七章 新たな仲間
それから10分後。
場所は変わって玉虫屋地下1階の従業員室にて、
「店主……貴方は一体、何を考えているんですか」
秀明は呆れにも似た溜息を漏らしていた。
「んっ? 何がでおじゃ?」
「何がって……今、店主が連れて来た水岸さんとか言う人ですよっ! なぜ、あのような子を勧誘したんですかっ!」
秀明はドン、と思い切り円卓を叩いて元昭に猛抗議をする。
その彼の隣に居る若菜も、
「いくら何でも、あの子は……」
と円卓の上にある蜜柑を頬張りながら渋っている様子が窺えた。
事の発端は今より1時間前に遡る。
元昭が白水を勧誘して玉虫屋に戻ってきた時の事だった。
☆
――皆さん~、こんにちはぁ。今日からぁ、こちらでぇ、お世話になる水岸白水ですぅ。宜しくぅ、お願いしますぅ。
一見、年端もいかない女の子が秀明に対して「ペコリ」と頭を下げ、挨拶をした。
――えっ? あ、あの……店主の言っていた方というのは……もしかして……。
――うむ、この女子でおじゃ。
――あっ、そうなんですか。この子が……えぇっ!?
目の前で御辞儀をしている白水を前にして、普段は冷静な秀明も、さすがに今回はひどく面食らってしまった。
――資金を確保する上で貴重な人材を見つけたおじゃ。色々と事情を話を聞いておったら、お互いの利害が一致しての~。じゃから勧誘したおじゃ♪
――し、資金?
――うむっ♪ うまく行けば短期的副業をするも大幅に収入が増えるでおじゃ。というわけで連れて来たおじゃ。実は、こやつはの……。
元昭は胸を張って白水の特技や生い立ちを説明し始めた。
その表情は『自分も仕事したぞ』とでも言いたげに、どや顔をしている。
彼女の特技を説明し終えた後、白水は御辞儀の態勢から直立不動に変えて言葉を続ける。
――私に掛かればぁ、お金を稼ぐ事はぁ、簡単ですぅ。ですのでぇ、御厄介になりますぅ。不束者ですがぁ、宜しくお願いしますぅ。
――は、はぁ……。
白水の言葉に、秀明はただ相槌を打つしか出来なかったが時間が経つにつれ、最初は突然の事態に混乱していた彼の精神が落ち着き始めた。
それと同時に彼女に見えないよう、右手の拳に力を込めて震わせながら、
(店主めっ……こんな年端もいかない子に声を掛けるとはっ!)
と怒りの炎が燃え始めた。
そして改めて白水の方に顔を向ける。
既に仲間入りしたつもりでいるのか、クリクリとした大きな瞳にキラキラと光りを輝かせながら秀明を見つける。
これから一緒に働く仲間としての期待感が現れているが、逆に『捨てないでね?』とまるで公園内に捨てられた小動物みたいが切ない何かを訴えてるような目にも見える。
(ぐっ……こ、これでは店主に説教できないっ……そんな目で……私を見ないで下さい)
自分は悪い事してないのに、綺麗な瞳で真っ直ぐこっちを見られると何か罪悪感に駆られてしまう。
そんな目をしている彼女を前に、秀明は元昭に対して怒るに怒れなかった。
自分の怒りを無理に抑え込んだのか、貝のように閉じていた口を開けて、どこかぎこちない感じで、
――い、一応……私達の方で貴女に相応しい持ち場があるかどうか話し合いをしますので、申し訳ありませんが1階で待って貰ってもよろしいですか?
