二十章 仕込み
秀明と若菜に今後の行動を話し合った翌日、元昭はある場所へと足を向けた。
そこは本館から離れた小さな木造の小屋で、今まで手入れしてないのか所々、かつて敏明の居たボロ長屋を思わせるような建物だ。
本館や別館と違い、何となく誰も近付きたくないような雰囲気を発しているボロ小屋へと元昭は歩いて、扉を軽く叩く。
ギギィ……。
と、今にも壊れそうな音を発しながら扉はゆっくりと開き、そこから『ぬっ』と何かが出てきた。
橙色の大黒頭巾や装束、そして全身を包帯に身を包んでいるという不気味この上ない風貌をした男だ。
気の弱い人間なら悲鳴の1つでもあげて卒倒するか、逃げ出すかのどちらかだが元昭は慣れたのか平然とした顔で、その男の顔を見て声を掛ける。
「おはようでおじゃ。元気かの、導師?」
「うむ。誰かと思えば店主か……」
導師と呼ばれた男――木登晴伸――は、領主から自分に与えられた小屋を訪ねてきた上司の挨拶に対し、鷹揚に頷いて応対する。
そんな全身包帯導師の態度を気にせず、元昭は言う。
「ちょいと、そなたに聞きたい事があっての。中に入れては貰えぬか?」
「用件があるなら、ここで言えばよかろう。それに、わざわざ来ずとも、御主から呼び出せば我輩から訪ねに行くものを」
「表だって言える事ではない故、こうして来たのでおじゃ。早いとこ、中に入れてたも」
辺りに領主に仕えている家臣がいない事を確認するかのように、キョロキョロと頭を動かす元昭。
その行動に晴伸も、目の前にいる白粉店主が何用で此処に来たのか薄々察知したのか扉を全開にして、
「まぁ折角、わざわざ足を運んで来てくれたのだ。それに敬意を示して中に入る事を許そう。さぁ、入るがよい」
「すまぬの」
「と言うても、あまり快適な部屋ではない事は御了承願おう」
そして晴伸に促され、元昭は再度辺りを見回して警戒してから、そそくさと小屋の中へと入った。
室内は薄紫色の明かりが、煌々と部屋の中を照らしている。
中に入るなり元昭は、部屋のあちこちに形も大きさも様々なものが置かれている物体に目がいく。
どれもこれも今まで彼が見た事もないものだ。
「これ等は一体、何でおじゃるか?」
所狭しと置かれている物体を興味津々で眺めながら元昭は、晴伸に聞く。
「我輩が占いで使う道具よ」
「こんなに沢山あるでおじゃ? 見た事もない物があるが……」
「中には実験器具とかもあるからな」
「前から思っておったんじゃが、そなた……本当に、ただの占い師でおじゃ? たまに予言めいた事を言うが?」
顔だけ後ろを振り向いて問い掛ける元昭に、晴伸はいつもと変わらぬ表情で答える。
「言っておらなんだな。我輩、占い師になる前は術者であった。占いは、その術の1つよ」
「術者だったのでおじゃるか……道理で普通とは違うと思ったおじゃ」
術者とは世間一般的に陰陽師、呪術師、魔導師などの職種に分かれており、己の中にある生命または精神エネルギーを『念』というものに変換する事が出来る者を差す。
人間全てに『念』という未知なる力は存在するものの、それを引き出せるのは全人類のうち3割もおらず、引き出させるには並々ならない修行が必要である。
仮に修行に耐えたとしても、本人の資質で度合いが変わってくる。
奇術師みたいに手や口から小さな炎を吐く事しか出来ない者から、肉体に影響を及ぼすほどの幻覚を生み出したり、異世界から生き物を召喚するなど何が得意なのかは人それぞれで千差万別だ。
さきほど術者には陰陽師、呪術師、魔導師などといった職種に分かれてると説明したが、全ての術者は今言った3つの職種とは関係なく必修する科目があり、それが占いである。
術者というのは精神を念に変えるだけが能ではなく、晴伸みたいに星を詠んだり、辻占い師がやっているような道具を駆使して占う事を義務付けられている。
術者を目指す者は避けては通れない関門であり、また太平の世である日野本にとって術者が食べて行く道は私塾を開くか、占い師かのどちらかだ。
それはともかく。
元昭は晴伸の狭く、そして様々な道具が置かれた部屋を見て呟く。
「まるで物置小屋でおじゃるな」
「物置小屋とというより倉庫に近い有り様ではあるな」
