そのよん!
僕たちの快進撃は、目を見張るものだった。先導はとめぽさん。道筋を記憶していたらしく、迷うことなく奥へと進んでいく。その道中の障害生物は全部僕が苦情する。
とめぽさん秘伝の剣と奪った銃で闘う。まるでゲームやマンガの主人公みたいな気分に浸りつつ、殺人ならぬ殺もぐらを平然とやってのけるあたり、僕は精神的に病んでいるのかもしれない。
今度、父さんに精神病院に連れていってもらおう。
「リョータ、少し休憩するぞ」
とめぽさんが急に言い出した。休憩所はすぐ近くの扉。
「いえ、僕はまだやれますよ」
いや、嘘だけどね。手が痺れるし膝が笑うし、でも口元の嘲笑が止まらない。 ああ、殺人鬼ここに誕生。
「お前はどうでもいい。私が疲れた。行きたければ勝手に行くといい」
自己中な! まあいいや、僕も休もう。
休憩所内は快適だった。完全防音、冷暖房完備。地下と思わせないためか、壁には風景を映し出すモニターが設置されていて、さわやかな草原が広がっている。
他にも、冷蔵庫、解凍用のレンジ、システムキッチン、ジュークボックス等。とにかく、三ツ星の休憩所。
「リョータ、茶を煎れろ」
とめぽさん持参の湯飲みとお茶の葉を渡される。僕の分も持ってきてくれるほど優しい人ではなかった。仕方なく、その辺の食器棚の湯飲みを借りる。
きゅうすに茶葉を入れ、湯を注ぐ。熱すぎると香りが飛ぶため、少しぬるめのお湯だ。しっかりとお湯を浸透させ、湯飲みに注ぐ。その際も、静かに注ぐ。濃度を均一化するために、三つの湯飲みに半分ずつ煎れ、同じ順番でもう一度注ぐ。
まあ、普通にダボダボやっても変わらないだろうけど。
「はい、煎れましたよ」
猫舌なとめぽさんには一段とぬるい、とめぽさん専用の湯飲みを。僕とシーさんは少し熱めの湯飲みを。
ズズーっと、三人で啜る。和むなぁ……。
「てやぁ!」
悲鳴をあげることすら許さない鋭い斬撃を繰り出しつつ、かっこいいなと自画自賛してみたり。休憩したおかげでまた元気に殺人鬼ができています。
前略、母上様。僕は人の道を外れてしまったかもしれません。ですが、あなた様の所為ではございません。
「そろそろ目的地だ」
ただ単に覚えた道を歩いているだけのとめぽさんと、その後ろをチョロチョロとついて歩くシーさん。僕が彼女らの数倍疲れるのは、僕の気のせいなんです、はい。
「これはこれはとめぽ女史、再び来ていただけると思い、お待ちしておりました」
ふむ、偉そうにふんぞり返るもぐらの大将の近くにあるのは、ロボットか?! いったいどれだけの科学力を有しているんだこのもぐら達?!
詳しくロボットの見た目を答えると、逆関節二足歩行型で、胴体は戦闘ヘリみたいな感じで、側面にはガトリングらしきものを二門搭載している。うん、完全にゲームやマンガのクオリティ。
「もう一度だけお聞きいたします。我々に助力していただきたい。マスターふらばもそれを強く望んでいます」
もぐらの大将がそう言うと、とめぽさんは嘲笑った。つまりは拒否。
「わかりました。では、あなた方を消すしかありません」
もぐらの大将の指示で、ロボット達は一斉に僕らを狙う。いやぁ、さすがに今回ばかりは死ぬかも。柱の陰に滑り込む。
ロボット達の何体かがこっちに向かってくる。とめぽさんは杖をブワンブワン振り回して大きな魔法の呪文を唱えている。ちょっと当たりそうで怖い。
シーさんはどこで拾ってきたのか、ハンドガンを手に持って臨戦態勢。
僕は突撃態勢。剣は密やかに杖の役割も果たせるため、ウインド系統の魔法を唱えて、自分の行動速度を早めておく。
「……なんか、規模が大きくなってる気がする」
たかだかもぐらの駆除のはずなのに、いつのまにかSFチックな戦闘に突入してる。まあいいか。
さて、まずはとめぽさんの魔法の発動から先だな。
「唸れ暴風! 打ち砕け霧雨! クラッシュストーム!」
うわぁ、上の中くらいの攻撃型魔法じゃないっすか!?