と、なんとか声を絞り出して言うしかなかった。
白水は『きょとん』とした顔をしていたが、素直に「分かりましたぁ。ではぁ、1階でぇ、お待ちしていますぅ」と言ってから若菜に促されて従業員室を出て、1階に向かった。
そして今に至る。
☆
「あの水岸さんって子は、まだ子供じゃないですかっ! 年端もいかない子を勧誘するなんて、一体どういう神経してるんですかっ!」
「解剖して見てみるおじゃ?」
「見せなくて良いですし、見たくありませんっ!」
気の弱い者が聞けば、今にも泣き出しそうなくらいの怒号を発する秀明。
元昭は『ひぃっ』と一瞬、狼狽えるも珍しく強気で反撃に出る。
「じゃ、じゃがの……あやつは幼子ではないっ! 麻呂と同い年、19歳でおじゃっ!」
「えっ……い、いや、それは問題ではありませんっ!」
「さっき年端もいかぬ子、と言うておったではないか。19は年端もいかぬ子なのでおじゃ?」
「揚げ足取らないで下さいっ! それに問題点は、そこだけじゃありません。たとえ店主と同じ19歳であってでも、女性なんですよ? 女性に危ない事をやらせるのは……」
「なら黄山は、どうなるおじゃ? 同じ女性でも、彼女は渋々ながら手を貸してくれておるではないか。おまけに強いではないか」
「ぐっ……そ、それは……」
いつもなら説き伏せる秀明が、逆に追い込まれている。
元昭の反撃は、まだ続く。
「それに、さっきも説明したであろ? 水岸は親を亡くしておるし、友達もおらぬ。故に誰かに相談する者がおらぬから、簡単に勧誘できると思ったのでおじゃ。おまけに遊びや博打に関する分野は天才的でおじゃ。短期的副業よりも、彼女の持ってる遊びの才能をフル活用した方が、よほど資金を得やすいぞよ。おまけに水岸は今まで負け知らずなんじゃよ? 大金が手に入るし、人材も手に入る……一石二鳥ではないか。水岸みたいな輩は、麻呂にとって必要な人材だと思っておる。麻呂には麻呂の考えがあるでおじゃ」
元昭の言葉に、黒衣従業員はキレて立ち上がりながら大声を出す。
「必要な人材だって本気で思っているんですかっ!? 相談する相手が居ないから勧誘したって……動機が悪辣じゃないですかっ! それに博打での負け知らずは偶然かもしれないじゃないですかっ! 世の中、楽に稼げるものなんてないんですっ! あのですね、店主……私達は反乱を企てようとしてるんですよ? それを世間に悟られないよう、玉虫屋を隠れ蓑として資金と人材を確保する。言うなれば反乱するに相応しい人を探さないとダメでしょうっ!? 店主は自分なりに考えがあるなんて言いますけど、店主の考えは……」
高が知れている、と身を乗り出して言う前に若菜が手で制した。
「ちょっと待って黒沢くん。言い過ぎよ? それに、その店主の『考え』とやらを聞いてみようじゃないのよ。反論するのは、それからでも遅くはないわ」
「し、しかし黄山さん……店主は……」
尚、食い下がろうとする秀明だが若菜の真剣な表情に負けて、何とか怒りを抑えつつも不機嫌そうに胡坐をかいて座った。
「分かりました……店主の考えを聞かせて下さい。さっきの言葉は、一体どういう事なのか説明して下さい」
「分かっておる。黄山よ、助かったおじゃ」
「いいえ、どういたしまして。でも、オバサンでも納得いく説明をして頂戴ね? オバサンも水岸ちゃんを見て一瞬、『こんな子供を仲間にしたの?』って思ったんだから」
若菜の表情からは「説明次第では秀明と一緒に反論する」と言いたげな表情だ。
「なら麻呂の考えを申すでの。心して聞いてたも」
元昭は円卓にある自分の湯呑に入っている玄米茶を一口啜ってから説明し始めた。
「まず水岸を勧誘した事じゃが、黒沢の言うように彼女の境遇を知ってから、もしかしたらと思って勧誘したおじゃ。それに関しては麻呂も狡い事をしておると自覚しておる。じゃが短期間で資金を得るには、リスクは高いものの彼女の博打能力は必要不可欠でおじゃ。故に勧誘したでおじゃ。そこは理解してたも」
元昭の真剣な話に2人の従業員は素直に頷いた。
「その上で説明するが、水岸を仲間にしたのは2つの利点があるおじゃ。1つは先程も言うたように博打での資金確保。そして、もう1つの利点は……」
元昭は一旦、言葉を置いて軽く深呼吸してからこう言った。
「世間に対する偽装でおじゃ」
「えっ?」
秀明は首を傾げながら、間の抜けた声を発した。
