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短編

財布バリバリ

作者: codama

 人は誰でも、不意にいたずらをしたくなる時があると思うんですよ。あれですよ、小学生がよく好きな子に対して、いじわるしてしまうようなやつです。実際、僕だってこうして彼女に対して、いたずらを仕掛けようと企んでいるのですから。

 それで、マジックテープ式の財布ってありますよね。あれ、よくネットとかでもネタになっていますよね、支払いは任せろー、やめて!っていうやつです。あれをあえて公衆の面前でバリバリすることによって、彼女がどんな反応するのか見てみたいのですよ。普段おっとりとしているから、ちょっと驚いた顔が見たい、驚かせてやりたい、わかりますよねこの気持ち。

 まあ確かに、彼女が軽蔑してしまう可能性も十分あり得ますが、冗談だと言えばきっと許してくれると思ってます。在り来たりの日常にちょっとしたスパイスとして。実際普段は長財布使ってますしね。

 さて、決行の日が来た。僕はいつものように、彼女と待ち合わせをし、行きつけの喫茶店へ向かった。僕と彼女がよく行く喫茶店は、店内の他にテラスが用意されていて、街並みを見ながら外で一服出来るといった、ちょっと小洒落た店だ。そういったお洒落な店でバリバリをすることで、より一層羞恥心を高めるという効果も狙っている。どうせいたずらするなら、ある程度の破壊力はないとね。



 僕が喫茶店にたどり着くと、いつもの席に彼女は座っていた。先に注文していたと思われるコーヒーを飲みながら読書をしている。

「ごめん、待った?」

 僕が声をかけると、彼女が顔を上げる。長い黒髪が揺れて、少し眼鏡にかかる。

「いいえ、私もさっき来たばかりよ」

 それはもちろん嘘なのだが、それが彼女の優しさとでもいったところだろう。僕は対面の席に座り注文をする。ここまではいつもの光景。大概休日は彼女とこのようにして過ごしている。僕がいたずらを企てていなければ、今日もいつもと変わらない休日が過ぎていくんだなと思った。が、今日は違う。この財布で彼女を驚かせてやるのだ。

 そんなことを考えながら、彼女との時間は過ぎて行った。他愛のない話や、最近の話、悩みもあれば文句も言う。そんないつものやり取りを終えて、会計へと向かう。いよいよだ。

 レジに伝票を持っていき金額が示される。いつもは割り勘(彼女がこういうのは平等がいいのと言うので)で払っているのだが、今回は違う。

「支払いは任せて」

 その言葉に彼女はきょとんとしていたが、構わず僕は用意しておいたマジックテープ式の財布を取り出した。

「あ、それ」

 彼女が気付いて声を上げるがもう遅い。僕は思い切り音が鳴るようにして、財布に手を掛ける。

「それ、私と同じ財布なのね」

 え? 思わず僕は手を止めた。

「ほら」

 彼女は右手に持っているその財布をひらひらと見せた。確かにそれは僕が持っている財布と同じだった。

「急に支払いは任せろだなんていうからびっくりしちゃった。私が財布変えたのに気付いて、気を使ってくれたのね、ありがとう」

 にこやかに彼女は微笑む。

 いや、違う。ちょっと待ってくれ。

「大丈夫よ、これ安かったし。最近バイト代入ったところだし、せっかくだから今日は私に奢らせてね」

 そう言って、彼女は財布に手を掛ける。それ以上いけない。

「や、やめてー!」

 バリバリバリ。

 僕の静止の声も空しく、お洒落な雰囲気だった店内に、マジックテープ特有の音が響いた。

 彼女の驚いた表情を見るはずが、僕が驚いてしまうとは、まさに本末転倒だった。



「うふふふふ、してやったり」

 後日聞いた話なのだが、どうやら彼女もいたずらを企てていたようだった。何でも、僕がこの財布を買っている所を偶然見た際に思いついたんだとか。全く、似たもの同士だったというわけか。好きな人にいたずらしたいという思いと、作戦までもが。

 しかし、これでしばらくは彼女の方が一枚上手であると言わざるを得ない。おっとりしているようで、案外お茶目さんというのか、これもまた新たな一面が見せる魅力なのだろうか。僕は少し、彼女に惚れ直した。もし、これも計算に含まれているとしたら、彼女には頭が上がらないなと僕は思った。きっと彼女のことだ、これからも表情からは読み取れない、何か面白いことを考えているに違いない。

 そんな期待をしながら、今日も僕は彼女が待っているだろう喫茶店へと向かった。


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