晴伸の居る小屋は元々、『離れ』と呼ばれる本館から離れた場所に置かれた小屋なのだが、ここ数年、誰も使っていないという事もあって元昭が言った通り、物置小屋に変わっているという。
とてもではないが、お世辞にも人の住める環境ではなく義哲は晴伸に対して、キチンとした部屋を用意するつもりだったが『薄暗くて狭い部屋にしてくれ。そこが1番落ち着くゆえ』と注文したため、この小屋を与えられた。
『離れ』に居る故、食事と入浴の際は、いちいち本館に行かねばならず面倒だが当の本人は、
「1人で研究したいことがある故、往復するのは苦にならん」
と言ったため、必要な時以外は、ずっと室内に籠もっている。
それはともかく。
狭い部屋の中央まで移動すると、円卓を挟むように2人は椅子に腰掛けた。
その円卓には晴伸が普段、占いで使っている水晶玉が置かれており、彼はそれを優しく撫でながら元昭に聞く。
「御主が何用で来たのかは、おおよそ察しはつく。そろそろ動くつもりなのであろう?」
「相変わらず凄いでおじゃるな。麻呂の考えておる事が読まれてるみたいでおじゃ」
「普段、誰も訪ねに来ない部屋に自分を雇った者が来る場合……目的は我輩の占いであろう。相が見えたわけではない」
「観察力でおじゃるか。見事よの」
「お褒めに、お預かり光栄だ」
元昭の賞賛に対し、恭しく頭を下げてから晴伸は撫でていた水晶玉を掴み、向かい合うように座っている白粉店主に対して聞く。
「して、店主は何を知りたいのか……?」
「うむ。秀明と若菜には既に話しておるが……」
そう切り出して元昭は昨日の事を話した。
家臣達は義哲の好事振りに頭を痛めていること。
そして自分達がやってきた事が切欠で、更に拍車が掛かってしまい、その事が原因で、家臣達は義哲と自分達を追い払おうと画策していること。
その状況を利用して自分達が摺河を乗っ取ろうとしていることを。
「なるほど……」
元昭の説明に、晴伸は何かを考えるように目を瞑る。
「して、店主は何を知りたい?」
「麻呂達は、家臣達が反乱を起こすタイミングを見計らって行動に出たいのでおじゃ。それが、いつ頃なのか教えてたも。事態は深刻故、早くやってたも、早くっ!」
「あい分かった。しばし待て……」
急かす元昭に対し、冷静な晴伸は閉じていた瞼を上げて、ゆっくり頷くとブツブツと何かを呟きながら水晶玉に念を注ぎ込む。
透明な水晶玉が徐々に光り始め、晴伸が呟くごとに光の度合いが増していく。
「……かの者に真実を教えたまえ!」
しばらく呟いてから、晴伸はそう叫ぶと室内に溢れんばかりに水晶玉から煌めいている光が更に輝きを増す。
「お、お、おじゃ~~っ!」
あまりの眩しさに、目に閃光が入らぬよう思い切り瞼を閉じ、元昭は扇を広げて防ぐ。
しばらくすると光は徐々に縮小していき、水晶玉へと吸い込まれるように消えていく。
「…………見えたぞ。もう扇を閉じてもよい」
「お、おじゃ……」
晴伸の言葉に従って元昭は扇を閉じながら瞼を開けると、さっきまで眩い光に覆われていた空間から、元の薄暗い部屋へと戻っている。
「ちょいと光の刺激が強くないかの?」
「御主の網膜が軟弱なだけよ。慣れるよう鍛えたらどうだ?」
「そうなる前に失明しそうで怖いおじゃ。そういう、そなたは慣れておるのか?」
「慣れてはおるが、失明してはアレだからな。これをつけておる」
晴伸は、そう言って懐から何かを取り出した。
凹または凸レンズや色硝子などを使った器具で、レンズに黒いフィルターがついたものである。
「これは……何でおじゃ?」
「日光遮断眼鏡と呼ばれる物よ。強い光から目を防護するための、色付き眼鏡だ。つけてみるか?」
「どれどれ……」
元昭は包帯導師が見せているサングラスに手を取り、装着してみる。
「ほほぉ。暗く見えるおじゃ」
「藍沼博士が作ってくれた代物でな。これをつけておるから、我輩は平気だったわけよ」
「にゃるほどの……って、ちょっと待つおじゃ!?」
元昭はサングラスを外しながら、ズイッと身を乗り出して晴伸に問い詰める。
「そなた、自分だけ装着しておったのか!?」
「いかにも」