「あの……言ってる意味が、サッパリ分からないのですが……」
「玉虫屋の従業員になる、という事は麻呂の兵士になるという事でおじゃ。まさか、その反乱集団の中に女子が居るとは、誰もが思うまい」
その説明に黒衣従業員は、頭の中で合点がいったのか頷く。
「確かに、それは一理ありますね。店主と同い年ですが、外見は年端もいかない子供に見えますから周囲の目を誤魔化すには、うってつけかもしれません。腕っ節の良い浪人達を勧誘して従業員にするよりかは、偽装率は高いかも。ですが偽装や資金面では良いですが、兵士になるということは戦闘も視野にいれないと……はっきり言って私達は、死ぬ気でやれば役人と戦える事は出来ます。ですが彼女の場合は……」
「戦える者ではないから無理じゃと? 武士だけじゃ、商店を運営する事は出来んぞよ?」
「それは承知しています。分かってはいますが……」
秀明は思わず溜息が漏れた。
「ですが水岸さんには、まだ私達の目的を話していないんですよね? まさか自分が足川家復興のために加担させられていた、なんて知ったら……。真相を話した上で承諾していれば良かったのですが、事が事なだけに迂闊に話す訳にはいきません。それに素人目ですが彼女は戦闘をした経験がないと思います。今から私達が独学で訓練するには時間が掛かり過ぎます。それに店主の話を聞く限り、彼女は成り行き上で仲間に加わろうとしています。万が一、真相を知った上で彼女に戦う意識が出なかったら……それはそれで……」
「不適格な人材と思っておるかの?」
はっきり言われて、秀明はバツ悪そうな顔を浮かべる。
「そういう訳ではありませんが、この先、同志を集める事が出来るのか不安で……」
秀明の言いたい事は、もっともだ。
元昭が連れて来た候補者は腕っ節の良い浪人ではなくて遊び好き、しかも戦闘や喧嘩とは無縁そうな感じの女性だ。
いくら資金調達や世間への偽装としての利点があれど、万が一、戦闘になるような事があったら役に立つ事は殆どないだろう。
そんな現状に秀明は焦りを持っているのだ。
だが、元昭はそんな従業員の言葉に対して真面目に答えた。
「誰が必要で、誰が不必要なのか。それは黒沢には判別出来るおじゃ? 力の強い者、賢い者、特殊な技能を持っている者、そういった集団ばかりを集めて特殊部隊でも作るのが目的でおじゃ?」
「いえ、何を基準にすれば良いのか……」
「そんなものは、どうでも良かろうに。一緒に戦う者ならば残るじゃろうし、戦う気がないのなら去るじゃろう」
元昭の言葉に、若菜は勢いよく拍手をした。
「へぇ~っ。店主にしては、まともな事を言うじゃない♪ オバサン、見直したわ♪」
「ほほっ。まぁ、最終的には特殊部隊の集まりにはなるがの。足川家復興のために作られた麻呂の私兵団でおじゃ」
「問題は水岸ちゃんに、それをどうやって説明するつもり?」
「それは追々と、の。今は資金と人材を……」
得てから、と言おうとした時、従業員室の扉が開く音がした。
そして、
「そういう事だったんですねぇ」
と間延びした声が聞こえたと同時に、白水が室内に入って来た。
「み、水岸っ?」
「いつから、そこに?」
元昭は驚いたが、特に動じた様子がない黄山が聞くと白水は、やはりノホホンとした顔をしながら答えた。
「『いくら前でも、あの子は……』っていう所からですぅ」
「ほとんど最初からではないかっ! と言うより、1階に行ったフリをしていたおじゃっ!?」
「いいえ~。上がったは良いんですけどぉ、部屋の中が薄暗いからぁ、懐中電灯を借りようと思ってぇ、どこにあるかぁ、聞こうと思ったんですぅ。そしたらぁ、争うような声がしてたのでぇ、入るには入れませんでしたぁ」
「ひょえっ!」
「そうだったんですねぇ。下河くんはぁ、足川家っていう家柄のぉ、人だったんですねぇ? そして復興のためにぃ、私にぃ、声を掛けたんですねぇ?」
ノホホンとしたまま、ジリジリと元昭に近付く白水。
「あ、あのね、水岸よ……別に麻呂は、そなたを騙すつもりはなくての。い、いずれは話すつもりだったんじゃよっ!」
遊び好きの彼女が近付くなり、狼狽えて後退りながらも弁明する元昭。
「くっ!」
「どうしましょう」
早くも計画が発覚した事で覚悟を決めた秀明と困惑する若菜。
(ひえ~~っ! 早くもバレてしもうたおじゃ……ど、どうするおじゃ……どうすれば湯良いのでおじゃ……助けて、母上っ!)
