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八章 人材発掘は続く

 それから2日後、元昭は玉虫屋の1階に位置する露台テラスに居た。

 彼は気持ち良さそうに目を閉じ、天から降り注がれる白色の陽光や穏やかな潮風を、その肌で浴びながら細波さざなみの音を耳で拾っている。

 波音を聞いていると不思議に心が和み、時間を忘れそうになる。

 そんな元昭を我に返させたのは、彼の名を呼ぶ男の声だ。


「店主……店主っ!」

「なんでおじゃるか?」


 元昭が振り向くと右手に包丁、左手にオタマを持っている秀明の姿があった。

 黒衣従業員の様子に元昭は首を傾げる。


「ほよっ? 今日は、そなたが朝餉の用意をしておるのか?」

「はい。そうですよ」

「黄山は、どうしたおじゃ?」

「副業に行きましたよ」


 実は白水を仲間にした翌日、口入屋に足を運んでいた若菜は1つの内定を貰っていた。

 その内容は、近くにある大きな惣菜屋で調理する仕事である。

 契約日数は短期的だが、面接日に手際の良すぎる若菜の腕前を見た店主が、破格な待遇で彼女を採用すると決まった。

 その惣菜屋には優秀な奉公人が居たのだが、検査入院のため1週間ほど店を休まないといけなくなったため急遽、惣菜に詳しい者がいないかと口入屋に申し立てたのがキッカケだ。

 実のところを言うと若菜の技能スキルは多種多様で、彼女の能力を求めていた店は多く存在し、中には副業者パートではなく正規の奉公人として召し抱えたい店もあったという。

 契約給金も若菜が玉虫屋に居る時の給金と比べて遥かに上だったが、彼女は『今、私が務めている店の改装期間が終わるまで』と強く希望したため、その条件を飲んでくれた惣菜屋が若菜を手にした。

 勤務時間は朝辰の刻(早朝5時)~昼丑の刻(午後14時)と8時間勤務(1時間休憩)で、土曜と日曜は小さな特別手当を貰う事を約束している。

 そのため元昭達が目を覚ます頃には、玉虫屋を出て惣菜作りに専念しているという。

 それはともかく。


「そうか、そうか。思い出したおじゃ。あやつは奉公に行っとるんじゃの」

「昨日も同じ事を聞いてましたよ? もしかして、ボケましたか?」

「そうでおじゃるなぁ。もしや、若年性かもしれんの~」

「やれやれ……気をつけて下さいよ? たまには頭を使わないと」

「黒沢……せめて、そこは否定してたも。そのために、わざとボケたんじゃから」

「知ってますよ。ですから、本当のボケだと思って聞き流します」

「お、おにょれは……主君を敬おうという気はないのか!? そなたは、いつも……」

「分かりましたから、朝餉あさげを食べますよ?」


 右手をワナワナと震わせる元昭に対し、そんな彼を涼しい顔で宥めながら食堂へと促す。

 地下1階の従業員室に入ると、既に朝餉あさげの用意が出来ているのか朝餉あさげの美味しそうな匂いが漂っていた。

 そこには仲間になったばかりの白水が、円卓えんたくの上に人数分の食事を配膳している。

 従業員室の扉が開く音が耳に入ると、配膳する手を止めて元昭達の方に視線をやり、声をかけた。


「店主ぅ。おはようございますぅ」

「おぉ、おはようでおじゃ。今日は、黒沢とそなたが作ったおじゃ?」

「はいぃ。それぞれのぉ、得意料理を作ってみましたぁ」

「水岸、そなたは料理が出来るでおじゃ?」


 白水は元昭の問いにコクコクと首を縦に振りながら答える。


「私もぉ、女の子ですよぉ? 料理が出来ないとぉ、1人前の淑女とはぁ、とは言えません~」

「麻呂と同じ19歳の年齢で淑女はないじゃろ。背は低いし、お子様体型じゃし」

「失礼な事をぉ、言わないで下さいぃ。体は子供でもぉ、心はぁ、立派な大人ですぅ」


 配膳をし終えた白水は、その場で『ウッフン』と言いたげなポーズをとって自分は大人の女性だという事をアピールするも、


「そなたの趣味は?」

「遊ぶ事とぉ、絵本を読む事とぉ、水泳ですぅ」

「水泳と言っても簡易水槽ビニールプールじゃろう?」

「泳げればぁ、良いんですぅ。海よりぃ、簡易水槽ビニールプールの方がぁ、楽しいですぅ」

「まるっきり子供ではないか」


 元昭は、そんな白水の主張を笑いながら一蹴して胡坐あぐらをかいて食卓に並べられた朝餉を目にした。


「じゃが、作ったものは立派でおじゃるの」


 炊き立ての白米、合わせ出汁の味噌汁、焼魚、納豆、漬物の入った小鉢といった代表的な献立だった。


「えへへぇ。そう言われるとぉ、照れてしまいますぅ」

「さぁ、座って食べましょうか」


 後ろからやってきた秀明は、白水を座らせてから自分も胡坐あさげをかいて座る。

 そして3人は合掌して『いただきます』と言ってから食事を摂り始めた。

 朝餉あさげの時間も終わりに近づいてきた頃、秀明が元昭に聞いた。


「あれから人材探しの方は、どうなんですか?」

「水岸と一緒に探しておるが、これと言って当たりはおらんのう」

「まぁ、そう簡単に見つかるわけじゃありませんからね。ただの従業員なら誰でも声を掛けれますが」


 味噌汁を啜ってから言う秀明に、白粉店主は焼魚を食しながら眉を顰める。


「そこが重要なんじゃよなぁ。悪事だと分かってはいるものの、人材を集めるというのは、こうも難しいとは。それは、そうと黒沢はどうなのでおじゃ? そなた、資金面担当なんじゃなかったかの?」

