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六章 水岸の過去

 その翌日。

 朝餉あさげを済ませた元昭達は早速、行動を開始する。

 秀明と若菜は口入屋くちいれや(手配師または請負師とも言い、人材斡旋者を指し、合法や非合法のどちらに置いても人材を周旋する組織。現代で言う職業安定所みたいなところ)に行って短期的高給副業の仕事がないかどうか探しに行った。

 一方の元昭は昨日、知り合った白水に会うため新見あたみ公園へと向かっていた。

 目的は勿論、自分達の仲間にならないかと誘うためである。


「お~い、水岸。おらんかの~?」


 園内に入るなり大きな声で、お目当ての名を呼び掛けるが返事はない。


「まだ、この時間では来ておらんのか」


 辺りを見回しても彼女らしき姿は見当たらない。

 そこで元昭が園内にある長椅子に腰を下ろして、彼女が現れるのを待った。

 だが、いくら待てど白水が来る気配はない。


(おかしいの。今日は平日にして金曜日のはず……暇を持て余しているなら、真っ先に此処に現れるやもしれぬと思うたが……水岸は、まだ現れぬのか?)


 昨日、またここで会う約束はしていないものの元昭は待ち惚けを食らった気分になり、次第に苛々し始める。

 その刺々しく昂る気を静めるため、彼は袖の中から上等な鞠を取り出して両足を器用に操って蹴鞠をし始めた。

 蹴鞠に集中していると怒りの感情が徐々に小さくなり、苛々が静まっていく感覚が分かる。

 再び身体全体を動かして鞠を地に着けずに蹴りまくり、仕上げの技を決めてから両手で鞠を受け止めて軽く一礼した。

 もう1時間以上は蹴鞠っているにも関わらず、白水が現れる様子はない。


(もしかしたら……あやつは今日、来ないかもしれんの)


