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冬の幻妖

「あー、暖かい」

 千歳ちとせは布団を頭からすっぽりと被り、猫のように丸くなっていた。寒いのが何よりも嫌いな千歳にとって、毎年やってくる冬は地獄のようだった。暖かい布団の外から一歩でも外に出れば、手足は一瞬にして冷え、動くのも億劫おっくうになる。

 一生布団の外から出たくない、という千歳の思いとは裏腹に、布団は何者かの手によって体から引きはがされた。布団がなくなったことにより、冷たい空気のせいで、体は一瞬で冷めた。目がぱっちりと覚める。

「何すんじゃぁー!」

 布団をめくり、この外気に触れさせた悪魔を怒ろうと一気に置きあがった。

「……って、あれ?」

 しかし、部屋には誰もいなかった。いるのは、自分一人だけである。千歳は寝癖がついている長い髪をがしがしと掻きながら、頭を傾げた。

 うーん、と唸りながらも、早く布団の温もりに浸りたいと思った千歳は布団を体に掛け、再び横になろうとした。しかし、それは何者かによって阻止される。

「痛っ」

 針のような物が首を刺したのだ。

「一体さっきから何なの?」

 首を擦りながら辺りを見渡した。やはり、どこにも誰もいない。

「……こだ。ここだ!」

「へ? どこよ」

 眉を寄せ、この不思議な現象に傾げていると、どこからか男の子の声が聞こえてきた。

「だからここだって、ばっ!」

 今度は手の甲に痛みを感じる。視線を向けると、今まで見たことのない小さな生き物がそこに立っていた。大きさは携帯電話ぐらいで、重さは不思議と感じなかった。

 一言で言えば、雪のように真っ白な生き物だった。白銀の長い髪を左の方で縛り、真っ白な和服を着ていた。そして背中には、人間にはあるはずがない透明なはねが生えていた。

「よう、せい……?」

 マンガやゲームで出て来る妖精にそっくりな姿に、思わず声に出してしまう。目の前にいる不思議な生き物は、その言葉が気に入らなかったのか頬を膨らませ、眉を寄せている。

「俺は妖精なんかじゃない。幻妖げんようだ!」

 ……幻妖。それは一体妖精とどう違うのだろうか? 不思議な生き物には変わらないので、一緒のような気もする。そんな千歳の考えが分かったのかさらに頬を膨らませた。

「言っておくが、俺たち幻妖と妖精は全く違う生き物だからな。……確かに似てるかも知れないが」

(自覚はあるんだ)

 思わず心の中でツッコミを入れてしまう。

「とにかく、俺は幻妖だ!」

「あーはいはい。んで、その幻妖くんが何の用? てか幻妖ってそもそも何?」

 手の平に幻妖と名乗る男の子を乗せ、今疑問に思っていることを聞いてみた。

「まぁ、落ち着け。俺が教えてやろう」

 幻妖は嬉しそうに口角を上げた。宝物を友達に見せびらかす子供のような顔をしている。

「幻妖ってのは、世間的には正体のわからない化け物とか、妖怪とか言われているが、本当は違う。自然を少しだけ操ることのできる妖のことなんだ。どうだ、すごいだろ?」

 鼻を高くして自信満々に言う幻妖に、千歳は少し遠い目をして聞いていた。目の前に幻妖がこうしているのだから、信じるに値する情報なのかも知れないが、千歳は目で実際に見たもの以外は信じない主義である。

「じゃあさ、幻妖くんは何を操れるの?」

「ん、俺か? 俺は雪だ」

 笑顔で幻妖は答えた。

 しかし、そうは言われても、実際に見てみなければ、信じることなんて出来そうにない。千歳は幻妖に頼んでみた。

「ねぇ、幻妖くん。力使っているところ見せてよ。言葉だけじゃ信じられないし」

 にやりとした顔で幻妖を横目で見る。ここで、幻妖ならば、「信じられないだと? じゃあ見せてやるよ」といった感じで返してくるのかと思ったのだが、幻妖は、はっと何かを思いだしたように悲しそうな表情を見せた。

「どうしたの?」

 何か変なことでも聞いてしまったのだろうか。優しく尋ねてみるも、千歳に話していいのか迷っているようだ。こちらを見て、口を開けて言葉を発しようとするが、すぐに口を閉じる。その繰り返しだった。数分、それが続いた。千歳は用事とかあるわけでもないので、幻妖が話してくれるのを気長に待つ。

 そして、ようやく幻妖がその重たい口を開いた。

「……力が、力が使えないんだ」

 幻妖が千歳の質問で思い出したのはこの事だったらしい。

目線を下げ、ぽつりぽつりと事の経緯を話し始めた。


「要するに、幻妖くんは雪雲の中に住んでいて、地上に雪を降らせていたと。んで、ある日、強い風が来て雲から落ちてしまったと」

「あぁ」

「雪雲に帰ろうとはしたが、ここから雪雲までは遠くて幻妖くんの翅では無理。力を使って仲間に知らせようとしたが、肝心の力はまだ地上では使えない。そういうことでいいんだよね?」