「それなんですが昨夜、黄山さんと相談しまして役割を変えようかと」

「ほほう。それで?」

「資金面は黄山さんと水岸さんに任せて、人材発掘を店主に任せようかと」

「にゃぬ? 黒沢は?」

「私は改装費用が貯まるよう経理を担当する事になりました。今後は食費やら水光熱も計算しないといけませんので」


 実を言うと秀明は接客だけでなく、店の事務も任されていた事もある。

 それによって玉虫屋に掛かる経理などの計算を得意としているため、資金の使い道を細かく計算する事に長けている。

 若菜と秀明は玉虫屋にとって、強いては元昭にとって心強い存在である。


「麻呂だけで人材発掘するのは些か不安でおじゃ」


 朝餉を食べ終え、口の周りを紙で拭きながら弱音を吐く元昭。

 しかし秀明は、それを読んでいたのか即座に答えた。


「ですので水岸さんと一緒に行動して下さい。水岸さん、店主の事をくれぐれも頼みましたよ」

「はいぃ。私ぃ、精一杯ぃ、頑張りますぅ」

「期待していますね」


 目をパチパチさせながら意気込む白水に、秀明は安心した様子で朝餉を平らげた。

 そして朝餉を終えた3人は、それぞれ行動を開始する。


「ではぁ、行ってきますぅ」

「黒沢、留守番を頼むぞよ?」

「お任せ下さい。白水さん、店主、お気をつけて」


 秀明は玉虫屋に残って若菜が惣菜屋から戻るまで、改装をするにあたり店内を掃除し始める。

 水岸と元昭は、資金を稼ぐ一方で人材を得るために街中に出た。


 ☆


 それから時間が経ち、時刻は昼亥の刻(正午12時)になった。

 2人の活動は順調とは言い難いものだった。

 白水による賭博での資金確保は今日も大成功を収めていたが、元昭が担当する人材確保の方は思うようにうまくいかないのだ。

 彼女みたいに親とか相談する相手がいない環境に加え、1つの特技に秀でた者を見定めるのは実に困難である。

 資金面と人材面を考えると、作戦成功率は5割というところだが、元昭からしてみれば十分な成果とは言い難いのだ。

 中々思うように動けない状況を元昭は歯痒く思ったが、嘆いても仕方ないため1度、新見公園で息抜きも兼ねて蹴鞠をすることにした。


「店主ぅ。私みたいな人ってぇ、中々ぁ、いないんですねぇ」


 新見あたみ公園で、白水は行き交う人達を見ながら元昭に目掛けて鞠を蹴った。


「う~む……そなたの場合は、たまたま上手くいったからの。いつも成功するとは限らぬぞよ」


 彼女が蹴った鞠を、元昭は胸で軽く受け止めてから蹴り返す。


「お金は貯まってもぉ、人が集まらなかったらぁ、話になりませんしねぇ」


 白水は軽く溜息をつきながら鞠を額で受け止め、1度軽く上に放り出してから蹴り返す。


「まだまだ人材は欲しいところなんじゃがの~」


 元昭も溜息をつきながら、オーバーヘッドキックをして近くの木の幹に当てて反射したところを両手で受け取る。


「これが中々おらぬでの~。のう、水岸よ。そなたは色んな者と博打をしてきたのであろう? その中で何か使えそうな人とかは見ておらぬおじゃ?」


 半ば諦めにも似た表情で聞く元昭。

 それに対して白水は、顎に手を当てて考える仕草をしながら意外な答えを発した。


「そうですねぇ。使えるかどうかは分かりませんけどぉ、気になる人はぁ、1人いますぅ」

「ほう。何か思い当たる者がおるのか?」

「思い当たるというかぁ、ちょっとぉ、変わった方が居ましてぇ」


 そう切り出して白水は説明しだした。

 その者の名は分からないが、新見のどこかで不思議な物ばかり作っている人らしい。

 『らしい』というのは白水自身が、その人を直接見たわけでなく気の合う博打仲間達から聞いた噂話を聞いたためである。


「不思議な物でおじゃるか。それは、どんなものでおじゃ?」

「噂で聞いただけですからぁ、どんなものかぁ、分かりません~」

「そうでおじゃるか。まぁ、1度見に行ってみようかの。案内してたも」


 元昭の言葉に、白水は申し訳なさそうな表情をしながら答える。


「それもぉ、分からないんですぅ。あくまでもぉ、聞いた話ですからぁ」

「にゃんとっ!? 場所すらも分からないのでおじゃるか……」

「ごめんなさい~。直接ぅ、探すしかありません~」

「雲を掴むような話でおじゃるな。じゃが、もしかしたら仲間になってくれるやもしれぬしの。こうなったら地道に……」

「何やら、お困りの様よな。そこの白粉をつけとる御仁ごじんよ」


 元昭の言葉を遮るかのように、どこからか自分を呼ぶ声が聞こえてきた。

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