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二十二章 覚悟

 自分の部屋に戻った元昭は、秀明に白水達を部屋に来るよう伝えた。

 程無く皆が集結すると彼は今し方、義哲と話した内容を打ち明ける。

 真っ先に驚いたのは秀明だった。


「えっ!? あの領主が店主に地位を譲ると!?」

「うむ。麻呂の事を知っておったみたいじゃし、本人も領主の地位から退きたいと言っておったからの。速やかに応じたでおじゃ」

「ほ、本当に……本当なのですか? 信じられません……」

「麻呂とて最初に聞いた時は耳を疑ったおじゃ。じゃが、ほれ。この通り、契約書も書いてくれたおじゃ」


 懐から契約書を取り出した元昭は、皆に見えるように内容を見せた。

 目を皿にして黙読する秀明は、まだ今の状況が理解できないのか驚きの表情を隠せない様子でいる。

 それに対し、素直に喜ぶ者がいた。


「あら、良かったじゃない♪ これで店主は晴れて駿河の領主。御殿様よ♪」


 祝福するように拍手をして喜んでいる若菜だ。

 その隣に居る白水は、花札の束を弄りながら不安気な顔をして元昭に聞く。


「店主がぁ、御殿様になったらぁ、私達はぁ、どうなるんですかぁ? 私達はぁ、お払い箱ですかぁ?」

「いやいや、麻呂の目的に賛同した上で同志が募っているおじゃ。お払い箱にするような無下な行為はせんぞよ。これからも重宝するでおじゃ」

「嬉しいですぅ。私ぃ、これからもぉ、殿のためにぃ、働きますぅ」

「店主が領主になったら、儂は研究所を持ちたいわいな~! そしたら殿のために毎日発明や開発して、日野本掌握に協力するわいな~ひゃひゃ! ふひゃひゃひゃひゃひゃっ!」


 目を輝かせて喜ぶ白水の他に、敏明もこれから訪れるであろう自分の未来を想像して、高々に笑いながら元昭に忠誠を誓う。

 それに気を良くした白粉店主は、えっへんと胸を張って秀明に言う。


「見てみよ、黒沢。麻呂が最初に言うた作戦通りになったではないか♪ 最初から翡翠に自分の正体を明かした上で『領主の座を譲ってくれ』と言うたら、彼は譲渡してくれたおじゃ。当初とは予定が狂ったが、麻呂の言う通りにしておれば間違いはなかったのでおじゃるよっ!」

「た、たまたま上手くいっただけじゃないですか。ただ翡翠様が領主という地位に退屈を抱いたから店主に地位を……」

「もう店主ではないおじゃ。今からは麻呂の事を殿と呼ぶが良い♪ 殿、殿……おぉ~、なんとも良い響きでおじゃるな♪ 早く領主就任式が始まらんかの~」


 もはや勝利は目前、とでも言いたげな表情で小躍りし、有頂天になっている元昭。

 だが、1人だけお茶を啜っている晴伸がおもむろに口を開いた。


「店主、いや殿。浮かれている所に水を差すようで悪いが……おかしいとは思わぬか?」

「ん? 何がでおじゃ?」

「話を聞いておれば、物事が上手く行っておる」

「何を言うておるんじゃ。上手く行っている事は良いではないか」

「いや、訂正しよう。上手く行き過ぎておると言った方が正しいか……」


 晴伸は手にしていた湯呑みを静かに畳の上に置き、胡坐をかいたまま元昭を見据えて話し出す。


「そもそも、あの翡翠とかいう領主は、玉虫屋を失った我輩達を雇った。その理由が殿と水岸の蹴鞠を見て面白そうだと思ったからだ、と。少し雇う理由が強引過ぎやしないか?」

「あやつは好事家じゃからの。好事家は自分の退屈凌ぎとなるものを探しておる者が多いおじゃ。それが人であれ物であれ、の。そういう者達に目を掛けて貰えるというのは、実はとても光栄な事じゃと麻呂は思うがの」

「それに関しては、まぁ良い。問題は我輩達が、ここに来てから領主は我輩達を家臣達より褒めて重宝している。それに加えて先程、殿が領主から地位を貰うという話……明らかに順風過ぎる気がする。何か罠があるかもしれんな」