物凄い爆音の後、もぐらの大将一匹を残してロボット軍団は全滅。絶対世界を狙えるよ、これ……。もぐらの大将もびっくり。シーさんも僕もびっくり。
「むう、これほどとは予想外だ」
とめぽさんもびっくり。そんな危ないことしないでくださいよ……。まあ、本来ならあのロボット達との壮絶な戦いがあったはずだけども、それが省かれた。僕としてはうれしい。
「そこのもぐら、覚悟せよ」
とめぽさんが一声放つと、もぐらの大将は椅子に仕掛けてあったスイッチを押した。すると椅子の周りにガラスが出現した。
「くっ、ここまでとは聞いていない! 悪いが退散させてもらいますよ、とめぽ女史。“生きていたら”また会いましょう、フハハハハ!」
逃走フラグを立てて、もぐらの大将の椅子が上へと上っていく。同時に地震のような揺れが僕らを襲う。
あー、どうやら崩れるみたいだ。……中学二年生男子、自宅の庭にて生き埋め。超怪事件の新聞の見出しが僕の頭を過る。きっと容疑者は家族。しかし真犯人はもぐら。
ああ、この上ない怪事件。
「なんてのんびり構えてる場合じゃなかった!」
魔法剣を振り回して落石を防ぐ。とりあえず脱出方法を探る。
「とめぽさん、上に逃げられませんか?!」
「やろうと思えばできるが……リョータ、自宅の庭で生き埋めになるのと自宅の庭で圧死する、どちらがいい?」
要はどちらにせよ死ぬってことですか。
ああ、未練たらたらで短いし大してよくもない僕の人生が終わるのか。こんなことなら、ちゃんと洗濯物取り込んでおけばよかった……。
天井が限界に達したようで、底のトゲをパキッと折ったときのプリンのように、ドカッと降ってくる。やけにスローモーションに感じる。うーん、死ぬ……。
と、思ったのさ。死んだと思ったよ。目瞑ったら頭ぶつけて、潰されるのかと思ったら、そのまま天井を弾き返しちゃったさ。いやー、しつこいけど死んだと思ったよ。
恐る恐る目を開くと、ちょっと大きめの穴に足を突っ込んでいる自分がいて、隣にはとめぽさんとシーさんが土を被って立っていた。何が起きたのかわからず立っていると、とめぽさんが呟いた。
「……戻ったようだな、大きさが」
ああ、なるほど。それで助かったのか。よかったよか……って!?
「なんでシーさんまで?!」
だってシーさんはみみずだったわけだし、大きくなるはずがないよね? よね?!
「……さあ、何故でしょう。A、私が咄嗟に巨大化の魔法を掛けた。B、なんとなく大きくなった。C、どうやら私の掛けた擬人化の魔法の影響で、私達に掛けられたじゃむの効果がこいつにも移ったようだ。あのじゃむには、縮小と巨大化の魔法を封じた香味料を加えてあり、その巨大化の魔法が私を通して感染した様子だ。本当なら打ち消しあうはずなのに、どうやら共存していたようだな。ふむ、興味深い、あとで調べておこう。さて、どれだと思う?」
明らかにC。Cじゃなかったら恥ずかしいくらいにC。
「正解だ」
へー、感染するんだ、魔法って。病気かなにかみたいだ。
とまあ、雑談はこれくらいにして、と。
「もぐらの大将に逃げられましたね」
僕としては物凄く悔しいところ。人の庭に穴掘ってさらに陥没させたんだから。許せん……。
「まあ、その内出会うだろう。やつが生きてる限り、私の邪魔をしにくるはずだ」
そうですか。じゃあ、その時を待つことにしますか。
しかしその時は、以外にも早く訪れるのだった……。
夕食を終え(我が家は7時に夕食だ)、部屋に戻る時、妹が声をかけてきた。
「お兄ちゃんお兄ちゃん! 実はね、今日お家の前で宇宙人拾ったの!」
「へーそうかー」
なにを言いだすんだこいつは……。
「嘘じゃないもん! 来て来て!」
妹に手を引かれ、部屋に引きずりこまれる。どうせ人形かなにかだろうな。
「じゃーん! 宇宙人でーす!」
見せられた虫カゴには、小さな人型のなにかが入っていた。それも、ごくごく最近見たものだ。
「……本当に宇宙人だねー。ねえ、お兄ちゃんに頂戴? だめ?」
大のお兄ちゃん子である妹は二つ返事で僕に虫カゴをくれた。今度ゲームして遊んであげることを条件に。
「やあ、皇帝閣下」
「や、やあ、少年。こんなに早く再開するとは思わなかったよ」
冷や汗だらだら、手足ガクガクの宇宙人、否、もぐらの大将は恐怖に染まった笑顔を僕に向けてきた。
携帯を手に取り、電話帳からとめぽさんを選出、ダイヤル。
「……あ、もしもし。……いえ、今丁度ちょっとしたオモチャを拾ったんで、とめぽさんの実験室で遊ぼうかと……いやですねー、今日取り逃がした大将ですよ。……はい、はい、じゃあ今から行きますね。それでは」
プツリと交信を切り、虫カゴを脇に抱えて行ってきます。母さんはどこへ行くのか聞いてきたので、友達のとことテキトウに返す。
「ど、どうするつもりだ?」
不安顔のもぐらの大将。僕は優しく微笑みかける。
「とめぽさんと一緒にお人形遊び。お医者さんごっこだよ。注射したり手術したり……まあ、少なくとも早々と死なせないから安心してね♪」
もぐらの大将の悲鳴を完全無視して、僕はとめぽさん家のインターホンを押す。
弟子はまだやめないでおこう。危ないけれど、普通じゃ味わえないスリルと楽しみがあるから。
そして……。