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十八章 新たなる作戦

 義哲に雇われて、1ヶ月日が経った。

 元昭達は当初、領主である義哲に雇われるという事で邸に招かれたため、まるで彼の従者の様に振る舞い、その働きを見事に示した。

 例をあげると、こんな感じだ。


 元昭と白水は、義哲から蹴鞠の技が上手いという事で雇われたため、2人の仕事はもっぱら義哲から『他の遊戯が見たい』とか『面白い所に連れて行ってくれたまえ』など遊びに関する事を頼まれる。

 2人は遊ぶ事が好きなため、元昭は蹴鞠や投扇興という貴族の遊びを、白水は竹馬や剣玉、花札、サイコロなど庶民で流行っている遊びを見せた。

 挙句の果てには3人で邸を抜け出し、城下町に出掛けて彼女がやっていたデンスケ賭博を開いて荒稼ぎ(元昭と義哲はカモを引っ掛けるためのサクラ役)をし、邸に戻っては直純と秀明に、こっぴどく怒られる。

 そんな日々を送っているものの、義哲は「やはり君達を雇っておいて正解だよ。毎日、飽きないね!」と大変満足気のようだ。

 

 若菜は玉虫屋で台所仕事――いわゆる、おさんどん――をしていたため、厨房での下女という形で雇われた。

 しかし彼女は食材の貯蔵庫にある余り物をうまく料理したり、市場に赴いては商人を相手に商品を目利きした上で値切らせ、その上で限られた調味料で美味しくするなど、その辺りの料理人よりも腕があった。

 彼女の手料理を食べた義哲や家臣達も一口食べただけで「誠に美味!」と太鼓判を押したくらいだ。

 しかも料理だけでなく洗濯や掃除も手際が良いため、先輩の奉公人達を差し置いて瞬く間に厨房の長へと出世。

 これには若菜も驚いて出世を辞退しようと思ったが、彼女の才能は厨房に入ってる先輩奉公人達も認めており、彼等の後押しもあって厨房長へと就任した。

 義哲は「炊事・洗濯・掃除……これほど完璧にこなす御婦人は、そうそう居ないよ。いや、実に気に入った!」と好印象を持った。


 敏明は今まで自分の研究で発明した瞬間湯沸かし器や蛍光灯などを見せ、邸に入ってからは、傷みやすい食材の新鮮さを確保するための『冷蔵庫』や『冷凍庫』、それとは逆にその機械で冷やした、または凍らされた食材を暖かくする為の『加熱調理機(電子レンジ)』を開発してみせた。

 義哲もそうだが、この発明にもっとも喜んだのは若菜だ。

 日野本にある一般の食材貯蔵庫は、冷気や冷凍機能は当然ながらなく、魚などの生物は傷みやすく、また腐りやすかった。

 特に夏場になると、その臭いは異臭レベルを超えるため厄介だったが、この冷蔵庫や冷凍庫が出来たことで、食材の新鮮さを出来るだけ引き延ばす事ができるのは貴重な存在である。

 しかも、奇跡的に敏明の作ったものは今回、誤作動することはなかった。

 義哲は「機械とやらの構造や理論は分からないけど、物凄く便利だね! 庶民に売ったら、さぞ利益が出ると思うよ」などと不純な動機ではあるものの、老科学者に対して一目置くようになった。


 晴伸の場合は占いをする事で、その日やその者の吉凶を見て助言した。

 占いだけでなく、陰陽術にも精通しているため義哲が「何か術を見せてくれたまえ」と頼まれると、小さな使い魔から大きな魔物まで召喚する(さすがに魔物を召喚した時は、邸内は大混乱した)。

 そう言った異界の者を召喚するだけでなく、念力を使って気温や地形を体感させたり、晴空から満天の星が見える夜へと変える幻術を披露する。

 そんな彼に義哲は「占いは小生、興味はないものの陰陽術とやらは藍沼博士とは違う面白味があるね。外見はともかく中々楽しめるね!」と少し失礼な事を言いながら晴伸を褒めた。


 秀明に至っては元昭達と違い、真面目で何かに秀でた才能を持っているわけではない。

 最初は居場所がなくて困っていたが、玉虫屋で経理や事務をしていた経歴から義哲から冗談半分で「小生の代わりに政務をしている灰野くんを助けてはくれんかね?」と言われた事が始まりだった。