 諦めるか、と元昭は思って公園から去ろうとした。

 そして園内に目を向けると、視界に子連れの利用者達で賑わっている光景が入ってくる。


「このまま諦めるのもアレじゃしの~。ちょいと聞いてみるかの」


 何がなんでも勧誘したい気持ちで訪れたのだがら、彼女の返答を聞くまでは帰らないと決心した元昭は近くに居た子連れの町娘に近付いて声を掛けた。


「これ、そこの者よ。ちょいと聞きたい事があるでおじゃ」


 噴水の脇で談笑している主婦達は、彼の呼び掛けに気付いて振り返った。

 どこかの馬鹿そうな貴族を思わせる風貌を見て、主婦達は怪訝そうな顔を浮かべる。


「え、えっと……あなたは?」

「麻呂の事は、お構いなく。ちょいと聞きたい事があるのでおじゃ」


 自分の事は構うな、と言われても白粉を塗った怪しげな貴族風の男に、主婦達は彼が何者なのか気になって仕方がない。

 だが変な人と無暗に会話を引き延ばす気はないため、1人の主婦が対応した。


「は、はい。なんでしょう?」

「ある人を探しておるんじゃが、そなた達は知らないかの?」

「ある人って?」

水岸白水みずぎしいずみっていう女の子なんじゃがの」


 彼女の名前を口に出した瞬間、太った体型をした別の主婦が口を開いた。


「それって、もしかして童顔で2つのおさげをしている女のこと?」

「うむうむ、それでおじゃ。そなた等、知っておるのか?」

「知ってるも何も、私達は彼女の被害者なのよ」

「ひ、被害者……とな?」


 太った主婦の言葉に元昭は引っ掛かりを覚えて首を傾げる。


「そうよ。で、貴方は彼女に会いたいのよね? だったら港に行った方が良いわ」

「港でおじゃるか?」

「えぇ。今日は金曜日だから、あの水岸っていう子は公園には来ないわ。ここより港の方が好都合だから」

「ふむ……」


 何が好都合なのかは分からないが、少なくとも主婦達は白水の事を快く思っていない様子なのは確かだ。

 もしかしたら彼女には、まだ元昭の知らない秘密があるかもしれない。

 そうなってくると仲間に勧誘する事も場合によっては中止せざるを得ないだろう。

 だが、それを判断するのは会って直接、話をした方が良いと元昭は判断して目的地を新見あたみ公園から少し離れた摺河港するがこうへと変更した。

 そして公園から出ようとした時、彼は太った主婦に尋ねた。


「ちなみに何故、被害者なのでおじゃるか?」

「知らないの? なら……教えてあげるわ」


 どうも苦々しい思い出があるのだろう、主婦達は一斉に白水から受けたある出来事を元昭に話した。

 その内容を聞いた元昭は、すぐさま港へと駆けて行った。


 ☆


 相神灘さがみなだの港にある比較的、人気の無い場所に彼女は居た。

 白水の周りには、港で働く船員達が取り囲んでいる。

 この港にはまれに国外から訪れる船も訪れるため、船員達の中には外人の乗組員や水兵も居た。

 彼等は今、彼女が用意した道具に集中している。

 その道具とは、『1』~『8』と書かれた数字が書かれた木製の羅針盤らしんばんだ。


「じゃあ~、次ぃ、いきますよぉ?」


 白水の言葉と同時に手際良く円盤を回すと、


「俺は、『3』に賭けるぜ!」

「ミーは、『5』にベットする」

「じゃ俺は『8』だ」


 どうやら羅針盤についている針が回っている数字のどれを差すか当てる内容のようだ。

 そして羅針盤の針が選んだのは、船員達の選んだ数字ではなく、まったく賭けていない数字の欄に止まった。


「皆さん~、残念ですぅ」


 白水は申し訳なさそうに言いながらも、嬉しそうな表情をしている。


「オーマイガッ……また負けてしまった……」

「くっそ~、これまでのパターンを計算したら、この数字に入る確率は高いのに……イカサマしてんじゃねーのかっ?」

「俺……さっきから女の動き見てたけどよ……ちっとも何か細工する動きが無かったぜ。庇うつもりじゃねぇけどよ、イカサマしてねーんじゃねぇか? まぁ仮に、イカサマだとしても、それを見抜けない俺達が悪いんだけどなぁ……」

「ユーはプロフェッショナルギャンブラーねっ!」


 賭けに参加していた人達は悔しがりながら、懐から現金を取り出して白水に手渡す。


「毎度ありぃ~。今回もぉ、これでぇ、店仕舞みせじまいですぅ。またぁ、次もぉ、頑張って下さいねぇ~?」

「くっそ、次こそ勝ってやるからなっ!」

「絶対に次で取り返す! リベンジねっ!」

「また、カミさんに怒られるな……」


 賭け金を懐に入れる白水を背に、負けた船員達は辺りを警戒しながら現場から歩き去る。

 その間に彼女は、さっきの羅針盤を大きな風呂敷に包み込み、背中に担いで自分も立ち去った。


「今日もぉ、一稼ぎ出来ましたぁ。神様にぃ、感謝しないとぉ、いけませんねぇ」


 夕日を浴びながら白水は港から出る。

 そこへ背後から、


「さっきの遊びは、昨日そなたから教えて貰った『ドッコイ・ドッコイ』というやつでおじゃるな」

「きゃあっ!」


 と、聞き覚えのある声だが突然、話し掛けられたため白水は驚きながら後ろを振り返る。


「下河くん~。いつ居たんですかぁ?」

「さっきの『ドッコイ・ドッコイ』からでおじゃ」

「どうしてぇ、ここに居るとぉ、分かったんですかぁ?」


 首を傾げる白水に元昭は、金箔の扇でパタパタと自分を仰ぎながら答える。


「いやの、今日も御主と遊ぼうと思っての~。公園に行ったんじゃが、いつまで経っても現れぬ故、近くの主婦達に聞いたのでおじゃ」

「そうなんですかぁ。待ってていたんですねぇ……それはぁ、ごめんなさいぃ」


 重そうな荷物を背負ったまま『ペコッ』と頭を下げる白水に、元昭は手を前に出して『いやいや』という仕草をする。


「気にするでない。まぁ、おかげで色々と聞けたしの。そなたの事を」


 そう言って元昭は数分前に聞かされた主婦達の話をし始めた。

 ある主婦の夫は港で働いている漁師だったり、別の主婦の夫は小さな船の船員と、少ない稼ぎではあるものの、家族の為に真面目に働いていたらしい。

 ところが、ある1人の女の子――勿論、白水の事だが――から博打勝負を挑まれたという。

 可愛らしい容姿で『私とぉ、遊んでくれませんかぁ? 勝ったらぁ、お金を出しますぅ』と言われ、夫達も最初は警戒していたが、目の前の容姿からして『子供による退屈凌ぎの戯れ』程度としか認識していなかった。