「……あぁ」

 確かに可哀そうな話ではあるが、千歳にはどうすることも出来そうにない。幻妖に会ったのだって初めてだし、助ける方法も分からないのだ。

「それで、幻妖くんはどうしてここに来たの?」

「お前に手伝って貰いたいことがあってな」

「手伝って貰いたいこと? 私に出来ることなら手伝ってもいいけど」

 自分に出来ることは多分ないだろう。けれど、このまま放っておくことは出来ない。千歳は、一応聞いてみるだけ聞くことにした。

 しかし幻妖はその言葉を待っていたかのように、先程と打って変わって、顔を上げ、目をきらきらと輝かせていた。

「本当か?」

 嫌な予感がしてならない。聞かなければよかったと今更後悔しても、もう遅い。千歳は溜息まじりで、幻妖に尋ねた。

「うん。で、私は何をやればいいの?」

「それはな……」


 あの時、断っておけばよかった。たとえ、なんと言われようと断っておけばよかった。

「寒い。冷たい。もう嫌だー!」

 千歳は家の庭で雪を転がしながら叫んだ。

「ほら、早く雪だるまを完成させろ。あ、土は混ぜるなよ」

 幻妖のためにせっせと雪だるまを作っているのに、なぜこんなに命令されているのか意味が分からない。幻妖の先程の落ち込みは演技だったのか。いや、そうに違いない。

「くっそー」

 ただでさえ、寒いのが苦手なのに、雪が降る中冷たい雪に触り、雪だるまを作るとは、地獄以外の何物でもない。

 幻妖が雪雲に帰る手段は“大きな雪だるまを作ること”だった。地上に落ちてしまったら出来るだけ大きな雪だるまを作れと昔から言われているらしい。

 しかし、千歳一人で作るので、大きさは限られてくる。幻妖に大きさを聞いてみると、思っていたより小さく、学校のスクールバック程の大きさだった。千歳から見れば、小さな雪だるまでも、幻妖にとっては大きな雪だるまらしい。確かにこれだけ身長が違えば、千歳が小さいと思うような物でも大きく見えるだろう。

 だが、実際その小さなサイズの雪だるまを作り始めて分かったことがある。それは、最低でも一時間は掛かかりそうだ、ということだった。不器用でその上、寒いのが嫌いで好んで雪に触ろうとしなかった千歳である。雪だるまの作り方は知っていたが、作ったことは一度もなかった。

 手袋をしていても、雪が溶け、()みてきて、雪の中にずっと手を突っ込んでいるように冷たい。しかし、幻妖が納得のいく雪だるまが完成しないかぎり、千歳はこの作業から逃れることが出来ない。早く終わらせるために、ごろごろとひたすら雪玉を転がし続けた。


 ――あれから何時間経ったのだろうか。

 幻妖に命令されながらも、雪だるまはどうにか完成した。我ながら、上出来だと思う。

「ねぇ、幻妖くん。これ、どうするの?」

「確か、雪だるまの背中に自分の名をかけばいいとか何とか言っていた気がする」

「名前? 幻妖って名前のこと?」

「違う。それは種族名だ。俺の名前は……」

 どうやら、名前は他にあるらしい。

「名前は?」

 幻妖は翅をバタつかせながら、雪だるまの背に自分の名を書いていた。千歳は雪だるまの真正面にいるため、その名前は見えない。幻妖は自分の名を言おうかどうか言い迷っていた。もしかしたら、人間には名前を教えてたらいけない、という決まりがあるのかも知れない。

「いや、言いたくなかったら別にいいんだよ?」

 幻妖にそう言うも、まだ言い悩んでいた。しかし、悩む時間はそこまでなかった。雪だるまの背に名前を書き終わったのか、雪だるまが突如光出した。そして、雪だるまは空へ舞い上がる為の大きな翅を背中に現した。その翅は幻妖の背にある翅と同じものだった。あとは、幻妖が自身の背中に乗るのを待っているだけのようだ。顔をこちらに向け、幻妖に早く乗れ、と無言で訴えている。

「幻妖くん、早く乗りなよ」

「あ、あぁ」

 千歳は幻妖を少しせかした。まだ、悩んでいる幻妖はこちらを振り向きながらも雪だるまの背に乗る。雪だるまは自身の背に幻妖が乗ったことを一瞥して確認すると、助走をつけずに空高く舞い上がった。

「雪だるまが空飛ぶって、なんか変な感じ」

 初めて見る光景に思わず呟く。空に舞い上がった雪だるまを見ていると、背中に乗っていた下妖がひょっこりと顔を出した。そして、大きな声で千歳に向かって何か言っている。 

 千歳は耳を澄ませて聞いた。

「千歳、お前に俺の名前を教えてやる!」

 どうやら、名前を教えてくれるらしい。あれだけ迷っていたのだから、聞いてはいけないのだと思っていたが、違ったのだろうか。

「俺の名前は、あまね。天の音って書いて天音だ!」

 それだけ言うと顔を引っ込めた。雪だるまはどんどんと上昇していき、名前を教えてくれてありがとう、と言えないまま見えなくなってしまった。

 天の音と書いて天音。

 笑ったかと思えば、頬を膨らまし拗ねたような顔をする。天気のようにころころと表情を変える彼にはぴったり名だと思う。

千歳は雪だるまが見えなくなっても、まだ空を見続けていた。そして、上から降ってくる何かに気づく。

「雪……?」

 先程まで降っていなかった雪が、ひらひらと羽が舞うようにゆっくりと降り始めてきた。しかも千歳の周りだけである。

 雪が降る光景は初めて見たわけでもないのに、心から感動を覚えた。

 もしかしたら、この雪はあの幻妖が、いや、天音が降らせているのかも知れない。

「また、会えるかな」

 寒いのは苦手だから、冬が来るのは嫌いだけど、天音に会えるのならいいかも知れない。


 それは、寒いのが苦手な少女と雪の幻妖が出会った日だった――。

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