 最初、直純は「店の運営と国政」は違うと反対したものの、義哲が命令したため、始めは書類整理を中心とした雑務をこなす事になる。

 雇われてから10日が経った頃になると、次第に実務能力をこなしていき、直純の補佐をしていく。

 やがて、その能力を直純から認められてからは政務に関する質問を受け、秀明なりに考えて献策する。

 どれも的確であるため直純は、秀明の意見を全て採用し、家臣へと指示していく。

 義哲は秀明に対して「さすが下河くんの補佐をしていただけの事はあるね。その辺りの役人や家臣より役に立つよ! 君は優秀な人材だよ」と好印象を持った。


 など、元昭達の存在は従者から賓客へと変わって義哲から寵愛を受けて今に至る。


 ☆


「これぞ、まさに人間万事塞翁が馬ってやつでしょうか」


 その日の夜、与えられた部屋の中で秀明が縁側から見える月夜を眺めながら呟く。


「ん? どういう意味でおじゃ?」


 邸内にある大浴場から出て、白襦袢に着替えている元昭が聞く。


「昔、中国の北辺のとりでのそばに住んでいた老人の馬がの地に逃げたが、数か月後、胡の駿馬しゅんめを連れて帰ってきました。その老人の子が、その馬に乗り落馬して足を折ったが、おかげで兵役を免れて命が助かったという故事から『人生の禍福は転々として予測できない』という意味ですよ」

「なるほどの~。確かに、麻呂達がこうなる事は予測できなかったでおじゃるな」


 元昭は秀明の隣に立ち、暗闇を照らす月光を眺める。


「玉虫屋が崩壊して、一時はどうなるかと思ったが……まさか蹴鞠がキッカケで、こうなるとはの」

「芸は身を助けるですね」

「まったくでおじゃ」


 元昭は、うんうんと頷いて秀明の方に顔を向ける。


「何はともあれ、邸に入れたのは良かったでおじゃ。まったくもって運が良い」

「そうですね。今後は、どうするつもりですか?」

「ひとまず領主の信頼も得た事じゃし……徐々じゃが、味方を増やしていこうではないか」

「味方ですか?」

「うむ。麻呂達は翡翠から寵愛を受けておるからの。それに対して反感を抱く者も少なくはないと思うおじゃ」


 元昭の言う通りだ。

 かつて商売を禁じられた玉虫屋の人達が、領主の寵愛を受けて権力を握り始めている、と最近になって領内の民達は噂しあっている。

 いずれは摺河を乗っ取るのではないかという予想まで出ている始末だ。

 その噂は当たっており、自分達はいずれ今こうして居座っている邸と領土を手にするつもりだ。

 だが、それにあたり次なる障害は当然ながら、自分達の台頭を快く思わない翡翠に仕えている家臣達だ。

 いくら寵愛を受けているとは言え、一介の元商人と、その従業員達が権力を有するという事は、もしかしたら自分達の存在――正確には地位や名誉――を脅かす存在になりかねない。

 おまけに市場で買い物している若菜が聞いた話によると、領主である義哲は殆ど領内の運営に携わっておらず、ひたすら道楽の日々を送っているという。

 それは元昭達も知ってはいるが、領主を利用しようとしている自分達と世間一般の民達との認識は明らかに違う。

 問題は、国の主が政務を放ったらかしにして遊びにうつつを抜かしているという状況は決して民達や家臣達にとって良い事ではない。

 しかも最新の情報だと、自分達が邸に入った事で義哲の放蕩振りに拍車が掛かっているという噂が出回り、いずれは家臣達が反乱を起こすのではないかという噂が出ているのだ。


「火のない所に煙は立たないと言いますが、そのような噂が出ているとなると……少し厄介ですね。根も葉もない噂で反乱を起こされたら、堪ったものじゃありません」

「まぁ反乱を起こすのは麻呂達じゃがの♪」


 元昭は悪魔のように意地悪な笑いを漏らしてから、秀明に言う。


「反乱だろうが内乱だろうが、事を起こすには少々、準備がいるおじゃ。その前に領主の家臣達が勝手に反乱を起こしたら麻呂達の野望が達成できぬ。それどころか領主達をたぶらかした者として処分されるやもしれんの……」

「そうなったら店主の目的は……」

「水の泡になるじゃろうの。だから、そうなる前に……まず自分達の味方を増やす必要がある。来たるべき時に向けての」


 梟の啼き声が闇夜に響く中、元昭は秀明に今後どうやって味方を増やしていくのかを話した。


 ☆

 

 ある晴れた日秀明は元昭から与えられた任務をこなしていた。

 その内容は今より数日前、元昭と話した夜の日まで遡る。


――店主の味方を増やしたいという考えは、分かりました。しかし具体的には、どのように?

