を明かそうなんて今日まで考えてすらいなかった」


 彼女の言葉は適当だけど本心を見せている気がするから、つい私も本音で答えようと口を動かす。


「初めは両親のような優しい仙人になろうと思った。だが、お父さんとお母さんがすぐに滅ぼされて、私は両親の為に復讐をすると決めた。それから、殺した奴に復讐するために化物になろうとした。その時から本当のラユという存在は壊れてしまった」


 私の本音を聞いて、彼女は自身の言葉を確認するように話していく。


「……それに対して神、いや君の場合なら仏様の存在を嫌うかい? 突然両親が殺され、一人旅をするという自分の運命(さだめ)を」

「嫌う気はないよ。だけど信じる気にはなれない。仏様は私のような一つの生命にあった出来事で動きはしない」


 そう私は言った。普通ならどんな言葉でも感情の起伏が起きるのに、今はまるっきりその気配が起きない。

 でも、彼女は気にする様子はなく言葉を継いだ。


「常に人としての思考を持つ生き物は道標を追い求めている。欧州に広がる十字聖教、アジア地域一帯の蓮教、中東の太陽教、そしてこの国で生まれた神道。小数民族も含めれば信仰する存在は世界に数多ある。いつの時代もそういう存在が人を動かし、国を造り、歴史を刻む。信じる存在がいないなど愚かな事で信奉すれば必ず救われる。そう……考えれば生きるのが楽になるんだろうね……、だがそういう存在がするのは心を支えてくれる等だろうね。もちろんそれはとても素晴らしい事と言えるけど、最後に自分の意志を形にするのはいつだって自分の手なんだ。それを分かってる君は仏様の言葉ではなく、自分の意志で自らの運命(さだめ)を変えようとするんだろうね」


 このアパートの同居人たちはいつも適当のようで、いつもお見通しだ。


「だから、しっかり変えたまえよ。小さくて可愛い仙人(私の子)よ」


 その言葉を聞いて、


「……そうだね」


 膝を抱え込んで私は囁く。

 誰にも聞こえないくらいの――仙人でさえ聞き取れないぐらいの、囁き。

 ついさっき少年に「お前の味方をしてやれる」と言われたような、ささやかでとても温かな気持ち。


「……どんな道のりだろうが、私の意志で進んでいくとも」


 月光の下で眠り込んでしまうようにしながら、私はそう呟き思った。

 ――このアパートの同居人たちはいつも適当のようで、いつもお見通しだ。

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