「にゃぬっ!? 罠があると?」


 小躍りしていた元昭の身体が止まり、包帯占い師の方に目をやる。


「それに、これは我輩の想像だが……領主は、この事を未だ家臣達に相談してないやもしれん。もし就任式する数日前くらいに、この事を発表すれば……」

「問題があるのでおじゃ?」

「大有りよ。家臣達に相談せず、独断で決定……それが一国の椅子を見ず知らずの元商人に譲る、となると反発が起こるのは必至よ」

「そうなれば麻呂が足川家の嫡男だという事を説明すれば……」

「それを証明する方法は? いくら領主から聞かれたとは言え、物的な証拠は何1つない」

「えっ……そ、それはじゃな……」


 質問に対して答えられず、口籠る元昭に対して晴伸は続ける。


「そもそも領主の評判は、家臣達からはおろか民の中でも悪いと聞く。執務はいつも灰野とか言う家臣に任せきりで自分は享楽の毎日。はっきり言って人望は無きに等しい。そのダメ領主が、どこぞの馬の骨も分からぬ怪しげな元商人を重宝して地位を譲るなど……狂気の沙汰としか思えぬよ。家臣達は我輩達の事を疎ましく思っておろうな……」


 彼の言う事は、もっともだ。

 長年、摺河に仕えてきた家臣達より、僅か数日で主から寵愛を受けている元昭達の存在は面白くないはず。

 挙句の果てには、そういった人達に国の全てを担う領主という位を与えるという事は、まさに言語道断であろう。

 晴伸の説得力ある説明に、元昭は若干怖気づいた様子でペタンと座り込む。


「もし、そなたの説明が本当だとしたら麻呂達は……」

「うむ……家臣達から何らかの圧力や、抵抗を受けるであろう」

「いつ頃かは分かるおじゃ?」

「しばし待て……」


 さっきまでの上機嫌はどこへやら、すっかり小動物みたいに怯える元昭を他所に晴伸は懐から水晶玉を取り出し、占う。

 それから1分もしないうちに包帯占い師は、水晶玉に映し出された内容を見て告げる。


「殿が変化を知る時期と変わらぬ。早くて明日……遅くて1週間後だ」

「明日か1週間後……でおじゃるか」

「ハッキリと出ておる。その間に対策を立てる必要がある」


 晴伸の占いに対し、秀明はようやく落ち着きを取り戻したのか、いつものように真剣な顔をして問い掛ける。


「導師。対策というのは具体的には?」

「圧力や抵抗を受けるという事は、何かしら家臣達に動きがあるという事だ。ここで考えられる事は3つある。1つ目は我輩達を脅迫して追い出す、2つ目は正式に話し合いをして追い出す、3つ目は問答無用で我輩達を襲撃して追放……あるいは亡き者にするか、だな」

「う~ん……」


 彼の言葉に秀明は腕を組んで考え込む。

 状況が状況なだけに、目障りだと思っている自分達に対し、2つ目の対話路線は殆ど有り得ないだろう。

 ということは脅迫か襲撃、どちらかに絞られる。

 だが、この2つの選択肢は似たようなものだ。

 脅迫というのは程度の低い嫌がらせから、大怪我になりかねないものまで内容はピンからキリまである。

 襲撃に至っては説明するまでもないだろうが、この2つに共通する事は相手に対して危害を加えることで成り立つ。

 つまり自分を含め、元昭達の誰か……あるいは全員に危害を加えて圧力をくわえる可能性がある。


(私や殿ならまだしも、女性である水岸さんや黄山に危害が出る事は避けたいですね)