――問題は、そこでおじゃ。味方を増やす場合、玉虫屋で人材発掘の時のように慎重に行動せねばならぬおじゃ。闇雲に声を掛けたら、その場で捕まるか密告されるやもしれぬしの。

 

 理に適った説明に、秀明は些か呆れ気味に呟く。


――たまに思うんですけど……殿って、ろくでもない事を考える時は凄く頭が回りますね。

――いやぁ、それほどでも~♪


 後頭部をポリポリと掻きながら照れる元昭に、秀明は呆れた顔をしながら即座にツッコミを入れる。


――まったく褒めてませんし、照れるところではありません。まったく……どうして、その頭の回転を先代が存命だった時に使わなかったんですか……?

――決まっておろう。麻呂、疲れる事は嫌いじゃから。

――先代が聞いてたら怒ってますよっ! まったく、これだから店主は……。

――そんな事より、味方を増やす方法を話すんじゃないのか?

――あっ……そ、そうでしたね。


 小言を垂れる秀明に白粉店主は、軽く溜息をつきながら脱線しかけてた話を元に戻す。


――まぁ、そなたの言う『麻呂の汚い悪知恵』を使用するなら……。

――卑屈にならなくても良いじゃないですか……で、使用するなら?

――こやつなら密告せぬ。あるいは、こちらに引き込めそうだと思える者を目利きするおじゃ。手っ取り早い方法としては……。

――方法としては?

――色仕掛けで誑し込むおじゃ。


 あまりの言葉に秀明は一瞬、耳を疑って再度聞く。


――あの……今、色仕掛けって言いませんでした?

――言ったでおじゃるよ。

――あの……色仕掛けって普通は、女性が男性にするものでしょう? 男が男に色仕掛けって……。


 露骨に嫌そうな顔をする秀明に、元昭は扇の縁で黒衣従業員の頭を軽く叩く。


――いたっ……! な、何で叩くんですか!?

――誰が衆道しゅどうまがいの事をしろと言うたおじゃ。この場合、男性が女を口説くという考えが普通でおじゃろ!?

――それは店主が色仕掛けって言うから……。

――女性には女性の、男性には男性の色気があるでおじゃろうに……黒沢は麻呂の次に美丈夫イケメンなんじゃから、その容姿と普段から物腰柔らかい接客姿勢を見せれば、大抵の女はコロッといくでおじゃ。

――店主の次っていうのが納得いかないんですが……。


 秀明の至極もっともな呟きを元昭は無視して言葉を続ける。


――じゃから、この邸にも侍女というか女官とか腰元がおるであろう。そやつ等を手懐ける事から始めるおじゃ。

――な、なるほど……。

――そなただけでは些か不安じゃから、黄山あたりくらいにも声を掛ける故、黒沢は明日から早速、行動を開始してたも。


 白粉店主の的確な指示に、秀明は感心して頷く。


(やっぱり、店主って悪知恵の時だけ頭が冴えますね……)


 などと心の中で思い、少しだけ元昭の事を見直そうとした時、


――しかし、場合によっては黒沢が衆道に入る事も必要になってくるかもしれぬの。黒沢よ、1度……訓練として麻呂に抱かれてみては……。

――死ねっ! この変態白粉馬鹿店主っ!