「『いかにも』じゃないでおじゃっ! 何故、麻呂に渡さぬおじゃ!? おかしいではないか!?」
「1つしかなかった故、すまぬ。それに御主が早くしろと急かすのでな。お望み通り、手っ取り早くしたのだが」
いけしゃあしゃあと言ってのける晴伸に、元昭は椅子から立ち上がる。
「確かに麻呂は早よしろと命じたが……注意事項を述べて麻呂に渡すのが筋ではないか!?」
「御主の事だから、注意事項を言う前に『前置きは良いから早よしてたも』と申すであろう? 想像してみよ。あの時に我輩が説明しようとした時、そなたは黙って聞いてると思うか?」
「い、いや……思わぬ」
「ほら見よ。だいたい、我輩も強い光で失明するのはイヤなのでな。それに、我輩は御主と違って目を強い光から遮らせる物を持っておらぬ。それに対し御主は、輝きが強くなる前に扇で目を隠したではないか。だから安心かと思ってな」
「じゃ、じゃからって……御主と言う奴はっ!!」
これまた取ってつけたような物言いに、元昭は我慢出来ずに晴伸の襟首を掴もうとすると包帯導師は言葉を続ける。
「事が起こる時期が分かったのだが、聞きたくないのか?」
「にゃぬっ!?」
それを聞いた時、元昭の手が止まった。
「いつ動けば良いのか、分かったのでおじゃるか?」
「左様。知りたくないか?」
「ぜ、是非とも知りたいおじゃ! お、教えてたもっ!」
晴伸の慇懃無礼な態度に対する怒りより、自分の知りたい事を聞きたいという気持ちが勝ったのか元昭は襟首を掴もうとしていた手を引っ込め、椅子に腰掛ける。
「では御主の知りたい事をお教えしようか……」
晴伸は1度、軽く深呼吸をしてから今か今かと耳を傾ける元昭に対し、淡々と言った。
「さっきは事が起こる時期が分かった、と言ったが些か訂正する」
「訂正? どういう意味でおじゃ?」
「訂正とは、誤りを正しく直すこと。特に言葉や文章・文字の誤りを正しくすることを意味し……」
「言葉の意味を知りたいんじゃなくて、そなたの言葉に対する中身を知りたいのでおじゃっ!」
「分かっておる。少しからかっただけよ」
「くぅーーっ!!」
ネチネチと焦らす包帯導師に、白粉店主は焦りと怒りから拳を握りしめてワナワナと身体を震わせる。
その反応を見て楽しむように晴伸は、口の端を僅かに緩ませながら答える。
「落ち着け、落ち着け。説明するとだな……御主が言うた『事が起こる時期』というより、劇的な変化が訪れる日が分かった」
「…………その変化とやらは、いつ現れる!?」
なんとか怒りを抑え込んで言葉を発する元昭。
「早ければ今夜。遅くても1週間後の夜……と出ておる」
「今宵か1週間後の夜とな?」
あまりにも急な日時に、さすがの元昭は驚きを隠せなかった。
「あの領主が何かを起こすと思われる。それが切欠で劇的な変化が訪れる」
「つまり、翡翠が何か行動を起こした時が目安というわけじゃな?」
「うむ……それに関して凶星が御主に近付くと出ておる」
「凶星……?」
聞き慣れない言葉に元昭は首を傾げる。
「簡潔に言えば不都合な要素、と言おう。恐らく何らかの緊急事態が発生するやもしれぬ。皆に、くれぐれも自分の周囲に気を配るよう伝えてはくれぬか。それを乗り切れば、御主に祝福の光が降り注ごう」
「そ、そうでおじゃるか……。ならば今から気を引き締めておかねばならんの!」
「うむ。知りたいのは、それだけか?」
晴伸の問いに、元昭は頷く。
「と、取り敢えず……翡翠の様子次第で動く、という事は分かったおじゃ。本当に助かったぞよ、ありがとうの!」
自分の望みが叶うかもしれない、という気持ちに駆られて元昭は胸の内から沸き起こる気持ちの高揚を抑えながら小屋から出て行った。
そして晴伸が言った『劇的な変化』とは本当に起ころうとしていた。
翌日の夕方。
領主邸内の大広間で、元昭達は夕餉を摂っていた。
彼等だけでなく義哲や直純も、その場に座って若菜が作った和食御膳を食べている。
いつもなら領主や家臣達は大広間で、腰元達や奉公人達は専用の食堂で御飯を食べようにと身分によって食べる場所が決められており、元昭達も最初は分を弁えて、わざと食堂で食べていた。