 それにまさか自分達のような大人が子供に負けるわけがない、とたかくくっていた部分もあるだろう。

 だが、それがいけなかった。

 外見とは裏腹に女の子から挑まれる勝負にことごとく負けてしまい、しまいには『私がぁ、勝ちましたからぁ、お金をぉ、頂きますねぇ』と有り金を全て奪われてしまったのだ。

 子供相手に負けたのが悔しかったのか、有り金を取られた事が悔しかったのか……はたまた両方なのかは分からないが、その時を境に夫達は自分達の生活よりも、自分達を打ち負かした女の子に勝とうと、勝手に家の中にある物を質屋に入れてお金に換え、再び勝負に挑んだという。

 しまいに貯めていたお金にまで手を出そうとした為、さすがの主婦達も頭にきたのか奉行所に押し掛けて、その子を捕まえるよう頼んだ。

 しかし、そのたびに奉行所からは『相手は子供なんだから大目に見ろ。子供相手に本気になるのは大人気ない事だぞ』と言われて動こうとしない。

 それならば自分達が、と思って夫達を締め上げて白水の場所まで行き、説き伏そうと試みる。

 しかし、そこでも『自分もぉ、生活のためにぃ、やっているんですぅ。返せと言われてもぉ、返す義務はぁ、ありません~』と言われるため自分達は夫達の博打依存にうんざりしているというのだ。

 博打にハマる夫達も許せないが、1番許せないのはあの女の子で自分達は泣き寝入りするしかない被害者だ、と元昭に言ったのだ。


「他にも誰彼だれかれ構わず勝負を吹っ掛けておるらしいの? しかも、イカサマも無しで滅多やたらに強くて有り金を全部巻き上げられた、と他の者も申しておった」

「そうですかぁ。やっぱりぃ、皆さんはぁ、私の事をぉ、そう思っているんですねぇ」


 白水は苦笑を浮かべながら、いささか申し訳ない表情を浮かべて元昭を見た。


「その事に関してはぁ、私もぉ、気の毒だとは思ってますぅ。ですけどぉ、その奥様達に言ったようにぃ、私にもぉ、生活があるんですぅ。ですからぁ、私は私なりにぃ、一生懸命ぃ、稼いでるんですぅ」

「そなた、生活の為と申すが……まだ幼いのではないおじゃ?」

「失礼ですぅ。私ぃ、これでもぉ、19歳ですよぉ?」

「ま、麻呂と同い年でおじゃるか!?」

「はいぃ」


 白水の実年齢を聞いて元昭は驚きを隠せなかった。

 背が低く、まん丸い目をしているから思い切り年下かと思っていたからだ。


(ならば、その男達が高を括るのも無理はないの……13~14歳だと思っておったが)


 目の前に居る女の子もとい女性を、まじまじと見ながら元昭は、ただ驚愕することしかなかった。

 そして白水は、ぽわわんとした表情だが気持ちを込めて語り出す。


「私はぁ、10歳の時にぃ、親を病気で亡くしてぇ、毎日を生きていくのにぃ、必死でしたぁ。親戚もいないからぁ、お金は自分でぇ、作らないといけません~。でもぉ、当時の年齢だとぉ、武家の奉公人としてぇ、働くしか道はありませんでしたぁ。でもぉ、私はぁ、楽しいことで稼ぎたいと考えてぇ、無い知恵を振り絞って考えに考えた結果ぁ、遊びで儲けようという結論になりましたぁ。私の特技はぁ、遊ぶ事ですからぁ」

「にゃ、にゃるほど……」

「それからと言うもののぉ、私にとってぇ、遊びはぁ、楽しむ事の他にぃ、生活の糧を得る為のぉ、手段になってましたからぁ、毎日がぁ、真剣でしたぁ。でもぉ、初めてからず~っと1回もぉ、負けた事がぁ、ないんですぅ」

「イカサマとかは?」

「していません~!」


 イカサマという類が嫌いなのだろうか、白水は『ぷく~』と頬を膨らませて抗議した。


「あくまでもぉ、『相手も自分も楽しむ』という事をぉ、信条としていますぅ! イカサマなんてしたらぁ、ただのインチキですぅ」

「じゃが、今まで負けた事がないんじゃろ? 不思議に思うおじゃ。なぜ、負ける事がないのでおじゃ?」

「それはぁ……何となくなんですけどぉ、見えるんですぅ」

「何がでおじゃ?」

「ツキの流れと言うかぁ、空気と言うかぁ……言葉で表すのが難しいんですけどぉ、流れが見えるんですぅ」

「なるほどの。流れ、でおじゃるか……ふぅむ。読めない時は無いのかの?」

「たまにありますぅ。その時はぁ、直感でやるんですけどぉ、これがまた上手く行くんですぅ」

「ほほう、見事よの♪」


 賭け事で重要なことは、いかに相手の出方を先読みし、相手よりも先に勝利を手に掴む事である。

 そのためには目に見える部分である『自分の技術』以外に、目に見えないもの……たとえばツキの類である「運」とか「空気の流れ」を『読む力』も備わっていなければならない。