額から冷や汗を流し、進退窮まった状態をどう打開すべきか考える元昭だが、
「最初からぁ、そう言って下さいぃ。何かぁ、裏があると思ってたんですけどぉ、そういう事だったんですねぇ? でしたらぁ、尚更ぁ、協力しますよぉ?」
肝心の彼女は怒るどころか、無邪気に微笑んで快諾した。
「「「えっ!?」」」
この返事に、さすがの3人も目を丸くして驚いた。
まさかの言葉に元昭達は、しばらく呆然としていたが先に立ち直ったのは秀明だった。
「あ、貴女は自分が今、何を言っているのか分かっているのですか?」
「はい~。足川家の復興をぉ、お手伝いしますぅ」
「あの……もしかしたら、命懸けになるような事があるかもしれないんですよっ?」
「心配ないですぅ。だてに伝助賭博をしている訳ではありません~。たまにぃ、厄介な人から襲われますがぁ、攻撃を避けたりぃ、相手を怯ませてからぁ、逃げたりしてますぅ。からぁ、修羅場にはぁ、慣れてますぅ」
「な、何故、私達の話を聞いた上で協力すると?」
「なんとなくぅ、楽しそうだからぁ……というのはぁ、いけませんかぁ?」
「なっ……んですって?」
迷いの無い白水の答えに、秀明は今度こそ呆然としてしまう。
「それにぃ、下河くんとぉ、一緒に遊ぶ代わりにぃ、仲間になると話が決まったんですぅ。今更ぁ、辞退する気はありません~。だから改めてぇ、お願いしますぅ。私もぉ、仲間に入れて下さい~」
見かけによらず彼女の意志は固いようだ。
「で、ですが……」
それでも、やはり女の子を仲間にするのは気が引ける秀明に、
「まだ納得してくれないみたいなのでぇ、運の神様にぃ、決めて貰いましょう」
と言いだして懐から1枚の小銭を取り出して、秀明に渡した。
「これをぉ、貴方に渡しますのでぇ、表裏どっちかに、私を受け入れてくれるかぁ、御自分で決めて下さいぃ。勿論~、投げるタイミングもぉ、貴方自身ですぅ」
「えっ?」
いきなり小銭を渡された秀明は、首を傾げる。
「決めるのなら、貴女自身でやれば……」
「イカサマをしてぇ、仲間に入ったとぉ、因縁をつけられても困りますからぁ」
「くっ……なるほど、そうういうことですか」
彼女の言葉に、秀明は何が狙いなのか察知した。
白水は遊びのプロだから、小銭の表裏どちらかを出すのも自由自在だ。
だから素人である自分に小銭を渡すことによって、公平に決めてほしいと向こうは考えたのだ。
「まぁ、確かにそれが無難かもしれませんね」
小銭に細工が施されてないか、手の平全体で小銭の重さを判断する。
変に軽くなく、そして重くない、世間に出回っているごく普通の小銭だ。
「では……表が出たら、貴女を歓迎します。裏が出たら、申し訳ありませんが諦めて頂きますっ!」
そして秀明は勢いよく、小銭を弾いた。
☆
10秒もしないうちに決着がついた。
円卓を囲む人影は3人から4人に増えていた。
「改めましてぇ、宜しくお願いしますう」
白水はさっきまで元昭が座っていた椅子に腰掛け、心底嬉しそうな表情を浮かべながら、深々と頭を下げた。
「ほほっ、これで資金面は一安心でおじゃるな♪ 玉虫屋が改装した暁には、そなたを遊戯場担当にするおじゃ♪」
「わ~い、お遊戯場ぁ♪」
白水の右隣に位置する元昭もまた、彼女が正式に仲間になった事に対して喜びを表している。
そんな白粉店主の右隣では、うなだれる秀明の姿があった。
哀れな黒衣従業員に、若菜は彼の左肩をポンポンと軽く叩きながら言った。
「これが運を天に任せた結果よ。水岸ちゃんの言ってた『運の神様』は、あの子を仲間にする事を選んだ。深く考え込まない方が良いわ」
「……はい」
「もしかしたら、黒沢くんの勝負運が悪かっただけかもしれないけど♪」
秀明の憂鬱を、若菜はクスクスと笑いながら吹き飛ばした。
「えっとぉ、黒沢さんでしたよねぇ? まだぁ、不安ですかぁ?」
喜んでいた白水は、捨てられた子犬みたいに目を輝かせながら黒衣装束の男を見つめる。
秀明は、これ以上何かしても無意味だろうと腹を括ったのか、首を横に振ってから手を差し伸べた。
「いえ。運の神様は公平に決めたみたいですから文句を言う資格はありません。改めて歓迎します。宜しくお願いします、水岸さん」
「はいぃ。私ぃ、皆さんの足手まといにならないよう~、自分に出来る事を最大限にやっていきますぅ。今後ともぉ、よろしくお願いしますぅ」
白水も手を差し出して秀明と握手を交わした。
「じゃ、オバサンもっ♪」
続いて若菜も白水と握手をする。
その光景を見ていた元昭は、亡き母が使っていた椅子に腰掛けながら、こう言った。
「何はともあれ、新たな同志を得る事に成功したおじゃ。まずは嬉しく思う。この調子で資金及び人材を確保していき、摺河を乗っ取って足川家を復興させるでおじゃっ! その為には、そなた達の協力が必要でおじゃ。手を貸してたも」
その言葉に秀明は頷きながら答える。
「まずは小さな第一歩、という所ですね。私も出来る限り頑張りますよ」
次に若菜も笑顔で言う。
「オバサンも同じ気持ちよっ♪ 新しい仲間も出来た事だし、楽しくなりそう♪」
2人の後に続いて白水も両手にぐっと力を入れて握り拳を作りながら宣言した。
「これからもぉ、下河……じゃなくてぇ、足川くんにぃ、ついていきますぅ」
と自分の心意気を口にして結束を固める。
こうして玉虫屋に新たな従業員が加わって、この日1日は終わった。