しかし義哲に寵愛されて出世した彼等は、堂々と大広間で御飯を食べる事を許されている。
一見、大した事じゃないと思うだろうが武家や公家などは階級による上下関係が大変厳しく、下手に格下の者が上級階級の者に話し掛けたり、一緒に行動する、ましてや一緒に食事を摂ろうものなら厳罰もので最悪その場で『無礼討ち』と称して斬り捨てられる事がある。
それはともかく。
「いやぁ、黄山くん。今日も実に美味しい料理を提供してくれて嬉しいよっ!」
「うふふ。ありがとう♪ オバサン、頑張って作った甲斐があるわ♪ おかわりあるから、いっぱい食べてね♪」
エビの天ぷらを食べながら喜ぶ義哲に、若菜も上機嫌になって微笑む。
「あははははっ! 下河くん、君が羨ましいよ。こんな美味しい手料理を毎日食べさせてくれるなんて」
「そうでおじゃろ、そうでおじゃろ? 欲しいと言うても、やらんからの」
「そうですぅ。黄山さんはぁ、私達のぉ、お母さんみたいなものですぅ。ですからぁ、あげれません~」
若菜を褒め称える領主を相手に、元昭は大好物の高野豆腐を食べながら自慢気に頷き、白水も同意するように答える。
「母親かね。いやぁ、小生も黄山くんみたいな母親が欲しいよ。あははははっ!」
義哲は鷹揚に笑いながら、次は静かに食事をしている秀明に声を掛ける。
「黒沢くんも灰野くんの補佐をしてくれて助かるよ。本来なら客人である君は、政務をしなくても良いのだよ?」
「えっ? あ、そ、それは……何かしてないと落ち着かない性分ですので……」
突然話を振られて一瞬驚くも、落ち着いて答える秀明。
「生真面目だね。それに話を聞けば、気立ても器量も良く、その辺の役人よりも才に長けているとかいないとか……下河くんは、何とも優れた部下を持ってるようだね」
「お、恐れ入ります」
「そう畏まらなくても良いのだよ。黒沢くんは真面目だね。あはははははっ!」
ただただ背筋を正して畏まる態度に、義哲は再び笑いながらオカズを食べる。
大広間に義哲と元昭達の笑い声が響き、楽しい食事の時間を送っている。
しかし、それとは対照的に元々、領主に仕えている古参の重臣達は黙々と食べている。
若菜の作った料理が不味いとかではなく、なるべく表に出さないようにしているものの何やら不機嫌そうな表情をしていた。
それもそのはず自分達は今日まで民のために働き、領主に尽くして国を支えている。
実に地道な作業ながらも、家臣達は自分達の仕事に誇りを持っていた。
しかし、その自分達の主が元昭達を邸に引き入れてから変わり始めた。
領主は元昭や白水と共に毎日のように遊びに行き、政務はもっぱら直純と秀明が取り仕切っている。
それ自体に不満はないものの、秀明はあくまで直純の補佐的存在のはずだが、何故か直純より秀明が出す案を自分達の主は採用している。
古くから仕えている自分達を差し置いて、昨日今日やってきた元昭達を義哲は労っているのだ。
おまけに最近では領主に対する不満も民達の間で拡がり始め、いつかあの白粉男が摺河に君臨するのではないかと噂が立っている。
一介の元商人風情と2人の従業員、そして何処かの馬の骨も分からない老人2人と女性の遊び人が領主に気に入られ、自分達は蚊帳の外。
そんな状況におかれては、どんな人間でも面白くないだろうし不機嫌にもなりたくなる。
今もこうして我が物顔で領主と肩を並べて、仲良さそうに御飯を食べている。
大広間に温度差はあるものの、食事の時間は瞬く間に過ぎ去った。
「ん~、食べた食べた。下河くん。この後、時間あるかね?」
「ほよ? 麻呂は、いつでも時間はあるが……どうしたおじゃ?」
「ちょっと話があるのだよ」
いつになく少し真剣な表情をした義哲に、元昭と秀明は一瞬、首を傾げるも何かあると察知して頷く。
「でしたら手前も御一緒に」
側近中の側近である直純も同行しようと立ち上がろうとすると、
「大丈夫だよ。すぐに済む話ゆえ、灰野くんは少し休みたまえ」
手で制して同行を拒否する義哲。
そんな彼に直純は一瞬、元昭に憮然とした顔で見てから「分かりました」と短く答える。
やがて義哲が先に大広間から出ると、元昭は直純の視線を背で受けながらも領主の後ろに控える形で退室した。