 どうすれば食い止められるか考えていた時、1つ策が思い浮かんだのか晴伸にこう聞いた。


「導師。その圧力が来る場所は、どこか分かりますか?」

「そうよな……見えるのは、庭……そして、この部屋だな」

「という事は……脅迫して襲撃、という可能性もありますね」

「その未来は当たりますか?」

「当たる確率は濃厚よ。一体、何をしようとしておる?」


 晴伸の質問に、秀明は一瞬口元を緩めて『クスッ』と笑ってから、こう答えた。


「となれば、向こうが襲ってくるかもしれないので防衛策を張り巡らそうと」

「ぼ、防衛策って……な、何をするつもりでおじゃ?」


 2人のやりとりを聞いている元昭は、やはり不安を隠せない様子を見せながら訊ねる。

 それに対し、黒衣の部下は上司の目を真っ直ぐ見据え、力を込めて逆に問い質す。


「殿。貴方は本当に領主になりたいですか?」

「く、黒沢……今更何を……」

「答えて下さい。殿は摺河を手に入れたいですか?」

「あ、当たり前でおじゃ。その為に、今までこうして来たんじゃからの……」

「殿。何かを得ようとするなら、何かを失わなければならない。それは分かりますよね。商売で言うなら、銭を稼ごうとするなら、自分の時間や体力を使わなきゃいけない、という事です」

「う、失うって……何を失うと?」

「家臣達は恐らく私達を狙うはずです。ならば、それを返り討ちにする、と私は言いたいのです」

「つまり……命を奪う、と?」

「極端に言えば、そうなります」

「おじゃ……じゃが、それは……」


 秀明の答えに、元昭は一瞬言葉を失う。

 自分が今の地位を得るには、それに反発する勢力を抑える必要がある。

 それは頭では分かっているのに、いざそういう現場に直面するかもしれない、となると元昭もさすがに躊躇した。

 自分のせいで家臣達の命を奪う……それは、ある意味では傲慢で利己的な考えだ。

 命は奪いたくない、しかし地位は欲しい。

 そう心の中で葛藤する元昭を秀明は容赦なく質問する。


「もしかしたら血塗られた道を歩む事になるかもしれません。それでも殿は、摺河の領主となり日野本を掌握したいと願いますか?」

「そ、それは……」

「良いですか? 日野本を掌握したい、という事は今、私がやろうとしている事を何回も何十回以上も繰り返す事になるのです。屍という犠牲の山を踏み越え、覇を唱える事を殿は出来ますか? 勿論、その犠牲の中には、もしかしたら私や他の仲間も含まれるかもしれません」

「黒沢……麻呂は……」

「貴方には、血塗られた覇道を歩む覚悟が、お有りか否か答えて下さい。私達を犠牲にしてでも自分の野望を遂げたいという気持ちがあるかどうか。貴方は日野本を掌握したいのでしょう?」

「そ、それは……」


 苦しげに呟く元昭に、珍しく白水が怒ったように口を挟んだ。


「黒沢さん……そんな聞き方ぁ、酷いですぅ! そんな事ぉ、殿が答えられるわけないじゃないですかぁ~!」

「水岸さん。それは分かっています」


 飄々として秀明は言う。


「ですから今ここで確認しておきたいのです。殿が本気で日野本を掌握する気があるのか、ないのかをね」


 そう言って秀明は改めて元昭を見る。


「殿、貴方の答えをお聞かせ下さい」


 秀明の問いに、元昭はたどたどしくも彼に負けじと真っ直ぐ、部下を見据えたまま今の気持ちを打ち明ける。


「麻呂は……そなた達を失いとうない。せっかく麻呂の為に集まってくれた数少ない同志なんじゃ。出来れば、味方の被害を極力減らして相手を迎え撃ちたいおじゃ。我儘な事だとは分かっておるがの。悩む事だってあるかもしれん……じゃが、麻呂は日野本を掌握したいと思っておる。この思いに嘘偽りはないでおじゃ」

「確かに我儘ですね。ですが、日野本を手にしたいという気持ちは分かりました」


 頭巾を被っているため顔は見えないが、さっきまでの詰問するような感じは無く、笑顔なのは間違いないだろう。

 居住まいを正し、元の優しい口調に戻って元明に言った。


「殿。私にお任せ下さい。殿を必ず領主にし、日野本を掌握できるよう尽力致します。勿論、私達に被害が出ないように、ね」

「か、可能なのでおじゃるか?」

「えぇ。なんとか出来ると思いますが、些か仕込みが必要です。皆さん、これから私の指示に従って下さい」


 秀明は、そう言って若菜達に自分の案を説明しだした。

 その様子に白水は、


(何でしょうかぁ? さっきの黒沢さん~、なんかぁ、主に仕える従者のように見えましたぁ……気の所為でしょうかぁ?)

 

 と秀明の姿を見ながら首を傾げた。

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