 あまりにも不埒な事を言いそうになった元昭の脳天を、秀明は遠慮する事なく肘打ちを決めて自分の上司を昏倒させた。

 しかし、化け物みたいに超人的な回復を見せて復活した元昭は、烏帽子を外してタンコブが出来た部分を手の平で撫でながら、


――……まずは巧みに手懐けてくれたら嬉しいです、はい……。

――当たり前です。


 と、上司が部下相手に丁寧語で話すという醜態を晒しながら指示を出す。

 その翌日から今に至るまで元昭達は既に作戦を開始しているというわけだ。


 ☆


 今日もまた白水と元昭が義哲を外に連れ出している間、秀明はカッコいい容姿と物腰柔らかい態度を活かして女官達の手懐け作業を続けている。

 彼は元々、邸に上がり込んだ時から女官達から外見の良さから、非常に評判が良かった。

 中には「もし暇でしたら私と逢瀬デートをして頂けませんか?」などと勇気ある女官が数名いたが、秀明本人はその気がなく、どれも頑なに断っていた。

 しかし元昭からの指示を受けたあとは、向こうから逢瀬の誘いがあった時に「逢瀬をするかわりに幾つか話を聞かせて下さい」と交換条件を出して引き受けた。

 逢瀬した後、女官には「今話した事は誰にも言わないで下さいね?」と、わざと耳元で甘く囁き、情報が漏れないようにする。

 それがキッカケで、彼に気がある他の女官達は「あの子が逢瀬したんなら、私もっ!」と勝手にライバル意識を燃やして秀明に逢瀬を申し込む。

 こうして流れが芋蔓式になっていき、次第に秀明の所に情報が舞い込む、あるいは味方を増やしていく。

 秀明は基本的に向こうからの申し出は引き受け、自分から誘う事はしない。

 しかし気になる情報を掴んだ時は、それを知っていそうな女官に声を掛けて逢瀬に誘い、話を聞いて情報を得る。

 勿論、この事は内密にと釘を刺し、向こうも逢瀬をした喜びから快く承諾する。


「で、でしたら今日の夕方……摺河商店街に……黒沢様、私……待ってますから」

「女性を待たせる事はしませんよ。その代わり、キチンと話して下さいね?」

「は、はい。黒沢様の頼みでしたら、私……」

「ふふ、では夕方に」


 そして今日も、この邸へ奉公に来て日も浅い新人女官の誘いを受けて秀明は約束を交わしてから秀明は、その場から歩き去る。

 回廊を歩いていると、向こうから1人の女性がやってきた。

 同じ玉虫屋同僚にして、領主邸の厨房長に就任している若菜だ。

 彼女は秀明に近付くなり、ニヤニヤと笑みを浮かべながら小さな声で聞く。


「今日で何人目かしら、色男くん♪」

「10人から先は覚えてませんよ、黄山さん……」

「モテモテねぇ♪」


 若菜の笑顔とは対照的に、秀明はさっきまで温和そうな顔から一転、げんなりした表情を出す。


「私って……こんなにモテるんですね……意外でした」

「良いじゃない♪ モテる事って素敵な事よ?」

「ですが、1日に3回逢瀬って……1人あたり3時間くらいですよ? 1日の半分を逢瀬に費やしているんですよ?」

「他の殿方が見たら誰もが羨ましいと思うわよ♪ 費用だって向こうが出してくれてるみたいだし、言う事ないじゃない♪」

「確かに世の男性が見たら、羨ましいかと思いますが……その分、気を遣いますから疲れるんですよ……」


 実は、摺河という所は温泉街の観光地として有名ではあるが、娯楽施設はさほど存在しない。

 故に女官達の間では、巷で流行っている観劇や商店街を歩き回る事を趣味としている。

 つまり秀明は今まで逢瀬を交わす女官達と同じ場所を見て回り、同じ内容の観劇を見せられるため気分が萎えるほか労度がハンパじゃない。

 深い溜息をつく姿は、本当に疲労感が溜まっている様子だ。

 その様子に若菜は心配げな表情を浮かべながら、彼の顔を覗き込む。


「大丈夫? 疲れてるなら、スタミナ系の料理とか作るわよ?」

「ありがとうございます……今晩あたりに頂きます」

「味方を増やすのは良いけど……黒沢くん。あまり無理しないでね?」


 励ますように秀明の肩をポンと叩いてから、若菜は歩き去る。

 彼は、今から数分後に別の女性と逢瀬をするのかと思うと再び深い溜息をつく。

 相手する女性は違えど、逢瀬の内容が全員一緒だと黒沢でなくとも、うんざりするだろう。

 しかし自分達にとって貴重な情報を得る手段として逢瀬をしているのに、イヤな顔をしたり疲れた姿勢を見せるのは相手にとっても失礼だ。


(店主のため……これが、ずっと続く訳じゃない……)


 秀明は心の中で何度も自分に言い聞かせるように呟いてから、気持ちを切り替えて新しい情報を得るため、その女性が待っている場所へ向かった。

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