 白水は一見、何も考えていないように見えるも、勝負の際には無意識にツキの流れを瞬時に読み取ったり肌で感じ取ったりして、自分が今後どう出れば良いのかを分かっているのだ。


(間違い無いおじゃっ! 水岸は、まさに博打や遊びという分野では天賦の才を持っているおじゃ。もし上手いこと行けば、資金面では十分な戦力になるおじゃ!)


 彼女の話を聞いた元昭は確信した。

 この女性こそ、探していた人材の1人であると。

 そして、どうやって口説こうか考えていると、


「でもぉ、もうこの町で遊ぶのはぁ、もう潮時かもしれませんねぇ」


 と残念そうに呟いた。


「ほよ? どういう意味でおじゃ?」

「今の話を聞いてて思ったんですぅ。いくら生活の為とは言えぇ、他人を不幸にしてしまうことはぁ、いけないですよねぇ。かと言ってぇ、他の仕事を探そうとしてもぉ、私の事はぁ、知れ渡っていますからぁ……私にはぁ、こういうやり方でしか稼げません~。ですからぁ、その人達に今後ぉ、迷惑が掛からないよぉ、摺河するがから出ようかなってぇ。この国はぁ、大好きなんですけどねぇ。身寄りがいないからぁ、自由に旅出来るのはぁ、楽しいですぅ……友達が出来て一緒に遊んでもぉ、生活する上でのクセで全部勝ったりぃ、遊んでる最中にぃ、さっきのような人達が来て追い払うからぁ……いつも最後は1人になるんですぅ。でもぉ、下河くんと出会えてぇ、遊べたから良かったですぅ……楽しかったですぅ」

 

 明るく振る舞うものの、残念がっている様は容易として分かる。

 生計を立てる為とは言え遊ぶ事が好きで、相手を探しているだけなのに周囲から悪し様に言われては居辛いのだろう。

 そこに付け込む訳ではないが、元昭は本題に出た。


「ならば麻呂の所で遊んでみぬか?」

「えっ?」


 思わぬ誘いに白水は大きな瞳をパチパチとさせる。


「実はの、麻呂の店は小さな湯宿なんじゃが……新装開店する事になっての。それにあたり、客人を満足させるための施設を作ろうと思うおじゃ。宿屋には食堂と温泉の他に、お遊戯場があれば客人も満足出来るかと思っての」

「ほえ~っ」


 元昭の言葉に、白水は素直に関心の声を漏らす。


「それに、道端でやる伝助賭博でんすけとばくと違って、店内での営業となれば売上金を得るための手段として堂々と遊べるぞよ? 仕事にもなるし、遊ぶ事で売上金が出る、そしてあわよくば給金も出る。言う事ないでおじゃるよ? どうかの? お互い、悪い話ではなかろう?」


 元昭は、人懐こい笑みを浮かべながら必死に誘う。

 それに対し、白水は腕を組んで『う~ん』と唸りながら数秒間、考え込む。

 そして心なしか暗かった表情からパッと笑顔に一変して、


「その話がぁ、本当でしたらぁ、宜しくぅ、お願いしますぅ。摺河するがでぇ、また遊べるのならぁ、何処までもぉ、ついていきますぅ」

「おお~っ、承諾してくれるでおじゃ?」

「その代わりぃ、前みたいにぃ、時々遊んで下さいねぇ?」

「うむうむ、麻呂も楽しい事をするのは大好きでおじゃるからの♪」

「ではぁ、決まりですぅ。次なる場所にぃ、しゅっぱ~つ♪」


 白水は力強く右手をグーにして、天に向かって突くように勢いよく右腕を挙げる。

 それに合わせて元昭も右腕を挙げた。


「お~うっ、出発でおじゃ♪ 麻呂についてくるが良い♪」

「はい~っ!」


 白水は心底嬉しそうな顔を浮かべながら、自分を誘ってくれた白粉男の後ろをついていく。

 彼女を自分が経営する湯宿へと案内する間、元昭はある1つの考えを思い浮かばせながら玉虫屋へと足を進めた。

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